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弐章
二十話 懸賞姉妹④
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敵が何かを言った。けれど私からすれば全て雑音だ。姉上の声以外、全て。
「陽禍・赫灼葬光。」
半身に構え、切っ先を外、柄を胸前に据える。
陽禍によって空気の揺れを読む縁の周囲は、寸分の隙なき制空圏。
敵がナイフを振るった。
──無意味な攻撃。
差し込む攻撃は全て、刃先の僅かな揺らぎで弾かれ、敵は体勢を崩す。
次の瞬間、突きが奔り、胸腹を、喉を、眼窩を、無慈悲に穿ち続ける。
血の飛沫が頬を濡らす。
だが、私には熱も重さも感じられない。
敵の断末魔すら、ただの雑音。
私が求めているのは──姉上の声だけ。
やがて空気の振動が静まり返るまで
──赫灼葬光は終わらない。
姉上を此処に来させなかったのは理由がある。
一つは、姉上に言った通り近くに他の敵が居ないかの確認…二つ目は、姉上にこのような姿を見せる訳にはいかなかったから。
私の体は血塗れ。
敵の返り血がかかり、恐らくこれを姉上が見れば恐怖してしまうだろう。
赫灼葬光の連撃が終わると、そこに“敵”と呼べる存在は残っていなかった。
結局一度も敵の原型は見ることが無く、
肉は千切れ、骨は砕け、床には無数の穴。
惨憺たる光景を前にしても、胸に浮かぶのはただ一つ。
姉上を傷つけようとしたのだから、当然の報い。
……それでも、この姿を見せてはならぬ。
姉上の瞳に映る私は、清らかで、凛として、ただ一人の妹でなければならないのだから。
だからこそ、血に濡れた刀を拭い、呼吸を整え、笑みを作る。
血肉がそこら中に落ち、まるで人を喰う化け物がさっきまで逃げ惑う人間を弄んだかのような景色がそこにはあった。
私は腕輪から取り出した新しい服に着替え、血の匂いを隠すように息を整える。
──姉上にだけは、この地獄絵図を見せるわけにはいかぬ。
崩落した屋上を登り切った瞬間、視界の端に姉上の姿が飛び込む。
二丁拳銃の敵を相手に、至近距離でなお1発も浴びず、流れるように躱し続けるその姿。
私が到着とほぼ同時、閃光の如き一太刀で敵を斬り伏せる。
返り血すら浴びぬ。服を替える必要もない。
……やはり、格が違う。これが我が姉上。
そして、その口から出た最初の言葉は──
「無事で何より」
敵を斃したかどうかなどではなく、私の安否を気遣う声。
ああ、どうして姉上はいつも、これほどまでに優しいのでしょう。
私は笑みを作り、言う。
「拙者は無事。」
「……しかし敵には地獄を見せ、地獄に帰らせました故、もう出会うことは無さそうでござる」
すると姉上は、斬り伏せた死体を見やり、薄く微笑んだ。
「私も今しがた此奴を地獄に落としたところよ、」
「このような“お揃い”も……良いのだろう」
儚げに笑うその横顔の美しさに、私は胸が締め付けられる。
「一応だが周囲に人は居らず、私が殺った此奴以外確認出来なかった。」
姉上が淡々と告げる。
私も先程の戦闘で“陽禍”を発動した際に、近くに人影が無いことを確認している。
──つまり、敵はもう居ない。
「ということは休戦は終わり、次は拙者と姉上の勝負再開でござるな!」
振り返り、私が意気揚々と宣言したその瞬間──
姉上の姿が無い。
またやられた。
残滓のように舞う土煙。
視線を向ければ、既に全力疾走している姉上の小さな背中。
……さすがは我が姉上、狡い。
だが私とて抜かりはない。
“こんなこともあろうかと”、姉上に接近した際、その服へ魔力で編んだ細糸を仕込んでおいたのだ。
規定の距離を超過した瞬間──糸がピンと張り、私の体が弾かれる。
「ふははっ!ゴムの真似でござる!」
姉上の横を勢いよく飛び抜け、振り返りざまに高らかに叫ぶ。
「姉上、先に参ります故!この期に、脚を休められてはどうでしょう!」
狡い姉上を出し抜くために、狡さでさらに上を行く。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しかし結局、先にホテルへ辿り着いたのは姉上の方だった。
受付前のソファにへたり込み、肩で息をする私を見下ろしながら、姉上は静かに微笑む。
「狡は良くないぞ、縁。」
「大人気ない……しかし、本気の私を抜くなど縁にしか出来ぬことだ、誇れ。」
そう言って、優しく私の頭を撫でて下さる。
その手の温かさに胸がふわりと高鳴る。
本気?嘘だ。
私はあの“ゴム状の魔力”で逃げ切ったはずだった。
しかし姉上は視認できぬ程の速さで高飛びし、私の横を風のように抜き去り、
さらに同じく魔力で作った紐で、私を捕まえた状態のままゴールインしたのだ。
……一番大人気ないのは、やはり姉上の方ではないか。
そんな私の心中を見透かすように、姉上は艶やかに微笑んだ。
「で、敗者は勝者の願いを一つ叶えてくれるのだな。」
「……そ、それは、もちろんでござる。」
何を要求されるのだろう…ま、まさか同じ布団で寝るのを拒否される??
少し胸が窮屈に感じてしまう。
しかし、姉上は私の要らぬ悩みとは真反対に口を開く。
「では、今日、風呂で背中を流してくれ。良いのだろう?」
思わず目を瞬かせる。
え、それは……逆にご褒美なのでは!?
胸の奥が、羞恥と嬉しさで一杯になり、顔が赤くなるのを誤魔化せなかった。
「陽禍・赫灼葬光。」
半身に構え、切っ先を外、柄を胸前に据える。
陽禍によって空気の揺れを読む縁の周囲は、寸分の隙なき制空圏。
敵がナイフを振るった。
──無意味な攻撃。
差し込む攻撃は全て、刃先の僅かな揺らぎで弾かれ、敵は体勢を崩す。
次の瞬間、突きが奔り、胸腹を、喉を、眼窩を、無慈悲に穿ち続ける。
血の飛沫が頬を濡らす。
だが、私には熱も重さも感じられない。
敵の断末魔すら、ただの雑音。
私が求めているのは──姉上の声だけ。
やがて空気の振動が静まり返るまで
──赫灼葬光は終わらない。
姉上を此処に来させなかったのは理由がある。
一つは、姉上に言った通り近くに他の敵が居ないかの確認…二つ目は、姉上にこのような姿を見せる訳にはいかなかったから。
私の体は血塗れ。
敵の返り血がかかり、恐らくこれを姉上が見れば恐怖してしまうだろう。
赫灼葬光の連撃が終わると、そこに“敵”と呼べる存在は残っていなかった。
結局一度も敵の原型は見ることが無く、
肉は千切れ、骨は砕け、床には無数の穴。
惨憺たる光景を前にしても、胸に浮かぶのはただ一つ。
姉上を傷つけようとしたのだから、当然の報い。
……それでも、この姿を見せてはならぬ。
姉上の瞳に映る私は、清らかで、凛として、ただ一人の妹でなければならないのだから。
だからこそ、血に濡れた刀を拭い、呼吸を整え、笑みを作る。
血肉がそこら中に落ち、まるで人を喰う化け物がさっきまで逃げ惑う人間を弄んだかのような景色がそこにはあった。
私は腕輪から取り出した新しい服に着替え、血の匂いを隠すように息を整える。
──姉上にだけは、この地獄絵図を見せるわけにはいかぬ。
崩落した屋上を登り切った瞬間、視界の端に姉上の姿が飛び込む。
二丁拳銃の敵を相手に、至近距離でなお1発も浴びず、流れるように躱し続けるその姿。
私が到着とほぼ同時、閃光の如き一太刀で敵を斬り伏せる。
返り血すら浴びぬ。服を替える必要もない。
……やはり、格が違う。これが我が姉上。
そして、その口から出た最初の言葉は──
「無事で何より」
敵を斃したかどうかなどではなく、私の安否を気遣う声。
ああ、どうして姉上はいつも、これほどまでに優しいのでしょう。
私は笑みを作り、言う。
「拙者は無事。」
「……しかし敵には地獄を見せ、地獄に帰らせました故、もう出会うことは無さそうでござる」
すると姉上は、斬り伏せた死体を見やり、薄く微笑んだ。
「私も今しがた此奴を地獄に落としたところよ、」
「このような“お揃い”も……良いのだろう」
儚げに笑うその横顔の美しさに、私は胸が締め付けられる。
「一応だが周囲に人は居らず、私が殺った此奴以外確認出来なかった。」
姉上が淡々と告げる。
私も先程の戦闘で“陽禍”を発動した際に、近くに人影が無いことを確認している。
──つまり、敵はもう居ない。
「ということは休戦は終わり、次は拙者と姉上の勝負再開でござるな!」
振り返り、私が意気揚々と宣言したその瞬間──
姉上の姿が無い。
またやられた。
残滓のように舞う土煙。
視線を向ければ、既に全力疾走している姉上の小さな背中。
……さすがは我が姉上、狡い。
だが私とて抜かりはない。
“こんなこともあろうかと”、姉上に接近した際、その服へ魔力で編んだ細糸を仕込んでおいたのだ。
規定の距離を超過した瞬間──糸がピンと張り、私の体が弾かれる。
「ふははっ!ゴムの真似でござる!」
姉上の横を勢いよく飛び抜け、振り返りざまに高らかに叫ぶ。
「姉上、先に参ります故!この期に、脚を休められてはどうでしょう!」
狡い姉上を出し抜くために、狡さでさらに上を行く。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しかし結局、先にホテルへ辿り着いたのは姉上の方だった。
受付前のソファにへたり込み、肩で息をする私を見下ろしながら、姉上は静かに微笑む。
「狡は良くないぞ、縁。」
「大人気ない……しかし、本気の私を抜くなど縁にしか出来ぬことだ、誇れ。」
そう言って、優しく私の頭を撫でて下さる。
その手の温かさに胸がふわりと高鳴る。
本気?嘘だ。
私はあの“ゴム状の魔力”で逃げ切ったはずだった。
しかし姉上は視認できぬ程の速さで高飛びし、私の横を風のように抜き去り、
さらに同じく魔力で作った紐で、私を捕まえた状態のままゴールインしたのだ。
……一番大人気ないのは、やはり姉上の方ではないか。
そんな私の心中を見透かすように、姉上は艶やかに微笑んだ。
「で、敗者は勝者の願いを一つ叶えてくれるのだな。」
「……そ、それは、もちろんでござる。」
何を要求されるのだろう…ま、まさか同じ布団で寝るのを拒否される??
少し胸が窮屈に感じてしまう。
しかし、姉上は私の要らぬ悩みとは真反対に口を開く。
「では、今日、風呂で背中を流してくれ。良いのだろう?」
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え、それは……逆にご褒美なのでは!?
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