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弐章
二十一話 誘拐姉妹①
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午後五時十分。
汗をかいた私達姉妹はホテルの一室、狭いバスルームで密着しながら体を洗い合っていた。
私は姉上の肢体を目に焼き付ける。いつも見ているのに、今日は何故か──艶めいて見えて、息が詰まりそうだった。
湯に入ってすらいないのに、姉上の全てを感じて胸が熱くなり、思わず逆上せてしまったほどだ。
風呂から上がると、室内の電話が鳴った。
受話器を取ったのは私。
内容は「ホテル内で食事の提供ができない」という連絡だった。
つまり、晩飯は自分達で調達しなければならないということ。
「姉上、拙者、風呂にて逆上せました故……少し風に当たり調子を戻しつつ、晩飯を買って参りまする。」
そう言って服を整え、ホテルの外へと出た。
近くにコンビニはあるが、歩けば遠い。
せっかく風呂に入ったのに走ればまた汗をかくし、今日は避けたかった。
ちょうど停まっていた路線バスに目を留め、私は自然と乗り込んでいた。
車内は人がまばらで、すぐに異変に気づいた。
老人が一人、若者数人に絡まれている。
「それがし、見過ごすことは出来ませぬ!」
私は空かさず間に入り、若者達を強く制止する。
周囲の乗客から「お嬢ちゃんすごい!」と声が上がり、私は胸を張った。
──その時だった。
「さて……拙者は此方に座ろう」
振り返り、席に戻ろうとした瞬間。
背後から腕を掴まれる。左右からも。
振り払おうとした時には、老人までもが牙を剥いた。
「ぐっ!?な、何を──」
鼻と口を、布が覆った。
強烈な薬品の匂いが肺を突き刺す。
麻酔──!
「……っ、不覚」
思考が霞んでいく。
私は人を助けるつもりで──卑劣な罠に、まんまと嵌められてしまった。
私は意識を手放した。
縁の帰りが遅い。
いつもならば、街へ食材を買いに行ったところで半刻を越えることはない。
……なのに、今はどうだ。気配がない。
胸の奥がざわめき、呼吸が乱れる。
まさか──誘拐か。襲撃か。
考えた瞬間、腸が煮えくり返り、胸は張り裂け、肉体の半分を引き千切られたかのごとき痛みが全身を駆け巡った。
動かなければ、黙っていれば、正気を保てない。
才牙はホテルのベランダから外壁を蹴り、瞬く間に屋上へ。
ポケットから例の”すまほ”を取り出し、位置情報共有の画面を開く。
こんなにも早く、この奇妙な機械が役に立つ時が来るとは思わなかった。
縁の顔が……南東に動いている。
速さからして車両。距離はおよそ六十粁(60km)。
決して遠くはない。
「ならば──追うのみだ」
屋上の床を踏み砕くほどの縮地で、地を蹴る。
全身を削り取るほどの踏み込み。
風景が線に変わり、私の肉体は雷のごとく疾駆する。
やがて──視界に入った。
古びた倉庫。
停車したバスから、縁を担ぐ男女と、若者、そして老人の姿。
まるで何度も公演している”芝居”のように整った連携。
縁の頭は垂れ、意識が無い。
胸に渦巻く怒りは、もはや理性を超えていた。
私は屋根から声を張り上げる。
「──縁を返せ!!」
私の声が届くや否や、縁が暴れだした。
女の腕を蹴り飛ばし、身体を捻って脱出を図るが、男と若者に立ったまま押さえつけられて動けない。胸が強張る。
掠れた嗚咽──それだけで血の気が騰る。
私は飛び降りると、目の前の光景がすべて愚かしく、許し難く見えた。
老婆じみた顔の女が片言の日本語で口を開く。
「金を払えば返してやらなくも無い」
──意味が通るはずの言葉が、喉の奥で凍る。
人を金で秤にかけるその顔に、吐き気がする。
「何を言っておる…此処に居る者の正気が欠けておるのか」
「縁は貴様らの“品物”ではない」
私の声は冷たい石のように硬く、震えない。だが心臓の奥は獰猛に脈打っている。
「縁を返せ。それ以外に道理はない。返さぬならば腕を二本、ここで斬り落として許すことにしてやろう」
「──いや、赦すことなど出来ぬ」
老婆は一瞬ひるんだ様子を見せたが、すぐに唇を吊り上げる。
「金、払えぬなら身を売れ。臓器を売ればいくらにもなる」
「献身的な事だ。この娘の姉だろぅ?」
男と若者は顔をひきつらせながら、いやらしい笑い声をあげる。
「この女、顔も体もいい。」
「客を取らせて喰わせ尽くし、その後は臓器で金を稼ぐ。五億、用意しろ」
「ソモソモ女1人デ、我ラ相手出来ルト思ッテイルノカ?」
言葉が床に落ちる。空気が腐る。私はその場に立っていられないほどの嫌悪と怒りに襲われた。
内心で、殴り殺してやるという思いが瞬時に閃いたが、私は声を一度だけ張り上げる。
「黙れ。下劣な獣め──己らの身の程を弁えよ」
すると女が、ひときわ大きな声で縁をののしった瞬間、縁の顔に豪奢な平手が叩きつけられた。
身体が小刻みに揺れ、縁の目が一瞬真っ赤に染まる。
──その一撃が、私の抑えきれぬ何かを完全に解放した。
世界が細くなる。視界の端が白く滲み、時間の流れが遅くなる。
だが私は冷静さを取り戻す。
今、斬りかかれば彼らに逃げる隙を与えるだけだ。
一人だけ殺したとして何になる?縁を傷つけた憎悪を、確実に刃に変え皆殺しにする必要がある。
私は刃を抜く代わりに、強烈な殺意を下衆共に向ける。
「聞け。十秒……お前らが縁を解放せぬなら、」
「ここにいる誰一人、安心して明日の朝を迎えられぬと約束しよう。」
「命乞いがあるなら受けて立つ、逃げ場はない」
言葉は刃よりも重い。
老婆の表情に、初めて本当の恐れが滲む。
然し、男二人に女一人は私の言葉を嘲笑した。
目先の利益を選ぶ知能の足りない者は、危険を察知することも出来ない。
怒りは熱量を持ち、冷静な殺意へと変わる。
汗をかいた私達姉妹はホテルの一室、狭いバスルームで密着しながら体を洗い合っていた。
私は姉上の肢体を目に焼き付ける。いつも見ているのに、今日は何故か──艶めいて見えて、息が詰まりそうだった。
湯に入ってすらいないのに、姉上の全てを感じて胸が熱くなり、思わず逆上せてしまったほどだ。
風呂から上がると、室内の電話が鳴った。
受話器を取ったのは私。
内容は「ホテル内で食事の提供ができない」という連絡だった。
つまり、晩飯は自分達で調達しなければならないということ。
「姉上、拙者、風呂にて逆上せました故……少し風に当たり調子を戻しつつ、晩飯を買って参りまする。」
そう言って服を整え、ホテルの外へと出た。
近くにコンビニはあるが、歩けば遠い。
せっかく風呂に入ったのに走ればまた汗をかくし、今日は避けたかった。
ちょうど停まっていた路線バスに目を留め、私は自然と乗り込んでいた。
車内は人がまばらで、すぐに異変に気づいた。
老人が一人、若者数人に絡まれている。
「それがし、見過ごすことは出来ませぬ!」
私は空かさず間に入り、若者達を強く制止する。
周囲の乗客から「お嬢ちゃんすごい!」と声が上がり、私は胸を張った。
──その時だった。
「さて……拙者は此方に座ろう」
振り返り、席に戻ろうとした瞬間。
背後から腕を掴まれる。左右からも。
振り払おうとした時には、老人までもが牙を剥いた。
「ぐっ!?な、何を──」
鼻と口を、布が覆った。
強烈な薬品の匂いが肺を突き刺す。
麻酔──!
「……っ、不覚」
思考が霞んでいく。
私は人を助けるつもりで──卑劣な罠に、まんまと嵌められてしまった。
私は意識を手放した。
縁の帰りが遅い。
いつもならば、街へ食材を買いに行ったところで半刻を越えることはない。
……なのに、今はどうだ。気配がない。
胸の奥がざわめき、呼吸が乱れる。
まさか──誘拐か。襲撃か。
考えた瞬間、腸が煮えくり返り、胸は張り裂け、肉体の半分を引き千切られたかのごとき痛みが全身を駆け巡った。
動かなければ、黙っていれば、正気を保てない。
才牙はホテルのベランダから外壁を蹴り、瞬く間に屋上へ。
ポケットから例の”すまほ”を取り出し、位置情報共有の画面を開く。
こんなにも早く、この奇妙な機械が役に立つ時が来るとは思わなかった。
縁の顔が……南東に動いている。
速さからして車両。距離はおよそ六十粁(60km)。
決して遠くはない。
「ならば──追うのみだ」
屋上の床を踏み砕くほどの縮地で、地を蹴る。
全身を削り取るほどの踏み込み。
風景が線に変わり、私の肉体は雷のごとく疾駆する。
やがて──視界に入った。
古びた倉庫。
停車したバスから、縁を担ぐ男女と、若者、そして老人の姿。
まるで何度も公演している”芝居”のように整った連携。
縁の頭は垂れ、意識が無い。
胸に渦巻く怒りは、もはや理性を超えていた。
私は屋根から声を張り上げる。
「──縁を返せ!!」
私の声が届くや否や、縁が暴れだした。
女の腕を蹴り飛ばし、身体を捻って脱出を図るが、男と若者に立ったまま押さえつけられて動けない。胸が強張る。
掠れた嗚咽──それだけで血の気が騰る。
私は飛び降りると、目の前の光景がすべて愚かしく、許し難く見えた。
老婆じみた顔の女が片言の日本語で口を開く。
「金を払えば返してやらなくも無い」
──意味が通るはずの言葉が、喉の奥で凍る。
人を金で秤にかけるその顔に、吐き気がする。
「何を言っておる…此処に居る者の正気が欠けておるのか」
「縁は貴様らの“品物”ではない」
私の声は冷たい石のように硬く、震えない。だが心臓の奥は獰猛に脈打っている。
「縁を返せ。それ以外に道理はない。返さぬならば腕を二本、ここで斬り落として許すことにしてやろう」
「──いや、赦すことなど出来ぬ」
老婆は一瞬ひるんだ様子を見せたが、すぐに唇を吊り上げる。
「金、払えぬなら身を売れ。臓器を売ればいくらにもなる」
「献身的な事だ。この娘の姉だろぅ?」
男と若者は顔をひきつらせながら、いやらしい笑い声をあげる。
「この女、顔も体もいい。」
「客を取らせて喰わせ尽くし、その後は臓器で金を稼ぐ。五億、用意しろ」
「ソモソモ女1人デ、我ラ相手出来ルト思ッテイルノカ?」
言葉が床に落ちる。空気が腐る。私はその場に立っていられないほどの嫌悪と怒りに襲われた。
内心で、殴り殺してやるという思いが瞬時に閃いたが、私は声を一度だけ張り上げる。
「黙れ。下劣な獣め──己らの身の程を弁えよ」
すると女が、ひときわ大きな声で縁をののしった瞬間、縁の顔に豪奢な平手が叩きつけられた。
身体が小刻みに揺れ、縁の目が一瞬真っ赤に染まる。
──その一撃が、私の抑えきれぬ何かを完全に解放した。
世界が細くなる。視界の端が白く滲み、時間の流れが遅くなる。
だが私は冷静さを取り戻す。
今、斬りかかれば彼らに逃げる隙を与えるだけだ。
一人だけ殺したとして何になる?縁を傷つけた憎悪を、確実に刃に変え皆殺しにする必要がある。
私は刃を抜く代わりに、強烈な殺意を下衆共に向ける。
「聞け。十秒……お前らが縁を解放せぬなら、」
「ここにいる誰一人、安心して明日の朝を迎えられぬと約束しよう。」
「命乞いがあるなら受けて立つ、逃げ場はない」
言葉は刃よりも重い。
老婆の表情に、初めて本当の恐れが滲む。
然し、男二人に女一人は私の言葉を嘲笑した。
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