深き森のグレーテル

週刊 なかのや

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プロローグ

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風を切って目の前の男を追いかけながら携帯を耳に当てる。
プルルルと耳に張り付いた携帯が鳴る。
繋がった相手が「なんだ」と応える前に焦燥に駆られていた私は声が出ていた。

「こちら朝羽 花菜(あさは かな)。殺人鬼、岬 浩二を発見!至急応援願います!」
「何!?出来した!!で、場所は!」
「139号線、河口湖消防署前…はっ、車で逃走しました!」
「今そっちに応援を向かわせた。包囲網を張れ、上にも連絡しておけ!
朝羽は応援と共に逃がすな!」
「はい!」

十数分すると朝羽の元に2台のパトカーが到着し、1台はそのまま逃走した犯人を追い掛けて走って行った。

「乗れ朝羽!俺達も追い掛けるぞ!」
「お願いします!!」

パトカーに乗り込んで直ぐに無線から、この先の樹海に犯人が逃げた事を知った。
運転中、急に目の前が白くなる。地面は薄らと見えるが前方は、ほぼ何も見えない。

「くそっ、今日は濃霧だ。あの中から探し出すには人手が足りない!」
「くっ、、今日に限って……」

運転をする先輩が爪を噛み締める。
先に着いた仲間は既に犯人の後を追って樹海に入ったらしいが、この人数と濃霧では捜索は困難を極めるだろう。
樹海に辿り着いた朝羽達は仲間の後を追って遊歩道から樹海に足を踏み入れた。

…………

朝羽は携帯を取り出し仲間に連絡をしようとする。

「辞めておけ。犯人が凶器を持っていた場合、奇襲の危険がある。お前のかけた1本で仲間が危険に晒される可能性があるからな、新米。」

先輩刑事が止めた。

「はい、気を付けます。」

進むに連れて辺りは暗くなり、薄らと見えていた景色も徐々に消えていった。
不意に足元の何かに足を取られて躓き、前に転んだ朝羽の後頭部近くに勢い良く鋭利な物体が通り抜けた。背後からは荒い息遣い、手には包丁が握られている。

「朝羽!」

先輩刑事が気付いた時には既に遅く、そこには包丁を首元に添えられ人質にされた朝羽と追っていた殺人鬼、岬 浩二が居た。

「拳銃を渡せ」

岬は包丁で此方に渡せとジェスチャーする。

「渡してはダメです!」
「勝手に話すな、刺してしまうぞ?」
「私に構わず打ってくださっ…ぁあ”っづ!!」
「勝手に話すなと言ったばかりだがなぁ!!」

岬の包丁が朝羽の左腕に深々と刺さる。

「あ”ぁ”ぁぁぁ!」
「煩い女だ、もう一度刺してやろうか?」

岬が包丁を振り上げた瞬間、包丁を持った手に棒のようなものが刺さった。何が起きたのかを直ぐには理解出来なかった岬は自身の腕から垂れてきた血液を見て、朝羽を放ったらかして叫び散らかした。
その状況に先輩刑事も朝羽も戸惑い、痛みがある事を忘れたかのように朝羽は立ち上がって手錠を取り出す。
それを見た先輩刑事が大声を上げて「何をしてるんだ!」と朝羽に覆い被さり崩れるように倒れた。
ドスッと肩に強い衝撃を朝羽は感じた。
「先、輩?」

朝羽が後ろを向く。倒れた先輩刑事は動かない。顔を見ると後頭部から鼻にかけて太い矢が貫いていた。目は大きく見開き、口は朝羽を呼んだままになっていた。

「ひぃっ、」

叫び声を殺して蹲る。
前方からは微かに足音が聞こえた。

「うぅ。(来ないで、来ないで来ないで!)」

足音が少しづつ大きくなるのに合わせて自身の心臓の鼓動が早まるのが感じられる。
バシュッと1度音が聞こえ、その後は足音も徐々に遠くへ消えていった。朝羽はゆっくりと身を屈めながら周りを確認した。周囲に生きている人間は居らず、岬も既に胸部を貫かれ死んでいた。
朝羽は叫びそうになる声を必死に押し殺して現場を離れた。腕の激痛より恐怖が勝って今は一刻も早く遠くへ行こうと無意識に体が動く。

「…(怖ぃ、怖いよ。でも声出したら、私殺される!)」

少し離れて携帯を見るが、助けを呼ぼうにもアンテナは立たずに圏外。「なんでこんな時に!」と携帯を地面に叩き付ける。
「きっと誰かが私を助けてくれるから」なんて歩き疲れた朝羽には思えずに、ひたすら目の前の白い霧に向かって歩きながら「助けは来ない」と絶望した。

「お母さん、お父さん、私…もう。」

死を覚悟し目を瞑ろうと思った矢先、お菓子で造られているかのような家が数メートル前方に見えた。それは昔見た絵本の中に出て来た可愛いくて美味しそうな家にそっくりだった。

「幻覚?い、いい。それでも!」

フラフラの体でお菓子の家の扉を必死に叩いた。
奥から声がする。

「どちらさまですか?」

扉が開かれ出て来たのは……
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