深き森のグレーテル

週刊 なかのや

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お菓子の家

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「はーい」と家の奥から女性の声がした。近付いて来た女性は扉の前で中から鍵を外しているのだろう。ガチャガチャと音が鳴っている。
ようやく扉が開かれると、そこにはアンニュイな雰囲気を漂わせる綺麗な顔をした女性が笑顔で立っていた。

「あら、こんな山奥までどうも。それで宅配便かしら。」

「あの私今追われてて、どうか匿って頂けません、か……」

朝羽の意識が途切れ床に崩れ落ちるのを女性が受け止めた。

「おっとと、倒れてしまいましたね。見た感じ誰かに襲われたのでしょうね、それで追いかけられたと思って…かしら。ふふふ、余程疲れてしまったのですね。刺傷も忘れてしまう程に。」

気を失った朝羽を女性は抱き上げながら扉を閉める。扉が勢い良くしまった音は朝羽に聴こえなかった。
勿論、女性が軽々しく朝羽を持ち上げたのも、その朝羽の顔を見て嘲笑していたことにも気付くことは無かった。

「さて、どうしましょうか。」

女性は地下室に歩く。金属製の扉をノックすると扉の外から物が落ちる音とガチャガチャと片付けをしているだろう音が聴こえる。

『…………』
「いや精神安定剤は必要無いかな。この子の手当をしなくちゃいけないから処置をして欲しい。」
『…………』
「そう簡易的な処置でいいから。うん、私もそう思う。」
『…………』

「入るね」と言って扉を開け中に入って行く。数分もせずに部屋から出る。治療は済ませた女性は朝羽を抱いたまま階段を登り、自室のベッドに彼女を寝かせた。

「これで起きても痛くないね。よしよし」

ベッドで眠る朝羽は寝息を立てている。その横で女性は朝羽が持っていた物を物色した。

「ふむ、やっぱり警察か。刺された痕を見る限り人質だったのかな?携帯は…持っていないようだね。追われてて……か。誰に追われてるのかな」

ふふっと女性がほくそ笑みながら視線を朝羽に向けた。持っていた警察手帳を元あった彼女のポケットにしまい、絞りたての濡れタオルを額に乗せる。

「警察官は何年振りでしょうか。でも貴女はとっても弱そう。」

起こさないように音を立てないようにして女性は部屋から出て行く。部屋の扉をゆっくり閉めて階段を降り、キッチンに入る。台所には、じっとりと真っ赤に滲んだ麻袋が並んでいる。それを持ち上げて縛っている紐を解いて中身を樽に移し替える。ボトッと樽に落ちる音の後からは液体に何かが落ちる音が静まり返った部屋の中で聴こえる。最後には、ぴちゃぴちゃ滴り落ちる水滴の音が鳴った。

「ビーフカレーにしましょう。」
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