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謎解きはデザートの後で

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17歳、高校2年生。僕がまだ童貞で性の悦びを得ていない時。純粋で…は無かったが少なくとも他の人間に対して誠実で妄想以外は常識人だった。何かあっただろうか。高校生活で僕は特に大切な物と巡り合ってはいない気がする。
就職面接でも「高校生活で得たもの、頑張ったものを教えてください」という本試験に一言も出て来なかった質問に何も無いなんて言える訳もなく嘘でもいいから何か言わなくてはならないと一生懸命考えまくった記憶まである。結局、その質問に対しての僕の回答は

「地域貢献をする為にボランティアへ多く参加しました」だった。

勿論ボランティアでこの少女に出会った記憶も無い。というか僕が17ならこの少女は推定年齢から下げても5、6歳だ。そんな子と話す機会など中学の時にあった保育園へ行く家庭の授業だけだ。
高校に入ってから保育園児や小学1、2年生と絡む機会など1度もなかった筈だ。僕はこの少女がもっと小さい頃に出会ったんだ、殺さないとか言われても助けてくれたこの優しい少女の名前すら出てこないなんて僕は人間として最低だ。
考え込んだ僕は少女を見る。

思い出せなければそれは仕方の無いことだと言っていた少女の目からは涙がぽたぽたとテーブルの上に落ちている。僕は男だ。僕は男なのに1人の人間の雄なのに今、目の前で僕を助けてくれて僕を4年も愛してくれた人間を僕の曖昧な記憶の所為で泣かせてしまっている。
赦されないことだ。僕は僕が改めて、再度に嫌いになった。頭の中はぐちゃぐちゃで全て有るのに何処に自分が有るのか分からない。僕は僕の17歳を知っている。でも少女の4年前を知らない。もし、もしも少女が少女で無ければどうだろう。中ニ病を今発動させる様な状態では無いのだが自己愛に満ちた空想世界へ踏み込んでもう1度考えてしまおう。

なら、ならばどうなる。僕のこの疲弊した脳内が何処まで働く事が出来るか残りのタイムリミットさえ思い付くことすら出来ない脆弱なCPUに何が出来るのだろう。えぇい!ポジティブシンキングをしろ!僕は那珂 緑だ。
いつも脳内シュミレーションは孤高で一騎当千の天才物理化学者だろ。
僕のありふれたこの世界で、誰かを助けたならきっとその助けられた者は助けた人間に惚れるだろう。だが、僕は人間の少女をお姫様抱っこして助けたことも年上の熟した果実を越えたお婆ちゃんも助けたことが無い。唯一助けたことがあるのは車に轢かれそうになった仔犬だけ。
あの時は運転手にも学校に迎えに来てくれた婆ちゃんにも怒られたっけな。
名前はなんだっけ、たしか『セラ』って首輪に書かれてたな。僕の気まぐれで助けたのか。その時も中二病だったし仔犬に向かって人語も分からないというのに何か話したな…知らんけど。ただの思い付きだ。間違えば少女を傷付けるだろう、誰だって何年も愛した人間に名前を間違われるのは傷付くと思う。僕も最近数ヶ月付き合った彼女の名前を間違えて浮気が発覚し破局したばかりだ。だからでは無いが間違えるという事がどれだけ相手を苦しめるか知っている。目の前の少女が明らかに人間であり感触も完全に人間の物だったから僕の『この子は犬である』という考えは間違っているのだ。それが普通ならだが。
一般的にも、世界的に見ても二足歩行の人間を犬と見間違える奴は居ないだろう。それでも僕の頭の中で思い出せる全ての記憶から導き出した名前は仔犬の名前だけなのだ。例え間違いであったとしても、絶対に違うと自分で思っているとしても僕が21年間の中で今が1番頭をフル回転させた瞬間で、これ以降は僕からは『セラ』という名前以上のご名答は出て来ない。だから僕は言った。声はきっと震えていなかった。少女の目を見てハッキリと言った。

「セラちゃん」

僕が名前を口にすると少女は今まで以上に涙が零れながら僕に問いた。

「なんで、なんで分かるの…人間では無い私を何故貴方は覚えていてくれるの。」

少女は胸を抑える。僕は立ち上がって向かいの少女の頭を優しく撫でた。

「さぁ、どうしてだろうね。君の名前しか出てこなかったんだ。」

そう僕が言うと少女は泣く、啜り泣いていた先程とは違う。天井を見て大声で泣き出した。感動のシーンなのだろうけど僕は現実離れしすぎた僕の立たされているこの現状を1から見直した時、気を失った。
正気値が0になったんだ。テーブルに突っ伏した僕の耳は暗闇を動く少女の仕草と声をしっかりと捉えていた。
少女は椅子から立ち上がると僕の横に立って囁いた。

「無かったことにしてあげる。だからお兄ちゃんは大丈夫。明日警察とお話をしたあとの午後3時、青葉病院前で待っているね。公務の手伝いはしなくていいよ。伴侶を待たせるのと他人の協力、どちらが大事だと思う?おやすみ私の緑…」

聞こえた声はそこで途切れた。僕が眠ってしまったのだろう。
朝起きた時に僕は病院にいた。目を開けるとシミの付いた腐った天井で隣には安っぽい椅子。
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