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第30話 蛇たちの密談
学園祭まで、あと三日。
王立学園の訓練場には夕刻の風が走り、砂塵が細く舞っていた。
その中心で、ひときわ鋭い息づかいが響く。
木剣を振り下ろす――
バルド・ネクステージ。
額から汗が滴り落ち、足元の砂を濡らしていく。
その表情には、焦り、怒り、憎悪が折り重なっていた。
(……アトラス・ショウイン。
あの地味な二年のせいで……)
創立記念祭の夜。
自分はルーリーの芝居に乗せられ、第一王子の取り巻きとして断罪に加担した。
だが――
あの茶番をひっくり返したのは、
柱の陰で静かに“記録を取っていただけ”の男。
翌日、父ガレスに呼び出されたバルドは、
言い訳すら許されなかった。
鋭い拳が頬を打ち抜き、椅子ごと倒れ込んだ自分に向けて、父はただ一言告げた。
『騎士の名を汚した。
団長の座は――今日限りだ』
父は辞任し、責任を負った。
その瞬間から、バルドの足元の世界は静かに崩れ始めた。
学園でも、遠巻きにされるようになった。
尊敬の眼差しは消え、ひそひそ声が背中に刺さる。
最終学年の四年であるのに、
「卒業後はどうするのか」と問われることさえなくなった。
頼みの綱だったシスタン殿下も、
創立記念祭以来――ほとんど学園に姿を見せていない。
守ってくれる者は、もう誰もいなかった。
(全部……あいつのせいだ)
そして剣術大会の組み合わせが出た。
一回戦:バルド・ネクステージ
VS
アトラス・ショウイン
(……潰す。必ず叩き伏せる)
木剣を振り下ろしたその時――
「ずいぶん熱心ですね、バルド先輩」
背後から、薄く笑う声。
振り返ると、夕陽を背にしたセドリック・フォレストが立っていた。
腕を組み、不愉快なほど余裕の態度で。
「……何の用だ、フォレストの“落ちこぼれ”」
「おや。刺々しい。
でも私のことを言えないでしょう?
あなたのせいで、お父上は団長職を失ったと聞きましたが」
バルドの目がすっと細くなる。
「……殺されたいのか」
「まあまあ。今日は“良い話”を持ってきただけですよ」
セドリックは周囲を確認し、声を潜めた。
「アトラス・ショウイン――
あいつが急に力をつけた理由、知りたくありません?」
バルドの動きが止まる。
セドリックは口角を吊り上げて囁いた。
「特別にお教えしましょう。
――“視力”ですよ」
「視力?」
「ええ。あいつ、今までずっと目が悪かったんです。
黒板も相手の動きも、ほとんど見えていなかった。
それが“メガネ”で矯正された」
バルドは鼻で笑った。
「そんな理由で強くなるわけないだろ」
「現に伸びたでしょう。剣術も、学力も。
つまり――」
「つまり?」
「メガネを奪えば、元の“弱いあいつ”に戻る」
バルドの瞳に、殺意の色が浮かぶ。
「……試合開始直後に吹っ飛ばせばいいのか?
だが面がある」
「そんな乱暴は必要ありません」
セドリックは指を二本立て、自分の目元へ。
「――“目”をすり替えるだけでいい」
「……できるのか?」
「できますとも。これで――」
セドリックは懐から細長い黒いケースを取り出した。
カチリ、と蓋が開く。
そこには――
アトラスが掛けているものとまったく同じ形のメガネ。
ただし、レンズは薄い透明ガラス。
視力矯正の機能は一切ない。
バルドの目が見開かれた。
「……もう用意していたのか」
「ええ。姉が予備として保管していたフレームを見つけて、一本いただきましてね。
街の眼鏡屋に持ち込み、“度なし”のレンズを入れてもらいました」
夕陽に照らされたレンズが、悪意を宿したように鈍く反射する。
セドリックは微笑む。
「これを――大会の控え室で本物とすり替えるだけでいい」
バルドは感心したように、いや、獰猛な笑みを浮かべた。
「……抜かりねぇな、フォレスト。
お前、思ったより使えるじゃねぇか」
「お褒めに預かり光栄です、先輩」
セドリックは眼鏡ケースを閉じ、胸元に押し当てた。
「準備は完璧です。あとは先輩が――堂々と“勝つ”だけ」
バルドは木剣を肩に担ぎ、低く答えた。
「……いいだろう。やれ、セドリック」
夕陽の中で、二人の影が細く伸びる。
ねじれながら絡み合い、獲物を待つ蛇のように。
――このとき彼らはまだ知らなかった。
自分たちが噛みつこうとしている相手が、
“想定外の生き物”であるということを。
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