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第31話 奸計
学園祭当日の朝――
王立学園は、いつもとは比べものにならないほど浮き立った空気に包まれていた。
石畳を跳ねる靴音は軽く、
色とりどりの布で飾られた中庭には、菓子を配る声と笑い声が早くも混ざり合う。
一年生はそわそわしながら屋台を覗き、
上級生は展示の仕上げや舞台の準備に走り回っている。
一年に一度、この学園が最も華やぐ日。
その中心にあるのは――
剣術大会。
王立学園の“強さ”が決まる最高峰の舞台であり、
そこに国王陛下と王妃陛下の観覧があると発表された今年は、
例年以上に興奮と緊張が交錯していた。
だが。
そんな賑わいのただ中で、
ひとつだけ、空気が違う場所がある。
剣術大会出場者控え室――。
どれだけ外が浮かれていても、
ここだけは戦場の前線のように張りつめていた。
静かに深呼吸を繰り返す者。
腕を組み、試合表を睨みつける者。
ひたすら木剣を磨き続ける者。
全員が、王立学園を背負う者たち――
16名の精鋭である。
四年生は学年別ベスト8。
三年生はベスト4。
一年・二年は、各学年予選上位2名。
選び抜かれた者だけが、この部屋にいる。
この一日にすべてを懸けていた。
◇
アトラスは壁際に座り、
静かに瞼を閉じたり開いたりしていた。
閉じた瞼の裏で何かを測るように。
開いた瞬間は、まるで見えない敵と対峙するかのようにじっと前方を見つめる。
そしてまた閉じる。
繰り返される、その独特の“調整”。
その様子を気にしている影がひとつあった。
「し、しょ、ショウイン先輩……!」
控え室の隅から、遠慮がちに声がかかる。
アトラスは目を細め、声の主を探した。
「……誰でしょうか?」
「あっ、す、すみません! 一年のリオネル・フレイザーと申します!」
リオネルは慌てて胸に手を当て、丁寧に礼をする。
「同じ出場者です! あの、その……
先輩の予選会での試合、見ていました。
とても……かっこよくて。動きが滑らかで……感動しました!」
「え、あ、ありがとう。そんなふうに言われると、なんか照れますね……」
アトラスは苦笑しながら頭をかく。
「先輩の動き、他の人と違うんです。力じゃなくて……流れで戦っているみたいで。ぼく、すごく憧れます!」
「いやあ……でもマクシム殿下には簡単に負けちゃいましたよ」
照れたように肩をすくめるアトラス。
リオネルはさらに言葉を続けようとしたが、
ふと気づいたようにアトラスの顔を覗き込む。
「あれ? 先輩、今日はメガネかけてないんですね」
「ああ、そうそう。見えないほうが集中しやすくて……。
余計なものが目に入らないからね。
試合の直前にだけ、かけるって決めてるんです」
「……なるほど!」
リオネルはぱぁっと顔を明るくした。
「その……お互い、良い試合ができるように頑張りましょう!」
アトラスも微笑み返す。
「うん、リオネルくんもね」
ほんの一瞬だけ緊張が緩む。
和やかな空気が控え室に流れた――そのとき。
「アトラス・ショウイン!
マクシム殿下がお呼びだ!!」
控え室の外から怒鳴るような声が響いた。
アトラスは驚いて瞬きをした。
「……殿下が? こんな時刻に?」
「い、行ったほうがいいんじゃないですか!?
開会式まで、あと少しですし!」
「あ、うん……じゃあ、ちょっと行ってきます」
アトラスは メガネも木剣も置いたまま、控え室を出て行った。
扉が閉まる。
その音は、まるで“合図”のようだった。
◇
控え室には、それぞれが静かに集中する気配だけが残る。
そのとき――
扉が、音もなく “す……と” 開いた。
入ってきたのは、学園祭実行委員の腕章をつけた男子生徒。
胸にバインダーを抱え、いかにも“確認作業に来ました”という装い。
だがその足取りは迷いがなかった。
一直線に、アトラスの席へ。
そして――
バインダーの陰から銀色のフレームを取り出す。
アトラスのメガネと寸分違わぬ形。
ただし、レンズはただのガラス。
光を吸わず、矯正力もない。
「……ふん。セドリック様も手間をかけるよな」
彼は無造作に、
アトラスの本物と――
すり替えた。
動作はわずか三秒。
誰も気づかない。
実行委員らしく数名に声をかけ、
“選手確認です”とだけ告げると、何事もなかったように控え室を出て行った。
◇
数分後。
「ただいま戻りましたー……」
アトラスが控え室に戻ってきた。
「先輩、どうでした?」
リオネルが小声で聞く。
「いや……誰に聞いても“呼んでない”って言われてね。
なんだったんだろうね?」
「ええ!? でも、確かに呼ばれてましたよ!」
アトラスは困ったように笑った。
「うーん……まあ、いっか」
その時――
『剣術大会出場者、開会式のため訓練場へ集合!』
張りのある声が響き、
控え室の空気が一斉に動き出した。
アトラスとリオネル以外が一斉に木剣と防具を抱え、緊張を胸に扉へ向かう。
「わ、僕たちも、行かなきゃ!」
アトラスは慌てて椅子へ向かい、
“偽物の”メガネと木剣をつかみ、
足早に控え室を飛び出した。
――このときアトラスはまだ知らない。
この大会の最大の敵は、
剣ではなく“視界”であることを。
王立学園は、いつもとは比べものにならないほど浮き立った空気に包まれていた。
石畳を跳ねる靴音は軽く、
色とりどりの布で飾られた中庭には、菓子を配る声と笑い声が早くも混ざり合う。
一年生はそわそわしながら屋台を覗き、
上級生は展示の仕上げや舞台の準備に走り回っている。
一年に一度、この学園が最も華やぐ日。
その中心にあるのは――
剣術大会。
王立学園の“強さ”が決まる最高峰の舞台であり、
そこに国王陛下と王妃陛下の観覧があると発表された今年は、
例年以上に興奮と緊張が交錯していた。
だが。
そんな賑わいのただ中で、
ひとつだけ、空気が違う場所がある。
剣術大会出場者控え室――。
どれだけ外が浮かれていても、
ここだけは戦場の前線のように張りつめていた。
静かに深呼吸を繰り返す者。
腕を組み、試合表を睨みつける者。
ひたすら木剣を磨き続ける者。
全員が、王立学園を背負う者たち――
16名の精鋭である。
四年生は学年別ベスト8。
三年生はベスト4。
一年・二年は、各学年予選上位2名。
選び抜かれた者だけが、この部屋にいる。
この一日にすべてを懸けていた。
◇
アトラスは壁際に座り、
静かに瞼を閉じたり開いたりしていた。
閉じた瞼の裏で何かを測るように。
開いた瞬間は、まるで見えない敵と対峙するかのようにじっと前方を見つめる。
そしてまた閉じる。
繰り返される、その独特の“調整”。
その様子を気にしている影がひとつあった。
「し、しょ、ショウイン先輩……!」
控え室の隅から、遠慮がちに声がかかる。
アトラスは目を細め、声の主を探した。
「……誰でしょうか?」
「あっ、す、すみません! 一年のリオネル・フレイザーと申します!」
リオネルは慌てて胸に手を当て、丁寧に礼をする。
「同じ出場者です! あの、その……
先輩の予選会での試合、見ていました。
とても……かっこよくて。動きが滑らかで……感動しました!」
「え、あ、ありがとう。そんなふうに言われると、なんか照れますね……」
アトラスは苦笑しながら頭をかく。
「先輩の動き、他の人と違うんです。力じゃなくて……流れで戦っているみたいで。ぼく、すごく憧れます!」
「いやあ……でもマクシム殿下には簡単に負けちゃいましたよ」
照れたように肩をすくめるアトラス。
リオネルはさらに言葉を続けようとしたが、
ふと気づいたようにアトラスの顔を覗き込む。
「あれ? 先輩、今日はメガネかけてないんですね」
「ああ、そうそう。見えないほうが集中しやすくて……。
余計なものが目に入らないからね。
試合の直前にだけ、かけるって決めてるんです」
「……なるほど!」
リオネルはぱぁっと顔を明るくした。
「その……お互い、良い試合ができるように頑張りましょう!」
アトラスも微笑み返す。
「うん、リオネルくんもね」
ほんの一瞬だけ緊張が緩む。
和やかな空気が控え室に流れた――そのとき。
「アトラス・ショウイン!
マクシム殿下がお呼びだ!!」
控え室の外から怒鳴るような声が響いた。
アトラスは驚いて瞬きをした。
「……殿下が? こんな時刻に?」
「い、行ったほうがいいんじゃないですか!?
開会式まで、あと少しですし!」
「あ、うん……じゃあ、ちょっと行ってきます」
アトラスは メガネも木剣も置いたまま、控え室を出て行った。
扉が閉まる。
その音は、まるで“合図”のようだった。
◇
控え室には、それぞれが静かに集中する気配だけが残る。
そのとき――
扉が、音もなく “す……と” 開いた。
入ってきたのは、学園祭実行委員の腕章をつけた男子生徒。
胸にバインダーを抱え、いかにも“確認作業に来ました”という装い。
だがその足取りは迷いがなかった。
一直線に、アトラスの席へ。
そして――
バインダーの陰から銀色のフレームを取り出す。
アトラスのメガネと寸分違わぬ形。
ただし、レンズはただのガラス。
光を吸わず、矯正力もない。
「……ふん。セドリック様も手間をかけるよな」
彼は無造作に、
アトラスの本物と――
すり替えた。
動作はわずか三秒。
誰も気づかない。
実行委員らしく数名に声をかけ、
“選手確認です”とだけ告げると、何事もなかったように控え室を出て行った。
◇
数分後。
「ただいま戻りましたー……」
アトラスが控え室に戻ってきた。
「先輩、どうでした?」
リオネルが小声で聞く。
「いや……誰に聞いても“呼んでない”って言われてね。
なんだったんだろうね?」
「ええ!? でも、確かに呼ばれてましたよ!」
アトラスは困ったように笑った。
「うーん……まあ、いっか」
その時――
『剣術大会出場者、開会式のため訓練場へ集合!』
張りのある声が響き、
控え室の空気が一斉に動き出した。
アトラスとリオネル以外が一斉に木剣と防具を抱え、緊張を胸に扉へ向かう。
「わ、僕たちも、行かなきゃ!」
アトラスは慌てて椅子へ向かい、
“偽物の”メガネと木剣をつかみ、
足早に控え室を飛び出した。
――このときアトラスはまだ知らない。
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