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閑話 ぜんざいとハハセン(1)
自室で、第一王子シスタンは静かに外を見つめていた。
窓の向こうには、王都の屋根が連なり、昼の光を反射している。
だがその景色は、彼の意識にはほとんど入ってこなかった。
(……あのとき、レリフェンで言われた言葉を)
胸の奥で、ゆっくりと反芻する。
(ようやく、“自分のもの”にできたのかもしれない)
そう思えた瞬間、意識は自然と――“あの日”へと引き戻されていった。
◇
レリフェン王国。
シリウスから見れば、小国と呼ばれる部類に入る国だ。
山に囲まれ、派手さはない。
だが土地は堅実で、人々の暮らしは穏やかだった。
ただ一つ――
王族の“選び方”だけが、異質だった。
王家の血を引く者すべてが候補となり、
その中から「誰が最も国を導く器か」を見定め、王に立てる。
血筋ではない。
年長でもない。
“資質”だけを見て、王を選ぶ。
その結果、今のレリフェン王は
先代の王の“弟”であった辺境伯の息子だった。
(小さい国のくせに、ずいぶん回りくどい真似をする)
当時のシスタンは、本気でそう思っていた。
自分は王太子候補から外されかけている。
ルーリーの騒動も、あの襲撃も――
すべて“他人のせいで”、自分が損をしている。
そう、疑いなく信じていた。
(ルーリーがあんな馬鹿をやらかしたせいだ。
周りも止めなかったくせに……なんで“俺だけ”こんな目に遭うんだ)
そこへ追い打ちのように届いた、父王の命。
――「レリフェンへ行け」
(どうせ、小さな国で“見合いの真似事”だろう。
王太子を外す前に、形式だけ整えておきたい……そんなところだ)
拗ねきった思考を抱えたまま、
シスタンはレリフェンへ向かった。
王宮に到着した時でさえ、
その尊大さを隠そうともしなかった。
◇
レリフェン王宮は、シリウスのそれに比べれば質素だった。
だが――
装飾の少なさを補って余りあるほど、
広間に立つ者たちの“目”は、まっすぐで澄んでいた。
「遠路はるばる、お越しくださりありがとうございます、シスタン王子殿下」
新王レオンハルトが、落ち着いた声で挨拶する。
その隣で、王妃クラリスが穏やかに微笑んだ。
(……この人が、“あの”クラリスか)
シスタンも噂は知っていた。
いじめを乗り越え、真実を暴き、辺境伯の嫡男とともに王妃となった公爵家令嬢。
だが――
その物語の重さを、当時の彼は理解していなかった。
(父上と親しいらしいが……所詮、小国の王妃だ)
そんな驕りが、胸の奥にまだ居座っていた。
形式的な挨拶が終わると、
クラリスが柔らかく口を開く。
「殿下。よろしければ、うちの娘とも少しお話しいただけますか?」
そうして紹介されたのが――
「レリフェン王国第一王女、エリーゼですわ」
明るい金髪を束ね、涼やかな緑の瞳で微笑む少女。
「シスタン王子殿下。ようこそレリフェンへ。お会いできて光栄ですわ」
完璧な王女の微笑み。
(……まあ、顔は悪くないな)
それが、当時のシスタンの率直な第一印象だった。
◇
王族用の応接間に通され、二人きりで茶が用意される。
陶器が触れ合う音。
立ち上る茶葉の香り。
静かに揺れる湯気。
「こちらの茶葉は、王宮の茶畑のものでして。素朴ですが、母のお気に入りなんです」
「ふん。まあ、悪くはない」
何かにつけて、上から。
それが、彼の常だった。
それでもエリーゼは、変わらず微笑んでいる。
「母の好きなお菓子も用意しましたわ。どうぞ」
「ふん……」
一見すれば、平穏なティータイム。
だが――
エリーゼは、わざとだった。
「シリウスの学園生活は、とても華やかだと聞きましたわ。
殿下は、とてもおモテになるとか?」
くすり、と笑う。
(まあ、それはそうだ)
鼻が高くなる。
そこからだった。
シスタンの口から、少しずつ“澱”がこぼれ始めた。
「……まあ、いろいろあった。面倒なことが」
「面倒、ですか?」
淡々とした相槌。
それが、さらに言葉を誘う。
「……あのルーリーという子爵令嬢だ。
勝手に動いて、勝手に騒ぎを大きくして……
今や俺の立場が危ういのも、正直あいつのせいだと思っている」
「まあ……」
ただ、それだけ。
「周りも悪い。
あの時、俺を止めなかった奴らが悪いんだ。
普段は俺に媚びておきながら、今になって陰で悪口を叩いているに違いない」
「…………」
「父上だってそうだ。
俺に全部押しつけて、海外に送っておけばいいと考えてるんだろう。
“外交”なんて聞こえはいいが、要するに厄介払いだ」
言葉は、次第に棘を帯びていく。
エリーゼは、ただ静かに聞いていた。
そして、ふいに立ち上がる。
「失礼いたします。
今のお話……心に留めておきたいので」
軽く一礼し、部屋を出ていった。
(まあ、これだけ聞かされれば、誰だって俺が可哀想に思うだろう)
シスタンは、そう都合よく解釈した。
◇
数分後。
「お待たせしました、殿下」
戻ってきたエリーゼの手には――
大きな紙の扇のようなものがあった。
「……それは?」
「お気になさらず。続きをどうぞ」
再び席につき、にこやかに促す。
違和感を覚えながらも、
シスタンは再び愚痴を口にした。
「とにかく、俺は被害者だ。
周りが好き勝手に動いて、俺を利用して――」
ぱあん!!
乾いた音が、部屋を震わせた。
窓の向こうには、王都の屋根が連なり、昼の光を反射している。
だがその景色は、彼の意識にはほとんど入ってこなかった。
(……あのとき、レリフェンで言われた言葉を)
胸の奥で、ゆっくりと反芻する。
(ようやく、“自分のもの”にできたのかもしれない)
そう思えた瞬間、意識は自然と――“あの日”へと引き戻されていった。
◇
レリフェン王国。
シリウスから見れば、小国と呼ばれる部類に入る国だ。
山に囲まれ、派手さはない。
だが土地は堅実で、人々の暮らしは穏やかだった。
ただ一つ――
王族の“選び方”だけが、異質だった。
王家の血を引く者すべてが候補となり、
その中から「誰が最も国を導く器か」を見定め、王に立てる。
血筋ではない。
年長でもない。
“資質”だけを見て、王を選ぶ。
その結果、今のレリフェン王は
先代の王の“弟”であった辺境伯の息子だった。
(小さい国のくせに、ずいぶん回りくどい真似をする)
当時のシスタンは、本気でそう思っていた。
自分は王太子候補から外されかけている。
ルーリーの騒動も、あの襲撃も――
すべて“他人のせいで”、自分が損をしている。
そう、疑いなく信じていた。
(ルーリーがあんな馬鹿をやらかしたせいだ。
周りも止めなかったくせに……なんで“俺だけ”こんな目に遭うんだ)
そこへ追い打ちのように届いた、父王の命。
――「レリフェンへ行け」
(どうせ、小さな国で“見合いの真似事”だろう。
王太子を外す前に、形式だけ整えておきたい……そんなところだ)
拗ねきった思考を抱えたまま、
シスタンはレリフェンへ向かった。
王宮に到着した時でさえ、
その尊大さを隠そうともしなかった。
◇
レリフェン王宮は、シリウスのそれに比べれば質素だった。
だが――
装飾の少なさを補って余りあるほど、
広間に立つ者たちの“目”は、まっすぐで澄んでいた。
「遠路はるばる、お越しくださりありがとうございます、シスタン王子殿下」
新王レオンハルトが、落ち着いた声で挨拶する。
その隣で、王妃クラリスが穏やかに微笑んだ。
(……この人が、“あの”クラリスか)
シスタンも噂は知っていた。
いじめを乗り越え、真実を暴き、辺境伯の嫡男とともに王妃となった公爵家令嬢。
だが――
その物語の重さを、当時の彼は理解していなかった。
(父上と親しいらしいが……所詮、小国の王妃だ)
そんな驕りが、胸の奥にまだ居座っていた。
形式的な挨拶が終わると、
クラリスが柔らかく口を開く。
「殿下。よろしければ、うちの娘とも少しお話しいただけますか?」
そうして紹介されたのが――
「レリフェン王国第一王女、エリーゼですわ」
明るい金髪を束ね、涼やかな緑の瞳で微笑む少女。
「シスタン王子殿下。ようこそレリフェンへ。お会いできて光栄ですわ」
完璧な王女の微笑み。
(……まあ、顔は悪くないな)
それが、当時のシスタンの率直な第一印象だった。
◇
王族用の応接間に通され、二人きりで茶が用意される。
陶器が触れ合う音。
立ち上る茶葉の香り。
静かに揺れる湯気。
「こちらの茶葉は、王宮の茶畑のものでして。素朴ですが、母のお気に入りなんです」
「ふん。まあ、悪くはない」
何かにつけて、上から。
それが、彼の常だった。
それでもエリーゼは、変わらず微笑んでいる。
「母の好きなお菓子も用意しましたわ。どうぞ」
「ふん……」
一見すれば、平穏なティータイム。
だが――
エリーゼは、わざとだった。
「シリウスの学園生活は、とても華やかだと聞きましたわ。
殿下は、とてもおモテになるとか?」
くすり、と笑う。
(まあ、それはそうだ)
鼻が高くなる。
そこからだった。
シスタンの口から、少しずつ“澱”がこぼれ始めた。
「……まあ、いろいろあった。面倒なことが」
「面倒、ですか?」
淡々とした相槌。
それが、さらに言葉を誘う。
「……あのルーリーという子爵令嬢だ。
勝手に動いて、勝手に騒ぎを大きくして……
今や俺の立場が危ういのも、正直あいつのせいだと思っている」
「まあ……」
ただ、それだけ。
「周りも悪い。
あの時、俺を止めなかった奴らが悪いんだ。
普段は俺に媚びておきながら、今になって陰で悪口を叩いているに違いない」
「…………」
「父上だってそうだ。
俺に全部押しつけて、海外に送っておけばいいと考えてるんだろう。
“外交”なんて聞こえはいいが、要するに厄介払いだ」
言葉は、次第に棘を帯びていく。
エリーゼは、ただ静かに聞いていた。
そして、ふいに立ち上がる。
「失礼いたします。
今のお話……心に留めておきたいので」
軽く一礼し、部屋を出ていった。
(まあ、これだけ聞かされれば、誰だって俺が可哀想に思うだろう)
シスタンは、そう都合よく解釈した。
◇
数分後。
「お待たせしました、殿下」
戻ってきたエリーゼの手には――
大きな紙の扇のようなものがあった。
「……それは?」
「お気になさらず。続きをどうぞ」
再び席につき、にこやかに促す。
違和感を覚えながらも、
シスタンは再び愚痴を口にした。
「とにかく、俺は被害者だ。
周りが好き勝手に動いて、俺を利用して――」
ぱあん!!
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