【完結・番外編更新中】断罪劇をぶち壊したのは、すみっこのメモ魔です 〜気付けばとんでもないことになっていた〜

桜野なつみ

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閑話 ぜんざいとハハセン(1)

自室で、第一王子シスタンは静かに外を見つめていた。

窓の向こうには、王都の屋根が連なり、昼の光を反射している。
だがその景色は、彼の意識にはほとんど入ってこなかった。

(……あのとき、レリフェンで言われた言葉を)

胸の奥で、ゆっくりと反芻する。

(ようやく、“自分のもの”にできたのかもしれない)

そう思えた瞬間、意識は自然と――“あの日”へと引き戻されていった。



レリフェン王国。

シリウスから見れば、小国と呼ばれる部類に入る国だ。
山に囲まれ、派手さはない。
だが土地は堅実で、人々の暮らしは穏やかだった。

ただ一つ――
王族の“選び方”だけが、異質だった。

王家の血を引く者すべてが候補となり、
その中から「誰が最も国を導く器か」を見定め、王に立てる。

血筋ではない。
年長でもない。
“資質”だけを見て、王を選ぶ。

その結果、今のレリフェン王は
先代の王の“弟”であった辺境伯の息子だった。

(小さい国のくせに、ずいぶん回りくどい真似をする)

当時のシスタンは、本気でそう思っていた。

自分は王太子候補から外されかけている。
ルーリーの騒動も、あの襲撃も――
すべて“他人のせいで”、自分が損をしている。

そう、疑いなく信じていた。

(ルーリーがあんな馬鹿をやらかしたせいだ。
周りも止めなかったくせに……なんで“俺だけ”こんな目に遭うんだ)

そこへ追い打ちのように届いた、父王の命。

――「レリフェンへ行け」

(どうせ、小さな国で“見合いの真似事”だろう。
王太子を外す前に、形式だけ整えておきたい……そんなところだ)

拗ねきった思考を抱えたまま、
シスタンはレリフェンへ向かった。

王宮に到着した時でさえ、
その尊大さを隠そうともしなかった。



レリフェン王宮は、シリウスのそれに比べれば質素だった。

だが――
装飾の少なさを補って余りあるほど、
広間に立つ者たちの“目”は、まっすぐで澄んでいた。

「遠路はるばる、お越しくださりありがとうございます、シスタン王子殿下」

新王レオンハルトが、落ち着いた声で挨拶する。
その隣で、王妃クラリスが穏やかに微笑んだ。

(……この人が、“あの”クラリスか)

シスタンも噂は知っていた。
いじめを乗り越え、真実を暴き、辺境伯の嫡男とともに王妃となった公爵家令嬢。

だが――
その物語の重さを、当時の彼は理解していなかった。

(父上と親しいらしいが……所詮、小国の王妃だ)

そんな驕りが、胸の奥にまだ居座っていた。

形式的な挨拶が終わると、
クラリスが柔らかく口を開く。

「殿下。よろしければ、うちの娘とも少しお話しいただけますか?」

そうして紹介されたのが――

「レリフェン王国第一王女、エリーゼですわ」

明るい金髪を束ね、涼やかな緑の瞳で微笑む少女。

「シスタン王子殿下。ようこそレリフェンへ。お会いできて光栄ですわ」

完璧な王女の微笑み。

(……まあ、顔は悪くないな)

それが、当時のシスタンの率直な第一印象だった。



王族用の応接間に通され、二人きりで茶が用意される。

陶器が触れ合う音。
立ち上る茶葉の香り。
静かに揺れる湯気。

「こちらの茶葉は、王宮の茶畑のものでして。素朴ですが、母のお気に入りなんです」

「ふん。まあ、悪くはない」

何かにつけて、上から。
それが、彼の常だった。

それでもエリーゼは、変わらず微笑んでいる。

「母の好きなお菓子も用意しましたわ。どうぞ」

「ふん……」

一見すれば、平穏なティータイム。

だが――
エリーゼは、わざとだった。

「シリウスの学園生活は、とても華やかだと聞きましたわ。
殿下は、とてもおモテになるとか?」

くすり、と笑う。

(まあ、それはそうだ)

鼻が高くなる。

そこからだった。
シスタンの口から、少しずつ“澱”がこぼれ始めた。

「……まあ、いろいろあった。面倒なことが」

「面倒、ですか?」

淡々とした相槌。
それが、さらに言葉を誘う。

「……あのルーリーという子爵令嬢だ。
勝手に動いて、勝手に騒ぎを大きくして……
今や俺の立場が危ういのも、正直あいつのせいだと思っている」

「まあ……」

ただ、それだけ。

「周りも悪い。
あの時、俺を止めなかった奴らが悪いんだ。
普段は俺に媚びておきながら、今になって陰で悪口を叩いているに違いない」

「…………」

「父上だってそうだ。
俺に全部押しつけて、海外に送っておけばいいと考えてるんだろう。
“外交”なんて聞こえはいいが、要するに厄介払いだ」

言葉は、次第に棘を帯びていく。

エリーゼは、ただ静かに聞いていた。

そして、ふいに立ち上がる。

「失礼いたします。
今のお話……心に留めておきたいので」

軽く一礼し、部屋を出ていった。

(まあ、これだけ聞かされれば、誰だって俺が可哀想に思うだろう)

シスタンは、そう都合よく解釈した。



数分後。

「お待たせしました、殿下」

戻ってきたエリーゼの手には――
大きな紙の扇のようなものがあった。

「……それは?」

「お気になさらず。続きをどうぞ」

再び席につき、にこやかに促す。

違和感を覚えながらも、
シスタンは再び愚痴を口にした。

「とにかく、俺は被害者だ。
周りが好き勝手に動いて、俺を利用して――」

ぱあん!!

乾いた音が、部屋を震わせた。
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