【完結・番外編更新中】断罪劇をぶち壊したのは、すみっこのメモ魔です 〜気付けばとんでもないことになっていた〜

桜野なつみ

文字の大きさ
82 / 102

第73話 PROBE(プローブ)

王宮高等裁判所の裁判長席は、朝の光を鈍く反射していた。
磨かれた石床に、重臣たちの足音が規則正しく響く。

ここは断罪の場ではない。
しかし、無傷で立ち去ることができる者もまた、ほとんどいない場所だった。

正面の裁判長の席に着いたのは、白髪の老判事だった。
名を呼ばれれば誰もが知る人物だが、政争の場に姿を見せることは少ない。
法と前例、その二つだけを拠り所に、長くこの職にあった男である。

その左右に、王国高等裁判所の判事たちが並ぶ。

傍聴席には、フォレスト公爵の姿があった。
その隣に、令嬢エヴァリーン。
二人とも、感情を表に出さず、ただ静かに前を見ている。

一方で、空いた席もあった。
被告の関係者ーショウイン家の席。
そして、マクシム殿下の席。

その不在は、誰の目にも明らかだった。

やがて、裁判長が低く告げる。

「これより、被告アトラス・ショウインを正式裁判に付すべきかを判断する、予備審理を開始する」

ざわめきはない。
だが、空気がわずかに引き締まった。

最初に口を開いたのは、シグラス公爵だった。

「裁判長ならびに諸侯各位。本日、この場にお諮りしたいのは、一人の若者の罪ではありません」

穏やかな声。
しかし、その言葉は慎重に選ばれている。

「ネロ帝国とグリザール共和国、両国に関わる“テロ未遂事件”により収監されていた人物が、先日脱獄しました。その後、死亡した状態で発見されております」

裁判長は頷き、先を促す。

「その所持品の中から、一通のメモが見つかりました。筆跡は――アトラス・ショウインのものと一致しています」

空気が、わずかにざわつく。

「内容は、帝国内部の動向、協力者の配置、移送経路。いずれも、通常の情報収集では知り得ぬものです」

裁判長が、静かに問いを挟む。

「なぜ、そのような記録を、脱獄者が所持していたのか」

「そこが、最大の問題です」

シグラスは、ためらいなく続けた。

「もしこの記録が真実であるなら、アトラス・ショウインは国家にとって極めて危険な存在です。もし虚偽であるなら――」

一拍も置かずに、言い切る。

「虚偽の情報を残し、国家判断を誤らせた者ということになります」

円卓の一角で、誰かが息を呑んだ。

「さらに申し上げます」

シグラスは、視線を巡らせる。

「調査の結果、ショウイン侯爵夫人――カトリーヌ殿と、グリザール共和国との繋がりも確認されました。そのご子息ーショウイン侯爵家三男アトラス殿は、その系譜に連なる武器、燕尾刀を修練していたことも判明しております」

今度こそ、明確なざわめきが走った。

国王は沈黙したまま、指先を組む。

「これらを踏まえれば」

シグラスの声は低く、しかし確実だった。

「アトラス・ショウインの記録は、国家を守る剣にもなり得るが、同時に、国家を誤導する刃にもなり得る」

裁判長が、ゆっくりと口を開く。

「……つまり、彼の記録の信頼性そのものが、問われているということか」

「その通りです」

シグラスは一礼する。

「そしてもし、彼の記録に虚偽が含まれる可能性があるのなら――過去に、彼の記録を根拠として下された判断も、再検証されるべきでしょう」

視線が、自然とフォレスト公爵へ向く。

「フォレスト公爵家と、シスタン殿下の婚約破棄。あの決定もまた、アトラス・ショウインの記録が重要な根拠となっていました」

フォレスト公爵は、何も言わない。
口を開けば、空気が割れる。
だが、この場では、それが許されないと理解している。

沈黙が、重く落ちる。

やがて、国王が口を開いた。

「……確かに、影響は大きすぎる」

声は静かで、感情を排していた。

「信じたいかどうかではない。このまま曖昧にしておくことは、我が王国にとって危険だ」

裁判長が、その言葉を受ける。

「よって――アトラス・ショウインを、正式な裁判に付すこととする」

誰からも反論はなかった。

それは断罪ではない。
しかし、庇護でもない。

“影響力が大きすぎる者”に対する、国家の選択だった。

シグラス公爵は、深く頭を下げる。

「賢明なるご判断に、深く感謝いたします」

フォレスト公爵は、拳を握ったまま、沈黙を保つ。

こうして決まった。

アトラス・ショウインは、罪が確定したからではなく、危険であると見なされたから裁かれる。

盤面は、すでに詰んでいるように見えた。
だが、最後の一手は、まだ指されていない。
見えない駒が、どこかで動いている。
感想 146

あなたにおすすめの小説

結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です

柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。 そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。 真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。 けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。 「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」 彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。 アンリは実は、亡き国王の婚外子。 皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

『お前の針仕事など誰でもできる』——なら社交界のドレスの裏地を、めくってごらんなさい

歩人
ファンタジー
「地味な針仕事しかできない令嬢は要らない」——公爵家の嫡男にそう言い渡された伯爵令嬢ティナは、 裁縫道具だけを持って屋敷を出た。その翌週、社交界が凍りつく。王妃の夜会服も、公爵令嬢の舞踏会 ドレスも、第一王女の外交用ローブも——仕立てた職人が消えたのだ。しかもティナが十年かけて縫った 全てのドレスの裏地には、二重縫いで隠された署名が残されていて——。 辺境の小さな仕立て屋で穏やかに暮らすティナの元に、王都から使者がやってくる。

【結婚式当日に捨てられました】身代わりの役目は不要だと姉を選んだ王子は、隣国皇帝が私を国ごと奪いに来てから後悔しても手遅れです。

唯崎りいち
恋愛
結婚式当日、私は“替え玉”として捨てられた。 本物の姉が戻ってきたから、もう必要ないのだと。 けれど—— 私こそが、誰も知らなかった“本物の価値”を持っていた。 世界でただ一人、すべてを癒す力。 そして、その価値を知るただ一人の人が、皇帝となって私を迎えに来る。 これは、すべてを失った少女が、本当に必要とされる場所へ辿り着く物語。

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

【完結】すり替えられた公爵令嬢

鈴蘭
恋愛
帝国から嫁いで来た正妻キャサリンと離縁したあと、キャサリンとの間に出来た娘を捨てて、元婚約者アマンダとの間に出来た娘を嫡子として第一王子の婚約者に差し出したオルターナ公爵。 しかし王家は帝国との繋がりを求め、キャサリンの血を引く娘を欲していた。 妹が入れ替わった事に気付いた兄のルーカスは、事実を親友でもある第一王子のアルフレッドに告げるが、幼い二人にはどうする事も出来ず時間だけが流れて行く。 本来なら庶子として育つ筈だったマルゲリーターは公爵と後妻に溺愛されており、自身の中に高貴な血が流れていると信じて疑いもしていない、我儘で自分勝手な公女として育っていた。 完璧だと思われていた娘の入れ替えは、捨てた娘が学園に入学して来た事で、綻びを見せて行く。 視点がコロコロかわるので、ナレーション形式にしてみました。 お話が長いので、主要な登場人物を紹介します。 ロイズ王国 エレイン・フルール男爵令嬢 15歳 ルーカス・オルターナ公爵令息 17歳 アルフレッド・ロイズ第一王子 17歳 マルゲリーター・オルターナ公爵令嬢 15歳 マルゲリーターの母 アマンダ・オルターナ エレインたちの父親 シルベス・オルターナ  パトリシア・アンバタサー エレインのクラスメイト アルフレッドの側近 カシュー・イーシヤ 18歳 ダニエル・ウイロー 16歳 マシュー・イーシヤ 15歳 帝国 エレインとルーカスの母 キャサリン帝国の侯爵令嬢(前皇帝の姪) キャサリンの再婚相手 アンドレイ(キャサリンの従兄妹) 隣国ルタオー王国 バーバラ王女

あなたの隣に私は必要ですか?

らんか
恋愛
政略結婚にて、3年前より婚約し、学園卒業と共に嫁ぐ予定であったアリーシア。 しかし、諸事情により結婚式は延期され、次の結婚式の日取りさえなかなか決められない状況であった。 そんなアリーシアの婚約者ルートヴィッヒは、護衛対象である第三王女ミーアの傍を片時も離れようとしない。 月1回の婚約者同士のお茶会もすぐに切り上げてしまい、夜会へのエスコートすらしてもらった事がない。 そんな状況で、アリーシアは思う。 私はあなたの隣に必要でしょうか? あなたが求めているのは別の人ではないのでしょうかと。 * 短編です。4/4に完結します。 ご感想欄は都合により、閉じさせて頂きます。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。過激ざまぁタグあります。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。