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第1話 ああ無情
しおりを挟む公爵令嬢クラリスの朝は、遅い。
なぜなら――彼女は毎日、疲労困憊だからだ。
お貴族様のご令嬢が何故と思うそこのあなた。
あなたは彼女の苦悩を知らない。
「お嬢様! お嬢様! 遅刻なさいますよ!!」
部屋付きメイドのモリーが、クラリスを揺さぶる。
――本来なら、令嬢を“揺する”など言語道断。
だがクラリス様は、揺すらねば起きぬ。
ゆえに、モリーは進化したのだ。
部屋付きになったばかりの頃、モリーは思っていた。
「お嬢様」という存在は、
小声でそっと呼びかければ起きるものだと。
だが、クラリス様は違った。
レベル1
「お嬢様、起きてください。朝ですよ」
レベル2
カーテンを開け、朝日を浴びてもらいながら
「お嬢様、朝ですよ」
レベル3
朝日+わざと音を立てて洗面器を運び
「お嬢様、朝ですよ」
レベル4
さらに音量倍増
「お嬢様! 朝ですよ!」
──そこから延々、経験値を取得し。
現在レベル16。
レベル16にて、ようやくクラリス様は“一撃”で目を覚ましてくださるようになった。
※ただし、「一撃」といっても一回のゆすりではない。
約5往復のゆすりでようやく「うっすら目があく」仕様である。
さらにここからは力技。
少しでも持ち上がったお嬢様のお背中のうしろにクッションをエッホエッホと積み上げ、
物理的にお体を「起こして」差し上げる。
これができるのはモリーだけ。
他のメイドには……いや、恐ろしくて無理である。
そして最後の決め技。
耳元で、思いきり叫ぶ。
「おーーーーーじょーーーーーおーーーーーサマーーーーーーー!!」
ぱちっ。
クラリスの目が開く。
天使の微笑みが、そこに咲く。
「……あら、おはようモリー。毎朝ありがとう」
この笑顔を見られるなら、モリーは今日も戦える。
たとえそれが、命懸けの朝の儀式であっても──。
さて──
そもそも、クラリスがここまで疲れているのには、訳がある。
彼女は──転生者なのだ。
それも、よりによって現代日本の「京都と大阪の境」に住んでいた、
大阪人なのか京都人なのか、もはや本人もわからない属性の、ややこしい元女子。
ある日突然、「あはは、うふふ♡」な乙女ゲーム世界に転生してしまい、
なぜか公爵令嬢という、上流階級のお飾りポジションに収まってしまった。
乙女ゲームの住人たちは、みんなテンプレ通りに生きている。
笑顔で紅茶をすする乙女たち、
意味もなくキラキラ光る乙男たち、
そのすべてがクラリスの脳内には、こう響く。
「いや、なんでこの状況で、笑顔で紅茶飲んだら解決やねん」
「今、そのセリフ言う流れちゃうやろ。はよ帰れ」
「テヘッ☆ ちゃうねん。“テヘッ”て。昭和のアイドルでも言わへんで?」
そして、脳内ツッコミが止まらない。
だが表では、“公爵令嬢クラリス”を演じねばならない。
上品に微笑み、目元にだけ感情を宿し、
昔、祖母が母(奈良出身)に使ってたアレを思い出し、相手をじわじわ追い詰める。
いやしかし、だがしかし。追い詰めているつもりだが、相手はわかってくれやしない。
しかし、それでもやらないと、クラリスの脳内がストレスで爆発してしまうのだ。
「まあ、ご機嫌ようステラ。今朝の髪型、とても斬新でお美しいわね。わたくしもどのようにされているのか、教えていただきたいくらいですわ」
(※訳:その縦ロールどうやってねん)
「まぁ殿下、ご挨拶を忘れるほど急がれていたとは……毎日難しいお仕事を抱えてお勉強されるのを忘れるほど大変ですもの、仕方ないことですわね」
(※訳:おい、無視すなや。暇なくせに)
……こうして、クラリスの脳内はツッコミ回転数MAX。
表に出す祖母式応酬を変換するにも、回転擦り切れそう。
一日が終わる頃には、心の中で何十本も漫才が成立している状態。
そら、疲れるわけである。
この日々を何とかやり過ごすために、クラリスは毎夜ベッドに沈む。
「なんでこんな世界に来てしもてんやろ……」と、心の中で叫びながら。
かくして、明日もクラリス嬢の朝は遅いのです。
◇
クラリス文庫
『ああ無情』(ヴィクトル・ユゴー/フランス)
パン一個盗んで19年ぶち込まれる話から始まる。司教の銀の燭台で人生やり直し。人間の救いと赦しを描いた大河小説……なんやけど。
パン一個で19年て長すぎやろ。で、燭台ひとつで許すのも極端すぎひん?
◇◇
スミマセン
大阪京都奈良の皆さま
作者の属性が、大阪京都奈良なので
面白がって書いてます
どうかわろて見逃してください
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