【完結】妹に存在を奪われた令嬢は知らない 〜彼女が刺繍に託した「たすけて」に、彼が気付いてくれていたことを〜

桜野なつみ

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白の問い

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商会の一室に戻ったレオニスは、すぐにアレンを呼び寄せ、新たな任務を命じた。

「アレン。アリシア嬢だけでなく──ソーントン家全体の過去を洗ってほしい。できるだけ古い記録からだ」

「かしこまりました」

レオニスは短く頷く。

アリシア嬢だけを調べれば済むと思っていた。
その浅はかさによって、「きみ」にまた苦しい思いをさせてしまったのだ。

今度こそ、真実を掴む。
そして必ず──「きみ」を助け出す。

彼の中ではすでに、ソーントン家の闇は単なる“個人の問題”ではなく、
“一族の構造そのものの歪み”であるという確信に変わりつつあった。

 



その夜、レオニスはカリンナ公爵夫人の私邸を訪れた。

「ようやく、本気で動く気になったのね」

迎えたカリンナは、紅茶を差し出しながら微笑む。

「はい、伯母上……お願いがあります。ソーントン家へ、信頼できる者を潜り込ませたいのです」

「うふふ、そう言われるかしらと思って、もう手を打っておいたわ。我が家が統括する福祉局に、長年勤めてきた女性がいるの。情報の扱いも、人心の機微も心得た人よ。彼女をメイドとして送り込みましょう。名前は──そうね、“エイミー”とでも名乗らせて」

「……感謝します」

「さあ、あなたの“白”を、取り戻してらっしゃいな」

カリンナは優しく微笑み、そっと彼の頭を撫でた。

「……この歳になっても、頭を撫でられるというのは……嬉しいものですね」

レオニスは、幼い日の記憶をたぐるように言った。
そして心のどこかで願っていた。
自分もまた、誰かに、このぬくもりを手渡すことができたなら、と。

その夜、彼の胸の奥で、何かが静かに、確かに動き出していた。

 



深夜。レオニスの書斎には、ひとつの刺繍が広げられていた。

──前回、ソーントン家から持ち帰った桜のハンカチ。
だがそこに、彼女の“白”は縫われていなかった。

レオニスは、そっと白糸を手に取る。
そして、自ら学んだ影縫いの技法で、布の裏へと針を走らせていく。

拙くとも、丁寧に。
思いを込めて、祈るように──

「きみ」を助けたい。

その思いが、白い糸となって布の中へと吸い込まれていく。

彼はただ、知りたかった。
その刺繍の奥にいる「きみ」の声を。
名を。
真実を。

そして、ようやく応えたかった。
「きみ」が繰り返し、縫い続けてきた、
──沈黙の叫びに。

 



翌日。ソーントン邸。

金装飾のティーポットを手土産に、レオニスはふたたび現れた。
母娘は目を輝かせてティーポットを見つめる。
──それだけを。

「前回の桜の刺繍、大変好評でした。実は、同じ方がもう一度所望されまして」

そう言って、レオニスはそっと籠の蓋を開ける。
その一番上には、桜の刺繍が施されたハンカチが置かれていた。

「こちら、参考までにお戻しします。特にこの意匠を気に入られていて……」

だが、アリシアも、その継母も、そこに縫い足された“白”には気づかない。

「ええ、これは以前のものですね。分かりましたわ」

「急ぎではありません。ただ、できれば進捗を度々拝見させていただければと」

レオニスの言葉に、アリシアはにっこりと笑ってみせた。

「もちろん、もちろんですわ。任せてくださいまし」

──レオニスは、目の前のふたりが、刺繍の“何ひとつ”見ていないことを知っていた。

彼女たちは、針の軌跡も、糸の声も見ない。
ただ、“それによって得られるもの”しか見ていないのだ。

 



その夜。

刺繍の籠は、無造作にビオラの部屋へと運ばれた。
メイドの手から雑に放り込まれたそれを、彼女は刺繍台にそっと置く。

蓋を取ると、その中に見覚えのある桜のハンカチがあった。

──あの日、自分が「白」を縫えなかったもの。

「ごめんね」

ビオラは、そっとその布を撫でる。
けれど、ふと指先に引っかかるような違和感を覚え、裏返してみる。

そして──目を見開いた。

そこには、白糸で縫われた、たった一行の影縫いがあった。

 

──もうすこし まっていて

 

その瞬間、彼女の小さな手が震えた。

何かが、胸の奥で、ほどけた。

目から零れた涙は、暖かかった。
ずっと忘れていた温度を思い出すように、
その一滴が、刺繍布の角を濡らした。

──誰かが、自分を見てくれていた。

誰かが、自分を知ろうとしてくれていた。

それだけで、生きていける。
それだけが、命を繋ぐ光になる。

ビオラは、そっとそのハンカチを広げる。

まるで宝物のように。
いいえ──それは、間違いなく彼女にとって“宝物”だった。

「私は、ここにいる」
その声にならない声を、心のなかでくり返す。

──まだ声は戻らない。
けれど、返事は、確かにそこにあった。

 



その夜。
ソーントン邸の裏丘に、ひときわ高く月が昇った。

白銀の光が、ひっそりと、少女の部屋の窓辺を照らす。

まるで、“白の問い”に、やがて真実の光が注がれる日を──

静かに、告げるかのように。

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