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略奪
王城を去る、略奪された王子
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レジィリアンスは自分のチェストを持ち上げ、質素な馬車の屋根に積み込むエウロペの、頼もしい背を見つめる。
横のエルデリオンは一刻も早くレジィリアンスを馬車に乗せ、二人っきりになりたい様子を隠さなかった。
が、たたずみエウロペの作業を見守るレジィリアンスを、急かす訳にも行かない。
エウロペが、三つある大きなチェストを積み込み終わってようやく。
エルデリオンはレジィリアンスを、馬車に促すことが出来た。
「…残念ながら戦の最中でしたので。
地味な馬車で申し訳無い。
中央王国〔オーデ・フォール〕に戻れば、白金の馬車に、お乗せできます」
けれどレジィリアンスは、興味なさげに顔を下げる。
親しくも無いこの人の花嫁となった今。
どう接して良いのか、まるで分からず困惑していたから。
それに…。
レジィリアンスは城の前広場を見つめる。
エウロペに
『城内の王弟の手の者は一掃しましたから。
やっとお城に、帰ることが出来ます』
そう言われ…あの門を潜りこの広場で馬を下り、嬉々として駆け込んだ城内…。
横でしきりに馬車に乗り込むよう誘う、エルデリオンを見つめ…レジィリアンスは気落ちしたまま、歩を踏み出し、エルデリオンに促されるまま、馬車に乗り込んだ。
そうして、続いて乗り込んでくるエルデリオンを、うつむきながら見やる。
気品溢れる、美しい貴公子だと思った。
中央王国〔オーデ・フォール〕のエルデリオンといえば、文武に優れ、特に剣の腕では国に相手が居ないからと、身分を隠し、旅をしながらそれを更に磨いたと…。
そう伝え聞いた王子。
“同盟国だから、いつかはお会いできますね”
その噂を聞いた時、確か無邪気に自分はエウロペに、微笑んだ…。
チラ、と顔を上げ、上目使いでエルデリオンを見つめる。
端正な横顔は美しく、しかし大国の王子だけあり、優しげな中に強さと威圧が感じられた。
がたん…!
馬車が、動く。
窓から後ろを振り返ると、美貌の母王妃が、転がるように開いた巨大な玄関扉から駆けて来た。
「…母上!」
少しくすんだ色の、深紅のドレスの裾を手で摘まみ、華奢な姿はよろめきながらも、必死に走り出す馬車に向かって、駆け続ける。
転ぶのではないかと、レジィリアンスははらはらした。
馬車を止めて!と叫ぼうとした時、馬車の横に馬を付けた大国の護衛の一人が、御者に声をかけて、馬車は止まった。
「レジィ!レジィ!…お願い、どうか元気で!
これを…」
追いついて窓に駆け寄る母が、差し出す腕輪を見る。
「これは父様から、あなたに…」
レジィリアンスはその古めかしい、けれど美しい彫刻の、大きなエメラルドの嵌め込まれた腕輪を見つめる。
「これ…」
レジィリアンスは差し出された腕輪を手に取り、震えた。
「だっ…。
だって、これは父様のお守りでしょう?
代々王が受け継ぐ、大切なものではありませんか…!
エウロペを私に下さった上に、こんな大事なものまで…。
とても、頂けません…!」
けれど母王妃は、ほつれた金の髪を散らし、首を横に振ると、か細い声で囁く。
「お願いよ…。
お父様の心だとお思いになって…。
元気で…元気でいるのよ?
…お願いです!」
「かあさ…!」
それ以上は、言葉が続かなかった。
窓越しに母を抱き、その頬に頬ずりした。
彼女が顔を上げた時、その後ろにはいつの間にか馬車を降りた、エルデリオンが立っていた。
すらりとした出で立ちの美しい貴公子は、彼女の手を取る。
そして言った。
「大事に…大事にします。お約束します」
そうして、王妃の白い手に、約束の印としてそっと、口づける。
彼女は少し、安心した。
息子をさらうその若者が、あまりに高貴で美しかったので。
彼の母王妃に、彼女は出会った時から親切にしてもらっていた。
だから催し物があると必ず、この王城に招待した。
中央王国〔オーデ・フォール〕の王妃はこの国を大変気に入り、そして彼女をも気に入り…。
いつもことある毎に、良い香りのする美しい手紙を、贈り物と共に彼女に届け、二人はとても親密なやり取りを続けていた…。
その息子の彼の評判をも、彼女は聞いていた。
彼が比較的優しい性格で、それでいて権威があり、決断力にも富む若者であると…。
母王妃は必死に。
縋るように。
夫を負傷させてまでも、愛しい息子を略奪する、若者に訴えかける。
「お願いします。
この子をどうか…。
小さな頃から命を狙われ、心休まる時もありませんでした。
どうかこの子を…幸せにしてあげて!」
けれどエルデリオンの心は。
馬車に佇む、美しい少年に持って行かれていた。
彼を大切にすること。
それは、当然の事のように思われたから、すらすらと口に出す。
「お望みを叶えるよう、力を尽くしますので、ご心配は無用です」
王妃は頬に涙を滴らせ、それでも頷き、エルデリオンは頷き返すと、再び馬車に乗り込んだ。
美しい王妃が見送る中、馬車は走り出し、それと共に大軍が動き出す。
エウロペは馬上から、見上げる王妃に誓うような真摯な視線を投げると、一礼し…。
中央王国〔オーデ・フォール〕の騎士らまでもが皆、王妃の横を通り過ぎる時、軽く頭を下げて、礼を取った。
やがて敵国の大軍は王城から消え去り…王妃はほつれ髪をなびかせ、遠ざかって行く愛しい息子を乗せた馬車を、いつまでもその場に立ちすくんで、見送った。
横のエルデリオンは一刻も早くレジィリアンスを馬車に乗せ、二人っきりになりたい様子を隠さなかった。
が、たたずみエウロペの作業を見守るレジィリアンスを、急かす訳にも行かない。
エウロペが、三つある大きなチェストを積み込み終わってようやく。
エルデリオンはレジィリアンスを、馬車に促すことが出来た。
「…残念ながら戦の最中でしたので。
地味な馬車で申し訳無い。
中央王国〔オーデ・フォール〕に戻れば、白金の馬車に、お乗せできます」
けれどレジィリアンスは、興味なさげに顔を下げる。
親しくも無いこの人の花嫁となった今。
どう接して良いのか、まるで分からず困惑していたから。
それに…。
レジィリアンスは城の前広場を見つめる。
エウロペに
『城内の王弟の手の者は一掃しましたから。
やっとお城に、帰ることが出来ます』
そう言われ…あの門を潜りこの広場で馬を下り、嬉々として駆け込んだ城内…。
横でしきりに馬車に乗り込むよう誘う、エルデリオンを見つめ…レジィリアンスは気落ちしたまま、歩を踏み出し、エルデリオンに促されるまま、馬車に乗り込んだ。
そうして、続いて乗り込んでくるエルデリオンを、うつむきながら見やる。
気品溢れる、美しい貴公子だと思った。
中央王国〔オーデ・フォール〕のエルデリオンといえば、文武に優れ、特に剣の腕では国に相手が居ないからと、身分を隠し、旅をしながらそれを更に磨いたと…。
そう伝え聞いた王子。
“同盟国だから、いつかはお会いできますね”
その噂を聞いた時、確か無邪気に自分はエウロペに、微笑んだ…。
チラ、と顔を上げ、上目使いでエルデリオンを見つめる。
端正な横顔は美しく、しかし大国の王子だけあり、優しげな中に強さと威圧が感じられた。
がたん…!
馬車が、動く。
窓から後ろを振り返ると、美貌の母王妃が、転がるように開いた巨大な玄関扉から駆けて来た。
「…母上!」
少しくすんだ色の、深紅のドレスの裾を手で摘まみ、華奢な姿はよろめきながらも、必死に走り出す馬車に向かって、駆け続ける。
転ぶのではないかと、レジィリアンスははらはらした。
馬車を止めて!と叫ぼうとした時、馬車の横に馬を付けた大国の護衛の一人が、御者に声をかけて、馬車は止まった。
「レジィ!レジィ!…お願い、どうか元気で!
これを…」
追いついて窓に駆け寄る母が、差し出す腕輪を見る。
「これは父様から、あなたに…」
レジィリアンスはその古めかしい、けれど美しい彫刻の、大きなエメラルドの嵌め込まれた腕輪を見つめる。
「これ…」
レジィリアンスは差し出された腕輪を手に取り、震えた。
「だっ…。
だって、これは父様のお守りでしょう?
代々王が受け継ぐ、大切なものではありませんか…!
エウロペを私に下さった上に、こんな大事なものまで…。
とても、頂けません…!」
けれど母王妃は、ほつれた金の髪を散らし、首を横に振ると、か細い声で囁く。
「お願いよ…。
お父様の心だとお思いになって…。
元気で…元気でいるのよ?
…お願いです!」
「かあさ…!」
それ以上は、言葉が続かなかった。
窓越しに母を抱き、その頬に頬ずりした。
彼女が顔を上げた時、その後ろにはいつの間にか馬車を降りた、エルデリオンが立っていた。
すらりとした出で立ちの美しい貴公子は、彼女の手を取る。
そして言った。
「大事に…大事にします。お約束します」
そうして、王妃の白い手に、約束の印としてそっと、口づける。
彼女は少し、安心した。
息子をさらうその若者が、あまりに高貴で美しかったので。
彼の母王妃に、彼女は出会った時から親切にしてもらっていた。
だから催し物があると必ず、この王城に招待した。
中央王国〔オーデ・フォール〕の王妃はこの国を大変気に入り、そして彼女をも気に入り…。
いつもことある毎に、良い香りのする美しい手紙を、贈り物と共に彼女に届け、二人はとても親密なやり取りを続けていた…。
その息子の彼の評判をも、彼女は聞いていた。
彼が比較的優しい性格で、それでいて権威があり、決断力にも富む若者であると…。
母王妃は必死に。
縋るように。
夫を負傷させてまでも、愛しい息子を略奪する、若者に訴えかける。
「お願いします。
この子をどうか…。
小さな頃から命を狙われ、心休まる時もありませんでした。
どうかこの子を…幸せにしてあげて!」
けれどエルデリオンの心は。
馬車に佇む、美しい少年に持って行かれていた。
彼を大切にすること。
それは、当然の事のように思われたから、すらすらと口に出す。
「お望みを叶えるよう、力を尽くしますので、ご心配は無用です」
王妃は頬に涙を滴らせ、それでも頷き、エルデリオンは頷き返すと、再び馬車に乗り込んだ。
美しい王妃が見送る中、馬車は走り出し、それと共に大軍が動き出す。
エウロペは馬上から、見上げる王妃に誓うような真摯な視線を投げると、一礼し…。
中央王国〔オーデ・フォール〕の騎士らまでもが皆、王妃の横を通り過ぎる時、軽く頭を下げて、礼を取った。
やがて敵国の大軍は王城から消え去り…王妃はほつれ髪をなびかせ、遠ざかって行く愛しい息子を乗せた馬車を、いつまでもその場に立ちすくんで、見送った。
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