森と花の国の王子

あーす。

文字の大きさ
187 / 418
記憶を無くしたレジィリアンス

思いを吐き出すエルデリオン

しおりを挟む
 間もなく部屋に、ラステルとロットバルトがやって来るのを見て、エリューンとテリュスは顔を見合わせる。
その背後からエウロペが姿を見せた。

ロットバルトは長椅子に横たわり目を閉じる、憔悴しきったエルデリオンを見つめ、屈み込む。
「…俺までこっちに来るんじゃ無かった…」
ラステルが直ぐ、ロットバルトを庇う。
「貴方のせいじゃない。
話では…二日は眠る薬…って事だったから」

ロットバルトとラステルに振り向かれ、エウロペは肩を竦める。
「…むしろ、あの薬を飲んでてここまで来るなんて。
かなりな根性だ。
が、私のせいだというなら。
私がオレシニォン西の客用離宮まで彼を運ぶ」

ロットバルトはため息を吐く。
「不案内な貴方に、そこまでさせるつもりは無い。
…それで…デルデロッテとレジィリアンスの濡れ場を。
タイミング良すぎで、見たんですね?」

テリュスとエリューンはそれを聞いてまた、互いの顔を見合わせた。

ラステルはロットバルトに告げる。
「エウロペ殿にとって不案内と言う言葉は、あって無いも同然」
ロットバルトがラステルに異を唱える。
「なら彼に。
エルデリオンを運ばせるのか?」
「それは頼みませんが…。
ただ、どうして目を覚ましてしまったのかは。
気になりますね…」

「ヤッハなら、聞き出せるが…」

ロットバルトとラステルは揃って振り向き、そう言ったエウロペを見た。
「…自白剤ですか?」

ラステルの問いに、エウロペは肩を竦める。
「頭痛も吐き気も無く、むしろ誰にも言えない胸の内を吐き出せて、投薬後は気分がすっきりする良薬だ」

テリュスとエリューンが同時にため息を吐き、ロットバルトは少し離れた背後に立つ、二人に振り向く。

テリュスはロットバルトに見つめられ、白状した。
「レジィはあまり言いたい事を言えず、我慢する子供だったから…。
城から離れ、まだ城外の生活に馴染めなかった頃、よく使った」

ラステルは目を見開く。
「…王子に使ってたんですか?」

エウロペは頷く。
「体の傷と、心の傷は同じ。
ため込んでると、んで酷くなる」

ロットバルトとラステルは、顔を見合わせた。
「…なるほど」
ラステルはロットバルトに尋ねる。
「では、賛成?」
ロットバルトはため息交じりに頷く。
「二日眠りこける薬なのに。
目覚め、全身に気付けを塗りたくって、ここまで来たんだぞ?」

ラステルも頷くと、エウロペに振り向いて告げる。
「お願いします」

エウロペは頷き、直ぐ自室へ消えると、暫くして白い液の入った小皿を持って来た。

ロットバルトは立ち上がると、エウロペにその場を譲る。
エウロペは屈み込むと、長椅子に目を閉じて横たわるエルデリオンの口に、布に浸した液を数滴、したたらせて含ませる。

数回それを繰り返すと、やがてエルデリオンは首を横に振り…目を閉じたまま、話し始めた。

「…お願いだ…眠りたくない。
起こして…」

エウロペは囁く。
「どうして眠りたくない?」

エルデリオンは泣きそうに顔を歪める。
「…あいつがいる…!
縛られて…石牢に…私は…ここに居たくない!
なのに眠ると…ここに来る…」

ラステルがロットバルトを見る。
「…レガートの事ですかね?」
ロットバルトはただ、唸る。

エウロペの声は平静。
「なぜ、嫌なんだ?」

エルデリオンは泣きそうに顔を歪めた。
「…レジィリアンスは私が…私の…身代わりだと…!
私が捕まらなかったから!
私を…苦しめる為に、レジィをさらった…」

ラステルが口を開こうとした時。
エウロペは静かに言った。
「あいつは君を苦しめたくて、そう言ってる。
詭弁きべんだ。
自分の歪んだ心から生み出す行動を、正当化したくて言ってる」
エルデリオンは叫んだ。
「だが!
それでレジィ殿が記憶を無くすほど辛い目に遭って…私を拒絶してるのは事実だ!
デルデロッテには…あんな…頼り切って縋り付いて!
自分から…口づけするほど懐いてるのに!!!」

エウロペはため息を吐いた。
「自分のした事を、悔いている?」

エルデリオンは頷く。
「…戦の準備をしてる時…デルデロッテに腕を掴まれ言われた。
“今直ぐ止めて…王の言った言葉は全て忘れ、身分を隠しシュテフザイン森と花の王国に出かけ。
機会を見つけてあの方に思いを伝えなさい!!!"
…聞けば…良かった………。
けれど私は、第一従者ラザフォードの言葉に従った!
“王子である貴方に望まれたんですから。
それを断るなど不敬極まりない。
彼らにそれがどれ程の恵みかを、思い知らせるためにも。
戦は必要…"
………わたし…は…馬鹿だ……」

エウロペは“その通りだ”と言う代わりに、ため息を吐く。
「…それで自分を責めている…レガートの言葉を聞くんですか?」

エルデリオンは顔を揺らす。
「…けどその通りだ!
あの男が言った通り…私のせいでレジィ殿が…辛い目に遭ったのは!
それは事実だ!!!」

ラステルがまた、口を挟もうとした時。
エウロペはきっぱり言った。
「責めるなら…レジィリアンスに責められるべきだ。
レガートにでは無い」

エルデリオンはその時、ふうっ…と石牢から、レガートから。
解き放たれる気がした。
「加害者の言葉なんて、聞く必要は無い。
レジィリアンスに責められなさい」

その言葉は眠ってるエルデリオンの心に届き…皆はエルデリオンが、切なげに眉を寄せるのを見た。
「レジィリアンスはまだ、奴らに与えられた薬の影響下にあり、それで記憶が戻らない。
記憶が戻った時。
レジィリアンスに責められなさい。
その時まで、どれ程辛くとも、貴方は待たなくてはならない」

エルデリオンは震えながら…こくん。と頷いた。

エウロペは静かに言った。
「…眠れますか?」

エルデリオンはやっと、やつれた顔に安らかな表情を覗かせて、頷く。

「では、お眠りなさい」

暫く後、エルデリオンはすぅーと寝息を立て、寝入った。

エウロペはその場から立ち上がり、ロットバルトに振り向く。
ロットバルトは直ぐやって来ると、眠るエルデリオンを抱き上げ、部屋を出て行く。

ラステルはエウロペの横に駆け込むと、微笑んで囁いた。
「貴方は心の分野でも、名医だ!」

が、エウロペは頷く。
「…だが拒絶は、レジィリアンスの本心。
彼は不安な状況に叩き込まれ、自身の望みは贅沢と。
思える境遇に居る。
できるだけ、安心させてやりたい」

ラステルは頷く。
「レジィがデルデと居る場に、二度とエルデリオンを寄越さない」

エウロペは静かに呟いた。
「お願いします」

ラステルが頷きかけた時。
テリュスが横のエリューンに、囁く声を聞く。

「…あいつ。
とんでも酷いヤツと思ってたが…人柄知ると、割と可愛いとこあるよな?」
エリューンも小声で言い返す。
「そうですか?
私はきっぱり、自業自得だと思いますけど」
テリュスがすかさず言い返す。
「大国の王子だぞ?
まだ自分の権力の使い方、良く分かってない風だろう?
側に居るヤツの言葉で、踊らされる。
レジィだって…エウロペがずっと側に居るからいいコだけど」

エリューンは真顔で頷いた。
「…確かに。
付いてるヤツが悪いと、とんでも我が儘王子になってたかも」

エウロペはぷっ!と吹き出し、ラステルは肩すくめた。
「…貴方の人選は、確かだ」
「…だろう?」

テリュスとエリューンは、吹き出し続けるエウロペと、肩を竦めて退室するラステルを、きょとん。として交互に眺めた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

雄牛は淫らなミルクの放出をおねだりする

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...