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孤独な待ち時間
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その日、ソルジェニーはずっとファントレイユを待った。
が、彼はなかなか姿を現さなかった。
軍務で、出頭が遅くなるとは聞いていたけど…。
午後の日が暮れ始めても、ファントレイユの姿が無く…。
ソルジェニーはぽつんと室内で、時間を持て余した。
たいてい毎日、午前中に色々な行儀見習いだの、歴史だの…殆どの講義は終わっていたし、昼食後は夕食まで、彼は一人で放って置かれるのが常だった。
「(以前は一人が気にならなかったのに…)」
ファントレイユと出会って以来、あんまりたくさんの人との出会いで、一人で居る事がどれ程孤独な事か、ソルジェニーは改めて思い知った。
召使いが夕食の支度をしていき、ソルジェニーはいつも一人で食べるその食卓に、着く気すら無く…。
がらんどうの豪華な室内で、ぽつんと椅子にかけたまま…。
ぼんやり戸口を眺めては、それが開く様子の無いのに落胆した。
ファントレイユの姿が無い。
来る筈の彼が来ない…。
たったそれだけで…ソルジェニーは、ぜんまいの切れた人形のように動けない自分を不思議に思った。
「(…どうしてこんなに…力が出ないんだろう…?)」
けど。
扉は開く様子無く、ソルジェニーは気力をなくし、椅子に掛けたまま。
並べられた食卓の豪勢な食事に視線すら送らず、待ち続けた。
夕食が冷め切った頃。
戸口はいきなり開いた。
「…失礼。大変遅くなって…」
ファントレイユは息を切らし、自慢のたっぷりのグレーがかった栗毛を乱し、ソルジェニーの前にその姿を突然現した。
が、待ち侘びて顔を上げるソルジェニーのその表情と、食卓に並ぶ手の付けられていない冷めた夕食を目にし。
ファントレイユは一息整え、いつもの軽やかで自信に満ちた声色で告げる。
「…お食事が、まだのようだ」
がソルジェニーは静かに俯いた。
「…食欲が無くて」
ファントレイユは肩をすくめ、そしてつかつかと食卓の上の食事の、鳥肉を指で摘んで口に放り込むと、もぐもぐと口を動かして食べ、頷いてソルジェニーに微笑む。
「…とても、美味しいですよ?」
室内が、一気に明るくなるようなその存在感に。
あまりに寂しかったソルジェニーは、涙が零れそうだった。
がらんどうの空虚な室内が…活気と輝きに満ちてる。
けれどそのファントレイユの存在を感じた途端…彼が来る前、自分がどれほど孤独だったのか。
動く気力すら奪うほど、切なく辛い感覚だったのか。
思い知って、零れそうな涙を、必死にこらえた。
ファントレイユはソルジェニーの様子を見、心理状態を察したものの。
微笑みを崩さぬまま、鶏肉をもう一つ摘み上げ、口に放り込む。
「…お食べにならないんですか?」
ソルジェニーは空腹すら感じないほど、孤独に押し潰されていた。
と気づいたけれど。
やっぱりお腹は空いて無くて、力無い声でささやく。
「お腹がお空きなら、貴方が頂いて下さい」
ソルジェニーのか細い声に。
ファントレイユはチラと王子を見はしたが、さっと椅子を引いて掛けると、ナイフとフォークを持ち上げた。
「では、遠慮無く頂きましょう。
…何せ昼食も頂けなくて、腹ぺこですから」
その、もりもり食べてるファントレイユの様子に、ソルジェニーは目を丸くした。
「…あの…。
お食事もされずにここに、駆けつけて下さったんですか?」
ソルジェニーの気遣わしげな質問に。
ファントレイユは肩をすくめ、何でも無いように微笑を浮かべ、言葉を返す。
「…まだ、いい方です。
行軍になればヘタをすれば、夕食もお預けなんて、ザラですからね。
それにここに顔を出したお陰で、こんなに豪華な食事にありつけた。
…まさか私が腹ぺこだと知って、わざと残して置いて頂いたんじゃありませんよね?」
悪戯っぽくそう言って笑うファントレイユに、ソルジェニーの心はうきうきし出した。
「…違います」
微笑んでそう告げると、ファントレイユはうっとりするような微笑を返す。
が、フォークからまた肉を口に放り込み、もぐもぐさせながら尋ねる。
「…では…貴方はまだですか」
途端、ソルジェニーはさっきまで、光の消えたような暗さと重苦しさを思い出し、ささやく。
「…あんまり、食欲が無いので…」
ファントレイユは飲み物の入ったグラスを取ると、そう言って俯く王子を見つめた。
「…それは…いけませんね。育ち盛りなのに。
お食事はお口に、合いませんか?」
言いながら、けどフォークで肉を押さえ、ナイフで切り分け、切った肉をフォークで突き刺すと、素早く口に放り込む。
ソルジェニーは剣の訓練のために預けられた、『風の民』の粗末な住居の、素朴で温かい食事を思い出してた。
あそこでは素材そのものを、蒸したり茹でたりで…。
味付けも単調。
なのに…みんなでわいわい笑いながら食べ…いつも、とても美味しいと感じてた。
「…あの…。
こんな手の込んだ食事より、たまにもっと…その…。
素朴な物を食べたくなるんです…」
ファントレイユは合点がいった、と言うように大きく頷く。
「なる程。
確かに豪華な食材を使った、私じゃ滅多に食べられないご馳走ですが…。
貴方にとっては何を食べたいとか、我が儘は言えないようですね…」
ソルジェニーは力無く、頷いた。
「…せっかく作って下さった…料理人に悪くて…。
その、私が…食べたい食事を告げると、調理の腕に問題があるのかと…。
逆に尋ねられてしまうし………」
ファントレイユは頷きながらも、食事の手を休めない。
そんな彼の食べっぷりを見て、ソルジェニーはもっと項垂れてつぶやく。
「…お仕事が大変でしたら…。
来られないと断って頂いても、構いません」
ソルジェニーの、落胆しきった声音を聞き、ファントレイユは一つタメ息を吐いてフォークを置く。
「…今度から遅くなる時は、使いを寄越すとしましょう…。
まさかずっと、待っていらした?」
ソルジェニーはファントレイユにとても優しげにそう尋ねられ、慌てて首を横に振る。
「…そんな筈ありません。
これでも私だって、それなりに時間を過ごすやり方がありますから…」
が、それを聞いたファントレイユは。
少し、怒ったように眉間を寄せた。
「…王子。
他人に気を使うのは、もっと大人に成ったら、嫌でもしなけりゃなりません。
…少なくとも私に。
気遣いは無用です。
様子で、気づかないうつけ者だと、私の事を思っていらっしゃる?」
気を使って文句を言われるだなんて、ソルジェニーは想定外で。
思わずびっくりして顔を上げ、ファントレイユを見た。
ファントレイユは眉間を寄せたまま、告げる。
「…子供は大人に、気なんか、使うものじゃありません」
そのむくれたような言い用に、ソルジェニーは思わず吹き出した。
がファントレイユは尚も言葉を続ける。
「…ちゃんと自分の本心を、言えないようになってしまいますよ?
素直に自分の気持ちを、言えばいいんです」
ソルジェニーはその言葉に後押しされ、囁く。
「…ずっと待っていて、とても…寂しかった」
そう、口にした途端。
あんまり自分が哀れに思えて。
ソルジェニーは目頭が熱く成った。
ファントレイユは真顔でその様子を見、ようやくほっとしたように口を開く。
「これで私も正式に、謝罪が出来る。
…お待たせして、本当に申し訳ありませんでした。
次回からはちゃんと貴方が待っていると覚えて置いて、気を配りますから」
ファントレイユが真っ直ぐ王子を見つめ、静かにそう告げる。
が、ソルジェニーは尚も。
ファントレイユが、食事すら取れないほど忙しかったのに。
お腹だってうんと空いてるのに。
食事を取る時間も惜しんで、駆けつけてくれた。
と思い、申し訳無いような表情をしてるので。
ファントレイユは言い諭す。
「…それが大人の仕事です。子供は我が儘を言うのが仕事。
忘れないようになさい」
ソルジェニーはその言葉に、潤んだ瞳で頷いた。
ファントレイユはナプキンで唇を拭い、急いで言葉を付け足す。
「…しかし育ち盛りの子供が夕食を抜くのは、頂けませんね。
城下の、私の知っている店がまだ開いている。
あんまり上品な場所じゃ無いが、致し方無い。
食事は多分、貴方のお口に合う筈です。
お女将さんが、それは料理上手なので」
ソルジェニーの目が、それを聞くなりまん丸になった。
「…これから…お出かけして下さるんですか?!」
その様子が飛びあがらんばかりに嬉しそうだったので、ファントレイユは思わず微笑んだ。
「お召し物を、もっと質素にして頂かないとね。
城の中とは違いますから。
馬には、お乗りになれるんでしょう?」
ソルジェニーはさっきまで、孤独のどん底だったことも。
自分を哀れんで、惨めに感じた事も。
綺麗さっぱり忘れ、弾んだ声で叫んだ。
「もちろんです!」
ソルジェニーは言うなり飛び上がりそうな勢いで、椅子をがたん!と大きく鳴らし、着替えの部屋へと駆け込んだ。
ファントレイユはソルジェニーの、年相応のはしゃぐ姿を見、思わず微笑をこぼした。
が、彼はなかなか姿を現さなかった。
軍務で、出頭が遅くなるとは聞いていたけど…。
午後の日が暮れ始めても、ファントレイユの姿が無く…。
ソルジェニーはぽつんと室内で、時間を持て余した。
たいてい毎日、午前中に色々な行儀見習いだの、歴史だの…殆どの講義は終わっていたし、昼食後は夕食まで、彼は一人で放って置かれるのが常だった。
「(以前は一人が気にならなかったのに…)」
ファントレイユと出会って以来、あんまりたくさんの人との出会いで、一人で居る事がどれ程孤独な事か、ソルジェニーは改めて思い知った。
召使いが夕食の支度をしていき、ソルジェニーはいつも一人で食べるその食卓に、着く気すら無く…。
がらんどうの豪華な室内で、ぽつんと椅子にかけたまま…。
ぼんやり戸口を眺めては、それが開く様子の無いのに落胆した。
ファントレイユの姿が無い。
来る筈の彼が来ない…。
たったそれだけで…ソルジェニーは、ぜんまいの切れた人形のように動けない自分を不思議に思った。
「(…どうしてこんなに…力が出ないんだろう…?)」
けど。
扉は開く様子無く、ソルジェニーは気力をなくし、椅子に掛けたまま。
並べられた食卓の豪勢な食事に視線すら送らず、待ち続けた。
夕食が冷め切った頃。
戸口はいきなり開いた。
「…失礼。大変遅くなって…」
ファントレイユは息を切らし、自慢のたっぷりのグレーがかった栗毛を乱し、ソルジェニーの前にその姿を突然現した。
が、待ち侘びて顔を上げるソルジェニーのその表情と、食卓に並ぶ手の付けられていない冷めた夕食を目にし。
ファントレイユは一息整え、いつもの軽やかで自信に満ちた声色で告げる。
「…お食事が、まだのようだ」
がソルジェニーは静かに俯いた。
「…食欲が無くて」
ファントレイユは肩をすくめ、そしてつかつかと食卓の上の食事の、鳥肉を指で摘んで口に放り込むと、もぐもぐと口を動かして食べ、頷いてソルジェニーに微笑む。
「…とても、美味しいですよ?」
室内が、一気に明るくなるようなその存在感に。
あまりに寂しかったソルジェニーは、涙が零れそうだった。
がらんどうの空虚な室内が…活気と輝きに満ちてる。
けれどそのファントレイユの存在を感じた途端…彼が来る前、自分がどれほど孤独だったのか。
動く気力すら奪うほど、切なく辛い感覚だったのか。
思い知って、零れそうな涙を、必死にこらえた。
ファントレイユはソルジェニーの様子を見、心理状態を察したものの。
微笑みを崩さぬまま、鶏肉をもう一つ摘み上げ、口に放り込む。
「…お食べにならないんですか?」
ソルジェニーは空腹すら感じないほど、孤独に押し潰されていた。
と気づいたけれど。
やっぱりお腹は空いて無くて、力無い声でささやく。
「お腹がお空きなら、貴方が頂いて下さい」
ソルジェニーのか細い声に。
ファントレイユはチラと王子を見はしたが、さっと椅子を引いて掛けると、ナイフとフォークを持ち上げた。
「では、遠慮無く頂きましょう。
…何せ昼食も頂けなくて、腹ぺこですから」
その、もりもり食べてるファントレイユの様子に、ソルジェニーは目を丸くした。
「…あの…。
お食事もされずにここに、駆けつけて下さったんですか?」
ソルジェニーの気遣わしげな質問に。
ファントレイユは肩をすくめ、何でも無いように微笑を浮かべ、言葉を返す。
「…まだ、いい方です。
行軍になればヘタをすれば、夕食もお預けなんて、ザラですからね。
それにここに顔を出したお陰で、こんなに豪華な食事にありつけた。
…まさか私が腹ぺこだと知って、わざと残して置いて頂いたんじゃありませんよね?」
悪戯っぽくそう言って笑うファントレイユに、ソルジェニーの心はうきうきし出した。
「…違います」
微笑んでそう告げると、ファントレイユはうっとりするような微笑を返す。
が、フォークからまた肉を口に放り込み、もぐもぐさせながら尋ねる。
「…では…貴方はまだですか」
途端、ソルジェニーはさっきまで、光の消えたような暗さと重苦しさを思い出し、ささやく。
「…あんまり、食欲が無いので…」
ファントレイユは飲み物の入ったグラスを取ると、そう言って俯く王子を見つめた。
「…それは…いけませんね。育ち盛りなのに。
お食事はお口に、合いませんか?」
言いながら、けどフォークで肉を押さえ、ナイフで切り分け、切った肉をフォークで突き刺すと、素早く口に放り込む。
ソルジェニーは剣の訓練のために預けられた、『風の民』の粗末な住居の、素朴で温かい食事を思い出してた。
あそこでは素材そのものを、蒸したり茹でたりで…。
味付けも単調。
なのに…みんなでわいわい笑いながら食べ…いつも、とても美味しいと感じてた。
「…あの…。
こんな手の込んだ食事より、たまにもっと…その…。
素朴な物を食べたくなるんです…」
ファントレイユは合点がいった、と言うように大きく頷く。
「なる程。
確かに豪華な食材を使った、私じゃ滅多に食べられないご馳走ですが…。
貴方にとっては何を食べたいとか、我が儘は言えないようですね…」
ソルジェニーは力無く、頷いた。
「…せっかく作って下さった…料理人に悪くて…。
その、私が…食べたい食事を告げると、調理の腕に問題があるのかと…。
逆に尋ねられてしまうし………」
ファントレイユは頷きながらも、食事の手を休めない。
そんな彼の食べっぷりを見て、ソルジェニーはもっと項垂れてつぶやく。
「…お仕事が大変でしたら…。
来られないと断って頂いても、構いません」
ソルジェニーの、落胆しきった声音を聞き、ファントレイユは一つタメ息を吐いてフォークを置く。
「…今度から遅くなる時は、使いを寄越すとしましょう…。
まさかずっと、待っていらした?」
ソルジェニーはファントレイユにとても優しげにそう尋ねられ、慌てて首を横に振る。
「…そんな筈ありません。
これでも私だって、それなりに時間を過ごすやり方がありますから…」
が、それを聞いたファントレイユは。
少し、怒ったように眉間を寄せた。
「…王子。
他人に気を使うのは、もっと大人に成ったら、嫌でもしなけりゃなりません。
…少なくとも私に。
気遣いは無用です。
様子で、気づかないうつけ者だと、私の事を思っていらっしゃる?」
気を使って文句を言われるだなんて、ソルジェニーは想定外で。
思わずびっくりして顔を上げ、ファントレイユを見た。
ファントレイユは眉間を寄せたまま、告げる。
「…子供は大人に、気なんか、使うものじゃありません」
そのむくれたような言い用に、ソルジェニーは思わず吹き出した。
がファントレイユは尚も言葉を続ける。
「…ちゃんと自分の本心を、言えないようになってしまいますよ?
素直に自分の気持ちを、言えばいいんです」
ソルジェニーはその言葉に後押しされ、囁く。
「…ずっと待っていて、とても…寂しかった」
そう、口にした途端。
あんまり自分が哀れに思えて。
ソルジェニーは目頭が熱く成った。
ファントレイユは真顔でその様子を見、ようやくほっとしたように口を開く。
「これで私も正式に、謝罪が出来る。
…お待たせして、本当に申し訳ありませんでした。
次回からはちゃんと貴方が待っていると覚えて置いて、気を配りますから」
ファントレイユが真っ直ぐ王子を見つめ、静かにそう告げる。
が、ソルジェニーは尚も。
ファントレイユが、食事すら取れないほど忙しかったのに。
お腹だってうんと空いてるのに。
食事を取る時間も惜しんで、駆けつけてくれた。
と思い、申し訳無いような表情をしてるので。
ファントレイユは言い諭す。
「…それが大人の仕事です。子供は我が儘を言うのが仕事。
忘れないようになさい」
ソルジェニーはその言葉に、潤んだ瞳で頷いた。
ファントレイユはナプキンで唇を拭い、急いで言葉を付け足す。
「…しかし育ち盛りの子供が夕食を抜くのは、頂けませんね。
城下の、私の知っている店がまだ開いている。
あんまり上品な場所じゃ無いが、致し方無い。
食事は多分、貴方のお口に合う筈です。
お女将さんが、それは料理上手なので」
ソルジェニーの目が、それを聞くなりまん丸になった。
「…これから…お出かけして下さるんですか?!」
その様子が飛びあがらんばかりに嬉しそうだったので、ファントレイユは思わず微笑んだ。
「お召し物を、もっと質素にして頂かないとね。
城の中とは違いますから。
馬には、お乗りになれるんでしょう?」
ソルジェニーはさっきまで、孤独のどん底だったことも。
自分を哀れんで、惨めに感じた事も。
綺麗さっぱり忘れ、弾んだ声で叫んだ。
「もちろんです!」
ソルジェニーは言うなり飛び上がりそうな勢いで、椅子をがたん!と大きく鳴らし、着替えの部屋へと駆け込んだ。
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