孤独な王子と美貌の護衛と、近衛連隊の暗殺

あーす。

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王子が皆から引かれる理由(わけ)

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 ギデオンは王子に向き直ると、言った。
「…気に入ったんなら良かった。
れどファントレイユで困った事があれば、いつでも私の所に言いにおいで」

ソルジェニーの、表情が一瞬で曇る。
 
ギデオンと良く似た面差しの、少女のように可憐な出で立ち。
薄い色の金髪を肩に垂らし、それは綺麗な青い瞳をした王子は、いつもどこか心細げで。
そんな彼の悲しげな表情に、ギデオンの胸がそれは痛む様子が。
ファントレイユの瞳に映った。

「…でもギデオンはいつも、忙しいでしょう?」

けれどギデオンは、それは優しげに微笑んで告げた。
「君が来ればいつでも、時間を作るさ」
そして思い直したように、付け足す。
「まあ…そりゃ…。
十分な時間は、取れないかもしれないが」

それを聞いてソルジェニーは、それは嬉しそうにギデオンに微笑みかける。
ギデオンは満足げにその笑顔を見守った。

けどギデオンは、さて…!と腰を伸ばす。
「タヌキ共と、ちょっとした会合があるんだ」

その言葉に、ソルジェニーの頭の中が疑問付の洪水になった。
が、ファントレイユは訳知り顔で頷く。
「…大臣達か?
それは大変だな」

ギデオンは少し凹んだように頷く。
「…奴ら、黒い腹を抱えて本音を隠しやがるから、話をするのに気骨が折れる」
「…君のように、人の顔の裏を読むのが不得手な人間には尚更だ。
…大臣相手じゃさすがの君でも、殴れないんだろう?」

ファントレイユの、心から気遣う表情をチラ見するものの。
ギデオンは再びうつむくと、むっつり言った。
「…拳を震わせ、威嚇はするが…。
殴れないと、ストレスが溜まる…」

途端、ファントレイユが困惑したように告げる。
「…頼むから軍で、発散しないでくれ」
ギデオンは、タメ息混じりに言い返す。
「…極力、そうはしているが…こう毎日が平和だとな」

ファントレイユは困惑しきって、尋ねた。
「戦が起こって欲しいとか、思ってないよな?」
「…それはもちろん、望んでない。
が、私に突っかかってくる奴が、近年まるで居ない」

ギデオンが心からがっかりしたように俯くので、ファントレイユは呆れて肩をすくめた。
「…そりゃあれだけ殴れば、無理も無いだろう?」

ソルジェニーはそのとても綺麗な顔をしたギデオンの、軍での有様を聞いて。
思わず口をあんぐり開けた。

が、ギデオンはいかにも不本意そうに腕組んで怒鳴る。
「…そんなに殴った記憶は無いぞ!」

ファントレイユはタメ息混じりに、言いさとす。
「…普通、数人の腕自慢男を殴り倒し、顎の骨を折ったりしたら。
たいして腕の無い男はみんな、君に対して用心するものだ」

ギデオンが、心底意外そうな顔をファントレイユに向ける。
「…まさか君もそうなのか?」

ファントレイユは思い切り、肩をすくめた。
「好んで顎の骨を折られる、馬鹿に見えるか?」
ギデオンは首を横に振る。
…そして思い直したように、ファントレイユの耳元に顔を寄せ、ささやいた。
「…つまり私に突っかかる相手は、馬鹿なのか?」

ファントレイユは身を離してギデオンを凝視すると
“今更何を言ってるんだ?"
と呆れ顔を見せる。

「…みんな、そう思ってるぞ?」
ギデオンはがっくりし、ため息交じりにつぶやいた。
「…それで私の前だと、みんな大人しいんだな」

ギデオンの落胆仕切った様子に、ファントレイユが心から怯え、そっと囁く。
「…つまらなそうだな」
「楽しい、訳が無い」

ソルジェニーが二人の様子に、つい吹き出す。
「…二人共、とても仲が良いんだね?」
ギデオンはその言葉に、眉をしかめる。
「…そうか?」

ファントレイユは肩すくめ、ソルジェニーに同意を示す。
「…そう見えるんなら、そうなんだろう?」

今度はギデオンが、肩をすくめる番だった。
がソルジェニーに笑顔を向けると、また今度、と手を振り上げ、その場を立ち去った。

「ギデオンは、貴方の事をとても気にかけている様子だ」
彼の後ろ姿を見送った後。
ファントレイユが王子に屈んで、そう優しく話かける。

ソルジェニーは微笑んで告げた。
「…いつも、とても気遣ってくれるから、お会い出来るのが楽しみなんです」

その笑顔がまるで五歳の子供のように邪気が無く、頼り無げで。
ファントレイユはギデオンの気持ちが痛い程解って、頷いた。

王子ソルジェニーが皆から避けられているのは、訳があった。
アースルーリンドには『影の民』と呼ばれる、人外の者達を封じている場所が多数あって。
この封印が破られて魔物がこの地に這い出たりしたら、人間はたちまちその魔物に命を取られ、滅びてしまう。

封印をし『影の民』を追い払う事の出来る者は、やはり人外の『光の国』の王。
が、彼は王家の者と婚姻を条件に光臨を果たす。

なのに今世では直系に女性が産まれず。
王子がその相手に選ばれたりしたものだから、皆、王子をどう扱っていいか解らず。
ひたすら避け続けていたのだった。

迂闊にソルジェニーに色々聞かれたりして、彼が万一
「『光の王』の花嫁なんて、嫌だ」
と家出なんてされたりしたら、国が滅びるのである…。

故に皆、王子と口をきく事をそれは恐がり。
心を注ぎ、迂闊に物を教える輩は、ことごとく王子の側から離されたりしたから。
ソルジェニーがいつも孤独でいるのは、仕方無かったかもしれない。

が、まだ年若い王子の、身の置き場の無い心細げな様子や、不安そうな表情に。
心ある者ならば、気にかけない者はいない。

ファントレイユはギデオンの事を、影でこっそり“猛獣”と呼んでいた。

宮廷内では確かに、それは上品な大貴族に見えるものの。
その中味は間違いなく野獣だったし、今や軍の中で。
ギデオンの外観に騙される者は既に、皆無だった。

が、王子に見せる気遣いに、ファントレイユは大いにギデオンを見直した。

「まだ、出向きたい場所は、ありますか?」
ファントレイユは、そっとささやいて王子を促す。

王子は少し嬉しそうに微笑んで、ファントレイユにこう告げた。
「南の庭園を、歩きたいんです…。
あの、もし、貴方が良ければ」

臣下の自分にまで、それは気を使う王子を。
ファントレイユは心から不憫に思った。

それに王子は自分の言う一言で、相手に嫌われやしないか。
それは恐れていたので、ファントレイユは何を言っても嫌ったりはしないんだと、王子に教えるように、心を砕いた。

そして出来るだけ優しく、どれだけ我が儘を言っても何でもない。
と、諭すようにささやく。
「…もちろん、お望みの場所に、いつでもご一緒します」

王子がその美貌の騎士の心からの申し出に、満面の笑みで応えたのは、言うまでも無かった…。


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