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絡まれるファントレイユ
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ソルジェニーは数日、ファントレイユを続けて召し、城内を歩いた。
が、この素晴らしい美貌の護衛は、行く先々で女性の熱烈な歓迎を受け続け…。
ソルジェニーはすっかりその様子に慣れた。
一週間も過ぎた頃。
とても身分高い大公爵夫人が、滅多に顔を出さない城の大広間に顔を出した。
暗い紅色が地色の、目立たぬ色味のドレス。
けど宝石や金刺繍で飾り立てられた、煌びやかで豪華な衣装は他の貴族達を圧倒し。
金髪の巻き毛を、宝冠で結い上げ。
面長で長方形の顔をしていて、グレーの瞳のその下、そして首は。
皺とたるみが目立つ。
小太りながらも尊厳を示そうとする、いかつい顔は。
周囲の者達を引かせていた。
彼女に視線を向けられ、ソルジェニーは記憶を辿る。
以前会った時、それは丁重に挨拶され。
しかしソルジェニーが口を開こうとした途端、きびすを返して彼の目前を去った。
…でもファントレイユと一緒だと、彼女の態度は違ってた。
寄って来るとソルジェニーに対し、やはり丁重にご機嫌伺いの言葉を述べ…。
しかし言葉を発してる最中でも視線は、後ろに控えるファントレイユに釘付け。
「護衛の方も、大変ですわね。
お相手が、王子ともなると。
…ところで護衛の仕事の、空き時間は何をしていらっしゃるの?」
それを聞き、ソルジェニーは思わず背後に控えてる、ファントレイユに視線を送る。
ファントレイユはいかにも臣下と言う態度で、それは静かに目を伏せていた。
が、婦人に話しかけられ、その美貌の面を上げる。
ファントレイユが顔を上げた途端。
聡明そうで隙の無い雰囲気ながらも、素晴らしい美貌の透き通ったブルー・グレーの瞳が。
一瞬煌めくような輝きを放って見え、あんまり綺麗で。
ソルジェニーですら呆けた程だったが、ご婦人にとっては尚更だった。
大公爵夫人の、タメ息が漏れる。
が、ファントレイユは臆する事無く、密やかだが力のある声でこう告げた。
「…これでも近衛で隊長を努めておりますので。
お召しが無い場合は、部下の世話や軍務がございます」
婦人の頬がファントレイユに見つめられ、染まる様子に。
つい、ソルジェニーは目をまん丸にした。
老年では無いにしろ充分熟年で。
身分を武器のように纏った、威厳の塊のようなご婦人のそんな様子は。
…初めて見たからだった。
彼女はファントレイユの美貌に感動で震え、掠れ、狼狽えた声音で囁く。
「…まあ…。
そんな危険なお仕事で無ければならないの?
ご身分は?」
この明け透けな言葉に、しかし。
ファントレイユは眉をしかめる様子も無く、淡々と言葉を返した。
「…候爵でございます」
この時期、アースルーリンドの宮廷では公爵以下の身分は皆下等で。
虫けらのように思われていたから、ファントレイユは大公爵夫人の同情を、いたく買った。
「…ああ、それで……。
危険なお仕事に、付かなければならなかったのね?
でもご努力が報いられて、王子の護衛に付かれた事、本当にようございましたわ。
そうね。
お望みなら、もっと危険も少なくて。
…それは貴方にふさわしい役職を、私ならご紹介出来るのだけれど…」
言った途端、婦人はファントレイユに色目を送る。
ソルジェニーは厳格で高慢そうな大公爵夫人の、その様子に。
びっくりして目をぱちくりさせた。
…けどファントレイユは、そんな色目を送られることに、慣れているのか。
丁重に頭を下げ、返答をしようと口を開く。
「…こんな男だが、近衛では大変役に立つのでね。
出来れば職を、変わって欲しくないのだが…」
勇敢で爽やかな意思の強い声音。
それはファントレイユからではなく、別方向から聞こえてきたので。
その声の主に、皆が一斉に振り返った。
「(ギデオン…!)」
ソルジェニーにとって見慣れた彼だったが、その登場は、大公爵夫人をたじろがせた。
ギデオンはいつも通り、それは人目を引く見事な波打つ金髪を背に流し。
色白の小顔の上の、その宝石のような青緑の瞳を煌めかせ。
瞳の色と同じ、青緑色のビロードに金の豪奢な刺繍の入った上着を、その身に付けていた。
美女のような女性的な顔立ちとは裏腹に、近衛では誰よりも強い、剣の使い手。
として名を馳せていたし。
猛者集う近衛で、誰もが頭を垂れるほどの強者。
その世評に恥じぬ、尊厳溢れる堂とした態度で、そこに立っていた。
ギデオンはソルジェニーのいとこ。
彼の母親は、王位継承者だった。
もし現在、彼の母親が継承権を放棄してなかったら。
ソルジェニーに取って代わって、王子の身分。
次期国王たる地位の、それこそ大貴族達ですら揃ってひれ伏す。
たいへん身分高い、王族だった。
婦人は『軍神』と呼ばれる、代々右将軍を継いで来た家系の。
厳しい武人の前から慌てて罰が悪そうに、色気を隠し。
軽く礼を取って言った。
「用があるので…」
蚊の泣くような言い訳を囁いた途端。
そそくさとその場を、立ち去って行く。
ソルジェニーは暫く呆けたように、劇の一部のような展開に言葉を無くし。
ギデオンを見つめ続けた。
ギデオンはソルジェニーの視線に気づくと、困惑した表情を浮かべ。
視線をソルジェニーに向けたまま、ファントレイユに告げる。
「…君といるとソルジェニーは、いつもこんな事に巻き込まれているのか?」
ギデオンの問いに、ファントレイユは素っ気なく言葉を返す。
「…巻き込んではいないつもりだが」
ギデオンは大広間の周囲を見回し。
女性達が、群れては遠巻きにファントレイユに注ぐ熱い視線を、呆れたように見つめた後。
ため息を吐きつつ、ファントレイユに向き直った。
「…君がここに顔を出すようになってから、ずいぶん浮ついたな」
ファントレイユはその美貌で、明るく微笑む。
「それは光栄だ」
途端、ギデオンの眉が寄る。
「…誉めて、無い」
が、ファントレイユは軽く肩をすくめ、言った。
「…それは、残念だ」
ギデオンに対し宮廷内では、大抵の者が大公爵夫人のような態度を取るのに。
ファントレイユのその、全然臆する様子無い、同等の口の利きように。
ソルジェニーはなんだかとても、ほっとした。
ギデオンは全然身分を気にしない男だったけど、周囲はそうじゃなかった。
誰もが皆、とても丁重に彼に相対していた。
ギデオンはそれに対し、何も言わなかったけれど。
もどかしく感じている事を、ソルジェニーは知っていた。
だから対等の口を利くこの護衛には、ギデオンも軽口を叩くみたいだった。
「…何しろ、君を推薦したのは私だからな」
ギデオンの言葉に、ファントレイユは朗らかに笑う。
「…やっぱり?
君のご指名だとは思っていたよ」
が、ギデオンは身分なんて相変わらず構う様子無く、口を開く。
「…君は女性には、それは念入りに親切だ。
が、部下に対しても評判が良い…。
態度が柔らかく気が利くし…で押したが。
…ここで君の本領が発揮され過ぎて、ソルジェニーに悪影響が無いか心配だ」
ファントレイユは、少し眉をひそめたギデオンの綺麗な顔を見つめ、目を見開くと本音を覗かせて尋ねる。
「…ほう。どんな?」
ギデオンは自分の意図を察しないファントレイユに、呆れ混じりに声のトーンを落とし、囁く。
「…君を一人占めしていると、ご婦人達に恨まれないか?」
ギデオンの、その本心から心配げな声音に。
ファントレイユはとうとう、くすくす笑い出す。
「…冗談だろう?
この職務じゃなきゃ、私はここには顔は出せないと言えば。
皆、納得するさ」
ギデオンの眉が、更に寄った。
「…君はソルジェニーの後ろから。
巧妙に、お気に入りのご婦人の気を引くものの。
万一、気のないご婦人の興味が自分に向き、都合が悪くなった途端。
職務だとか言って、ソルジェニーの後ろに隠れ、逃げるつもりなんじゃないか?」
ファントレイユはギデオンの疑問に、呆れながら言い返した。
「…それをするのは当たり前じゃないか。
気の無いご婦人の、相手をする義理なんて私には無いし。
第一、その気も無いのに気を持たせるのは、相手に対して失礼だ」
ギデオンはファントレイユのこの隙の無い返答に、それは不満そうに腕を組んだ。
ファントレイユはふと思い返し、ギデオンに微笑みかける。
「…ああ。
君に礼がまだだったな。助かったよ。
…さすがの私も、彼女くらい大御所で身分の高い女性だと、あしらいかねる」
「…そうだろうな。
どう見ても、君のタイプなんかじゃないし。
…だが軍に関して私の言った事は事実だ」
この言葉に、ファントレイユの瞳が急に輝いた。
「へえ…!
君にそんなに買われるほど、私は軍に必要とされていると、思って無かった」
ソルジェニーが見つめていると、ギデオンは少し声を落とし囁く。
「…現右将軍の叔父達はそう思ってないだろうが。
私は身分など、気にしない。
腕が立ち、頭の回転の早いお前のような男は、戦場で必要だ」
がこれを聞いてファントレイユは、慎重に言葉を選んだ。
まるでギデオンの誉め言葉を鵜呑みにし、有頂天に成る気なんて無いように。
「…そうだな。
私の身分では、君の取り巻きはとうてい務まらない。
最前線で、いつ命を落としても構わない、実戦型のようだ」
ソルジェニーは軍の中で。
身分の低い者が身分の高い者に代わって、捨て駒のように使われ。
命を落としている話を、幾度か聞いた事を思い出す。
けどギデオンはそんな男なんかじゃない。
ソルジェニーの知っているギデオンは、断じて自分の盾に。
身分の低い者達の命を使うような…!
そんな卑劣な男なんかじゃ、無い筈だ!
ギデオンは侮辱されたように鋭く、けれど周囲に聞こえないように低い声で怒鳴った。
「…皮肉なんかじゃ、ないぞ!」
その真剣な言いように。
ファントレイユは真顔になる。
常に身分の低い者達に成り代わり、危険な場所へと志願し続ける、それは身分の高いこの男に。
軽口叩き、真意を探った事を、心の中で謝罪した。
「…解った」
勿論言葉にはしなかったものの、滅多に地顔を見せないファントレイユの神妙な表情に。
ギデオンは納得したようだった。
軽く、了承したと頷く。
ソルジェニーは途端、ほっとした。
軍の中で、ギデオンは。
自分の知らない男になってやしないかと、それは心配したので。
が、ギデオンはソルジェニーに振り返ると。
厳しい態度を一変させ、それは優しげな笑顔を浮かべ。
少し屈んで、柔らかいトーンの声音で囁く。
「やあ…。
挨拶すら、まだだったね」
ソルジェニーの表情が、ギデオンの言葉で輝く。
「…会えて、嬉しいよギデオン!」
「…相変わらずかい?
みんな、君には素っ気ないようだな。
…ファントレイユはどうだ?
見た所、君の世話より女性の相手で、忙しいようだが」
ソルジェニーはギデオンの気遣い溢れる言葉に、輝くような笑顔で返した。
「…凄く、刺激的で、毎日が楽しい!」
この言葉にギデオンの目が丸くなり、すかさずファントレイユは横を向いてバックレた。
ギデオンはチラリと美貌の色男を盗み見ると、ソルジェニーに尋ねる。
「…それは…良かった。
じゃ、君は気に入ったんだな?」
ソルジェニーは満面の笑顔で、思いっきり頷く。
「とても!…凄く!」
ギデオンの表情が、途端ほぐれた。
ファントレイユの視線が、今度はギデオンに吸い付く。
誰もが視線を向けずにはいられないほど、派手で。
素晴らしく綺麗な外観とは、全く違い。
ギデオンは軍では、めちゃくちゃ剣の強い使い手。
…なだけで無く、それは勇猛な猛者だったし。
気に入らない相手は、すぐ殴る乱暴者だった。
…その上身分まで最高に高かったから。
ギデオンに逆らう者は
『命知らず』
と、呼ばれるほど。
…が、ギデオンは不正は大嫌いで、身分の差別など、全く気にしなかったから。
身分が高いと言うだけで実力も無く、威張る貴族達をそれはとことんやり込め。
身分の低い者達にとって、ギデオンはまるで英雄だった。
それに戦場でギデオンは。
身分で威張るだけの能なし大貴族らと違い、誰よりもまっ先に敵陣に切り込み。
その勇敢さを常に示し続けて来たから、熱狂的な人気の持ち主でもあった。
…その彼が、王子相手だと。
軍で一度も見せた事無い、優しげな表情を作る。
つい、ファントレイユは喰い入るように。
珍しい物を見つめ続けてる自分に、気付く。
思わず、口を突いて出る。
「…君は、王子相手だとずいぶん優しそうなんだな」
ギデオンは顔を上げる。
たいへん意外そうにつぶやく、ファントレイユの美貌の面を見つめ返し、尋ねた。
「…そうか?」
ファントレイユは苦笑した。
「自覚、無いのか?」
ギデオンの、眉が寄った。
「…ソルジェニーを見ているというのに、どうやったら自分の表情が見える。
鏡を使ったって無理だぞ」
それを聞くなりファントレイユは、それもそうだな。と肩をすくめた。
が、この素晴らしい美貌の護衛は、行く先々で女性の熱烈な歓迎を受け続け…。
ソルジェニーはすっかりその様子に慣れた。
一週間も過ぎた頃。
とても身分高い大公爵夫人が、滅多に顔を出さない城の大広間に顔を出した。
暗い紅色が地色の、目立たぬ色味のドレス。
けど宝石や金刺繍で飾り立てられた、煌びやかで豪華な衣装は他の貴族達を圧倒し。
金髪の巻き毛を、宝冠で結い上げ。
面長で長方形の顔をしていて、グレーの瞳のその下、そして首は。
皺とたるみが目立つ。
小太りながらも尊厳を示そうとする、いかつい顔は。
周囲の者達を引かせていた。
彼女に視線を向けられ、ソルジェニーは記憶を辿る。
以前会った時、それは丁重に挨拶され。
しかしソルジェニーが口を開こうとした途端、きびすを返して彼の目前を去った。
…でもファントレイユと一緒だと、彼女の態度は違ってた。
寄って来るとソルジェニーに対し、やはり丁重にご機嫌伺いの言葉を述べ…。
しかし言葉を発してる最中でも視線は、後ろに控えるファントレイユに釘付け。
「護衛の方も、大変ですわね。
お相手が、王子ともなると。
…ところで護衛の仕事の、空き時間は何をしていらっしゃるの?」
それを聞き、ソルジェニーは思わず背後に控えてる、ファントレイユに視線を送る。
ファントレイユはいかにも臣下と言う態度で、それは静かに目を伏せていた。
が、婦人に話しかけられ、その美貌の面を上げる。
ファントレイユが顔を上げた途端。
聡明そうで隙の無い雰囲気ながらも、素晴らしい美貌の透き通ったブルー・グレーの瞳が。
一瞬煌めくような輝きを放って見え、あんまり綺麗で。
ソルジェニーですら呆けた程だったが、ご婦人にとっては尚更だった。
大公爵夫人の、タメ息が漏れる。
が、ファントレイユは臆する事無く、密やかだが力のある声でこう告げた。
「…これでも近衛で隊長を努めておりますので。
お召しが無い場合は、部下の世話や軍務がございます」
婦人の頬がファントレイユに見つめられ、染まる様子に。
つい、ソルジェニーは目をまん丸にした。
老年では無いにしろ充分熟年で。
身分を武器のように纏った、威厳の塊のようなご婦人のそんな様子は。
…初めて見たからだった。
彼女はファントレイユの美貌に感動で震え、掠れ、狼狽えた声音で囁く。
「…まあ…。
そんな危険なお仕事で無ければならないの?
ご身分は?」
この明け透けな言葉に、しかし。
ファントレイユは眉をしかめる様子も無く、淡々と言葉を返した。
「…候爵でございます」
この時期、アースルーリンドの宮廷では公爵以下の身分は皆下等で。
虫けらのように思われていたから、ファントレイユは大公爵夫人の同情を、いたく買った。
「…ああ、それで……。
危険なお仕事に、付かなければならなかったのね?
でもご努力が報いられて、王子の護衛に付かれた事、本当にようございましたわ。
そうね。
お望みなら、もっと危険も少なくて。
…それは貴方にふさわしい役職を、私ならご紹介出来るのだけれど…」
言った途端、婦人はファントレイユに色目を送る。
ソルジェニーは厳格で高慢そうな大公爵夫人の、その様子に。
びっくりして目をぱちくりさせた。
…けどファントレイユは、そんな色目を送られることに、慣れているのか。
丁重に頭を下げ、返答をしようと口を開く。
「…こんな男だが、近衛では大変役に立つのでね。
出来れば職を、変わって欲しくないのだが…」
勇敢で爽やかな意思の強い声音。
それはファントレイユからではなく、別方向から聞こえてきたので。
その声の主に、皆が一斉に振り返った。
「(ギデオン…!)」
ソルジェニーにとって見慣れた彼だったが、その登場は、大公爵夫人をたじろがせた。
ギデオンはいつも通り、それは人目を引く見事な波打つ金髪を背に流し。
色白の小顔の上の、その宝石のような青緑の瞳を煌めかせ。
瞳の色と同じ、青緑色のビロードに金の豪奢な刺繍の入った上着を、その身に付けていた。
美女のような女性的な顔立ちとは裏腹に、近衛では誰よりも強い、剣の使い手。
として名を馳せていたし。
猛者集う近衛で、誰もが頭を垂れるほどの強者。
その世評に恥じぬ、尊厳溢れる堂とした態度で、そこに立っていた。
ギデオンはソルジェニーのいとこ。
彼の母親は、王位継承者だった。
もし現在、彼の母親が継承権を放棄してなかったら。
ソルジェニーに取って代わって、王子の身分。
次期国王たる地位の、それこそ大貴族達ですら揃ってひれ伏す。
たいへん身分高い、王族だった。
婦人は『軍神』と呼ばれる、代々右将軍を継いで来た家系の。
厳しい武人の前から慌てて罰が悪そうに、色気を隠し。
軽く礼を取って言った。
「用があるので…」
蚊の泣くような言い訳を囁いた途端。
そそくさとその場を、立ち去って行く。
ソルジェニーは暫く呆けたように、劇の一部のような展開に言葉を無くし。
ギデオンを見つめ続けた。
ギデオンはソルジェニーの視線に気づくと、困惑した表情を浮かべ。
視線をソルジェニーに向けたまま、ファントレイユに告げる。
「…君といるとソルジェニーは、いつもこんな事に巻き込まれているのか?」
ギデオンの問いに、ファントレイユは素っ気なく言葉を返す。
「…巻き込んではいないつもりだが」
ギデオンは大広間の周囲を見回し。
女性達が、群れては遠巻きにファントレイユに注ぐ熱い視線を、呆れたように見つめた後。
ため息を吐きつつ、ファントレイユに向き直った。
「…君がここに顔を出すようになってから、ずいぶん浮ついたな」
ファントレイユはその美貌で、明るく微笑む。
「それは光栄だ」
途端、ギデオンの眉が寄る。
「…誉めて、無い」
が、ファントレイユは軽く肩をすくめ、言った。
「…それは、残念だ」
ギデオンに対し宮廷内では、大抵の者が大公爵夫人のような態度を取るのに。
ファントレイユのその、全然臆する様子無い、同等の口の利きように。
ソルジェニーはなんだかとても、ほっとした。
ギデオンは全然身分を気にしない男だったけど、周囲はそうじゃなかった。
誰もが皆、とても丁重に彼に相対していた。
ギデオンはそれに対し、何も言わなかったけれど。
もどかしく感じている事を、ソルジェニーは知っていた。
だから対等の口を利くこの護衛には、ギデオンも軽口を叩くみたいだった。
「…何しろ、君を推薦したのは私だからな」
ギデオンの言葉に、ファントレイユは朗らかに笑う。
「…やっぱり?
君のご指名だとは思っていたよ」
が、ギデオンは身分なんて相変わらず構う様子無く、口を開く。
「…君は女性には、それは念入りに親切だ。
が、部下に対しても評判が良い…。
態度が柔らかく気が利くし…で押したが。
…ここで君の本領が発揮され過ぎて、ソルジェニーに悪影響が無いか心配だ」
ファントレイユは、少し眉をひそめたギデオンの綺麗な顔を見つめ、目を見開くと本音を覗かせて尋ねる。
「…ほう。どんな?」
ギデオンは自分の意図を察しないファントレイユに、呆れ混じりに声のトーンを落とし、囁く。
「…君を一人占めしていると、ご婦人達に恨まれないか?」
ギデオンの、その本心から心配げな声音に。
ファントレイユはとうとう、くすくす笑い出す。
「…冗談だろう?
この職務じゃなきゃ、私はここには顔は出せないと言えば。
皆、納得するさ」
ギデオンの眉が、更に寄った。
「…君はソルジェニーの後ろから。
巧妙に、お気に入りのご婦人の気を引くものの。
万一、気のないご婦人の興味が自分に向き、都合が悪くなった途端。
職務だとか言って、ソルジェニーの後ろに隠れ、逃げるつもりなんじゃないか?」
ファントレイユはギデオンの疑問に、呆れながら言い返した。
「…それをするのは当たり前じゃないか。
気の無いご婦人の、相手をする義理なんて私には無いし。
第一、その気も無いのに気を持たせるのは、相手に対して失礼だ」
ギデオンはファントレイユのこの隙の無い返答に、それは不満そうに腕を組んだ。
ファントレイユはふと思い返し、ギデオンに微笑みかける。
「…ああ。
君に礼がまだだったな。助かったよ。
…さすがの私も、彼女くらい大御所で身分の高い女性だと、あしらいかねる」
「…そうだろうな。
どう見ても、君のタイプなんかじゃないし。
…だが軍に関して私の言った事は事実だ」
この言葉に、ファントレイユの瞳が急に輝いた。
「へえ…!
君にそんなに買われるほど、私は軍に必要とされていると、思って無かった」
ソルジェニーが見つめていると、ギデオンは少し声を落とし囁く。
「…現右将軍の叔父達はそう思ってないだろうが。
私は身分など、気にしない。
腕が立ち、頭の回転の早いお前のような男は、戦場で必要だ」
がこれを聞いてファントレイユは、慎重に言葉を選んだ。
まるでギデオンの誉め言葉を鵜呑みにし、有頂天に成る気なんて無いように。
「…そうだな。
私の身分では、君の取り巻きはとうてい務まらない。
最前線で、いつ命を落としても構わない、実戦型のようだ」
ソルジェニーは軍の中で。
身分の低い者が身分の高い者に代わって、捨て駒のように使われ。
命を落としている話を、幾度か聞いた事を思い出す。
けどギデオンはそんな男なんかじゃない。
ソルジェニーの知っているギデオンは、断じて自分の盾に。
身分の低い者達の命を使うような…!
そんな卑劣な男なんかじゃ、無い筈だ!
ギデオンは侮辱されたように鋭く、けれど周囲に聞こえないように低い声で怒鳴った。
「…皮肉なんかじゃ、ないぞ!」
その真剣な言いように。
ファントレイユは真顔になる。
常に身分の低い者達に成り代わり、危険な場所へと志願し続ける、それは身分の高いこの男に。
軽口叩き、真意を探った事を、心の中で謝罪した。
「…解った」
勿論言葉にはしなかったものの、滅多に地顔を見せないファントレイユの神妙な表情に。
ギデオンは納得したようだった。
軽く、了承したと頷く。
ソルジェニーは途端、ほっとした。
軍の中で、ギデオンは。
自分の知らない男になってやしないかと、それは心配したので。
が、ギデオンはソルジェニーに振り返ると。
厳しい態度を一変させ、それは優しげな笑顔を浮かべ。
少し屈んで、柔らかいトーンの声音で囁く。
「やあ…。
挨拶すら、まだだったね」
ソルジェニーの表情が、ギデオンの言葉で輝く。
「…会えて、嬉しいよギデオン!」
「…相変わらずかい?
みんな、君には素っ気ないようだな。
…ファントレイユはどうだ?
見た所、君の世話より女性の相手で、忙しいようだが」
ソルジェニーはギデオンの気遣い溢れる言葉に、輝くような笑顔で返した。
「…凄く、刺激的で、毎日が楽しい!」
この言葉にギデオンの目が丸くなり、すかさずファントレイユは横を向いてバックレた。
ギデオンはチラリと美貌の色男を盗み見ると、ソルジェニーに尋ねる。
「…それは…良かった。
じゃ、君は気に入ったんだな?」
ソルジェニーは満面の笑顔で、思いっきり頷く。
「とても!…凄く!」
ギデオンの表情が、途端ほぐれた。
ファントレイユの視線が、今度はギデオンに吸い付く。
誰もが視線を向けずにはいられないほど、派手で。
素晴らしく綺麗な外観とは、全く違い。
ギデオンは軍では、めちゃくちゃ剣の強い使い手。
…なだけで無く、それは勇猛な猛者だったし。
気に入らない相手は、すぐ殴る乱暴者だった。
…その上身分まで最高に高かったから。
ギデオンに逆らう者は
『命知らず』
と、呼ばれるほど。
…が、ギデオンは不正は大嫌いで、身分の差別など、全く気にしなかったから。
身分が高いと言うだけで実力も無く、威張る貴族達をそれはとことんやり込め。
身分の低い者達にとって、ギデオンはまるで英雄だった。
それに戦場でギデオンは。
身分で威張るだけの能なし大貴族らと違い、誰よりもまっ先に敵陣に切り込み。
その勇敢さを常に示し続けて来たから、熱狂的な人気の持ち主でもあった。
…その彼が、王子相手だと。
軍で一度も見せた事無い、優しげな表情を作る。
つい、ファントレイユは喰い入るように。
珍しい物を見つめ続けてる自分に、気付く。
思わず、口を突いて出る。
「…君は、王子相手だとずいぶん優しそうなんだな」
ギデオンは顔を上げる。
たいへん意外そうにつぶやく、ファントレイユの美貌の面を見つめ返し、尋ねた。
「…そうか?」
ファントレイユは苦笑した。
「自覚、無いのか?」
ギデオンの、眉が寄った。
「…ソルジェニーを見ているというのに、どうやったら自分の表情が見える。
鏡を使ったって無理だぞ」
それを聞くなりファントレイユは、それもそうだな。と肩をすくめた。
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