孤独な王子と美貌の護衛と、近衛連隊の暗殺

あーす。

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宮中の散策

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   ファントレイユと並んで外出すると、途端に人目が集まってくる。
やっぱりファントレイユに見惚れるのは自分だけじゃないんだと、ソルジェニーはそっと隣を歩く、彼を見上げた。

たっぷりのグレーがかった栗毛が、肩の上で波打つように揺れる。
面長の、とても綺麗な形の頬と顎をしていて、鼻筋が通り。
何より顔立ちが綺麗だと言うほか、彼にはどこか、輝きを集めたような雰囲気があって。
どう考えても、近衛よりこの宮中に居るのにふさわしい、文句の付け所の無い優雅さだった。

目前の、クリーム色の巨大な柱の立ち並ぶ、豪華で壮麗な回廊を抜け。
広い中庭に出る辺りで、ご婦人達の一団に出くわす。
色とりどりの衣装を着こなし、身分ある方ばかりで。
それは、華やかだった。

ファントレイユと並んで進むと、彼女らの。
呆けたように見惚れる視線が、一斉にファントレイユに注がれる。

ソルジェニーは彼女らの視線を追いかけ、隣のファントレイユを見上げた。
が、彼は見つめられるのに慣れている様子で、7人程居る女性達の視線を一身に浴び、それは優雅ににこやかに彼女達を見つめ返し、通り過ぎ様それはうっとりするような微笑を、返していた。

彼女達の頬が染まり、ファントレイユのそのあまりの優雅な男らしい美貌に、通り過ぎたその後ろから、一斉に感嘆のタメ息が漏れる。

ソルジェニーは初めての事で、つい再び、ファントレイユの様子を伺った。

が、彼にとっては日常で、何でもない事で。
当然で当たり前で、どうって事無いようだった…。


歩きながら見つめ続けていると、ファントレイユの視線が前に注がれる。
黒髪の、黒と紅色の上品なドレスを着こなした、それは美しいご婦人がじっと。
彼を、見つめていた。

隣に居るのは宝石がいっぱい付きまくりの豪華な衣服をまとい、威厳ある、かっぷくの良い年配の…大臣の一人。
黒髪のご婦人は、かつて彼の妻だと紹介された事を、ソルジェニーはその時思い出した。
『随分お若い奥方をお迎えになった』
確か侍従達が、そう、噂していた。

大臣はソルジェニーを見つけると、少し頭を軽く下げて礼を取り。
その後、直ぐにその場を離れる。

…いつもの事だ。
彼らは大抵、ソルジェニーに捕まったり長く話したり。
質問をされる事を、怖がっているようで。
用が無ければ直ぐにその場を、立ち去るのが習慣だった。

仲違いしている訳でも無い相手に、そんな態度を取られる事に。
ソルジェニーはそれは、気落ちしていた。

が、ファントレイユは大臣が場所を外した事は、嬉しいようだった。

…ご婦人は夫について行かず、その場に残ったからだ。

彼女はファントレイユに微笑みかけ、当然とばかりに真っ白でしなやかな、その手を差し出す。
途端、ファントレイユはそれは優雅に微笑み返すと。
差し出された華奢な手をそっと取り、軽く膝を折ってその真っ白な手の甲に、軽く口づけた。

あんまり優美な仕草で。
ソルジェニーは
『ご婦人には、こうやって礼を取るのか』
と。
まるで作法のお手本を見ているみたいな気分になって、ファントレイユの流れるような動作に見惚れた。

色白な彼女の、小さく真っ赤な唇が開く。
「…王子の、護衛のお方だと夫にお聞きしていますわ。
…近衛連隊にいらっしゃるとか…」

ソルジェニーは、告げられた隣のファントレイユを見上げる。
ファントレイユは優美に微笑んだまま、はっきりと通る、テノールで言葉を返す。
「…今日が初仕事です」
そう言って、ファントレイユは神妙にそっとおもてを下げた。

彼女は目を伏せたファントレイユのその美しさに見惚れ、内心ため息を吐くように頬を紅潮させ、再び真っ赤な愛らしい唇を開く。

「…でも護衛をなさるなら。
これからも度々たびたび、お目にかかれますわね?」

ファントレイユが美貌のその面を上げ、婦人に微笑み返す。
瞬間、輝くような雰囲気を纏って。

「…王子が私を召して下されば、いつでも」

けど。
彼女の夫の大臣は、女性なら大抵色めき立つその色男と話している妻が、とっても気に入らないらしく。
しきりに彼女に
『早くこちらに来い!』
と、少し離れた場所から頭を振りまくり、眉間を寄せて合図を送ってる。

ファントレイユがチラリとそちらに視線を向け、低い小声で囁く。
「…夫君がお呼びのようだ」

彼女も気づいたようにファントレイユの視線を追い、その先に腹の出た貫禄たっぷりの年配の夫を、少しウンザリしたように見つめた後。
「…そのようね」
と素っ気なく言い、突然ソルジェニーに振り向くと。
にっこり微笑む。

「…また、お会い出来ると良いのですけれど」

言った後、そっ、と視線をファントレイユに残しながらも背を向け、その場を立ち去って行った。

ファントレイユがその視線を受け止め、身分の高いご婦人に礼を取るように。
軽く頭を下げる。

二人の様子を見れば、世事に疎いソルジェニーですら。
彼女のその言葉は、自分に向けられたのでは無いと解った。

彼女は、自分に。
再び出会いたい、と、ソルジェニーに告げたのだ。

あんな美人で豊満な体付きの、慎み深い上品な女性に、あんなに好かれて。
ファントレイユはさぞ、心を動かされたに違いない。
と、視線を上げ、彼の様子を伺う。

が、ファントレイユは全然そんな素振りを見せず。
自分を見つめているソルジェニーに気づくと、先に進むよう視線を送って促す。

ソルジェニーはファントレイユの横に並んで歩を進めたが、その素晴らしい美貌の護衛は。
その後毎度ご婦人に出会う度、こんな光景を、繰り返し続けた。



 城の中を歩いただけなのに。
ソルジェニーは人の視線を浴び続け、ずいぶん疲労を感じた。

今まで一度も、無かった。
大抵の人はソルジェニーを、怖いもののように避け続け。
出会うと殆どの者が、恐縮したように礼を取る、ふりをして頭を下げ。
王子に迂闊に話しかけられまいと、目線を下げたまま。
一言三言で、逃げるようにその場を立ち去って行ったから。

王子の疲れた様子を見、ファントレイユは長身の背を僅かに屈め、王子の耳元へ囁く。
「そこのベンチに、掛けましょうか?」

ソルジェニーはその気遣いに、視線を上げ。
何度見ても見慣れない、ファントレイユの美貌を見つめ返し、そっと頷いた。

ベンチに掛けるとその側に。
ファントレイユは自分の視線を遮らないよう、控え目に立つ。

ソルジェニーは立ってるファントレイユを見上げ、不思議そうに尋ねた。
「…どうして貴方は、掛けないんです?」

尋ねながら空いている、ベンチの隣の空間を目で差し示しす。

けどファントレイユは、真顔でささやき返す。
「…護衛は普通、ご一緒に掛けたりは致しません。
何かあった時に行動出来なければ、護衛の意味は無いでしょう?」

ソルジェニーはファントレイユが、あんまり人々の注目を浴びるので彼が護衛だという事を、すっかり忘れている自分に気づいた。

顔を下げ、頷く。
けどまた顔を上げ、ファントレイユを見つめて言った。

「…でもここはまだ、城の中ですから。
出来れば隣に座って、話し相手になって下さると嬉しいんですが…」

ファントレイユは城の中だからこそ。
職務を果たしている姿を、人に見せたいようだった。
が、ソルジェニーの、とても話し相手の欲しい、物寂しそうな風情に目を止める。

「ここからでもちゃんと。
お声は聞こえますし、話し相手は務められますよ?」

ソルジェニーが見上げると、その美貌の騎士は。
それは優しげに微笑んでいて、ソルジェニーを途端、有頂天にした。
それでおずおずと、疑問を口にしてみる。

「…あの…私は全然軍の仕組みが、解らないんですが。
どうして貴方は宮仕えをなさらず、近衛にいらっしゃるのです?」

どう考えても体格良い猛者集う、見かけは上品だけど、とても荒っぽい。
…って聞いてる近衛と彼とは、結びつかなかった。

むしろ宮廷こそ。
素晴らしい美貌の優雅な彼は、とてもふさわしい。
と感じられる。

聞かれてファントレイユは、暫く黙る。
が、ゆっくり口を開き、ささやくように告げた。

「…そうですね。
宮仕えが出来る、立場には居ましたが…」

そして自分を伺うソルジェニーを見やると、微笑みを浮かべて言った。
「…そんなに不思議ですか?
私が近衛に居る事が」

ソルジェニーはその問いに、呆れた。
「だって、ここの誰よりも優雅でいらっしゃるから…。
宮廷作法の教育係が、貴方と比べたりしたら。
不作法に見えてしまうくらいです」

途端、ファントレイユは苦笑した。
「それは…。
作法の教育係に、恨まれそうですね」

ファントレイユの笑顔に促され、ソルジェニーはまだ尋ねてみた。
「…ギデオンのように、戦うのが大好きだからですか?」

とてもそんな風には見えなかった。
けれどソルジェニーが思い浮かぶ要因は、それっくらい。

ファントレイユは屈託無く笑う。
「まさか…!
そんな風に見えますか?
私は、血を見るのも殴り合いも大嫌いです」

やっぱり、そうか。
とソルジェニーは顔を下げ、感じたとおりだったんだ。
と納得が行った。
でもそれならますます、近衛に進んだ意味が分からない。

ソルジェニーは小首を傾げ、おずおずと尋ねた。
「…それでも、近衛が良かったのですか?」

ファントレイユは肩を、すくめる。
「…もし私が、近衛で隊長をしていなかったら。
多分もっとたくさんの男に、やさ男となめられ。
決闘をふっかけられていたでしょうしね」

ソルジェニーは彼にそれは不似合いな、“決闘"という言葉に目をぱちくりさせ、とっても驚いて、つい尋ねた。

「…決闘を…なさるのですか?」

ファントレイユはいかにも不本意のように、苦虫噛みつぶしたような表情で、素早く告げる。
「もちろん、好きでしている訳ではありません。
大抵の男達は自分の惚れたご婦人が。
私の気を引こうと、私に色目を使うのが気に入らず。
好んで私に、突っかかって来るんです」

ソルジェニーはこれまで城の中で彼に見惚れる女性の、その数の多さを考え。
一瞬
『何人に決闘を申し込まれてるんだろう?』
とぞっとし、小声で尋ねた。

「…じゃあ、ひっきりなしに。
決闘していなくては、なりませんか?」
ファントレイユは素っ気無く、口早につぶやく。
「近衛の隊長に決闘を申し出る相手は、限られます」

それを聞いて、ソルジェニーはそっ…ととりすました無表情の、ファントレイユの横顔を見上げた。
「…それで…あの…。
やっぱりお怪我を、なさったりしますか?」

ソルジェニーがそれは心配そうな表情を見せたのを、ファントレイユは見逃さなかった。

出会って間もない年若い王子に心配された事が。
ファントレイユはそれは嬉しい様子で。
無表情を崩し、軽やかに微笑んだ。

「近衛の隊長が。
万一、色恋沙汰の決闘で怪我なんかしたら、首が飛びますよ!
…幸い私は今だに、隊長でいられてます」

ちょっとからかうような口調で、弾むようにそう告げられ。
ソルジェニーは少し、呆れた。

だってファントレイユは、それは遠回しに。
“自分は決闘で、怪我なんかするほど剣の腕は劣っていない"
と、告げたのだ。

その言い回しも、あんまり朗らかで控えめで。
ソルジェニーは彼がなぜ、自分の護衛に選ばれたのか。
その時、理解出来たような気がした。

確かにファントレイユは宮中で人目を…。
特にご婦人の。
…引きまくった。

が、ソルジェニーに対するその態度も言葉遣いも、とても気遣いに溢れていたし。
出過ぎた態度も取らず、自慢話すらせず。

これ程浮ついた視線を送られ続けても、職務をきちんと理解し、遂行している所も…。

申し分無かったからだ。


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