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王子居室の夕べ
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その翌々日の夕暮れ。
王子の部屋を訪れたファントレイユは、ソルジェニーにソファに掛けるよう勧められ、腰を落ち着かせる間も無く。
王子の質問責めに合った。
王子は向かいに掛け、手ずからお茶を入れて差し出したものの。
ファントレイユに向け、一気に口を開く。
だが矢継ぎ早に尋ねる、頬を紅潮させ、興奮の面持ちで返答を促す王子を尻目に。
ファントレイユはソファの向こうにしつらえた、またそっくり手の付けてない冷め切った夕食の、まるっと残った食卓に視線を向け、ぼそりとつぶやく。
「…王子。また食欲が、おありじゃないんですね…」
出かけた日の翌日、ファントレイユから軍務で護衛に付く事が出来ないとの連絡が入り、その翌日。
…つまり今日。
夕食時にしか来られない。とソルジェニーの元にファントレイユからの使者が訪れた。
じらされ切った王子は、その後どうなったか。
知りたくてたまらなかったのだ。
ファントレイユは手短に話した。
確かに昨日来られなかったのは、かの女性の家を訪問し、今ではすっかり見慣れた妹を溺愛する兄の取り次ぎで、問題の女性に会った。
だが彼女はガンとして、スターグの子供を身ごもっていると引かなかった。
そしてどうしてもスターグと会いたいと言い出し、ファントレイユは兄を説得し、自分が立ち会い、席を立たないからと約束し、妹を連れ出した。
彼女がスターグに惚れ込んでいるのは明らかで、スターグの冷たい態度に、それは打ちひしがれていた。
だがファントレイユは彼女に、脈の無い男を追いかけるのはうんと馬鹿げているし。
スターグはとうてい、良い夫にも父親にも向かず。
スターグが責任を取った所で、決して幸せにはなれない。
と、説得し続けた。
そんな風に必死で語りかけるファントレイユに、彼女は心惹かれたらしい。
ファントレイユは自分に気があるあると勘違いした彼女は、自宅へ送る途中とうとう。
自分は身ごもってなんかいないし、スターグの事は忘れるから。
これからは自分の事だけ、見て欲しい。
とファントレイユに告げ、彼をそれは困らせたらしい。
「…それで、どうしたの?」
ソルジェニーが聞くと、ファントレイユは頭を抱えた。
「どうもこうも、ありませんよ…。
身ごもって無いと、証明出来るのかと聞いたら、出来ると言い出し。
彼女に、兄の前でそれを言ってくれるよう説得したのは良いんですが…。
その後がね…」
ソルジェニーは、めでたく収まって良かった。
と安堵したものの、その言葉に思わず尋ね返す。
「……後?」
ファントレイユは人一つ、ため息を吐いた後。
項垂れた様子でつぶやく。
「彼女の兄が、妹の狂言だと解って胸を撫で下ろした所で…。
その妹は、自分はあんな男は忘れ、私と付き合うと言い出すものだから…」
ソルジェニーはびっくりしたものの、ファントレイユの気落ちした様子を気遣い、そっと尋ねる。
「…それでファントレイユは、彼女と付き合う事になったの?」
ファントレイユは優雅な面持ちを、少し青冷めさせて言った。
「冗談でしょう?
出来ない事を出来るだなんて、私は死んだって言いません。
もちろん、きっぱりと言いましたよ。付き合えないと」
「………その場でそんな事を言ったりしたら…。
でも、凄く大変な事になるんじゃないの?」
心配げな王子の問いに、ファントレイユはそれでも微笑を浮かべ、言葉を返す。
「…覚悟は決めていましたからね。
ともかく私には思う相手がとっくの昔にいるし、彼女以外は考えられないから。
どうしても、付き合う事は出来ない。
と言って彼女の兄に、殴るなり蹴るなり、したいなら好きにしろ。
と、開き直ってやったんです」
ソルジェニーは近衛宿舎に抜刀して斬り込んで来る、とても物騒な相手に向かって。
開き直っちゃうファントレイユにびっくりしつつも…聞いてみた。
「無事、収まった?」
ファントレイユは満面の笑みを浮かべ、優雅ににっこり微笑む。
「私はどこか、痛めてますか?」
ソルジェニーは彼の笑顔にようやく安心し、思いっきり微笑み返した。
「きっとファントレイユの誠意が、お兄さんに通じたんだね?」
ファントレイユは頷きながら、ぼやく。
「泣き言に、付き合った甲斐があったというものです」
ファントレイユの、珍しく疲れた様子を見て、ソルジェニーは心配げに伺う。
「…大丈夫ですか…?」
ファントレイユは王子の気遣いに、笑顔を浮かべた。
「スターグに思い切り、あんな安酒場の夕食なんかじゃ、全然割に合わない!
と愚痴ってやりましたからね」
ソルジェニーも、ヤンフェスとマントレンとデザートを山盛り食べまくった楽しい夕べを思い出し、釣られて笑った。
でもふと、思い返しささやく。
「…ファントレイユは…。
彼女じゃなきゃダメなほどの、想い人がいるの?」
ファントレイユはその美貌で軽やかに微笑む。
「…ああ、それはもちろん嘘です」
ソルジェニーは聞いた途端、目を、ぱちくりさせた。
王子の様子を目にし、ファントレイユは少し気まずい笑みを浮かべ、言い訳る。
「…それ位は言わないと、納得しないでしょう?だって」
「…だがそんな嘘はお前の評判を聞けば、すぐバレると、思うがな」
ふいに戸口からギデオンの声がして、二人共振り返った。
そこに居るだけで。
一気に場が華やぐ程の、鮮やかな波打つブロンド。
一瞬見入ってしまう、綺麗な小顔。
宝石のような碧緑の瞳。
小さく真っ赤な唇。
けれど、堂とした態度は明らかに武人のそれだった。
ソルジェニーはギデオンの登場に心が騒いだ。
が、確かに自分の護衛を務めている間、目立ちまくって女性にモテまくってるファントレイユを思い浮かべ
『ギデオンの言った通り…直ぐバレたら、また騒動になる…?』
と、心配げにファントレイユを覗き込む。
ファントレイユは、けどまるで気にかける様子無く、ギデオンに笑いかける。
「…ご心配ありがとう!
だが彼女は暫くたって、言い寄る男が出てきたら。
すぐに私の事なんか忘れるさ!」
ギデオンはじっ…と、軽く請け負う、ソファにかけてるファントレイユを見つめた後、ぶっきら棒に言い放った。
「…君っくらいの美貌の男が。
簡単に女性に、忘れ去られるとは到底、思えないが」
ファントレイユがその言葉を聞いた後。
あんまりまじまじとギデオンの顔を見つめるので。
ギデオンは途端、罰が悪そうな顔をし、問い正す。
「…私はそんなに、間抜けた事を言っているのか?」
「いや…?君にそんな風に思われてるなんて、知らなくて意外だった」
ファントレイユの返答に、ギデオンはほっとしたように肩をすくめる。
「どうして私だと意外なんだ…!
第一、これはヤンフェスやマントレンの意見だぞ?
私も彼らに、同感だと思っただけだ」
ヤンフェスとマントレンの名を聞き、ファントレイユが気遣わしげにギデオンを見つめ、尋ねる。
「…彼らと、話したのか?」
ギデオンは二人の斜め横のソファに、どっか!と腰掛けながら、ファントレイユが自分の顔色を伺う気配に気づいたものの、とぼけた。
「ずいぶんな騒ぎだったからな…。
いくら近衛の兵舎だって。
抜刀したまま昼日中、俳諧する奴は珍しい」
腰を降ろし様、手を胸の前で組む。
「…そうか………それでその……」
ファントレイユはギデオンがどこに話を持っていくのか、見当がついて。
こそっ…と彼を伺い見る。
ギデオンは意地悪く笑って見せ、言い切った。
「…君の、お手柄だ。
さすがに日頃、流血は嫌いだ。
と言い張るだけあって、スターグの理不尽な斬り合いを押し止めた事は、誉めてやる」
ソルジェニーはギデオンの言葉を真に受け、顔を輝かせてファントレイユに振り向いた。
が、ファントレイユはギデオンの、滅多に口にしない
『誉めてやる』
という言葉に更に警戒を強め。
ファントレイユが日頃影で“猛獣”と呼ぶ、その男の言わんとする事柄の、落ち着き先を。
慎重に見守った。
ソルジェニーがファントレイユの身構えた様子に、目を見開き。
ギデオンに振り向くと、その理由を探るように見つめる。
ギデオンはファントレイユが、もう自分が何を言い出すのか察しがついていると踏んで、彼に向かって笑った。
ソルジェニーが見た事の無い、ギデオンの笑顔だった。
が、ファントレイユは良く、知っているようだった。
…背筋が、凍り付くような笑顔。
ファントレイユは言いにくそうに、おずおずと口開く。
「…つまり…二人はしゃべったんだな?
酒場に、その………」
ギデオンはファントレイユの言葉を遮って、早口でまくし立てた。
「少女を伴って来たそうだな。
知り合いの親戚。
だそうだが、その知り合いとは私の事だろう?」
ファントレイユはヤンフェスとマントレンが、ギデオンの猛獣ぶりを熟知していて。
裏切るとは、どうしても思えなくて…。
もう一度、聞き返した。
「…それも、マントレンとヤンフェスか?」
ギデオンは、素っ気無く告げる。
「いや?別口だ」
ファントレイユはやっぱり、二人じゃ無かったな。
とは思った。
が、酒場で連れの少女を王子だと気づかない間抜けが。
迂闊にギデオンの前で、口を滑らせたのだと解り、心の中で舌打った。
ソルジェニーもそれを聞いた途端、自分を少女と間違えた幾人かの酔っぱらい隊員を、思い出す。
…安酒場に。
よりによって、厳重警護が必要な。
それは国にとって重要な身の上の、王子をお忍びで連れて行った事がギデオンにバレ。
罰の悪そうなファントレイユの、下を向いて眉を寄せる様子を目にし、ソルジェニーは慌てて叫ぶ。
「ギデオン!
私が頼んだ。ファントレイユに。
もっと、素朴な物が食べたいって!」
そう、可愛いソルジェニーに必死に言われ。
ギデオンはふ、と冷め切った夕食の乗った、テーブルに視線を向ける。
途端、ギデオンの顔が心配げに曇った。
「…食べて、無いのか?」
王子を見つめ、密やかな声音でそう言い、ファントレイユに視線を移す。
ファントレイユは彼の気遣わしげな碧緑の瞳に、そっと肩を、すくめて見せた。
ギデオンはファントレイユに、神妙な表情を見せ、静かに侘びた。
「…すまない。
君はソルジェニーに、気を使ったんだな?」
ファントレイユは猛獣が、この小さないとこに弱い事を知ってはいた。
が、こうもあっさりと兜を脱ぐ様に、ついびっくりして顔を上げる。
ファントレイユの気遣いをなじった態度を。
素直に侘びる…身分高く、日頃尊大な態度のギデオンの…。
その愛情の深さをファントレイユは思んばかり、俯いてささやく。
「…いや…。
私も彼の約束に、うんと遅れたので。
償いがしたかっただけだ」
ギデオンはファントレイユが、自分の的外れな批判を非難する事無く。
彼の非を理由に上げ、自分の非を軽減しようと気遣うファントレイユに、少し、感謝するように頷くと、一つタメ息を吐く。
「…それで…君は今夜も、食欲が無いのか?」
ソルジェニーは答えず、俯き。
ファントレイユが代わって答えた。
「…その様だな………」
ギデオンはまた一つ、ため息を吐いて言う。
「だが、安酒場は頂けない。
もう少し上品な、酔っぱらいのいる店を知っている。
料金は馬鹿高いが、田舎料理も置いてあるはずだ。
護衛の…君の他に、私も同席すれば、タヌキ共から文句も出まい」
ソルジェニーはそれを聞くなり、一気にはしゃいで顔を輝かせると、出かける支度をしに、部屋を飛び出して行った。
ファントレイユが顔を上げ、ギデオンをまじまじと見る。
「…君、本当に王子には甘いんだな」
ギデオンはファントレイユに見つめられ、更にもう一度大きなため息を吐き、頷きながら俯いた。
「甘くも、なるさ………。
君も様子を見ていたら…解るだろう?」
ファントレイユも思わず、日頃召使いやら城の者達に、少しも親しく扱われず、孤独の中にいる王子を思い浮かべ、同意に頷く。
ギデオンはそんなファントレイユの、少し青冷めてやつれた。
珍しくしおらしい姿を目にし、椅子から身を乗り出し、伺うように見つめ、尋ねる。
「それで?
今日も別件でゴタついて、君は疲れていると言うなら…私が引き受けるが」
が、ファントレイユは一気に顔を上げると、明るく笑った。
「君の奢りで夕食にありつける、滅多に無い機会から私を、閉め出す気か?」
ギデオンはその笑顔に釣られ、思わず全開で、笑い返した。
王子の部屋を訪れたファントレイユは、ソルジェニーにソファに掛けるよう勧められ、腰を落ち着かせる間も無く。
王子の質問責めに合った。
王子は向かいに掛け、手ずからお茶を入れて差し出したものの。
ファントレイユに向け、一気に口を開く。
だが矢継ぎ早に尋ねる、頬を紅潮させ、興奮の面持ちで返答を促す王子を尻目に。
ファントレイユはソファの向こうにしつらえた、またそっくり手の付けてない冷め切った夕食の、まるっと残った食卓に視線を向け、ぼそりとつぶやく。
「…王子。また食欲が、おありじゃないんですね…」
出かけた日の翌日、ファントレイユから軍務で護衛に付く事が出来ないとの連絡が入り、その翌日。
…つまり今日。
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じらされ切った王子は、その後どうなったか。
知りたくてたまらなかったのだ。
ファントレイユは手短に話した。
確かに昨日来られなかったのは、かの女性の家を訪問し、今ではすっかり見慣れた妹を溺愛する兄の取り次ぎで、問題の女性に会った。
だが彼女はガンとして、スターグの子供を身ごもっていると引かなかった。
そしてどうしてもスターグと会いたいと言い出し、ファントレイユは兄を説得し、自分が立ち会い、席を立たないからと約束し、妹を連れ出した。
彼女がスターグに惚れ込んでいるのは明らかで、スターグの冷たい態度に、それは打ちひしがれていた。
だがファントレイユは彼女に、脈の無い男を追いかけるのはうんと馬鹿げているし。
スターグはとうてい、良い夫にも父親にも向かず。
スターグが責任を取った所で、決して幸せにはなれない。
と、説得し続けた。
そんな風に必死で語りかけるファントレイユに、彼女は心惹かれたらしい。
ファントレイユは自分に気があるあると勘違いした彼女は、自宅へ送る途中とうとう。
自分は身ごもってなんかいないし、スターグの事は忘れるから。
これからは自分の事だけ、見て欲しい。
とファントレイユに告げ、彼をそれは困らせたらしい。
「…それで、どうしたの?」
ソルジェニーが聞くと、ファントレイユは頭を抱えた。
「どうもこうも、ありませんよ…。
身ごもって無いと、証明出来るのかと聞いたら、出来ると言い出し。
彼女に、兄の前でそれを言ってくれるよう説得したのは良いんですが…。
その後がね…」
ソルジェニーは、めでたく収まって良かった。
と安堵したものの、その言葉に思わず尋ね返す。
「……後?」
ファントレイユは人一つ、ため息を吐いた後。
項垂れた様子でつぶやく。
「彼女の兄が、妹の狂言だと解って胸を撫で下ろした所で…。
その妹は、自分はあんな男は忘れ、私と付き合うと言い出すものだから…」
ソルジェニーはびっくりしたものの、ファントレイユの気落ちした様子を気遣い、そっと尋ねる。
「…それでファントレイユは、彼女と付き合う事になったの?」
ファントレイユは優雅な面持ちを、少し青冷めさせて言った。
「冗談でしょう?
出来ない事を出来るだなんて、私は死んだって言いません。
もちろん、きっぱりと言いましたよ。付き合えないと」
「………その場でそんな事を言ったりしたら…。
でも、凄く大変な事になるんじゃないの?」
心配げな王子の問いに、ファントレイユはそれでも微笑を浮かべ、言葉を返す。
「…覚悟は決めていましたからね。
ともかく私には思う相手がとっくの昔にいるし、彼女以外は考えられないから。
どうしても、付き合う事は出来ない。
と言って彼女の兄に、殴るなり蹴るなり、したいなら好きにしろ。
と、開き直ってやったんです」
ソルジェニーは近衛宿舎に抜刀して斬り込んで来る、とても物騒な相手に向かって。
開き直っちゃうファントレイユにびっくりしつつも…聞いてみた。
「無事、収まった?」
ファントレイユは満面の笑みを浮かべ、優雅ににっこり微笑む。
「私はどこか、痛めてますか?」
ソルジェニーは彼の笑顔にようやく安心し、思いっきり微笑み返した。
「きっとファントレイユの誠意が、お兄さんに通じたんだね?」
ファントレイユは頷きながら、ぼやく。
「泣き言に、付き合った甲斐があったというものです」
ファントレイユの、珍しく疲れた様子を見て、ソルジェニーは心配げに伺う。
「…大丈夫ですか…?」
ファントレイユは王子の気遣いに、笑顔を浮かべた。
「スターグに思い切り、あんな安酒場の夕食なんかじゃ、全然割に合わない!
と愚痴ってやりましたからね」
ソルジェニーも、ヤンフェスとマントレンとデザートを山盛り食べまくった楽しい夕べを思い出し、釣られて笑った。
でもふと、思い返しささやく。
「…ファントレイユは…。
彼女じゃなきゃダメなほどの、想い人がいるの?」
ファントレイユはその美貌で軽やかに微笑む。
「…ああ、それはもちろん嘘です」
ソルジェニーは聞いた途端、目を、ぱちくりさせた。
王子の様子を目にし、ファントレイユは少し気まずい笑みを浮かべ、言い訳る。
「…それ位は言わないと、納得しないでしょう?だって」
「…だがそんな嘘はお前の評判を聞けば、すぐバレると、思うがな」
ふいに戸口からギデオンの声がして、二人共振り返った。
そこに居るだけで。
一気に場が華やぐ程の、鮮やかな波打つブロンド。
一瞬見入ってしまう、綺麗な小顔。
宝石のような碧緑の瞳。
小さく真っ赤な唇。
けれど、堂とした態度は明らかに武人のそれだった。
ソルジェニーはギデオンの登場に心が騒いだ。
が、確かに自分の護衛を務めている間、目立ちまくって女性にモテまくってるファントレイユを思い浮かべ
『ギデオンの言った通り…直ぐバレたら、また騒動になる…?』
と、心配げにファントレイユを覗き込む。
ファントレイユは、けどまるで気にかける様子無く、ギデオンに笑いかける。
「…ご心配ありがとう!
だが彼女は暫くたって、言い寄る男が出てきたら。
すぐに私の事なんか忘れるさ!」
ギデオンはじっ…と、軽く請け負う、ソファにかけてるファントレイユを見つめた後、ぶっきら棒に言い放った。
「…君っくらいの美貌の男が。
簡単に女性に、忘れ去られるとは到底、思えないが」
ファントレイユがその言葉を聞いた後。
あんまりまじまじとギデオンの顔を見つめるので。
ギデオンは途端、罰が悪そうな顔をし、問い正す。
「…私はそんなに、間抜けた事を言っているのか?」
「いや…?君にそんな風に思われてるなんて、知らなくて意外だった」
ファントレイユの返答に、ギデオンはほっとしたように肩をすくめる。
「どうして私だと意外なんだ…!
第一、これはヤンフェスやマントレンの意見だぞ?
私も彼らに、同感だと思っただけだ」
ヤンフェスとマントレンの名を聞き、ファントレイユが気遣わしげにギデオンを見つめ、尋ねる。
「…彼らと、話したのか?」
ギデオンは二人の斜め横のソファに、どっか!と腰掛けながら、ファントレイユが自分の顔色を伺う気配に気づいたものの、とぼけた。
「ずいぶんな騒ぎだったからな…。
いくら近衛の兵舎だって。
抜刀したまま昼日中、俳諧する奴は珍しい」
腰を降ろし様、手を胸の前で組む。
「…そうか………それでその……」
ファントレイユはギデオンがどこに話を持っていくのか、見当がついて。
こそっ…と彼を伺い見る。
ギデオンは意地悪く笑って見せ、言い切った。
「…君の、お手柄だ。
さすがに日頃、流血は嫌いだ。
と言い張るだけあって、スターグの理不尽な斬り合いを押し止めた事は、誉めてやる」
ソルジェニーはギデオンの言葉を真に受け、顔を輝かせてファントレイユに振り向いた。
が、ファントレイユはギデオンの、滅多に口にしない
『誉めてやる』
という言葉に更に警戒を強め。
ファントレイユが日頃影で“猛獣”と呼ぶ、その男の言わんとする事柄の、落ち着き先を。
慎重に見守った。
ソルジェニーがファントレイユの身構えた様子に、目を見開き。
ギデオンに振り向くと、その理由を探るように見つめる。
ギデオンはファントレイユが、もう自分が何を言い出すのか察しがついていると踏んで、彼に向かって笑った。
ソルジェニーが見た事の無い、ギデオンの笑顔だった。
が、ファントレイユは良く、知っているようだった。
…背筋が、凍り付くような笑顔。
ファントレイユは言いにくそうに、おずおずと口開く。
「…つまり…二人はしゃべったんだな?
酒場に、その………」
ギデオンはファントレイユの言葉を遮って、早口でまくし立てた。
「少女を伴って来たそうだな。
知り合いの親戚。
だそうだが、その知り合いとは私の事だろう?」
ファントレイユはヤンフェスとマントレンが、ギデオンの猛獣ぶりを熟知していて。
裏切るとは、どうしても思えなくて…。
もう一度、聞き返した。
「…それも、マントレンとヤンフェスか?」
ギデオンは、素っ気無く告げる。
「いや?別口だ」
ファントレイユはやっぱり、二人じゃ無かったな。
とは思った。
が、酒場で連れの少女を王子だと気づかない間抜けが。
迂闊にギデオンの前で、口を滑らせたのだと解り、心の中で舌打った。
ソルジェニーもそれを聞いた途端、自分を少女と間違えた幾人かの酔っぱらい隊員を、思い出す。
…安酒場に。
よりによって、厳重警護が必要な。
それは国にとって重要な身の上の、王子をお忍びで連れて行った事がギデオンにバレ。
罰の悪そうなファントレイユの、下を向いて眉を寄せる様子を目にし、ソルジェニーは慌てて叫ぶ。
「ギデオン!
私が頼んだ。ファントレイユに。
もっと、素朴な物が食べたいって!」
そう、可愛いソルジェニーに必死に言われ。
ギデオンはふ、と冷め切った夕食の乗った、テーブルに視線を向ける。
途端、ギデオンの顔が心配げに曇った。
「…食べて、無いのか?」
王子を見つめ、密やかな声音でそう言い、ファントレイユに視線を移す。
ファントレイユは彼の気遣わしげな碧緑の瞳に、そっと肩を、すくめて見せた。
ギデオンはファントレイユに、神妙な表情を見せ、静かに侘びた。
「…すまない。
君はソルジェニーに、気を使ったんだな?」
ファントレイユは猛獣が、この小さないとこに弱い事を知ってはいた。
が、こうもあっさりと兜を脱ぐ様に、ついびっくりして顔を上げる。
ファントレイユの気遣いをなじった態度を。
素直に侘びる…身分高く、日頃尊大な態度のギデオンの…。
その愛情の深さをファントレイユは思んばかり、俯いてささやく。
「…いや…。
私も彼の約束に、うんと遅れたので。
償いがしたかっただけだ」
ギデオンはファントレイユが、自分の的外れな批判を非難する事無く。
彼の非を理由に上げ、自分の非を軽減しようと気遣うファントレイユに、少し、感謝するように頷くと、一つタメ息を吐く。
「…それで…君は今夜も、食欲が無いのか?」
ソルジェニーは答えず、俯き。
ファントレイユが代わって答えた。
「…その様だな………」
ギデオンはまた一つ、ため息を吐いて言う。
「だが、安酒場は頂けない。
もう少し上品な、酔っぱらいのいる店を知っている。
料金は馬鹿高いが、田舎料理も置いてあるはずだ。
護衛の…君の他に、私も同席すれば、タヌキ共から文句も出まい」
ソルジェニーはそれを聞くなり、一気にはしゃいで顔を輝かせると、出かける支度をしに、部屋を飛び出して行った。
ファントレイユが顔を上げ、ギデオンをまじまじと見る。
「…君、本当に王子には甘いんだな」
ギデオンはファントレイユに見つめられ、更にもう一度大きなため息を吐き、頷きながら俯いた。
「甘くも、なるさ………。
君も様子を見ていたら…解るだろう?」
ファントレイユも思わず、日頃召使いやら城の者達に、少しも親しく扱われず、孤独の中にいる王子を思い浮かべ、同意に頷く。
ギデオンはそんなファントレイユの、少し青冷めてやつれた。
珍しくしおらしい姿を目にし、椅子から身を乗り出し、伺うように見つめ、尋ねる。
「それで?
今日も別件でゴタついて、君は疲れていると言うなら…私が引き受けるが」
が、ファントレイユは一気に顔を上げると、明るく笑った。
「君の奢りで夕食にありつける、滅多に無い機会から私を、閉め出す気か?」
ギデオンはその笑顔に釣られ、思わず全開で、笑い返した。
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