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護衛の腕前
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ギデオンはソルジェニーが、一人で馬に乗る事を許さず。
自分の馬の前に乗せ、ソルジェニーの後ろに跨った。
ファントレイユは馬上で手綱を取って、二人を眺めつつも、内心思った。
「(王子はそれは巧みに、馬を操るのに…)」
が、王子はギデオンと同乗するのが、それは嬉しい様子で、はしゃいでいて。
幾度もギデオンを振り返っては、話かけ。
ギデオンも、それは優しい表情を作り、王子の言葉に今まで一度だって聞いた事の無い、柔らかな声音で微笑みながら、返答していた。
いとこ同志なだけあり、面立ちの良く似た二人。
ギデオンは黄金色の長く豪奢な縮れ毛を肩に、背に垂らし。
ソルジェニーはそれよりは薄い色の金髪を、たおやかに背に流していた。
素直そうな青の瞳で、くっきりとした碧緑色のギデオンの瞳を、後ろに振り向いては見つめ返す。
…共に小顔で色白で。
まるで少女のような王子と、そして。
近衛では半端無い睨みを効かすギデオンは、今はうって変わってとても優しげな表情を、王子に向けてる。
普段からあまり男性に見えないギデオンの美女顔も伴い、際立って美しい、男装の姉妹のように、目に映る。
ファントレイユは何度も、自分の見ている光景が信じられなくて、目を擦りたい衝動にかられた。
が、幾度目かでとうとう、自分に言い聞かせる。
『そりゃあ、一度もお目にかかった事なんて無い、猛獣のくつろいで愛情溢れる姿だ。
が、いい加減見慣れろ!
それに彼があんな顔を見せるのは、王子に限定されてる。
と、肝に命じて置くんだぞ…!』
と…。
馬で駆ける夜の街道の、両側は林や草原になりつつあり。
だんだん建物の少ない外れにやって来て、ファントレイユも確かにこの辺りに、上流の連中が使う、隠れ家のような馬鹿高い店があった記憶が戻って来た。
が、二股の道の、右にギデオンが馬の首を向けて進むのを見
『あれ?こちらだっけ…』
とぼんやり思う。
暫く進むと、人っこ一人通らない、道の両端が木の茂りまくってる、暗く寂しい道に出た。
その少し先の左側に、細い枝道が見えて来て、分かれ際の木の枝に看板がぶら下がっているのが、月明かりで解った。
「…どうやら、ここを入るらしいな…」
ギデオンは言って、馬を左の細道へ進める。
が、ファントレイユは彼に問い正したかった。
本当に、こちらでいいのか。
と。
…なぜって、ひどい胸騒ぎがしたから。
「(確か……。
自分の記憶が、確かなら………)」
だが暗い木立を抜け、少し広い場所に出ると、屋敷が見えて来る。
あまり立派で無い、どこか寂れた感じのする鉄の門を潜る、ギデオンに声を掛けようと口開く。
けどギデオンはソルジェニーと楽しげに話し込み、門を目にしたかどうかも、疑わしい。
建物の前にある厩に、客達の何頭もの馬が繋がれ、ギデオンはさっとそこに馬を進め、馬から滑り降り、両手を広げて馬から滑り降りる、ソルジェニーを受け止めてた。
ファントレイユは横に馬を乗り入れると、振り向きもしないギデオンを、今度こそ捕まえようと、手早く馬を繋いで後を追う。
先を歩くギデオンは、ソルジェニーとの話に夢中で、数段ある階段に足を乗せようとしていた。
ファントレイユは早足で歩を進めながら、店の入り口を見る。
…確かに、店のようではある。
が、上流と言うにはあまりにも質素で、素っ気無い店構え。
「…ギデオン、あの……」
ファントレイユがとうとう声を掛けた時、ギデオンはもう三段ほどある階段を上がりきり、王子の肩を抱いて店の戸を開け、中へと消えて行った。
ファントレイユが一つ吐息を吐き、仕方無しに後に続いて店の戸を開ける。
…彼の予感は的中した。
そこはどう見ても悪党どもの巣窟のような、柄の悪い酒場で。
人相、目つきの悪い30人もいるかな?と思う程の人数のごろつき共が、入ってきたいかにも品の良い三人を、一斉に振り向いてじろりと見つめたからだった。
ファントレイユがギデオンの肩を掴み、店を出ようと言い出す、前に。
戸口の横にいた男が、ファントレイユの後ろでバタンと音を立てて扉を閉め。
振り向く彼の優男ぶりに、にやにや笑って
『文句があるのか』
と太い腕っぷしを、めくって見せる。
ソルジェニーの肩を抱くギデオンと、その後ろに立つファントレイユの間に、別の男が割って入り、ファントレイユに向き直って睨め付け、言った。
「…二人も別嬪を連れてるなんざ、流石にお上品な色男は違うな…!」
それを聞き、ファントレイユは心の中で
『この男は終わった』
と、思ったが、その通りだった。
「…誰が、別嬪だ……!」
ギデオンがいきなり背後の男に振り向くと、返答を待たず瞬間殴り倒す。
がっ……!
どったん…!
床に埃の浮く倒れっぷりを、酒場の男達が凝視する。
皆の目が、殺気でぎらついた。
ギデオンはそれに気づき、咄嗟にファントレイユに視線を投げ。
ファントレイユはそれを受け取り、急いでソルジェニーの細い肩を、抱いて引き寄せた。
ソルジェニーはギデオンの時は全然何て事が無かったのに、いきなりファントレイユの密やかで逞しい、引き締まった胸元に抱き寄せられた途端。
こんな場合にも関わらず、心臓が高鳴り頬が熱くなって、戸惑った。
ファントレイユはそのまま王子の肩を抱き、店を出ようと急ぐ。
が、戸口にいた男は二人を出すまいと、彼らと戸の間にそのでかい図体で立ち塞がった。
ソルジェニーはファントレイユの
『血を見るのも、殴り合いも大嫌い』
と言う言葉を思い出し、ファントレイユよりもうんと逞しい、筋肉で出来たようなごつい面構えのでかい男を見、ぞっ、と体が震え、腕に抱かれたファントレイユの顔を、そっと見上げた。
ファントレイユはいつもの軽快な雰囲気の微塵も無い、きつい射るような透けるブルー・グレーの瞳で、相手を睨め付けていた。
とん…。
ソルジェニーを軽く押し、自分から離しざま。
飛んできた拳を軽やかにかわし、男にくるりと背を向けるなり、背後の男の脇腹に、屈んで肘を真後ろに、思い切り突き入れる。
がっっっ!
さっと身を翻し、腕を伸ばしてソルジェニーの肩を抱くなり。
脇を押えて痛みに膝を折る大男の、横を素早く通り過ぎ。
扉を開けざま、駆け出す。
戸を蹴立て、階段を飛ぶように二人一緒に駆け下りる。
が、後ろからはばたばたと後を追う男達の足音が聞こえ、ファントレイユはソルジェニーの肩を抱いたまま、ゆっくり後ろに振り返った。
追っ手は三人。
三人共がどう見ても盗賊のような薄汚い身なりの、下卑た顔をしてた。
三人の内の一人の、腹のせり出した男が、長い楊枝をくわえたまま唸る。
「…色男さんよ。その子を置いて行きな…!
そしたらあんたは無事、逃がしてやる…」
ソルジェニーはファントレイユを見た。
が、ファントレイユは聞く気が全然無いような、真剣な表情で。
腰に帯刀した剣の柄に手を掛け、すらりと抜き去った。
三人はファントレイユの容貌と、自分達より華奢な体格に、一斉ににやにや笑い出すと、無駄なあがきをするもんだと、揃って剣を、抜いて見せる。
ファントレイユは腕に抱くソルジェニーをそっと、自分の背に回し入れながらささやく。
「私の、背中から出ないようになさい。
いいですね?」
ソルジェニーは頷いた。
が、ファントレイユの視線は正面の三人の男に注がれたまま。
男達はファントレイユがかかって来るのを、待っているようだった。
が、ファントレイユが動く気が無いのを知って、右の一人が先に斬りかかる。
ソルジェニーは目を固く閉じた。
けれどファントレイユの背中は、動揺する気配が微塵も無い。
ソルジェニーに左腕を回して後ろ抱きにし、ソルジェニーごと、さっ、と飛んできた剣を首を傾け、避けざま身を屈め、空いた男の腹に素早く剣を突き入れる。
「ぅ…がっ!!!」
男が突かれた痛みに顔を歪めて呻き、身を前に折ると。
ようやく残りの男達の、顔色が変わる。
「…野郎……!」
もう一人が斬りかかり、カン高い剣を交える音がする。
カンカン…カンッ!
ファントレイユはソルジェニーを背後に庇い、左腕を回し、抱いたまま。
チラリと腹を突いた男に視線を送り、立ちあがる気配の無いのを確認し。
戦ってる男の背後に控えている、三人目の男の様子を、油断なく伺いながらも。
右手で相手の振ってくる剣を、少し遅れ、たどたどしく受け止めてる。
カンッ!
ソルジェニーはファントレイユの背後から、彼の戦い様を見守った。
ファントレイユは斬りかかる男の激しい勢いに圧され、防ぐのが精一杯。
のように、崩れかかり。
がつんがつん言わせる、激しい剣を。
ごろつきからしたら細く見える腕で、必死の形相で防ぐ、ふりをしながら。
ぎりぎりの所でしっかと剣を受け止め、巧妙に相手の隙を伺っている様子が、ソルジェニーには見て取れた。
「(右が、ガラ空き…!)」
ソルジェニーがそう思った瞬間、ファントレイユの剣がさっと右に飛ぶ。
「うがっ…!」
ひょろひょろの剣だと、油断しきっていた男は。
とっさの素早い攻撃に対応出来ず、斬り込まれた右胸を抑え、体を前に折って崩れ落ちる。
最後の一人の、顔色が変わる。
『こんな優男相手に、何やってるんだ…!』
ぎり…!
と歯噛みして剣を振り上げ、間髪入れず斬りかかって来た。
ファントレイユはだがその男が襲って来るのを、待ち構えていて。
さっとそちらに向き直ると、さっきのたどたどしさを一気に取っ払い。
目の醒めるような素早さと鋭さで、斬りかかる剣に自分の剣をがっし!と交え。
一瞬で相手の剣を絡め取ると、回し振って上へと跳ね上げた。
男の剣だけが、ファントレイユの剣に弾かれ、頭上高く跳ね飛ぶ。
月明かりに一瞬、飛んだ男の剣が、頭上でキラリと銀に光る。
が、弾かれた剣が手から抜ける様に驚愕の表情を浮かべた男は、次の瞬間。
間髪入れず向かって来るファントレイユの剣に胸を突かれ、うずくまった。
あんまり見事な奇襲と速攻で。
ソルジェニーは見とれた。
が、ファントレイユは男が倒れるのも確認せず。
ソルジェニーへと振り向き、その肩を抱き。
一気に厩へと駆け出した。
走る事を促されてソルジェニーは。
一瞬、グレーがかった栗毛を揺らし、月明かりに頬を青白く浮かび上がらせるファントレイユの、美貌の横顔を見上げる。
真剣、そのもので、思わず彼に合わせ、必死に走った。
厩に駆け込むなり、ファントレイユは手綱が繋がれている横棒に駆け寄り、手早く綱を解く。
ファントレイユの素早さを見て、ソルジェニーは慌てて馬に乗り込む。
直ぐ後ろにファントレイユが飛び乗り、手綱を取って馬の首の向きを変え。
拍車を入れて、一気に厩を飛び出した。
激しく駒音を蹴立てて揺れる馬上で、ソルジェニーはチラリと後ろを振り返る。
ふわり…!と。
ファントレイユのグレーがかった栗毛が月明かりの中、艶を帯びて彼の肩の上で揺れて見え。
ファントレイユがこんな時でもその優雅さが決して失われないのを目にし、心から感嘆した。
殴り倒した時から剣を交えている、一連の動作の中。
彼の動きは流れるように優美。
そして俊敏だった。
ファントレイユは倒した男達が向かって来るかどうかを、馬上でチラリと視線を向けて確かめ。
その男達が今だ刺された場所を押さえ、うずくまる姿を確認すると、手綱を引いて速度を落とし。
店の入り口に、一瞥をくれた。
…ギデオンはまだ、出て来ない。
が、店の入り口が騒がしくなり。
ファントレイユは後を付けられては。
と、両足を跳ね上げ、拍車で馬の腹を打ち付け、馬がいななき前足を跳ね上げ様、その首を枝道の方に向ける。
馬の前足が着地すると同時、もう一度拍車を入れ、一気に細道へと駆け出す。
ギデオンの、筋肉だろうけど、どこか柔らかな感触とは違い。
背に感じるファントレイユの胸は、密やかで熱く。
どこにも余分な贅肉がついて無くて、それは引き締まって逞しい感じがし。
ソルジェニーはそれを感じた途端、どぎまぎした。
ファントレイユの、胸も腕も。
華やかな感じがするのに、とても秘やかで独特の雰囲気があって。
抱かれたりすると、やんわりと彼に絡め取られたような気分になって。
触れる相手を、それは落ち着かなくさせる。
ソルジェニーは赤らむ顔を俯け、極力ファントレイユに、気づかれないようにした。
そしてファントレイユが説得したというスターグに惚れている女性が、もしこんな風に。
後ろから彼に抱かれ、馬上で連れだって乗っていたりしたら。
つれないスターグなんかより、ファントレイユに気が移っても、無理無いんじゃないか。
と、納得した。
自分の馬の前に乗せ、ソルジェニーの後ろに跨った。
ファントレイユは馬上で手綱を取って、二人を眺めつつも、内心思った。
「(王子はそれは巧みに、馬を操るのに…)」
が、王子はギデオンと同乗するのが、それは嬉しい様子で、はしゃいでいて。
幾度もギデオンを振り返っては、話かけ。
ギデオンも、それは優しい表情を作り、王子の言葉に今まで一度だって聞いた事の無い、柔らかな声音で微笑みながら、返答していた。
いとこ同志なだけあり、面立ちの良く似た二人。
ギデオンは黄金色の長く豪奢な縮れ毛を肩に、背に垂らし。
ソルジェニーはそれよりは薄い色の金髪を、たおやかに背に流していた。
素直そうな青の瞳で、くっきりとした碧緑色のギデオンの瞳を、後ろに振り向いては見つめ返す。
…共に小顔で色白で。
まるで少女のような王子と、そして。
近衛では半端無い睨みを効かすギデオンは、今はうって変わってとても優しげな表情を、王子に向けてる。
普段からあまり男性に見えないギデオンの美女顔も伴い、際立って美しい、男装の姉妹のように、目に映る。
ファントレイユは何度も、自分の見ている光景が信じられなくて、目を擦りたい衝動にかられた。
が、幾度目かでとうとう、自分に言い聞かせる。
『そりゃあ、一度もお目にかかった事なんて無い、猛獣のくつろいで愛情溢れる姿だ。
が、いい加減見慣れろ!
それに彼があんな顔を見せるのは、王子に限定されてる。
と、肝に命じて置くんだぞ…!』
と…。
馬で駆ける夜の街道の、両側は林や草原になりつつあり。
だんだん建物の少ない外れにやって来て、ファントレイユも確かにこの辺りに、上流の連中が使う、隠れ家のような馬鹿高い店があった記憶が戻って来た。
が、二股の道の、右にギデオンが馬の首を向けて進むのを見
『あれ?こちらだっけ…』
とぼんやり思う。
暫く進むと、人っこ一人通らない、道の両端が木の茂りまくってる、暗く寂しい道に出た。
その少し先の左側に、細い枝道が見えて来て、分かれ際の木の枝に看板がぶら下がっているのが、月明かりで解った。
「…どうやら、ここを入るらしいな…」
ギデオンは言って、馬を左の細道へ進める。
が、ファントレイユは彼に問い正したかった。
本当に、こちらでいいのか。
と。
…なぜって、ひどい胸騒ぎがしたから。
「(確か……。
自分の記憶が、確かなら………)」
だが暗い木立を抜け、少し広い場所に出ると、屋敷が見えて来る。
あまり立派で無い、どこか寂れた感じのする鉄の門を潜る、ギデオンに声を掛けようと口開く。
けどギデオンはソルジェニーと楽しげに話し込み、門を目にしたかどうかも、疑わしい。
建物の前にある厩に、客達の何頭もの馬が繋がれ、ギデオンはさっとそこに馬を進め、馬から滑り降り、両手を広げて馬から滑り降りる、ソルジェニーを受け止めてた。
ファントレイユは横に馬を乗り入れると、振り向きもしないギデオンを、今度こそ捕まえようと、手早く馬を繋いで後を追う。
先を歩くギデオンは、ソルジェニーとの話に夢中で、数段ある階段に足を乗せようとしていた。
ファントレイユは早足で歩を進めながら、店の入り口を見る。
…確かに、店のようではある。
が、上流と言うにはあまりにも質素で、素っ気無い店構え。
「…ギデオン、あの……」
ファントレイユがとうとう声を掛けた時、ギデオンはもう三段ほどある階段を上がりきり、王子の肩を抱いて店の戸を開け、中へと消えて行った。
ファントレイユが一つ吐息を吐き、仕方無しに後に続いて店の戸を開ける。
…彼の予感は的中した。
そこはどう見ても悪党どもの巣窟のような、柄の悪い酒場で。
人相、目つきの悪い30人もいるかな?と思う程の人数のごろつき共が、入ってきたいかにも品の良い三人を、一斉に振り向いてじろりと見つめたからだった。
ファントレイユがギデオンの肩を掴み、店を出ようと言い出す、前に。
戸口の横にいた男が、ファントレイユの後ろでバタンと音を立てて扉を閉め。
振り向く彼の優男ぶりに、にやにや笑って
『文句があるのか』
と太い腕っぷしを、めくって見せる。
ソルジェニーの肩を抱くギデオンと、その後ろに立つファントレイユの間に、別の男が割って入り、ファントレイユに向き直って睨め付け、言った。
「…二人も別嬪を連れてるなんざ、流石にお上品な色男は違うな…!」
それを聞き、ファントレイユは心の中で
『この男は終わった』
と、思ったが、その通りだった。
「…誰が、別嬪だ……!」
ギデオンがいきなり背後の男に振り向くと、返答を待たず瞬間殴り倒す。
がっ……!
どったん…!
床に埃の浮く倒れっぷりを、酒場の男達が凝視する。
皆の目が、殺気でぎらついた。
ギデオンはそれに気づき、咄嗟にファントレイユに視線を投げ。
ファントレイユはそれを受け取り、急いでソルジェニーの細い肩を、抱いて引き寄せた。
ソルジェニーはギデオンの時は全然何て事が無かったのに、いきなりファントレイユの密やかで逞しい、引き締まった胸元に抱き寄せられた途端。
こんな場合にも関わらず、心臓が高鳴り頬が熱くなって、戸惑った。
ファントレイユはそのまま王子の肩を抱き、店を出ようと急ぐ。
が、戸口にいた男は二人を出すまいと、彼らと戸の間にそのでかい図体で立ち塞がった。
ソルジェニーはファントレイユの
『血を見るのも、殴り合いも大嫌い』
と言う言葉を思い出し、ファントレイユよりもうんと逞しい、筋肉で出来たようなごつい面構えのでかい男を見、ぞっ、と体が震え、腕に抱かれたファントレイユの顔を、そっと見上げた。
ファントレイユはいつもの軽快な雰囲気の微塵も無い、きつい射るような透けるブルー・グレーの瞳で、相手を睨め付けていた。
とん…。
ソルジェニーを軽く押し、自分から離しざま。
飛んできた拳を軽やかにかわし、男にくるりと背を向けるなり、背後の男の脇腹に、屈んで肘を真後ろに、思い切り突き入れる。
がっっっ!
さっと身を翻し、腕を伸ばしてソルジェニーの肩を抱くなり。
脇を押えて痛みに膝を折る大男の、横を素早く通り過ぎ。
扉を開けざま、駆け出す。
戸を蹴立て、階段を飛ぶように二人一緒に駆け下りる。
が、後ろからはばたばたと後を追う男達の足音が聞こえ、ファントレイユはソルジェニーの肩を抱いたまま、ゆっくり後ろに振り返った。
追っ手は三人。
三人共がどう見ても盗賊のような薄汚い身なりの、下卑た顔をしてた。
三人の内の一人の、腹のせり出した男が、長い楊枝をくわえたまま唸る。
「…色男さんよ。その子を置いて行きな…!
そしたらあんたは無事、逃がしてやる…」
ソルジェニーはファントレイユを見た。
が、ファントレイユは聞く気が全然無いような、真剣な表情で。
腰に帯刀した剣の柄に手を掛け、すらりと抜き去った。
三人はファントレイユの容貌と、自分達より華奢な体格に、一斉ににやにや笑い出すと、無駄なあがきをするもんだと、揃って剣を、抜いて見せる。
ファントレイユは腕に抱くソルジェニーをそっと、自分の背に回し入れながらささやく。
「私の、背中から出ないようになさい。
いいですね?」
ソルジェニーは頷いた。
が、ファントレイユの視線は正面の三人の男に注がれたまま。
男達はファントレイユがかかって来るのを、待っているようだった。
が、ファントレイユが動く気が無いのを知って、右の一人が先に斬りかかる。
ソルジェニーは目を固く閉じた。
けれどファントレイユの背中は、動揺する気配が微塵も無い。
ソルジェニーに左腕を回して後ろ抱きにし、ソルジェニーごと、さっ、と飛んできた剣を首を傾け、避けざま身を屈め、空いた男の腹に素早く剣を突き入れる。
「ぅ…がっ!!!」
男が突かれた痛みに顔を歪めて呻き、身を前に折ると。
ようやく残りの男達の、顔色が変わる。
「…野郎……!」
もう一人が斬りかかり、カン高い剣を交える音がする。
カンカン…カンッ!
ファントレイユはソルジェニーを背後に庇い、左腕を回し、抱いたまま。
チラリと腹を突いた男に視線を送り、立ちあがる気配の無いのを確認し。
戦ってる男の背後に控えている、三人目の男の様子を、油断なく伺いながらも。
右手で相手の振ってくる剣を、少し遅れ、たどたどしく受け止めてる。
カンッ!
ソルジェニーはファントレイユの背後から、彼の戦い様を見守った。
ファントレイユは斬りかかる男の激しい勢いに圧され、防ぐのが精一杯。
のように、崩れかかり。
がつんがつん言わせる、激しい剣を。
ごろつきからしたら細く見える腕で、必死の形相で防ぐ、ふりをしながら。
ぎりぎりの所でしっかと剣を受け止め、巧妙に相手の隙を伺っている様子が、ソルジェニーには見て取れた。
「(右が、ガラ空き…!)」
ソルジェニーがそう思った瞬間、ファントレイユの剣がさっと右に飛ぶ。
「うがっ…!」
ひょろひょろの剣だと、油断しきっていた男は。
とっさの素早い攻撃に対応出来ず、斬り込まれた右胸を抑え、体を前に折って崩れ落ちる。
最後の一人の、顔色が変わる。
『こんな優男相手に、何やってるんだ…!』
ぎり…!
と歯噛みして剣を振り上げ、間髪入れず斬りかかって来た。
ファントレイユはだがその男が襲って来るのを、待ち構えていて。
さっとそちらに向き直ると、さっきのたどたどしさを一気に取っ払い。
目の醒めるような素早さと鋭さで、斬りかかる剣に自分の剣をがっし!と交え。
一瞬で相手の剣を絡め取ると、回し振って上へと跳ね上げた。
男の剣だけが、ファントレイユの剣に弾かれ、頭上高く跳ね飛ぶ。
月明かりに一瞬、飛んだ男の剣が、頭上でキラリと銀に光る。
が、弾かれた剣が手から抜ける様に驚愕の表情を浮かべた男は、次の瞬間。
間髪入れず向かって来るファントレイユの剣に胸を突かれ、うずくまった。
あんまり見事な奇襲と速攻で。
ソルジェニーは見とれた。
が、ファントレイユは男が倒れるのも確認せず。
ソルジェニーへと振り向き、その肩を抱き。
一気に厩へと駆け出した。
走る事を促されてソルジェニーは。
一瞬、グレーがかった栗毛を揺らし、月明かりに頬を青白く浮かび上がらせるファントレイユの、美貌の横顔を見上げる。
真剣、そのもので、思わず彼に合わせ、必死に走った。
厩に駆け込むなり、ファントレイユは手綱が繋がれている横棒に駆け寄り、手早く綱を解く。
ファントレイユの素早さを見て、ソルジェニーは慌てて馬に乗り込む。
直ぐ後ろにファントレイユが飛び乗り、手綱を取って馬の首の向きを変え。
拍車を入れて、一気に厩を飛び出した。
激しく駒音を蹴立てて揺れる馬上で、ソルジェニーはチラリと後ろを振り返る。
ふわり…!と。
ファントレイユのグレーがかった栗毛が月明かりの中、艶を帯びて彼の肩の上で揺れて見え。
ファントレイユがこんな時でもその優雅さが決して失われないのを目にし、心から感嘆した。
殴り倒した時から剣を交えている、一連の動作の中。
彼の動きは流れるように優美。
そして俊敏だった。
ファントレイユは倒した男達が向かって来るかどうかを、馬上でチラリと視線を向けて確かめ。
その男達が今だ刺された場所を押さえ、うずくまる姿を確認すると、手綱を引いて速度を落とし。
店の入り口に、一瞥をくれた。
…ギデオンはまだ、出て来ない。
が、店の入り口が騒がしくなり。
ファントレイユは後を付けられては。
と、両足を跳ね上げ、拍車で馬の腹を打ち付け、馬がいななき前足を跳ね上げ様、その首を枝道の方に向ける。
馬の前足が着地すると同時、もう一度拍車を入れ、一気に細道へと駆け出す。
ギデオンの、筋肉だろうけど、どこか柔らかな感触とは違い。
背に感じるファントレイユの胸は、密やかで熱く。
どこにも余分な贅肉がついて無くて、それは引き締まって逞しい感じがし。
ソルジェニーはそれを感じた途端、どぎまぎした。
ファントレイユの、胸も腕も。
華やかな感じがするのに、とても秘やかで独特の雰囲気があって。
抱かれたりすると、やんわりと彼に絡め取られたような気分になって。
触れる相手を、それは落ち着かなくさせる。
ソルジェニーは赤らむ顔を俯け、極力ファントレイユに、気づかれないようにした。
そしてファントレイユが説得したというスターグに惚れている女性が、もしこんな風に。
後ろから彼に抱かれ、馬上で連れだって乗っていたりしたら。
つれないスターグなんかより、ファントレイユに気が移っても、無理無いんじゃないか。
と、納得した。
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