赤い獅子と淑女

あーす。

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ヨーンの襲撃

ヨーンの襲撃 4

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ざっっっっ!

茂みを割って、駆け込んで来る人物にオーガスタスは振り向く。



銀髪の…素晴らしい美少女だった。
「やっぱりこっち…?
もう…伸しちまったのか?」

マディアンはその、銀髪を長く胸に垂らす、エメラルド色の瞳をした素晴らしい美貌の麗人を見つめ、自問した。

彼…?
彼…女?

マディアンはその麗人をじっ…と観察したが、その美少女はまるで胸が無かった。

「彼女を襲っていた所を、殴り倒した」
オーガスタスのその言葉に、銀髪の美少女は呆れた。
「…ほんの少し目を離しただけなのに?
もう…襲ってたのか?」

オーガスタスは頷き
「いいから運んで、そのまま拉致しろ」
と命ずる。

銀髪の美少女は口笛を吹き、オーガスタスが歩き出すと正面から数人の体の大きな男達がやって来て、すれ違い様オーガスタスに囁く。
「被害者か?」



オーガスタスは頷くと、素早く囁き返す。
「自宅まで送って行く」

だが横の男は両腕広げて待つ。
そして言った。
「…俺がする」

オーガスタスは腕の中の、マディアンを見つめる。
その今だ陰りを帯びた黄金の瞳には、迷いがあった。
だからマディアンは、オーガスタスに懇願するように見つめ返す。

オーガスタスは一瞬、腕を動かそう。
としたものの、低く、掠れた声でぼそり。と告げる。

「…彼女は俺に怒ってるから、俺じゃないとマズイ」

横の男は広げた両腕を下げ、顔も下げて溜息を吐き、振り向くとマディアンに叫ぶ。

「思い切り、タイプだったのにな!
そいつは無理でも、俺ならあんたに靡くぜ!」

マディアンは呆れたけど、男はもう一人の男に
「女口説いてないでさっさと行かないと、シェイルがお冠だぜ?」
と言われ、背を向けた。


マディアンは長身のオーガスタスが、悠然と危なげなく歩を運ぶのを、彼の肩に腕を絡ませて見つめる。
彼からしたら自分なんて、まるで重さなんて感じないように運んでる。

「さっきの銀髪の美少女…貴方の仕事仲間で恋人?」
そう尋ねると、オーガスタスの返答が返って来る。
「彼は左将軍の、恋人だ」

マディアンは暫く、言われた事が理解出来なかった。
「………“彼”なの?!」

オーガスタスは少し笑って、囁く。
「あいつは昔から、どんな美女達の自信も喪失させる、タチの悪い男だ」

「左将軍は彼の事が好きなの?」
「かなりな」
「貴方は違うの?」
「男を恋人にしたい。
と思った事はかつて一度足りとも、無い」
「彼程の美少年でも?」

オーガスタスは、腕に抱くマディアンを見た。



優しい、笑顔を向けて囁く。
「女性と男は、どう頑張っても違う。
顔に惚れる訳じゃない」

マディアンは頬を染めた。
「それ…私の事、女として意識してる?」

オーガスタスは呆れた。
「意識、しない方が可笑しいだろう?
君はその…慎み深い美女だし…とても奥ゆかしい」

「抱きたい…とかって、思う?」

オーガスタスは一瞬呆けて彼女を見つめ…だが怒り出した。
だかだか歩きながら怒鳴る。
「挑発しないでくれ!
抱いたらその後泣かれる!
俺は女を泣かすのは大嫌いだ!」

マディアンは俯いた。
「抱いても泣かれないような…遊び慣れた女性なら…いいの?」

オーガスタスの、歩が一瞬止まる。

腕の中のマディアンの、楚々(そそ)とした仄(ほの)かで柔らかな色香漂う風情を見つめ、心がぐらぐら、揺れた。

少し明るい栗毛がほつれ…彼女の優しい印象を更に深める。
頬はほんのりと赤く、薔薇のよう…。
瞳は優しい茶色をしていて…唇は…色事に慣れた誘うような様子も無く、柔らかで暖かで、慎みが在った。

オーガスタスは今までこんなに育ちの良く、きちんとした家庭的な女性とはマトモに接した事なんてなかったから、返答できず先を急ぐように、歩き続けた。





 馬車に乗せられ、自宅に着いて、馬車から抱いて降ろされ。
マディアンはオーガスタスに抱き上げられたまま、玄関を潜る。

母は飛んで来て、立派なオーガスタスを見上げ、娘の部屋を指し示し、後でお茶を。
と言って、医者を呼びに行く。

オーガスタスはマディアンの部屋を見た。
薄いピンク色の優しい壁紙。
クリーム色の柱。
綺麗な飾り付きの、銀色の美しい櫛の置かれた、銀の縁飾りのある鏡台。

薄いピンク色のレースが、ふんだんに使われた枕や天蓋(てんがい)のカーテン。
彼女を寝台にそっと降ろすと、オーガスタスは所在なく見えた。

開け放たれた窓からは爽やかな風が吹き込み、レースのカーテンを揺らしている。

マディアンは彼の温もりから放されて、かなりがっかりした。
とても、安心だった。
男として見たら、きっと手綱が取れない。
以外の事で、彼程素晴らしい男性は、居ないに違いない。

“…だからきっと、左将軍補佐とか、していらっしゃるのね”

母が来て、医者はもう暫くしたら来る。と告げ、お茶を女中が運んで来て、マディアンは寝台にもたれながらカップを持ち上げ、横のソファで大人しくお茶を口に運ぶ、オーガスタスに視線を注ぎ続けた。

「…まだ、私に怒っていらっしゃる?」
マディアンが小声でそう尋ねると、オーガスタスは少し後悔したような表情を見せ、言葉を詰まらせる。
「…怒ってらしたのは、貴方だ。
だがそれも無理は無い…。
俺の怒りは…」

言って、顔を上げる。
ヨーンを殴った時黄金に輝くように見えた瞳は、今は悲しみを湛えた鳶色に見えた。

「…貴方の痛みが消えれば、消え去る」

「私の事で、責任を感じていらっしゃるのね?」
オーガスタスはさっ!と、首振って横向く。
「ギュンターを止めたのは俺だ!
あの時奴に殴らせておけば、今貴方は寝台に等居なかった!
…いや…。
尾行などせず、もっと早くに殴っておけば…」

マディアンは顔を下げる、その勇猛な“赤い獅子”にそっ…と尋ねる。
「近しいお方が、私のような目に、合われた事があるのね?」

だが今度はオーガスタスが、顔を上げて低く通る声音で、きっぱり告げる。
「貴方の事を心配している!
お怪我までされたから!」

マディアンは真っ直ぐ見つめられ、怒鳴るようにそう言われた途端、顔が赤く成った。

けれど顔を上げると、オーガスタスその人も。
頬を赤らめ、所在ないように狼狽(うろた)えて首を横に、振っていた。

「(私の事、意識していらっしゃる…?)」
マディアンは途端、心がうきうきしてしまって、痛みが綺麗に消えて行きそうで、思い止まった。

怪我をしてるからこそ、彼はここにこうして付き添っていてくれるんだし…実際手当ても受けて無くて、きっと彼から自分への関心が消え去ったら、派手に痛む。
と予想出来たから。

間もなく医者が来て、オーガスタスは部屋を、出て行ってしまった。

腿の裏は紫色に腫れ上がり、背にも幾つか痣が出来ている。
と医者は診断し、薬草油の湿布を貼られ、マディアンはほっとした。

けれど医者は
「暫くは無理をして、体を動かさないように」
と告げて行く。

医者が出て行き、入れ替わりに扉から訪れる人影に、マディアンは瞳を輝かせた。
が、入って来たのはシェダーズ。



「大丈夫でしたか?!
そこに左将軍補佐が…」
「…帰ってしまわれた?」

小声だった。
が、シェダーズがそれで…マディアンの、彼への恋心を察したように…項垂れて告げる。
「いえ…まだ。
貴方にご挨拶がしたいと。
そうおっしゃっていらした」
「お通しして」

シェダーズは…暫(しばら)く顔を下げたまま、それでもゆっくり、顔を上げる。
青ざめ、憔悴(しょうすい)した面持ちで。
「…ええ…そうしましょう」

そして…肩を落とし顔を下げ、室内を出て行く。
すれ違いに入って来た横の大男、オーガスタスを見上げ、苦しげに顔を下げて…。
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