赤い獅子と淑女

あーす。

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花祭り

花祭り 8

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 オーガスタスは自室に戻ると、扉を後ろ手で閉めた後。
暫くそのまま、動けなかった。

花の香りが甘やかに自分を包んでいるのが分かる。
華やかで優しくて…まるで…天国のように楽しい時間だった。

腕に抱く、彼女の感触がまだ、残ってる。
そして唇に触れた、彼女の…。
柔らかで優しい唇の感触…。

オーガスタスは室内へ歩き出そうとし…出来ずにまだ、後ろ手で扉のノブを、握っていた。
自分を、全て包み込もうとする、マディアンの甘い香り。
きっとどれだけの暴挙に出ても、彼女は引かず、自分を受け入れ続ける。
それを、オーガスタスは確信していた。

泣き出しそうだった。

自分が、彼女をズタズタに傷つけそうで…心底、怖かった。

彼女は、幸福な天国(領地)に居て欲しい…。
彼女らを傷つけようとする輩は…俺が地獄(戦場)に留まって、決してそちらには、行かせないから…!

俺は剣を…奴らを引き裂くために振る。
決して…君を傷つけるために、じゃない!

分からないのか…俺が血に染まっていることを…!
俺が、戦うために産まれて来たことを…!

生き抜くために、ずっと拳を降り続け…それしか…生き方を知らない。
ディアヴォロスが俺を、制御し、導いてくれているから…左将軍補佐なんて役職も、なんとかやっていけるだけで…。

オーガスタスはその時、ようやく…自分に自信がないことを、思い知った。
たった一人の…恋い焦がれた淑女を、幸せにする自信が。

コン…。
背後の扉の振動で、オーガスタスは我に返る。
コンコン…。
ガチャ。
扉を開けると、見慣れた制服の使者の姿。
アーガンソ大公夫人の専属使者だった。

「…確か約束は、お断りを…」
「夫人が、いらしてる。
が、補佐官邸前の門で、足止めを…」
「馬車で?」
問うと、使者は頷く。
「通行証を…出して頂けますか?」

オーガスタスは迷った。
だって正直…マディアンが怪我を負った、その前日。
彼女と一夜を過ごしていた。



たまたま、その数日前の王宮舞踏会に、ディアヴォロスの代理で近衛騎士らの悪行を見張るため、遣わされ、再会した。
始めて出会ったのは、教練(王立騎士養成学校)時代の四年の時。
下級生アイリスの叔父、エルベス大公家の舞踏会で。

その時はダンスを踊っただけで、関係を断った。
が、舞踏会で夫人は、笑顔を浮かべやって来て、再会の挨拶を述べた。

「左将軍補佐になられたと聞いて…。
お会いできる機会を待ってましたの。
ずっと舞踏会に足を運んでましたのに、全然お会いできなくて…」

彼女は黒髪の、有名な美女だったから…。
背後では彼女の取り巻き宮廷貴公子らが、群れて自分を見つめ、ひそひそと眉をしかめ、話し合っていた。
それで…。

どうだっけ?
出会ってから一年半後の再会。
年上の、熟し切った美女。
誘うような色香。
けれど品が良くて…。

少し疲れた。
と言われ、別室に付き添った折、個室に入るなり、しなだれかかられ、抱きつかれ、そして…。

疲れて…いたのかもしれない。
誘われて、そのまま………。

関係を持った後、気づいた。
大公家の夫人で…身分高く。
もし関係がこじれたら、厄介な事になるかもしれない…と。

けれどどうせ、この場限りの関係だろう。
そう…思った。が…。
翌日、使者が来た。
目立つ…大公家の使者と一目で分かる制服の。

そして、彼女の別宅に招待された。
彼女の、新しい愛人に。
と…打診を受けたも同然だった。

ぐらぐら心が揺れ…。
だが慣れた愛撫、甘やかな一夜、を思い返すと、つい頷いて返答していた。
「…ではそのお時間に、お伺いする」

使者が帰ってから。
しまった、取り消そう、と思った。
が、使者はとっくに去っていた。

訪問を、迷っていたその時に…マディアンが、怪我をした。
だから使者を出し、今夜は訪問出来ない。
と………。

オーガスタスはいつの間にか、部屋を出、使者を促していた。
「馬車はどこに?」
使者は頷くと、廊下を先に歩き出した。
だからオーガスタスは付いて行き…。
やがて玄関を出て、庭園を抜け、門番に開けるよう促し…。
門の外に出ると、止まっている馬車の、窓を覗く。

黒髪で青い瞳の…麗しの貴婦人が、そこに居た………。

オーガスタスは彼女の顔を見た途端。
下半身に、痺れたように快感が駆け抜けた…彼女の中に放った瞬間を、思い出す。

その時、オーガスタスは脳裏に…そのまま彼女を自室に引き入れ、一瞬で燃え上がって抱き合う姿を、思い描けた。
しかも彼女もそれを、望んでいた……。

顔を上げ、門番に、門を開けるよう告げようとした、その時。
ふいに、声。

「悪いがオーガスタス。
君に用がある」

オーガスタスはまるで、都合の悪い隠し事を見咎められたように、大きくビクっ!と体を揺らした。

暗がりから姿を現したのは…やはり、ディアヴォロスだった。

「な…ど…そ…」

オーガスタスは口ごもってそう言うと、ディアヴォロスはやって来て
「なんでここに?どうしてそんな姿で?
…か?
夫人には私から、ご説明させて頂くから」

呆けて、頭が真っ白になってるオーガスタスを、退けるように近づくと、ディアヴォロスは馬車の横に付き、窓を覗き込むので。
オーガスタスは慌てて、背後に避ける。
その拍子にオーガスタスは、ディアヴォロスがやって来た方角の、左将軍官邸の建物の影に。
ローフィス、ディングレー、ギュンターの姿を見た。

「本当に申し訳無いが。
暫く彼は、私の用事で忙しくなる。
二週間後にもう一度。
彼に使者を、出しては頂けないだろうか?
この後、彼は忙しくなる。
今夜は休ませたい。
ご理解頂けるか?」

オーガスタスはディアヴォロスのその言葉を聞き、頭の中で反論していた。

「(…用…休ませたい…ったって、マディアンの世話だけで…。
戦闘じゃ無いし、体力も使わない…)」

が、アーカンソ夫人は、とても…とても残念そうに馬車の窓から、オーガスタスを欲望で濡れた瞳で見つめ…。
けれどディアヴォロスの、引く気無い、一見柔らかな、けれど断固とした“気”を持つ微笑を見つめ、頷いて御者に出立を知らせるベルの紐を、引いた。

ベルが鳴り、間もなく…馬車は、走り去って行った。

オーガスタスは、呆然とした。
そしてディアヴォロスを見る。
数㎝しか自分より背の低くないディアヴォロスは、とっくに自分を見つめていて。
「個人的な事に、口を出されて不満か?」
そう、突きつけるように告げる。

オーガスタスは、言葉に詰まった。
ディアヴォロスはそんな彼に、言い諭す。
「マディアンとちゃんと対峙し。
結論が出てから、アーカンソ夫人との関係を考えたまえ。
今では君は。
マディアンから逃げ出す為、夫人に流される。
それでは…お互いにとって、良くない」

言うだけ言って、ふい…と背を向け、今だ建物の物影でこちらを伺ってる、ローフィスらの方へと、歩き去って行く。

オーガスタスが見てると、ローフィスは肩すくめ。
ディングレーとギュンターは、何を見せられてるのか、理解出来てない様子だった。

やっと…オーガスタスは叫んでいた。
「マディアンとの関係について、結論が出た後なら!
アーガンソ夫人と関係を持っても、文句は付けないんだな?!」

ディアヴォロスは振り向くと…印象的な、透けたグレーともグリンとも、ブルーともとれる瞳を向け、男らしい美しさの、整いきった面を向けて言い切る。
「…そうなったら、君の決断だ。
尊重しよう。
が、今は駄目だ。
若い君は、悪戯に気持ちを決められないまま、年上の彼女に流される。
悪いが私は。
後悔で深酒に浸かる、君を見たくない」

きつい…半ば睨み顔を向けたディアヴォロスに、そう告げられ。
オーガスタスはもうそれ以上、千里眼の上司に返す言葉無く、顔を横に背けた。

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