アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第三章『三人の子供と騎士編』

17 酒場の乱闘、その後

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 酒場の中は荒らされていて、テーブルの位置はめちゃくちゃ、椅子はそこらに散乱し、転がっていた。
そんな中、額が血だらけのぐったりした若い男を抱きかかえる黒髪の美女の、泣いている姿が真っ先に視界に入る。

ゼイブンが後ろに続くギュンターに、振り向かず声をかけた。
「…近衛じゃ傷は日常茶飯事で、いい傷薬をみんな持ってるんだろう?
携帯して無いのか?」
ギュンターが自分より頭一つ程低いゼイブンの背に向かい、怒鳴る。
「いつも、俺を頼るんだな!」
ゼイブンは振り向き、顔色も変えずに続ける。
「アイリスの気持ちが、良く解るだろう?」
ギュンターは眉を思い切り寄せていたが、懐から皮袋を取り出すと手渡し、厳しく言った。
「ローフィスの気持ちもな!」

だがゼイブンは頷き、革袋を受け取ると、彼女の横で屈み、そっ、と女の肩をその袋で叩き、顔を上げる彼女に、見せる。

女は泣き顔を上げ、それを白い、華奢な手で、そっと受け取った。
ゼイブンは見つめる黒髪の美女につぶやく。
「傷薬だ。塗ってやれ。
見た目はひどいが、たいして切れて無い。
頭を打って脳しんとうを、起こしてるんだろう?」

彼女はそのとても柔らかな印象の髪と瞳の色をした、優しげで魅力的な微笑みを向ける美男を見上げた。
「…お礼を…」
だがゼイブンはささやく。
「彼の手当てが、先だ」
彼女はこっくり頷くと、革袋から塗り薬を取り出し、彼の額の傷に塗り始める。

ゼイブンは荒れた店内を見回したが、他に狼藉者の居る気配は見られず。
店内の男達は皆どこか傷付いて椅子に座り込み、嵐が過ぎ去ってやれやれと、傷を押さえていた。

ゼイブンはそっと後ろに顔を向け、ギュンターを店の外へと、促す。
酒場を出ると、ギュンターは唸った。
「彼女から、本当は礼が、欲しいんじゃないのか?」
ゼイブンが素っ気なく言った。
「害虫を片づける方が、先だ」

だが月明かりに照らされた薄暗い馬場を見ると、男達はギュンターが切り捨てた男を一人残し、その場を逃げ出し始めていて、黒い群を成して月明かりの下、なだらかな丘の向こうへと遠ざかって行った。

横たわる、その重症の呻く男を二人は囲み、見下ろしながらゼイブンがギュンターにささやく。
「…殺して無いのか?大したもんだ」
だが返答するギュンターの声は、少し掠れていた。
「…殺すつもりだったが、一瞬手が、滑った」

ゼイブンは顔を上げると、ギュンターを真正面から見つめる。
「……それでも、隊長か?」
ギュンターが、見つめられていきなり怒鳴った。
「殺してないと誉めたのは、どこのどいつだ!」
ゼイブンは肩をすくめた。
「手加減したのかと思ったから、誉めたんだ。
し損じたんじゃ、ただの手落ちだ」

ギュンターの眉が、思い切り寄る。
「人を厳しく批判出来る立場か?!
俺が取り囲まれた時、猛獣狩りと笑って逃げたのはどこのどいつだ!」
ゼイブンは聞くなり、ギュンターから顔を背けた。
心の中で思い切り、まずい。と舌打ちし、が向き直り言いきった。
「聞き間違いだ」

ギュンターは即答した。
「俺の耳は確かだ」
ギュンターが、怒気こもる真顔で真正面から睨んでいるので、ゼイブンは思い切り顔を下げ、頷いた。
「聞き逃してくれ」
ギュンターが顔を寄せ、傾ける。
「それは、お願いか?」
ゼイブンは顔を上げると、真顔で言った。
「聞いて、くれるか?」
ギュンターの、眉が寄った。
「…仕方無しだがな」

ゼイブンはギュンターにくるりと背を向け、内心猛獣が牙を引っ込めてくれた事に安堵の吐息をこっそり吐き出し、だが素っ気なく言う。
「良かった」

が、途端ギュンターに背を後ろからどつかれ、前のめりによろけ、咄嗟(とっさ)振り向き、怒鳴る。
「おい…!聞き逃すと言って置いて、それは無いだろう?!」
瞬間ざっ!と矢が地面に突き刺るのを見、ゼイブンは瞬間目を見開き体勢を立て直し、さっと駆け出す。
隣に並び駆けるギュンターと同時に、茂みに飛び込んだ。

馬場を伺うと、倒れていた重症の男に矢が二本刺さり、男はがっくり首を垂れて事切れてた。
見ると逃げ出したゴロツキ共の影が、丘の麓に月明かりの元、黒く伺い見える。

別のもっと偉そうな男に連れられ、十四・五人程の影が、かなり離れたその場所からこちらを狙っている。
「…どうする」
茂み越しで伺いながら問う、ゼイブンの秘やかな声に、ギュンターが矢を放つ敵を睨み据えたまま、怒鳴った。
「俺を近衛の隊長だと、バラすからだ!」
「あんた目当てか?それとも…」
ゼイブンが心配げに、酒場に目を向ける。
ギュンターが気づいて振り向き、低く唸る。
「両方だろう?」
ゼイブンは、ため息混じりに頷く。
「そうだな」

「馬に乗って援軍を呼びに行け!」
ギュンターの言葉に、ゼイブンは彼を見た。
「あんた一人じゃ、あの数は手に負えないだろう?」
ギュンターは忌々しげに舌打つと、ゼイブンを見つめ怒鳴った。
「俺が行ったら奴ら、付いて来るぞ!
俺の金髪は月明かりでバレバレだ!」
ゼイブンはその輝く髪の色を見、同意した。
「…いい案だ。少なくとも奴らを二分出来る」

ギュンターがそう言うゼイブンを、じっと見た。
「残って、酒場の連中を、一人で護る気か?」
ゼイブンは笑った。
「どっちの数が多くても、恨みっこ無しだぞ?」
ギュンターは素っ気なく言った。
「その言葉を、絶対に忘れるな」

言うなりゼイブンにさっと背を向け、ギュンターは茂みを伝うと、繋いだ馬の側迄忍び行く。
見るとごろつき達は、もう近く迄来ていた。

ざっ!
途端、ギュンターが馬に乗って駆け出す。
弓持ちが、弓を引いて背後を狙った。
が、放たれた矢は月光の下、振り向き様弧を描くギュンターの剣で、叩き落とされた。

男達はざわめく。
そして屈強な体格の、ごつい面構えの五人が馬に乗り込み、駆け出した。

「………10人?」
残った数に、茂みの中のゼイブンは眉を寄せた。
が、仕方ないとため息を一つ吐くと、身を屈めて茂みを伝い、酒場の戸口が見える位置へと移動した。
短剣で済めばいいが、いざと成れば剣で斬り込むしか、方法は無い。

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