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第五章『冒険の旅』
ウェラハスvs「傀儡(くぐつ)の凶王」 エイリルvs巨大な“障気”
しおりを挟むウェラハスはささやくように言った。
「傀儡(くぐつ)の凶王」
『神聖騎士か…………』
が、言った途端、空間がびりびり…!と震える。
『お前…さっきの奴らより格上だな…?
光の量が………』
「私にもっと発光されたく無ければ、直ぐにこの空間から撤退しろ。
見た所によるとまるで蜘蛛の巣のように、ずいぶん罠を張り巡らしたものだ。
が…甲斐が、あったようだな?」
無数にある洞窟内からの入り口に、ウェラハスは首をすくめ、周囲を取り巻く腐りかけた死体が寄り来るのを見つめる。
だが凶王からの返答が無く、ウェラハスは一瞬で空間が真っ白になる程の光をその身から発する。
ぐ…うぅぅぅぅぅぅぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
地鳴りのような音と共に足元がぐらつき、腐りかけた無数の死体は全て地へと転がり、捕らわれた死人の魂は白い光と成って瞬時に天へ、飛び去って行く。
『なんて…何て事を!』
「まだ手持ちが、居るようだ…。
別の罠の中に………」
ウェラハスがその空間から別の空間へと続く、幾つもの細い通路へと白い光を瞬時に四方向に飛ばす。
途端、空間そのものの凶王の、その力の源、捕らえた死人の魂が、ウェラハスの放つ白い光に死した体を被われ、次々と白い光と成って天へと登り行き、凶王は力を失う。
ぐわぁう!ぐわぁぁぁぁぁぁう!
空間が、激しく揺れる。
ウェラハスは透ける真っ青な瞳を真っ直ぐ向け、つぶやく。
「安らぎの筈の死を、苦痛の奴隷とするおぞましい化け物…!
かつての同族だと、到底思えぬ。
私にその力があったなら…お前こそを無に、帰してやれるのに…!」
がががががががかっっっっっっつ!
空間はがたがたと歯の根を合わせるような音を立てる。
「…せめて影だけでも…この世界から、消えるがいい…!
力を失い、闇の民の誰かに飲まれるがいい!」
ぎゃわあぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!
『………飲まれる程、愚かで無いわ!
覚えておれ!
わしが凶王と名乗るだけの闇の勢力だと!
思い知る日がきっと来る…!
いつか…いつか必ずお前に報復してやる………!』
ウェラハスはその長い白金の髪を揺れる空間の中靡かせ、その浮かぶような青の瞳を向けると微笑む。
「次にお前に出会うのは、私で無く『光の王』だ。
その時きっとお前は私を懐かしむ。
せめて相手が私であったなら、少しはマシと………。
消えて行きながら思うだろう」
『ぬかせ!ぬかせ!
闇の民は不滅だ!』
どぎゅ…!ぎゃ…!どごおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!
凄まじい音を立てて空間は崩れていき、ウェラハスは光の結界を自分の身の周囲に張り巡らせ、巻き込まれるのを防ぐ。
暫く、轟音と地鳴りは続き、ようやく…周囲は静かになり、そしてその後、激しく幾重にも亀裂の入った空間を、ウェラハスは見つけた。
『ミューステール…すまない。
まだ力を送れるか…?』
回路の通じている彼らの輪の中心で、皆に光の力を送っているミューステールは『西の聖地』の『光の間』に身を置きながら、遠く離れた洞窟内のウェラハスへとささやき返す。
『私の容積一杯に光で満たしていますから、まだ…かなりの力を送れます。
けれど…どうかくれぐれも、無茶はしないで下さい』
『貴方が大丈夫なら…私達はどれだけでも戦える』
『いいえ…!私より貴方方です…。
幾ら私が力を送っても…もし闇に飲まれれば、貴方方を失う事になる…!』
『侮りはしない。
が、貴方の忠告はしかと受け止めよう』
『そうして下さい…。
私はまだ、大丈夫ですから…』
『貴方の方こそ、決して無理はなさらないで下さい。
貴方を失えば我々は力を無くす』
『それは十分承知です』
『くれぐれも…』
『貴方も』
ウェラハスの体に瞬間光満ち、彼はそっと周囲を見回すと、歪んだ亀裂の一つ一つに光を飛ばし、空間の歪みの修復を始めた。
エイリルは眉間を寄せた。
どれだけの闇の、結界だろう…。
こんな巨大で厚い“障気”は、初めて目にする。
敵は一体誰なのか、戦いの経験の浅い彼には、見当も付かなかった。
が、相当な大物である事だけは、解った。
罠にこれだけの闇の結界を張れる者は、『影の民』とは言え早々居ない。
結界内に入った途端、その重圧に、押し潰されそうになりながらも周囲にありったけの“気"を込め、光の結界で自らを包む。
が、“気"を抜けば途端、闇の力に飲まれそうだ…!
『どうする…?
ドロレスか、ムアールを呼ぶか…?』
自分一人で、処し切れない事が、徐々に解り始める。
中央に巨大な亀裂を見つけ、それが四方八方に伸びて別の細かな亀裂へと繋がり、空間を複雑にねじ曲げ、そしてその先に幾つもの出口を見つける。
皆、出た先の場所の生き物…もしくは人間は“障気”に侵され、やって来た獲物を襲おうと待ち構えている。
“一体…どうしたらこれを…元に戻せるんだ?”
途方に暮れた途端、一瞬光の結界が陰り、隙を付いて周囲を取り巻く闇の“障気”が光の結界内に潜り込み、まとわりついて来る…!
体を這い、心に流れ込む。
針で刺されたような痛みに顔をしかめ、必死で“気"を取り戻して発光し“障気”を飛ばし払った。
ちくちくちく…。と胸が痛む。
それが何かを考えぬまま、エイリルは膨大な闇の結界内で、ありったけの気力を込めて発光し、光の力で吹き飛ばそうとした。
『馬鹿かお前は…!
こんな濃い闇の“障気”の中で、力を使い果たし、敵に自(みずか)らを明け渡す気か?!』
ムアールが瞬時に隣に、飛び来る。
『思い切り発光して、全て飛ばせなきゃ後がどうなるか、考えもしない愚か者か?!』
ドロレスの、冷静な声がし、暫くしてそのドロレスも横に姿を現す。
『…っ!じゃ、どうすりゃいいんだ?!』
途端、ウェラハスの冷静な声音が響く。
『恥じずに仲間を呼ぶ事だ。
遠慮など無用』
ウェラハスが、透けてその体を目前に現す。
『そっちはまだ…終わってないようだ』
ドロレスの言葉に、ウェラハスは頷く。
『君達の、後押しくらいは手伝える』
ムアールは頷くと横のエイリルを見つめ、つぶやく。
『いいぞ…!お前のしたかった事を始めろ!』
ドロレスももう反対側の隣に、その姿をすっかり現し、言った。
『援護してやるから』
途端、ウェラハスの言葉が響く。
『援護する。と言うべきだ。
エイリルは『恩に着せられる』と敬遠するから』
ドロレスは肩をすくめる。
『余程俺に先輩面されるのが、気にくわないんだな?』
ムアールもぼやく。
『確かにあんまり、可愛らしい性格はしていない』
ウェラハスは頷く。
『この間迄君が面倒見ていたラロッツァルと、一緒にするな』
ドロレスは俯く。
『あいつは扱いやすかった。
だからさっさと独り立ちしちまったのかな?』
エイリルは怒鳴った。
『どうせ俺は、可愛くない!』
途端、また周囲を取り巻く“障気”が、エイリルの周りを覆う光の結界の隙を付いて入り込み、細い渦と成って黒い蛇のように体を這い登る。
ムアールから瞬時にエイリルに光が放たれ、エイリルの光の結界は真っ白に発光し、黒い渦の“障気”は一瞬で掻き消えた。
『…こんな…闇の結界は初めてだ…』
エイリルは“障気”の這った後が熱く痛むのに眉間を寄せる。
ドロレスがささやく。
『お前は経験が浅い…。
これは相当な大物の結界だ』
ムアールも頷く。
『一人で戦おう等と、考えるな…!
侮ると力を使い果たし、“障気”に侵され、闇に下る羽目に成る…!
我々にお前を敵に回し、戦わせたいのか?』
エイリルはそう言う、両側の先輩達を見つめた。
『やれ…!』
ドロレスが言い、ムアールからもドロレスからも、真っ白な光の援護が送られて、エイリルは瞬間、ありったけの“気"を込め、自ら発光した。
膨大な闇の結界が震え、揺らぎ、掻き回されて白い光が神聖騎士三人を中心に渦巻き始め、その分厚い結界を突き、破ろうと大きな渦と成って渦巻き始める。
渦は闇の“障気”を蹴散らし、吹き飛ばし…その存在を跡形無く消し去ろうと、もうもうと風を巻き起こして更に大きな、真っ白な光の渦と成る…。
が………。
『駄目だ、まだ…………』
周囲に散った闇の“障気”が消えず、光の渦が収まるのを待つかのように、その隅に留まり在るのを感じ、エイリルが呻く。
途端、目前に実体を現したウェラハスが、向かい合うエイリルににっこりと微笑を送る。
瞬時にその強く、濃厚な光の力が体に満ちるのをエイリルは感じ、ありったけの“気"を込め、再び、光の渦を飛ばし始めた。
『今度は行ける…!』
微かに…ムアールがささやく。
『ウェラハスの力を借りれば、大抵の事は上手く行く…!』
エイリルは、頷いた。
大きいだけで無く、類い希な程、安定している。
一度ダンザインと共に、彼の力を借りた事があった。
が、ダンザインはウェラハスの大きさと安定に、更に…崇高さが上乗せされ…“障気”が人間の苦しみへと戻り行き、更にそれが浄化され、捕らわれた人間の魂が痛みを忘れ、救われていくのを見た時、感激したものだ………。
その器が大きければ大きい程…救う力も大きくなる……。
この“障気”とて元は人間の、心の痛みや苦しみで…。
払い飛ばすだけでは、十分で無いのだと…その時、思い知らされた。
『うぉう!』
ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
光の巨大な渦が激しく周囲を取り巻き、神聖騎士達の衣服を叩く程の風を巻き起こし、“障気”を凄まじい勢いで吹き飛ばして行く。
『荒技が得意だな…』
ドロレスの声がし、ウェラハスが微笑む。
『君に、似ている。だから多分、反発するのかもしれない…。
ムアール。君の初めの頃にもだ』
ムアールとドロレスが、エイリルの両脇で肩と首をすくめる。
『乱暴者同士で気が合うと?』
ウェラハスは穏やかに言った。
『だが彼の気持ちは、理解出来るだろう?』
ドロレスと、ムアールがやっぱり肩をすくめるてるな。とエイリルは思ったが、構わず更なる光の渦で、その膨大な闇の結界を吹き飛ばす。
がががががががががか…………っ!
周囲が揺らぎ始める。
ぅおぅぅおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…!
地鳴りのような雄叫びと共に、破鐘のような声がどすを利かせて響き渡る。
『よくも…!我の結界を………!
小賢しい末裔共め!』
周囲が激しく揺れる。
『…崩れ始めたな………』
ムアールが呻く。
『…後少し…粘れるか?エイリル。
今引くと、奴は手持ちの“障気”を持ち出して、たちまち結界を修復してしまう…!』
『おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
エイリルは残った気力でありったけの力を、ぶつける。
光の渦は更に、大きさとその激しさを増して闇の結界を跡形もなく吹き飛ばそうと、風と光を撒き散らす。
『おのれ!…全て…消し去る気か?!』
中心の歪みはゆっくり光の力に飲まれ、ひび割れは少しずつ、消えて行く。
『…あれ程、理想の歪みが………!
させるか!』
“障気”が渦の隅から中央の神聖騎士達に向かい、大きな黒い蛇のようにうねり飛び、四方から襲い来る。
が…ウェラハスが這い飛ぶその黒い“障気”の触手に向け、瞬時に体から真白い光を四方に飛ばす。
『ぅぎゃぁっ!』
その声と共に這い来る黒い蛇達は、光に飲まれて消え失せた。
ドロレスが叫ぶ。
『亀裂が、閉じるぞ!』
大きく崩れ、割れた空間がゆっくりと、白い光に包まれ合わさって行く。
ウェラハスが叫ぶ。
『閉じた瞬間、飛べ!』
ムアールがエイリルに念押しするように叫ぶ。
『遅れるな!』
エイリルは頷くとありったけの力でねじ曲がった歪みを、引き寄せた。
ごごごごごごごごごごごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
凄まじい風の中、歪みが光に包まれ消えて行く。
『今だ…!
出るぞ!』
ウェラハスの叫びに、神聖騎士達はその闇の結界が巣喰った空間から、一斉に飛び出した。
ほんの…一瞬だった。
エイリルはドロレスらと一緒に飛ぼうとしたその時、隙を付いて入って来た“障気”の這った後が、ずきん!と痛み、その行為を止める。
が空間は、閉じようとしていた。
皆はもうとっくに飛び去っていた。
『糞………!』
その時閉じようとした空間の中、しゃがれ声が頭の中を這い行くように響く。
『我の結界を閉じた、償いはして貰おう…!』
エイリルは咄嗟にそれを振り切るようにして、一瞬でありったけの力を込めて発光し、闇を振り払い、飛んだ。
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