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第七章『過去の幻影の大戦』
怒(いか)るシェイル
しおりを挟むムストレスは周囲に集う、異形達を見た。
雑魚と一緒にされたくない大物達は、周囲で騒ぐ下っ端達を見下している。
だがそんな大物達ですら、自分が意識を向けると、頭を垂れて傅(かしず)く。
胸が踊る。
この、『闇の帝王』の瞳は遠く迄見通せる。
城門を、超えた向こうまで。
奴らの、姿もその瞳は映し出す。
一際大きいオーガスタス。金の髪のギュンター。
憎い同族、ディングレー。
そして…ディアヴォロスを絶望の淵に追い込む道具、可愛いシェイル。
好都合なことに、右の王家の邪魔者、アシュアーク迄もが居る。
そして…遥か彼方に小さく近づく、ディアヴォロスの姿さえ見えた。
奴はまだ遠い。
その速度はほんの数ミリしか近づいていないように、こちらに遠く届かない。
つい…笑みが漏れる。
横に居る一人に思考を向ける。
黄色の肌をしたその男は一つ、頷くと巨大な蝦蟇(がま)に飛び乗って、異形達の頭上を飛び越え、そして城門に集う兵達の頭上をもぴょーん。と飛び越え、城門の外へ飛び出していった。
もう一人は緑の肌をした、痩せた長身の男だった。
この男はやはり巨大な火蜥蜴に跨り、摺り足で歩き尾を振る蜥蜴に踏まれまい。と、避ける人々を蹴散らしながら城門へと向かう。
門番達はそれが、火を吹く。と解っていたから、慌てて城門を持ち上げようと、滑車を押す。
がらがら…と音を立て、中門が空き、外門は兵達が必死で両端に広げ中央を開けた。
緑にまだらな赤模様の巨大な火蜥蜴は、尻尾を左右に振って大勢を振り払いながら、城門の、外へと消えて行く。
そしてムストレスは横の女を見る。
真っ黒な肌の、口が頬迄裂けた女は気づくと、畳んでいたコウモリの羽を広げ、上空へと飛び去った。
残った者達は、自分の出番を待つように、帝王の横で待機した。
ローランデは泣きそうになった。
あんな…相手は神聖神殿隊か神聖騎士じゃなきゃ、戦えない。
テテュスとレイファスがひどく消耗するのが目に見えるようで、更にまだ次を送り込もうと、『闇の帝王』が周囲を見回すのを目にすると、塔に捕らえられ、動く事叶わぬアイリスに、頼りそうになって自分を抑える。
それこそ、必死に。
スフォルツァもラフォーレンも、異形達がうようよと、出番を待つ様を見つめ、戦場の者の身を、案じずにはいられなかった。
「!」
オーガスタスがその、巨大な蝦蟇に乗った『影』に続き、巨大蜥蜴が兵達に雪崩込むのを目に、赤い髪を振って振り向く。
がアシュアークはその横を、気づく様子無く敵を探し、突っ走って行く。
ギュンターは脇を握る、レイファスの手がぎゅっ!と喰い込むのを感じ、咄嗟に城門へと振り返る。
「………………………」
何だ、ありゃ。と言いたかった。
が、背後のレイファスが緊迫感に満ちていて、思わず言葉を控える。
ばさっ!
背後で羽音がし、振り向く前に、レイファスが叫んでいた。
「アッセン・ドローラ!」
ばさっ!
ギュンターは振り向くが、その黒い蝙蝠の羽で宙を舞う真っ黒な『影』の女は、レイファスから発せられる光を避けて蛇行し、ディングレーの元へ襲いかかった。
「アルブス・ドアス!」
ディングレーが叫ぶと、彼は光の結界に包まれ、指先を触れた黒い肌の女蝙蝠は、咄嗟に手を引き抜き指先の火傷を見た。
途端、真っ赤な唇を開き、その口からふうっ。
と、黒い靄を吐く。
ディングレーを覆い尽くすその黒い靄はだが、ディングレーの身に触れると光と接触する毎に、バチバチと火花を散らす。
派手な火花を散らしながら、それでも女蝙蝠は黒の靄を、吐くのを止めない。
ディングレーの周囲はどんどん黒い靄で覆いつくされ、火花はもっと派手に音を立てて散る。
ギュンターは馬の首をディングレーに向けたものの、手段が無い。
「ディングレー!」
背後でレイファスが叫ぶ声がし、その途端ディングレーは一瞬周囲に閃光を撒き散らし、バチバチバチッ!
と派手な音と共に、靄を吹き飛ばしにかかる。
「アレグレ・デフォント!」
テテュスはつい、ディングレーを見守る。
シェイルもその呪文の意味を、知っていた。
最大限に、今ある呪文効果を高める呪文だった。
が。
もしこれで弾き飛ばせなければ、その後力を失うのはディングレーの方。
テテュスは力尽きたディングレーを庇う為、その威力の成果を見守った。
暫く、中のディングレーが真っ白な閃光で消え去り、派手に弾く音だけが空気中に響き渡りそして…黒の靄がすっかり消え、ディングレーは前屈みに身を折り、敵の女蝙蝠を、睨み据えているのが視界に入り、見守る一同はほっ。とする。
が、女蝙蝠は弱るディングレーを見、にやり。と笑いばさばさっ!と羽音を立て上空に舞い上がりながら声高に笑う。
「ほっほっほっ…お前に止めを刺すのは、別のものの仕事!
でもお前が倒れたら、その血の最後の一滴までもが、私のもの!」
ディングレーは一瞬ヨロめき、が踏み止まって怒鳴る。
「ほざけ!
お前に一滴だろうが、やる気は無いからな!!!」
女は笑いながら今度は、テテュス目掛けて舞い降りる。
シェイルはテテュスの横に彼を庇うように付き、その女蝙蝠を睨んだ。
「シャルアッタ・アンドーサス!!!」
テテュスはそう叫ぶシェイルの身に一瞬、ウェラハスが重なって見えて、ぎょっ!とした。
ぎゃあぁぁぁぁ!
ぎゃあっ!
女の翼に光の白い稲妻が飛び、女はへし折れそうな痛みに叫ぶ。
ヨロヨロと宙を漂い距離を置き、再び今度はテテュスの横の、小柄なシェイルを睨みつけた。
が、シェイルは睨み返し叫ぶ。
「…オレの男は誰一人としてお前には、渡さないからそう思え!!!」
シェイルの言葉に、ギュンターもレイファスも、そしてディングレーさえ呆れてシェイルを見た。
が女蝙蝠は宙でばさり。ばさり。と羽を振り静止し、それでも告げる。
「胸も無い男の出来損ないの分際で、私と張り合う気か?」
真っ黒な肌。真っ黒な髪…。衣服も黒だった。
がそう言ったその女がかつて、素晴らしい美人だったとその顔立ちは、物語っていた。
「…それは過去の栄光だろう?
今のお前には、胸の無い男の俺だって勝てるぞ!!!」
シェイルの嘲笑混じりの怒鳴り声に、女蝙蝠が誇りを傷つけられ、シェイルを凄まじい表情で睨み、襲いかかるのを皆は見た。
が、レイファスには結果が、分かっていた。
シェイルはウェラハスをその身に降ろしてる。
が融合が完全で無い上に体力を恐ろしく使うから、相手を怒らせ挑発し、出来るだけ引き寄せて一撃喰らわす気だ。
ギャアァァァァァァァァァ!
至近距離に襲いかかるそのでかい蝙蝠が一瞬真っ白な光で包まれ、叫び宙から地へ、どっ!と音立てて落ちる音と共に、羽音は地の上でばさり…ばさり。と音を立てやがて…その蠢く音も止まり、女は死んだように動かなくなった。
それを見てテテュスもシェイルに振り向いたが、レイファスも思わず叫んだ。
「ウェラハスを降ろし使う力は限られてるのに!
殺す迄力を注ぐ必要が、あったのか?」
シェイルは自分の身を緻密な光の強烈な力が駆け抜け、少しヨロめき、髪を垂らし俯く顔を、何とか上げた。
「………思った以上に、腹が立ったから、つい…………」
テテュスがシェイルを気遣うように見つめ、だが囁いた。
「…やっぱりレイファスに嫌味を言い、今こんなにかっ。と成ってあるだけの力を一気に使ったのは…。
貴方もディングレーに、実はとても惹かれてるからじゃ、ないんですか?」
「……………………………」
ギュンターもレイファスも、そして言われた当のディングレーでさえ思った。
シェイルが腹を立てたのは、テテュスに『影』の女が襲いかかったからだと。
ギュンターはつい、後ろをチラリと振り向き、レイファスにぼそり。と告げた。
「…テテュスはいつも、あんなに鈍いのか?」
レイファスはフォローしようが無く、曖昧に頷いた。
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