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第九章 新しい生活
中央護衛連隊長の初出勤
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ギュンターが目が覚めた時。
そこにはアンガストの顔があった。
「ああ良かった。
起きて頂けて。
今日は11点鐘までに中央護衛連隊官舎に出向けばいいので、まだ多少お時間はあります。
まずは、各隊への顔見せ。
昼食は今日だけ特別、各隊の隊長らと共に取ることになっていますので。
中央護衛連隊の分隊は、全てご存じですか?」
ギュンターは半身起こし、額に手を当て、まだぼやけた頭の中、呻く。
「…いや。
たくさんある、事しか知らない」
アンガストは短いため息を吐くと、囁く。
「一応、中央護衛連隊長が決したと言われている、夢の傀儡王の話は各部隊の隊長らに伝わっています。
大変な激戦だったことも。
つまりそれで…多少あなたがボケたことを言おうが、大目に見てもらえます。
但し、最初の数日だけ」
ギュンターは、分かってる。
と頷く。
「体を洗いますか?」
ギュンターは頷く。
「ではこちらに」
導かれて、上着を後ろから脱がされ、シャツもボタンを外すと袖から引き落とされ、ズボンに手をかけると…。
下に下ろされ、ギュンターは顔を下げる。
「衣服ぐらい、自分で脱げる」
「では明日からそうしましょう。
今日は少し急いで頂かないと」
と、アンガストに一人用の湯気の立ったバスタブを指し示され、湯に浸かる。
「まず、筆頭は公領地護衛連隊。
ここは大貴族集う重鎮らの屋敷が目白押し。
ヘタな対応をすると、苦情の嵐で、遺恨も残します。
隊長が直、副長に昇進致しますので…」
「ライオネスだろう?
補佐のディンダーデンの、兄貴だ」
アンガストは、頷く。
「ライオネス殿のご意見を聞き、公認の隊長を決めるべきです」
「そうする」
「他に、中領地護衛連隊、宮中護衛連隊、宮廷護衛連隊
城下町護衛連隊、農領地護衛連隊
下町護衛連隊、直属護衛連隊
その他に
盗賊専用部隊、囚人専用部隊
会計監査部隊、内部監査部隊、とあります。
中領地は、中級階級の守護、宮中は、余所者から宮廷人を警護します。
宮廷は…主に大貴族らの送り迎えですね。
城下町は庶民に貴人も混じるので、柔軟な対応が求められます。
農領地は、農民や作物を護ります。
下町は荒っぽい連中が多い。
ごろつきも出ますから。
そして…あなたが一番密に顔を合わせるのが、直属です。
主に中央[テールズキース]全ての、隠密活動で、ここは神聖神殿隊付き連隊とも連絡を取り合っています。
直属の中に、影専用部隊もあって、『影』の“障気”が出た場合、まずは専用部隊が対処し、神聖神殿隊付き連隊に連絡を取ります。
ほとんどが、元神聖神殿隊付き連隊騎士ですので、自身で神聖騎士を召還する場合もございます。
盗賊、囚人の専用部隊以外は、監査が多いですが、監査部隊を動かす前の段階で情報を集めるのが、直属部隊です」
「…なる程。
監査が動く。
ってのは、大事なんだな?」
「連隊にとっては不名誉ですから。
で、盗賊、囚人の専用部隊は、腕に覚えのある者ばかりなので…一番態度がよろしくない。
もめたら、ディンダーデン殿に出向いて貰うのが一番でしょう。
ストレス解消も兼ねて。
ああ、意外と気が合うかもしれませんね、乱暴者同士で。
けれど盗賊専用部隊、は、ある意味盗賊討伐の要。
普通じゃ手に負えない、強敵な盗賊の場合、呼ばれますから」
「…じゃ、精鋭集団か?」
「そうなります。
その代わり、皆態度がそれは…」
「…礼儀正しくない。
俺やディンダーデン並か?」
アンガストは少し間を置いた後、言った。
「そうかもしれませんね。
後、囚人専用部隊も…屈強な男が多い。
取り押さえたり牢にぶち込んだり、脱走者を取り押さえますから」
「…分かった」
「ではもう出て頂いて。
お腹は空いてますか?」
「軽く、食わせてくれ」
「では着替えながら」
ギュンターは、その過密スケジュールにがっくりきた。
お披露目よりは、質素な…けれどやはり金の飾り刺繍が付きまくりの、紫の隊服を身につけ、中央護衛連隊長の金の鷲が掘られた、宝石付きの大きなブローチを目立つ胸元に付け、更に…鞘も宝石で飾られた、剣を持ち…。
ギュンターは、中央護衛連隊官舎へと騎乗して向かう。
背後から、ディンダーデンがノートスに乗って追いつく。
「…ヨウ…まだ遅刻じゃないだろう?」
ギュンターは、やはり自分より僅かなだけ質素な、飾り立てられたディンダーデンの、普段と変わらぬ態度を見て、心からほっとした。
つい馬を寄せ、小声で尋ねる。
「…これからは、いつもこんな格好か?」
ディンダーデンは、くっ!と笑う。
「権威を示す必要の、ある時限定だ。
説明されなかったか?
今日の昼食じゃ、各隊の隊長がずらりと勢揃いするって」
ギュンターは、項垂れる。
「…寝過ごしたらしく、凄く慌ただしかった」
ディンダーデンは、また笑う。
「疲れ切ってたみたいだったからな。
ローランデの事、覚えてるか?」
ギュンターは一瞬で、目が覚めた。
“…母の療養所で一週間過ごす。
その後、帰って来る”
“君と、過ごせる”
ギュンターは横のディンダーデンに金の髪を振って振り向く。
「一週間後、休暇って取れるか?!」
ディンダーデンはぼそり…とつぶやく。
「兄貴がさっさと副長になったら。
取れる…かも。
確かローランデは一週間居るって言ってたな?
一週間まるっとの休暇は…お前は無理だろう?」
ギュンターは顔を下げた。
「…だな」
だが二騎が中央護衛連隊官舎広場に入ると。
ずらりと各隊の隊員達が、整列していた。
その中央の開いた間を、ギュンターとディンダーデンは馬で進む。
遠くで大声。
「中央ーーーーー護衛連隊ーーーーー!!!」
途端、整列した皆が
「ウォウ!!!」
と短く叫び、また雄叫び。
「中央ーーーーー護衛連隊ーーーーー!!!」
「ヴォヴ!!!」
三度(みたび)
「中央ーーーーー護衛連隊ーーーーー!!!」
「ヴォヴ!!!」
ギュンターがこそっ…と見回すと、それでお終いで。
小声で斜め横のディンダーデンに囁く。
「俺らが官舎の階段に辿り着くまで、続くのかと思ったぜ」
が、ディンダーデンは平静。
「別にそれでも俺は、構わなかった」
ギュンターは気楽に補佐でいるディンダーデンを、羨ましげに見た。
官舎の、横に幅広い真っ白な石で出来た、階段に辿り着く。
ギュンターは馬を下り、階段を上り…最上段で振り向く。
正直、整列した各隊の人数の多さに、気圧されそうになりながら踏みとどまり、無言で腕を、さっ!
と振り上げた。
隊員らは一斉に拳を振り上げ
「ヴォヴ!!!」
と声をそろえて吠えた。
ギュンターは背を向け、出来るだけしっかりとした足取りで、階段を上がる。
官舎内の玄関に入ると、背後で拍手が沸いていた。
直ぐ寄って来る連隊員に
「世話役の、リードネスと申します」
と、紹介を受けてるところで。
ギュンターは頷いた後、顔をそっと寄せ
「なんで拍手してる?」
と小声で尋ねた。
まだ若く、とても利発そうな、肩迄の短髪栗毛のリードネスは、くすっ…と笑う。
「代々密かに言われてるのは、初めて登庁した際、挨拶が、短ければ短いほどその長(おさ)は有能。と」
ギュンターは内心
「(挨拶すべきだったのか?)」
と汗した。
が、表情にはおくびにも出さず、黙して頷いた。
斜め背後で、やはり世話役の青年から挨拶されてたディンダーデンは、表情を変えないギュンターに、頷いた。
「(あいつ、マズい事態でも表情変えないから、いつもそれで押し通せる。
表情が、顔に出始めたらマズいな)」
連隊長と副長室に、ギュンターとディンダーデンは世話役にそれぞれ通され、部屋の案内を受けた後
「昼食会場にご案内致します」
と言われ、部屋を出たところで再び顔を、付き合わせた。
昼食会場は広く豪華で。
中央に延々と長い食卓。
しかも既に隊長らは座していた。
ギュンターは鎮まり返る会場の上座に通され、ディンダーデンはずらっと居並ぶ右列の、一番近い席に。
左の席の一番近くには、副長が座り、その横に、ライオネスの姿が見えた。
ギュンターが椅子を引かれ、テーブルの間に入ると。
途端、座っていた全員が立ち上がる。
ギュンターはやはりすまし顔で、立ち上がる隊長らを見回し、告げる。
「…食事を、頂こう」
そして座ると。
皆、無言で着席した。
給仕が入って来て、目前の皿に料理を盛りつける。
給仕長はギュンターの横で
「特にご指示がなかったので。
隊長殿の、郷土料理を用意致しました」
と軽く会釈して囁く。
ギュンターは、野菜のごった煮。
クリームのかかった、肉の丸焼け。
きのこ炒め。
そして…焼きりんご。
…更に…ずっと愛飲してる、少し赤みがかったアーフォロン酒が入ったグラスを見、嬉しげに目を細めた。
グラスを持ち、上げる。
すると皆が気づき、同様グラスを持ち、上げ始めた。
末席の…多分、精鋭部隊と言われる、盗賊専用部隊の、隊長だろう…。
横の男に促され、気づいてグラスを持ち上げる。
ギュンターが、口を開く。
「至らぬ所は、多々あるだろう。
そんな場合は、遠慮無く意見してくれ」
言った後、皆が
「(近衛の猛者、にしては優しい(柔)言葉だな)」
な表情を浮かべた。
ギュンターは直ぐに付け足す。
「が、いちゃもんには拳で返答する」
言って、グラスを口に持って行く。
先にさっさと酒を口に含んだ隊長の数名が、ぶっ…と吹き出しそうになり、ディンダーデンが斜め横で愉快そうに、くすくす笑った。
「こりゃ、愉快だ!!!」
叫んで杯を上げ、口に持って行くのは、やはり盗賊専用部隊の、髭の豪傑。
別の一人も、言って杯を上げる。
「「左の王家」の、ひ弱な威張りん坊(グーデン)がそこに座らなくて、あんたに感謝だ!」
副長が、横でコホン、と咳払う。
「あなたが今後束ねていくのだから、あなたがそれで良い、というのなら結構だが。
大所帯なので、規律は必要だ」
言って、顎をしゃくって促す。
横の、ライオネスが立ち上がる。
「公領地護衛連隊長、ライオネスと申します」
ギュンターは、頷いた。
が、その表情には僅かに『申し訳無い』の色がにじんでいた。
順に、立ち上がると隊長らは名乗っていく。
ギュンターは頷いた、ものの。
覚えきる自信はなかった。
その後の食事は、静かなもので。
多少、ひそひそ声が、聞こえる程度。
ギュンターはいつも、大声で騒がしい近衛の食卓に慣れていたので、気づいて促す。
「くつろいで、いつも通り食事してくれ。
俺は食事中は、あまり喋らない」
ディンダーデンが、ぼそっ…と付け足す。
「消化に悪いから、だそうだ」
どっ!!!
と笑いが起こり、途端皆がそれぞれ話し出した。
末席の誰かが、メロディを口ずさむと、ギュンターは顔を上げて告げる。
「歌ってくれて、いいぞ?
但し、音痴は勘弁だ」
また、どっ!!!と笑いが起こり、歌うのが大好きな農領地護衛連隊長が歌い出す。
続いて、下町護衛連隊長も、野太い、が見事なバスで、参加する。
皆、なごやかに笑い、楽しげな食事風景だった。
が、左横の副長は目を丸くし、横のライオネスは、くすくす笑いながら食事を楽しんだ。
ギュンターが、ライオネスに尋ねる。
「やっぱり、前代未聞か?」
ライオネスは気づいて、笑顔で告げる。
「いえ、今までお一人は…いらっしゃいましたよね?」
と、横の副長に尋ねる。
年配の副長は頷く。
「初代中央護衛連隊長が、そうだ。
が、次の連隊長がまとめきれず、規律が設けられるようになった」
ギュンターは、顔を下げる。
ディンダーデンは余裕で杯を手に持ち、朗々とした声で言って退ける。
「次の長には、苦労して貰うしかないな!」
皆が途端、拍手を始め、ディンダーデンは笑顔を披露した。
副長は皆を見回し
「気に入られたご様子だ」
と、ギュンターに告げた。
が、ギュンターはぼそり…とつぶやく。
「ずっと続けば、良いけどな」
が、ライオネスは囁く。
「君は素っ気無いが率直だから、大抵の人に好かれる」
ギュンターは、顔を上げた。
「俺に強敵が出来たから。
この椅子に座らざるを得なかったと、知らないのか?」
が、副長は言った。
「中央護衛連隊長の椅子は。
座ってるだけの能なしは、座り続けられない。
腕っ節があっても、権威にこだわり他者を見下す者には、到底無理だ」
この言葉に。
隊長らは、一斉に頷いた。
その、皆の笑顔を見て。
ギュンターは彼らが、好きになった。
南領地(ノンアクタル)に行った時。
護衛連隊、の名と権威を使い、嫌がる女性を無理矢理奉仕させるために、連行しようとしたのを、見た事がある。
当然、殴り倒した。
が、本来護るべき者が、その立場を利用し、不義を働く事に、猛烈に腹が立った。
女の手を引き、逃げて。
オーガスタスに連絡を取って貰い、ディアヴォロスの別宅で、その女は職をと安全を得た。
後で、南領地ノンアクタルでは多々あることで、その地では規律など皆無の、弱肉強食の世界だと。
以前にも数度あったが、南領地ノンアクタルは謀反を企む。
南領地ノンアクタルの王が、王都の王となれば…神聖騎士も神聖神殿隊も黙ってはいないだろうが、その前に自分たち人間で、カタを付けねばならない。
西領地(シュテインザイン)護衛連隊も、東領地ギルムダーゼン護衛連隊も、当然北領地(シェンダー・ラーデン)護衛連隊も。
その時は、中央護衛連隊と近衛に付く。
それほど、南領地ノンアクタルの横暴さと無秩序さに、各領地の大公達は内心怒り、警戒していた。
そして中央護衛連隊の各隊長らも同様。
皆…護る事を信条とし、そんな不正は、誰もが憎んでるように思えた。
ギュンターの、ずっと張っていた…緊張の糸が、ほぐれる。
『俺でもなんとか…やっていけそうだ』
オーガスタスと顔を合わせたら、そう報告しよう。
そう、ギュンターは心に決めた。
そこにはアンガストの顔があった。
「ああ良かった。
起きて頂けて。
今日は11点鐘までに中央護衛連隊官舎に出向けばいいので、まだ多少お時間はあります。
まずは、各隊への顔見せ。
昼食は今日だけ特別、各隊の隊長らと共に取ることになっていますので。
中央護衛連隊の分隊は、全てご存じですか?」
ギュンターは半身起こし、額に手を当て、まだぼやけた頭の中、呻く。
「…いや。
たくさんある、事しか知らない」
アンガストは短いため息を吐くと、囁く。
「一応、中央護衛連隊長が決したと言われている、夢の傀儡王の話は各部隊の隊長らに伝わっています。
大変な激戦だったことも。
つまりそれで…多少あなたがボケたことを言おうが、大目に見てもらえます。
但し、最初の数日だけ」
ギュンターは、分かってる。
と頷く。
「体を洗いますか?」
ギュンターは頷く。
「ではこちらに」
導かれて、上着を後ろから脱がされ、シャツもボタンを外すと袖から引き落とされ、ズボンに手をかけると…。
下に下ろされ、ギュンターは顔を下げる。
「衣服ぐらい、自分で脱げる」
「では明日からそうしましょう。
今日は少し急いで頂かないと」
と、アンガストに一人用の湯気の立ったバスタブを指し示され、湯に浸かる。
「まず、筆頭は公領地護衛連隊。
ここは大貴族集う重鎮らの屋敷が目白押し。
ヘタな対応をすると、苦情の嵐で、遺恨も残します。
隊長が直、副長に昇進致しますので…」
「ライオネスだろう?
補佐のディンダーデンの、兄貴だ」
アンガストは、頷く。
「ライオネス殿のご意見を聞き、公認の隊長を決めるべきです」
「そうする」
「他に、中領地護衛連隊、宮中護衛連隊、宮廷護衛連隊
城下町護衛連隊、農領地護衛連隊
下町護衛連隊、直属護衛連隊
その他に
盗賊専用部隊、囚人専用部隊
会計監査部隊、内部監査部隊、とあります。
中領地は、中級階級の守護、宮中は、余所者から宮廷人を警護します。
宮廷は…主に大貴族らの送り迎えですね。
城下町は庶民に貴人も混じるので、柔軟な対応が求められます。
農領地は、農民や作物を護ります。
下町は荒っぽい連中が多い。
ごろつきも出ますから。
そして…あなたが一番密に顔を合わせるのが、直属です。
主に中央[テールズキース]全ての、隠密活動で、ここは神聖神殿隊付き連隊とも連絡を取り合っています。
直属の中に、影専用部隊もあって、『影』の“障気”が出た場合、まずは専用部隊が対処し、神聖神殿隊付き連隊に連絡を取ります。
ほとんどが、元神聖神殿隊付き連隊騎士ですので、自身で神聖騎士を召還する場合もございます。
盗賊、囚人の専用部隊以外は、監査が多いですが、監査部隊を動かす前の段階で情報を集めるのが、直属部隊です」
「…なる程。
監査が動く。
ってのは、大事なんだな?」
「連隊にとっては不名誉ですから。
で、盗賊、囚人の専用部隊は、腕に覚えのある者ばかりなので…一番態度がよろしくない。
もめたら、ディンダーデン殿に出向いて貰うのが一番でしょう。
ストレス解消も兼ねて。
ああ、意外と気が合うかもしれませんね、乱暴者同士で。
けれど盗賊専用部隊、は、ある意味盗賊討伐の要。
普通じゃ手に負えない、強敵な盗賊の場合、呼ばれますから」
「…じゃ、精鋭集団か?」
「そうなります。
その代わり、皆態度がそれは…」
「…礼儀正しくない。
俺やディンダーデン並か?」
アンガストは少し間を置いた後、言った。
「そうかもしれませんね。
後、囚人専用部隊も…屈強な男が多い。
取り押さえたり牢にぶち込んだり、脱走者を取り押さえますから」
「…分かった」
「ではもう出て頂いて。
お腹は空いてますか?」
「軽く、食わせてくれ」
「では着替えながら」
ギュンターは、その過密スケジュールにがっくりきた。
お披露目よりは、質素な…けれどやはり金の飾り刺繍が付きまくりの、紫の隊服を身につけ、中央護衛連隊長の金の鷲が掘られた、宝石付きの大きなブローチを目立つ胸元に付け、更に…鞘も宝石で飾られた、剣を持ち…。
ギュンターは、中央護衛連隊官舎へと騎乗して向かう。
背後から、ディンダーデンがノートスに乗って追いつく。
「…ヨウ…まだ遅刻じゃないだろう?」
ギュンターは、やはり自分より僅かなだけ質素な、飾り立てられたディンダーデンの、普段と変わらぬ態度を見て、心からほっとした。
つい馬を寄せ、小声で尋ねる。
「…これからは、いつもこんな格好か?」
ディンダーデンは、くっ!と笑う。
「権威を示す必要の、ある時限定だ。
説明されなかったか?
今日の昼食じゃ、各隊の隊長がずらりと勢揃いするって」
ギュンターは、項垂れる。
「…寝過ごしたらしく、凄く慌ただしかった」
ディンダーデンは、また笑う。
「疲れ切ってたみたいだったからな。
ローランデの事、覚えてるか?」
ギュンターは一瞬で、目が覚めた。
“…母の療養所で一週間過ごす。
その後、帰って来る”
“君と、過ごせる”
ギュンターは横のディンダーデンに金の髪を振って振り向く。
「一週間後、休暇って取れるか?!」
ディンダーデンはぼそり…とつぶやく。
「兄貴がさっさと副長になったら。
取れる…かも。
確かローランデは一週間居るって言ってたな?
一週間まるっとの休暇は…お前は無理だろう?」
ギュンターは顔を下げた。
「…だな」
だが二騎が中央護衛連隊官舎広場に入ると。
ずらりと各隊の隊員達が、整列していた。
その中央の開いた間を、ギュンターとディンダーデンは馬で進む。
遠くで大声。
「中央ーーーーー護衛連隊ーーーーー!!!」
途端、整列した皆が
「ウォウ!!!」
と短く叫び、また雄叫び。
「中央ーーーーー護衛連隊ーーーーー!!!」
「ヴォヴ!!!」
三度(みたび)
「中央ーーーーー護衛連隊ーーーーー!!!」
「ヴォヴ!!!」
ギュンターがこそっ…と見回すと、それでお終いで。
小声で斜め横のディンダーデンに囁く。
「俺らが官舎の階段に辿り着くまで、続くのかと思ったぜ」
が、ディンダーデンは平静。
「別にそれでも俺は、構わなかった」
ギュンターは気楽に補佐でいるディンダーデンを、羨ましげに見た。
官舎の、横に幅広い真っ白な石で出来た、階段に辿り着く。
ギュンターは馬を下り、階段を上り…最上段で振り向く。
正直、整列した各隊の人数の多さに、気圧されそうになりながら踏みとどまり、無言で腕を、さっ!
と振り上げた。
隊員らは一斉に拳を振り上げ
「ヴォヴ!!!」
と声をそろえて吠えた。
ギュンターは背を向け、出来るだけしっかりとした足取りで、階段を上がる。
官舎内の玄関に入ると、背後で拍手が沸いていた。
直ぐ寄って来る連隊員に
「世話役の、リードネスと申します」
と、紹介を受けてるところで。
ギュンターは頷いた後、顔をそっと寄せ
「なんで拍手してる?」
と小声で尋ねた。
まだ若く、とても利発そうな、肩迄の短髪栗毛のリードネスは、くすっ…と笑う。
「代々密かに言われてるのは、初めて登庁した際、挨拶が、短ければ短いほどその長(おさ)は有能。と」
ギュンターは内心
「(挨拶すべきだったのか?)」
と汗した。
が、表情にはおくびにも出さず、黙して頷いた。
斜め背後で、やはり世話役の青年から挨拶されてたディンダーデンは、表情を変えないギュンターに、頷いた。
「(あいつ、マズい事態でも表情変えないから、いつもそれで押し通せる。
表情が、顔に出始めたらマズいな)」
連隊長と副長室に、ギュンターとディンダーデンは世話役にそれぞれ通され、部屋の案内を受けた後
「昼食会場にご案内致します」
と言われ、部屋を出たところで再び顔を、付き合わせた。
昼食会場は広く豪華で。
中央に延々と長い食卓。
しかも既に隊長らは座していた。
ギュンターは鎮まり返る会場の上座に通され、ディンダーデンはずらっと居並ぶ右列の、一番近い席に。
左の席の一番近くには、副長が座り、その横に、ライオネスの姿が見えた。
ギュンターが椅子を引かれ、テーブルの間に入ると。
途端、座っていた全員が立ち上がる。
ギュンターはやはりすまし顔で、立ち上がる隊長らを見回し、告げる。
「…食事を、頂こう」
そして座ると。
皆、無言で着席した。
給仕が入って来て、目前の皿に料理を盛りつける。
給仕長はギュンターの横で
「特にご指示がなかったので。
隊長殿の、郷土料理を用意致しました」
と軽く会釈して囁く。
ギュンターは、野菜のごった煮。
クリームのかかった、肉の丸焼け。
きのこ炒め。
そして…焼きりんご。
…更に…ずっと愛飲してる、少し赤みがかったアーフォロン酒が入ったグラスを見、嬉しげに目を細めた。
グラスを持ち、上げる。
すると皆が気づき、同様グラスを持ち、上げ始めた。
末席の…多分、精鋭部隊と言われる、盗賊専用部隊の、隊長だろう…。
横の男に促され、気づいてグラスを持ち上げる。
ギュンターが、口を開く。
「至らぬ所は、多々あるだろう。
そんな場合は、遠慮無く意見してくれ」
言った後、皆が
「(近衛の猛者、にしては優しい(柔)言葉だな)」
な表情を浮かべた。
ギュンターは直ぐに付け足す。
「が、いちゃもんには拳で返答する」
言って、グラスを口に持って行く。
先にさっさと酒を口に含んだ隊長の数名が、ぶっ…と吹き出しそうになり、ディンダーデンが斜め横で愉快そうに、くすくす笑った。
「こりゃ、愉快だ!!!」
叫んで杯を上げ、口に持って行くのは、やはり盗賊専用部隊の、髭の豪傑。
別の一人も、言って杯を上げる。
「「左の王家」の、ひ弱な威張りん坊(グーデン)がそこに座らなくて、あんたに感謝だ!」
副長が、横でコホン、と咳払う。
「あなたが今後束ねていくのだから、あなたがそれで良い、というのなら結構だが。
大所帯なので、規律は必要だ」
言って、顎をしゃくって促す。
横の、ライオネスが立ち上がる。
「公領地護衛連隊長、ライオネスと申します」
ギュンターは、頷いた。
が、その表情には僅かに『申し訳無い』の色がにじんでいた。
順に、立ち上がると隊長らは名乗っていく。
ギュンターは頷いた、ものの。
覚えきる自信はなかった。
その後の食事は、静かなもので。
多少、ひそひそ声が、聞こえる程度。
ギュンターはいつも、大声で騒がしい近衛の食卓に慣れていたので、気づいて促す。
「くつろいで、いつも通り食事してくれ。
俺は食事中は、あまり喋らない」
ディンダーデンが、ぼそっ…と付け足す。
「消化に悪いから、だそうだ」
どっ!!!
と笑いが起こり、途端皆がそれぞれ話し出した。
末席の誰かが、メロディを口ずさむと、ギュンターは顔を上げて告げる。
「歌ってくれて、いいぞ?
但し、音痴は勘弁だ」
また、どっ!!!と笑いが起こり、歌うのが大好きな農領地護衛連隊長が歌い出す。
続いて、下町護衛連隊長も、野太い、が見事なバスで、参加する。
皆、なごやかに笑い、楽しげな食事風景だった。
が、左横の副長は目を丸くし、横のライオネスは、くすくす笑いながら食事を楽しんだ。
ギュンターが、ライオネスに尋ねる。
「やっぱり、前代未聞か?」
ライオネスは気づいて、笑顔で告げる。
「いえ、今までお一人は…いらっしゃいましたよね?」
と、横の副長に尋ねる。
年配の副長は頷く。
「初代中央護衛連隊長が、そうだ。
が、次の連隊長がまとめきれず、規律が設けられるようになった」
ギュンターは、顔を下げる。
ディンダーデンは余裕で杯を手に持ち、朗々とした声で言って退ける。
「次の長には、苦労して貰うしかないな!」
皆が途端、拍手を始め、ディンダーデンは笑顔を披露した。
副長は皆を見回し
「気に入られたご様子だ」
と、ギュンターに告げた。
が、ギュンターはぼそり…とつぶやく。
「ずっと続けば、良いけどな」
が、ライオネスは囁く。
「君は素っ気無いが率直だから、大抵の人に好かれる」
ギュンターは、顔を上げた。
「俺に強敵が出来たから。
この椅子に座らざるを得なかったと、知らないのか?」
が、副長は言った。
「中央護衛連隊長の椅子は。
座ってるだけの能なしは、座り続けられない。
腕っ節があっても、権威にこだわり他者を見下す者には、到底無理だ」
この言葉に。
隊長らは、一斉に頷いた。
その、皆の笑顔を見て。
ギュンターは彼らが、好きになった。
南領地(ノンアクタル)に行った時。
護衛連隊、の名と権威を使い、嫌がる女性を無理矢理奉仕させるために、連行しようとしたのを、見た事がある。
当然、殴り倒した。
が、本来護るべき者が、その立場を利用し、不義を働く事に、猛烈に腹が立った。
女の手を引き、逃げて。
オーガスタスに連絡を取って貰い、ディアヴォロスの別宅で、その女は職をと安全を得た。
後で、南領地ノンアクタルでは多々あることで、その地では規律など皆無の、弱肉強食の世界だと。
以前にも数度あったが、南領地ノンアクタルは謀反を企む。
南領地ノンアクタルの王が、王都の王となれば…神聖騎士も神聖神殿隊も黙ってはいないだろうが、その前に自分たち人間で、カタを付けねばならない。
西領地(シュテインザイン)護衛連隊も、東領地ギルムダーゼン護衛連隊も、当然北領地(シェンダー・ラーデン)護衛連隊も。
その時は、中央護衛連隊と近衛に付く。
それほど、南領地ノンアクタルの横暴さと無秩序さに、各領地の大公達は内心怒り、警戒していた。
そして中央護衛連隊の各隊長らも同様。
皆…護る事を信条とし、そんな不正は、誰もが憎んでるように思えた。
ギュンターの、ずっと張っていた…緊張の糸が、ほぐれる。
『俺でもなんとか…やっていけそうだ』
オーガスタスと顔を合わせたら、そう報告しよう。
そう、ギュンターは心に決めた。
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