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事情を聞いて笑いこける叔父二人

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 金の装飾のふんだんにほどこされた大公邸の門を潜ると、馬車は第二庭園へと向かう。
兄のような叔父、エルベスが仕事に使う、離れに続く庭園だった。

アイリスが、横に座るアドルッツァを見る。
アドルッツァは気づき、提言する。
「邪魔が、入らない方がいいんだろう?」

アイリスは、だが、アドルッツァから顔を背けた。
「…勿論、そうだけど。
邪魔者達は、それは強敵で。
隠れたって直ぐ嗅ぎつけて、現れると思う」

アドルッツァはそれを聞いた途端、ばっくれて窓の外を見た。
そして、出来れば出会いたくない三人の魔女を思い浮かべる。

一人目は…アイリスの母、エライン。



アイリスの父親シャリスは、エラインの弟エルベスよりも、たったの一つ年上。
つまりシャリスが七つの時。
アイリスの母親エラインはシャリスを、強姦した事になる。
家柄良く安易あんいに破談出来ない、スケベ面でいけすかない婚約者を、振るために。

近くの別荘に来ていたエラインは、まだ幼い美少年シャリスを見初め、その手管で籠絡ろうらく
ほぼ監禁同然で強引に事に及び、子種(アイリス)を貰い。
身ごもってようやく、スケベ面の婚約者との、結婚を延期させた。

が、婚約者はしぶとく、諦めなかった。
無理も無い。
シャリスは幼く、自分に子がいる事すら知らず、エラインはまだ、独り身だったから。

結局エラインはその婚約者との結婚話が持ち上がる度、シャリスを襲い。
アイリスの下にもう二人、女の子をもうけた。

呆れる話だ。

最後は婚約をどう頑張っても破談出来ず、エラインの母、つまりアイリスの祖母までもが焚きつけ、エラインにシャリスを襲わせたそうだ。

教練キャゼ』入学当初、エラインに呼び出された時、初めて。
シャリスはアイリスの事を知った。

たった七つ年下の、七歳になる背の高い男の子を紹介され。
言葉も出ないシャリスが、どれ程気の毒だった事か。

小柄なシャリスは…初めて出会った息子と、殆ど背丈が変わらなかった。

「…シャリスが私の事を知ったのは、今の私の年だっけ?」
アイリスの言葉に、アドルッツァは思考を止め、アイリスに振り返る。

「…もし七歳になる息子を、今。
紹介されたら、お前だったらどんな気になる?」

アイリスは無言で俯く。
顔をそっと上げ、アドルッツァを見た。
「やっぱり…母と祖母を、悪魔だと思ってる?」
アドルッツァは頷いた。
「悪魔は大抵美しく、人間をたぶらかす」

そして二人目…。

アドルッツァは吐息を漏らす。
エラインの姉、ニーシャ。



美人で豊満。
そして大の男好きで、誰か一人のものでいるなんて我慢出来ず、結婚せず大勢の取り巻きに囲まれて派手に遊び暮らす、妖女。

彼女の母親(アイリスの祖母)は、溜息混じりにそれを容認し
「父親似だから、しょうがないのよ」
と結局は娘達に甘い。

が、三人目の魔女に当たる、この母親こそは昔は大層な美女で。
品格の塊に見えるが、夫亡き後大公家を切り盛りしてきた、烈女。

その中で一番年下の弟エルベスは、こんな環境にも関わらず、大層性格が良かった。
アイリスだってエルベスがいたからこそ、こんな熾烈な生い立ちにも関わらず、ひん曲がった根性ワルにならなかった。

「…エルベスがいて、お前は幸運だ」
アイリスは即座に同意した。
「私も、そう思う」

 周囲に色取り取りの花が咲き乱れ、彫刻の彫られた白い石の手すりが、その広い庭園を優雅に区切る一角。

素晴らしく手が込み、噴水のように盛られたピンクのつる薔薇が取り囲む、少し奥まった場所へと石段が誘う。
扉も無く開け放しで陽が差し込み、白い壁が一部を覆っている東屋あずまや

その屋根の下の、洒落た彫刻のほどこされた白い木枠のテーブルの前で。
エルベスは、草で編み込まれ、赤い光沢ある布の張られた椅子に腰掛け、アドルッツァが両手広げるのを、見た。

彼の少し前を歩く弟同然の甥、アイリスの若々しい姿の、苦い表情も。

「やっぱり、違ってた」

アドルッツァのその一言で、エルベスは察する。

そしてアイリスがお茶のテーブルに腰掛けるなり、机の上に両肘付き、考え込むような顔をするのを見た。

エルベスとアドルッツァは、アイリスの様子に顔を見合わす。

アドルッツァが沈黙を決め込むアイリスに、代わって説明した。

「自分の後釜に選んだ学年筆頭に、思い切り惚れ込まれてお姫様扱いされた上。
夜まで付き合わされてるらしい」

エルベスは思い切り、呆れた。

アイリスはチラ…!と自分と同色の、艶やかな焦げ茶の巻き毛を背迄垂らし、優雅そのものの穏やかで男らしい美男の叔父の、驚きの表情が笑いに、代わる様子を待った。

エルベスはそれを察し、緩み始める口元を理性で何とか、引き締める。

こほん…!と咳払って、アイリスの、睨め付ける濃紺の瞳を見た途端…吹き出す。

「ぷっ…!」

やっぱり。とアイリスは途端、そっぽ向く。

エルベスはそれを見て、笑いながら言い訳かます。
「だって…お前を付き合わせるなんて…余程の相手だろう?」

アドルッツァもやれやれ。と腰掛け、エルベスの目前のテーブルの上のカップを、横から掠め取り、飲み干して言った。
「中々の男前だし、ガタイもいい。
あのつらだと、遊び慣れててあっちの方も、上手そうだ」

エルベスはますます、くすくす笑う。
「それで拒絶、仕切れなかったのか?」

アイリスは図星を指され、ますます、ぶすっ垂れる。

アドルッツァは空になったカップを皿に戻すと、唸った。
「それでどうして、呼び出しを頼む?
いい思いした上、筆頭まで引き受けてくれる。
一挙両得いっきょりょうとくだろう?」

アイリスは二人の叔父を、睨んだ。

「遊びで割り切ってくれるんなら、呼び出しなんて頼んだりしない。
あっちはそれで話が付けられないほど私に惚れ込んで、学校中に熱愛中だと。
言いふらしたくて、うずうずしてる」

ぶっ!
二人の叔父は同時に吹き出し、二人の笑いは当分止まない。
とアイリスは知っていたから、お茶を注いでくれるメイドににっこりと微笑んで、お茶の皿を、受け取った。

アイリスは、カップの中を、見た。
もう半分以上は減っていた。
が。
隣の二人はまだ、笑っている。

「いい加減、笑い止んだらどうだ?」

「だっ……」
エルベスが言うと、アドルッツァも笑い続ける。
「馬車でお前と二人切りだと、お前が気の毒過ぎて。
思い切り、笑えなかった」

アイリスはぶすっ垂れて、ぼやく。
「二人に笑われる方が。
もっと気の毒だとは、思わなかったのか?!」

ぶぶぶぶぶっ!

アイリスは処置無し。と顔を下げる。

エルベスがやっと笑いから復活し、尋ねた。
「だが…お前の事だ。
言いふらされると困る。と。
得意の弁舌で、言いくるめたんだろう?」

アイリスが、きっ!と叔父を睨む。
「恋に狂った者に手綱は存在しない。
そう言ったのは、エルベスだろう?!」

エルベスが笑い混じりの、呆れた表情で尋ねた。
「手綱が、お前でも取れないのか?」

アドルッツァも続ける。
「抱かれてやったんだろう?
普通そこまでしたら相手は。
またお前が欲しくて、大人しく言いなりにならないか?」

アイリスが、二人を睨む。
「それも欲しいが、当然私の関心も欲しいらしい。
私の全部が欲しい。と、別の野郎に言われたら吐き気もののセリフを!
耳元で、聞かされたんだぞ!」

ぶぶぶっ!

二人はまた派手に吹き出すと、次々に言葉を繰り出す。
「吐き気を、催さなかったのが。
逆にきっぱり拒絶出来なくて、悲劇なんだな!」
エルベスがそう言うと
「だがお前も結構、気があるから袖に、しきれないんだろう?」
アドルッツァも叫ぶ。

アイリスは、歯を剥いた。
「冗談だろう!
確かにあっちも上手い!
だがあいつに毎度、付き合わされたら変な色気ばっか出て!
いずれ上級生の、お目に止まっちまうし、第一!
私を自分のものだと、体に跡を付けても平気どころか、わざと!
それをやるんだぞ!!!
自分の、所有の印に!!!
マーキングされ、それを喜んであいつの所有物になり下がっていられる程、私の自尊心は低くない!」

アドルッツァとエルベスは、顔を見合わせた。
「呼び出した時の授業って?」

アイリスは完全にフテ切って、言った。
「川で水浴び付きの、乗馬だ。
呼び出しが間に合って、サボれたから。
礼だけは、言うけど」

アドルッツァは思い切り、呆れて言った。
「入学三日目で、服も脱げないようなあと、付けられたのか?」

エルベスも呆れる。
「キス・マークが付いてたって別に、問題無いだろう?
女じゃあるまいし」

アイリスが二人を睨んだ。
「スフォルツァの様子で、同級の大貴族達にとっくに、奴の寝室で私が過ごしてるとバレてるし!
第一…腫らされたのは乳首で、女みたいに真っ赤で膨らんじまって、隠しようが無いんだ!」

解っていた。
これを言ったら、二人は死ぬ程笑うだろう。と。

アドルッツァは腹を抱えて上半身を暫く、上げなかったし。
エルベスに至っては後ろを向いて椅子の背もたれに抱きつき、その肩は揺れ続けてた。

アイリスは二杯目のお茶を伺うメイドにカップを差し出し、受け取ってそれが空になるまでそれを続ける、二人を見。

とうとう怒鳴った。

「…あんたらに、笑われるために、帰って来た訳じゃない!」

が、ひっ!

と言う声と共に。

二人はまた、笑いに入った。
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