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兄と対峙した後、ディングレーが駆け込んだ先

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 ローフィスは血相変えて自分目がけ、突っ走って来る男が。
見慣れた一級下の「左の王家」の男だと解った。

ディングレーは四年宿舎の廊下の角を、向かい来る男にぶつかりながら押し退ける。
ローフィスは自分に向かって顔を上げるその男前のディングレーが、ひどく取り乱してるのに気づく。

ディングレーとぶつかった友に、許してやれ。と顎をしゃくる。

友はディングレーの乱暴に、咄嗟に横を擦り抜けようとするその腕を掴み
「いくら王族だろうが、年上の男へ敬意を払え!」
…と、ブチまけようと口を開いた。
が、ローフィスの合図に気づき、仕方無く、その手を放した。

ディングレーは掴まれた腕を放された途端、突っ込んで来る。
ローフィスが、口を開くより先にディングレーが叫んだ。
「無事だったか…!」



ローフィスはその言葉に眉を寄せて唸った。
「子細を話せ。
どうして俺が、災難にこれから見舞われるのかを!」

ディングレーは年上の…実の兄より余程、兄のようだと思ってる、自分よりは背が低く、だが明るい栗毛の爽やかな印象の、意志の強い青い瞳を投げる男に。
さっきのいきさつを、口早に話した。

ローフィスは、大きな吐息を吐く。
「…やっぱり、グーデンが大人しくしてる訳無かったな。
ディアヴォロスが卒業した後じゃ」
「…どうする!」

勢い込むディングレーの様子に、ローフィスは唸る。
「オーガスタスに、話すしか無い」
「話そうが…あんたがこの先、ヤバい事に変わりあるか?!」

ディングレーが大事な肉親を気遣うように、その尊大な顔を歪め心配するさまを見て。
ローフィスは一つ、吐息を吐く。

「俺の顔が殴られて変わったら、お前が責任取るってのか?」

がディングレーの顔は真剣に苦しげで、ローフィスは思わず吐息を吐き出した。

「用心する。
それで凌げるさ。
奴らが狙ってる。と解ってるんならな!」

背を、向けようとするとディングレーが腕を咄嗟に掴む。

「本当にそれで、大丈夫だと思うか?!」

年下のそのガタイのいい男が、あんまり自分の為に必死で。
ローフィスはつい
『誰に言ってんだ』
と冷たく突っぱねられなくて、再び吐息を吐き出した。

「なあ…。夜盗がごろごろ居る森で餓鬼の頃、野宿した俺だぞ?
怖い思いなら一通りしてる。
第一ここで、抜刀は御法度。
ひどく殴られたら死ぬが…。
騎士にもなってない学生に、殴り殺されるほど俺は、阿呆じゃない」

が、ディングレーは腕を、放さない。
「本当に、本当だな?
言っとくがディアヴォロスが居ないグーデンは、本気で行儀が最悪だぞ!
弟の俺が言うんだから、間違い無い!」

「…解った!
解ったから、俺をひ弱な可愛い子ちゃん扱いするな!」

怒鳴られてようやく、ディングレーはローフィスの腕を放す。

「…本当に…あんたは掴まらないな?」

まだ心配げなその男に、ローフィスはつい、鬱陶うっとおしくなって、どやしつける。

「何てツラだ!
入学式の時の、三年代表は俺様だ!
ってくらい、デカイつら出来ないのか!」

がディングレーは、困ったように眉を寄せる。

「…なあ…。
俺はとっくにあんたに、散々な所を見せちまってる。
他の奴らには偉そうにはったりカマせるが、あんた相手に、もう無理だ」

言われてローフィスは、たっぷり頷く。
「それはそうだな」
「だから…俺と連んでると、俺への嫌がらせで、グーデンがあんたに目を付けて…」

「解ったから、もう黙れ!」

怒鳴られてディングレーは、ようやく落ち着きを取り戻す。

「…そんなにひどかったのか?」
ローフィスに聞かれ、ディングレーは口に手を当て、顔を下げる。

「…あれは…暴行だ…。
間違い無く…ひどい事を奴らは平気でしてる。
どうして…平然と人間の尊厳を踏みにじれるのか、理解出来ない」

「それが愉しみだからな。
奴らはそれで自分が上だと、確認したいんだ」

ディングレーは口に当てた手を、ぐっ!と押しつける。

ローフィスは狼狽するディングレーに、労るように尋ねた。
「そういうのが兄だと、こたえるか?」
「…すごく」

ディングレーの気弱な返答に、とうとうローフィスはその逞しい肩を、バン!と叩いた。

「なら母親の浮気を疑え。
グーデンは多分、浮気相手の子だ。
身分が高い奴が浮気相手だから、親父さんもねじ込めない」

ディングレーは、顔を上げた。
「作り話だと、直ぐ解るが…。
血が半分しか繋がってないと思えたら…救われるのは、確かだ」

『良かったな』
と、ローフィスは頷いた。

満足して去って行くディングレーの、逞しい背が遠ざかるのを見つめながら、ローフィスは唸った。

「あの気の回らない男に、家庭争議のネタを振ってもオタつくだけだろうが…。
どう見たって髪の色以外、奴はグーデンと似ちゃいない。
奴が父親似なら…グーデンの方が、母親が浮気して出来た子に、決まってるのにな」

が、世間の一般評価が頭の片隅にも無い、世間知らずの王族の男を。
ローフィスは説得したものかどうか、悩んだ。

兄が母親の浮気相手の子だろうが、それで血の繋がりが、完全に絶たれた訳じゃない。
それでも半分は、繋がってる。

『その事実ですら、あの男に取っては耐え難い事実だろうな』

そのくらい、ディングレーは兄グーデンを、嫌っていた。

ローフィスは一つ吐息を吐くと、進もうと思ってた廊下を引き返した。

事の相談を、頼もしい友にするために。

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