若き騎士達の危険な日常

あーす。

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入学式 2

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  人群れの間を彷徨いながら…シェイルはローランデを探す。
けれど皆。
シェイルに振り返った途端、彼をじっ…と見る。

次第に…人の群れが途切れ始めた時。
シェイルは周囲の視線が全て、自分に注がれてると知る。

みんな。
みんな、見ていた…。

シェイルは歩き出そうとした。
人混みが途切れたのだから。
ローランデを探し出せる。
なのに。
足が動かない。
まるで。
見つめられる視線に、縛られたみたいに。

突然。
突き刺すような視線を感じ、シェイルはぞっと身震った。
けど別の方からも。
そしてまた、別の場所からも。

鋭い視線が、シェイルの華奢な体を射貫いた。

とうとう、シェイルは微かに震えだした。
顔を上げると、鋭い視線を送る一人が…にやついた表情で新入生を乱暴に押しのけ、自分に向かってやって来る…。
背が高く、いかにも乱暴そうな、上級生。

暗いアッシュブラウンの短髪。
ダークブルーの瞳。
それなりには整った顔立ちだったけれど…シェイルが心の中で拒絶したのは、自分に向ける鋭い視線のせい。

…まるで欲望をたぎらせた…野生の獣のよう…。

そう感じた時、シェイルは首を振った。
ローランデ!
いや、先に入学してるディングレー!ローフィス!

必死で探すけれど…周囲の人は固まったように、シェイルを凝視したまま動かず。
その顔のどこにも…心の中で思い浮かべる顔は見あたらない。

シェイルに気づかずその場にやって来た者すら、シェイルに気づいた途端、目を見開いてあまりの美しさに息を飲み、シェイルを凝視する………。

シェイルは見つめる人の視線に怯えたように…その場に立ち尽くした。





 ローフィスはその時、入学式で人でごった返す広場の、うんと端にいた。
まるで…獣の中の、唯一可憐な、この上なく美しい華…。

シェイルはそんな風に見えた。

紛れもなくシェイルは、騎士を目指す剛の者集うこの『教練キャゼ』で、“場違い”だった。
幾人かの下級生をペットにしたい男らが睨み合い、結果ドブソンが進み出てシェイルに向かって行く。

ローフィスは気が気では無く、幾人かを突き飛ばしながら、シェイルへ向かって走る。

ドブソンはローフィスの同級生で大貴族。
身分と金で、他の乱暴な同級生らを部下にしていた。

焦る気持ちそのままに、必死で前を塞ぐ男らの背を突き飛ばす。
けれどドブソンは、シェイルの間近に迫る。

間に合わない!
そう感じた時、ローフィスは心の中で叫んでた。

“逃げろ!シェイル!!!”

ローフィスの心の叫びが聞こえたように。
固まっていたシェイルは、弾かれたようにやって来る男に背を向け、駆け出そうとした。

けれど…。

がっっっ!

難なく腕を掴まれ、華奢なシェイルは強引に捕まれた腕を引かれ、ドブソンの胸に抱き止められて、身もがく。

「…っ!」

華奢な美少年が男の胸に、抱かれてもがく姿を見て。
周囲の男らは息を飲む。
中には『これが噂の教練キャゼで良くある…上級生が欲望を果たすため下級生をペットしていると言われる…その現場か』
そう物見高く見物する視線も、数多あまたあった。


…それはドブソンの、アピールだった。
シェイルは自分の物。
自分が貰う。
文句があれば後でカタをつけよう…。

毎年入学式の場で、犯されるしか無い美少年を取り合う男らの、暗黙の儀式。

喧嘩が強く、更に金のある男が誰より優位。

ドブソンはどの競争相手にも、自分は勝てると思ってる。
実際、後で彼に文句を言う男は、殆ど居ないだろう…。

ローフィスは必死で前の男らをど突き、強引に横にどかして走る。

シェイルは可憐な蝶のように…。
罠にかかり、捕らえられたか弱い獲物のように。
ドブソンに抱き止められ、必死にもがいてた。

本当は、シェイルは叫びたかった。
“助けて!”

でもここは騎士養成学校。
入学初日。
そんな日に、助け手を叫んだりしたら…自ら、自分はここでは力の無い獲物だと。
全校生徒に知らしめるも同然。

けれどドブソンは背が高く、力も強く…。
捕まえられたシェイルは、どれだけもがいても、逃げられそうに無い。

周囲が、抱き止めるドブソンがシェイルを…嬲る様子をつぶさに連想し始め…それを感じて、シェイルは身震った。

“犯される…?
この…男に?”

その時、シェイルは叫んでた。
決死で。

「ローフィス!
ローフィス!
ローフィス!!!」

獲物の悲痛な叫び。
その名を知らぬ者は、獲物の断末魔の哀れな叫びに聞こえたことだろう…。

ローフィスはシェイルの叫び声を聞いて、気が狂わんばかりに取り乱し、前の男を力の限り突き飛ばす。
「どけ!!!」
振り向く岩のようにデカい最上級生は、怒鳴り返す。
「てめぇ何様だ!!!」

普段のローフィスなら、決して突っかからない相手。
だがローフィスの心は、シェイルの危機に持って行かれてた。
なりふり構わず、怒鳴り返す。
「いいから、どけ!!!」
「入学式に、殴られたいか!」

けれどその時、長い腕が伸びて…。
ローフィスと最上級生の間に、割って入る。



同級で、一番背の高いオーガスタスが、ローフィスを背に回し最上級生と対峙し、ローフィスに
『いいから、行け』
と目で合図を送る。

ローフィスは友に感謝の眼差しを向ける間も惜しんで、駆け出した。


シェイルは全校生徒の前で男に抱きしめられ…泣き出したくなった。

顔を上げると人の群れの、かなり向こうにローランデの顔が。
目を見開いて…そしてシェイルの窮地に気づき、慌ててこちらに来ようとしている…。

“ローフィスは?!!!!”
首を振ってシェイルは、必死で見世物を見てるような周囲の者らの、下卑た顔を見回すけど…。

いつも必ず駆けつけ、守ってくれた懐かしい姿は見当たらなくって、シェイルは動揺しきった。

「離して!!!」
やっとそう叫べたけど…男…ドブソンは、いやらしい表情で、シェイルの顔を覗き込む。
まるでこの先、自分の想うまま欲望を果たせる、とびきり綺麗な獲物。

そんな風に、欲情をたぎらせたいやらしい表情で、舌なめずりしながら。

けどシェイルは絶対ローフィスが、駆けつけてくれると信じていたから。
ドブソンが、思うさまいたぶってやる。と自分の顔を見つめてる時。
手首を掴む力がほんの少し緩んだ、隙を突いて。

手をすり抜けさせて、抱きつく男の胸の中で、思いっきり身もがいてそして、反対方向に駆け出した。

どんっ!

直ぐ、前を塞ぐ別の長身の男にぶつかり、シェイルは背後からドブソンに腕を凄い力で捕まれ、咄嗟とっさ腕を引き抜こうと振り向く。

腕を掴む手は乱暴で、凄く痛かったけれど…。
ドブソンは捕まえたシェイルでは無く、シェイルの進路を塞いだ男を、見ていた。

目を大きく、見開いて。

次第に…捕まれた手から力が抜けて行き、シェイルはドブソンが見つめてる、目前の男に振り向く。

相手はとても長身だったから…シェイルはうんと、顔を上げて初めて。
その男がとても高貴な…整いきった美しい顔をしてると、気づく…。

「…ディアヴォロス…」

ドブソンがつぶやき、シェイルはその高貴な男の名が、ディアヴォロスだと知る。



「…彼は私の連れだ」

低く…響き渡る美声が、シェイルの頭上、うんと高い場所から響いた時。
ドブソンの、腕を掴む手が、シェイルから離れた…。

シェイルは見上げる。
縮れた黒髪は長く、彼の胸を覆っていた。

見つめられたその瞳は、空色にも緑色にも見え…更にグレーにすら見えて来る、不思議な浮かぶような、神秘的な瞳…。

とても身分が高いのだと…彼が言わなくても周囲が察知する、高貴な雰囲気を纏い…。
けれど優しい微笑をたたえ、シェイルに囁いた。

「彼は…そこにいる」

シェイルは何のことか分からず、彼…ディアヴォロスの、男らしくも美しい微笑を、ぽかん。と見つめた。

間もなく
「シェイル!!!」
懐かしい叫び声と駆け込む人の気配を背後に感じ、咄嗟振り向いて、シェイルはその胸に飛び込む。

ローフィス…!
ローフィス!
ローフィス!!!

懐かしい…温かい体にしがみついて、シェイルはローフィスの胸に顔をつっ伏し、そしてもう…二度と、上げたくなかった。

他の何も、見たくない。
ローフィスだけが欲しくって…ローフィスだけを求めて、ここに来たのだから。

けれどローフィスの言葉が、頭上で聞こえる。

「俺の義弟だ。
…世話になった」

シェイルはふいに、顔を上げてローフィスを見る。
ローフィスは…背後の背の高い、ディアヴォロスを見上げていた。

シェイルは…ディアヴォロスに振り向く。

その時シェイルはようやくはっきり、思い出す。
一度…たった一度だけ会った事のある…幻のようなディアヴォロス

ディアヴォロスはシェイルに見つめられて、微笑んだけど…。
シェイルはそれすらも、幻のように見えた。

彼と会った時彼は…もっと若くて、背も低くて。
少年から青年に、なったばかり。

けれど背後に立つ今の彼は、とても立派な青年に見える。
それでも彼は…やっぱり現実味の薄い、幻のように、シェイルの目に映った。

「…ここで一番身分の高い…王族だ」

ローフィスに囁かれ、シェイルは…背を向けて去って行くディアヴォロスを見つめた。

誰とも違う、王者の雰囲気…。
ディアヴォロスに道を空ける者らは皆、ズバ抜けて長身の、彼の気配に気圧されてるように見えた…。

その時、別の…大男がやって来て告げる。
「もっと端に。…目立ちすぎてる」

ローフィスは言った男に振り向かないまま…シェイルの肩に腕を回し、周囲から隠すようにして…。
広場の隅へと、シェイルを連れて行く。

シェイルはローフィスの体温を直ぐ近くに感じ…。
嬉しさと。
懐かしさと。
暖かさに浸りきって、大勢の人に見つめられた緊張から、一気に解きほぐされて行くのを感じた。

崩れ落ちそうなくらい安堵して、もう決して…ローフィスの側から、離れたくなかった…。


  
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