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4 毒に侵されたギュンターの不幸とその波紋
ニーシャの画策
しおりを挟むアイリスが銀髪の一族の地へと、出立した頃。
大公家の豪華な室内で、ニーシャは弟エルベス大公が、相変わらずの荷馬車襲撃に、少しでも損害を減らそうと。
テーブルに広げられた領地地図を見ながら、妹でアイリスの母、エラインと、必死に護衛の手配を相談している様を見守った。
「ここの領地の出荷は、もう少し…遅らせられる?
護衛が、凄く手薄だわ…」
エラインの提案に、エルベスは頷く。
「サクセ領地の護衛を加え、倍にするよう命じましょう。
ともかく…十分な護衛体制で出荷出来るまでは。
迂闊に出立しないよう、足止めをしなくては。
…襲撃されて亡くなった者達の、遺族への配慮は…」
エラインが即座に返事する。
「それは私が、全部引き受けるから。
貴方は迂闊に出荷馬車を、出さないよう領地に徹底して。
母様が手配してくれた護衛を、どこの領地の出荷馬車に付かせるか。
そちらに専念してくれて、いいわ」
そこまで聞いて、ニーシャは別室で、使者からの報告を次々と受け取っている、母の元に進む。
「お母様。
私、ちょっと出てくるわ」
母はまた、旧知の知人から、腕の立つ護衛が手配できたとの知らせを受け取りながら、横のニーシャに顔を上げる。
「…ゼフィスは今、こちらに戻ってるんでしょう?
もし、アイリスが頭領とロクに親しく出来ない内に戻られて、ハチ合わせでもしたら…」
ニーシャは微笑む。
「そちらは、任せて。
ゼフィスの足止めは、私がするから。
お母様はエルベスを助けてあげて」
「ええ。
エルベスとエラインを少しでも楽にするよう、腕の立つ護衛を知り合い中から、調達するわ」
ニーシャは微笑む。
アイリスを心配していた時とは一転。
父亡き後、大公家を女手一つで守り抜いてきた、毅然とした表情を、母の中に見て。
けれど…行こうとすると、大切な孫、アイリスへの心配を。
ふと、その表情に浮かべる。
「お母様。
レスルは頼りになるわ。
もしアイリスが危険なら。
脱出不可能と言われる場所からでも、必ずあの子を逃がしてくれる」
「…そうよね…。
アイリスはいつも…こちらが山程心配してる時でも、必ず生還して来たわ…。
今までずっと」
「私が、逐一報告を受け取って。
あの子のバックアップに務めるから」
母は頷いて、頼りになる娘を行かせた。
ニーシャは大公邸を出ようとした時、玄関口で。
アイリスの二人の妹で姪に当たる、まだ十かそこらの幼いセフィリアとアリシャがもじもじして、こちらを見つめてる姿に視線を送る。
「…何かご用?
私、忙しいんだけど」
「お兄様は大丈夫だって、母様が」
年上の、母親似で濃い茶色の巻き髪を肩に垂らしたセフィリアが、まだあどけない濃紺の瞳を向ける。
妹、アリシャは自分同様、父に似ていて。
一族の中でも珍しい、明るい栗毛を花飾りで綺麗に結って、俯いて呟く。
「けど乳母のマーサが…。
凄く危ない場所に、行かれたって…」
「アイリスは、大丈夫よ。
それよりあなた方。
いい加減、アイリスを許してあげたら?
大体、大公家の姫君が。
年頃の兄の寝室を、ノックもしないで入る方が、おかしいのよ」
セフィリアが、きっ!と顔を上げる。
「伯母様が、とってもふしだらだから!
兄様も、えいきょうを受けられて、ふしだらになられたのよ!」
セフィリアが叫ぶと、妹アリシャも追随する。
「そうよ!
伯母様のせいよ!」
ニーシャは、呆れた。
「エルベスと比較してるんでしょうけど…。
エルベスは大公だから、迂闊な相手とは、寝られないだけよ。
でもお兄様のアイリスは、身分をさ程心配しなくてもいい身で、自由。
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彼女たちは、言い返せない悔しさで、唇を噛みしめる。
「…アイリスは、絶対無事戻って、あなた方の盛大な結婚式に出席しますと。
きっぱり私たちの前で、そう言ったわ」
二人の妹達は、希望を貰ったように、ぱっ!と明るい表情で一斉に顔を上げる。
ニーシャは素っ気無く二人に背を向けた。
ものの…その顔に、笑みが浮かんでいた。
…けれど、背後から聞こえる姪達の声に、呆れる。
「…でも、わたしたちのけっこんしきは、うんと先だわ?」
セフィリアが言うと、アリシャがおずおずと尋ねてる。
「私、もうけっこんしたい、好きな人がいるけど。
ねえさまはいないの?」
「(チビガキが、何言ってんだか)」
肩をすくめ、待ってる馬車に乗り込んだ。
銀の影の一族住む、西領地(シュテインザイン)と南領地ノンアクタル領地の境目の辺境に、ひた走る馬車の中。
アイリスは通り過ぎる風景を眺めていた。
途中、休憩した森の中の宿場で
「レスル殿からの、報告です」
と、羊皮紙を受け取る。
「…ゼフィスが、ロスフォール大公と会見…。
ギュンターとローランデを探ってる、密偵とも会ってる?!
…つまりまだ。
ギュンターの息の根を止めたくて、様子を探ってるな…」
アイリスは羊皮紙から顔を上げ、地元の猟手風の、地味で目立たない格好をしたレスルの伝達役に、囁く。
「ニーシャ姉様に伝えて。
ギュンターは王立騎士養成学校の、私にとっては先輩。
ゼフィスの密偵が嗅ぎ回って、引き続き暗殺の機会を狙っている様子なので、外出は控え、出来るだけ刺激しないように。
と、近衛ローフィス隊長の宿舎にいるギュンターに、警告して欲しいと」
フードを被ったレスルの手の者は、無言で頷く。
アイリスは再び馬車に乗り込み、馬車が走り出す中。
レスルがどこまでも手回し良く、常に必要な情報を届けてくれる事に舌を巻く。
「(…これだけ迅速に敵の様子が分かると、先周りして手が打てる…。
流石、宝石の詰まったチェスト、四箱分の男だ…)」
ニーシャが大公家の邸内から馬車に乗り込もうとした時。
寄って来た地味な男から、羊皮紙を渡される。
ニーシャは彼が、レスルの手の者だと、直ぐ分かって、頷く。
羊皮紙を紐解き、レスルからの報告を読む。
彼の手の者が探った所、ゼフィスは既に、ロスフォール大公と会見を果たし終えている。
更に荷馬車の襲撃同様、暗殺集団を差し向けたギュンターという近衛騎兵の、その周囲を嗅ぎ回ってる密偵と、幾度も会見してる。
更にこの情報をアイリスに報告したところ
“ギュンターは王立騎士養成学校の先輩なので、迂闊に出歩かぬよう、出来れば直接本人に、警告して欲しい”
との伝言を受け取ったが、任せて良いか?
と書かれていて、呆れる。
「(…ギュンターって…一体何してそこまで恨まれてるのかしら)」
ニーシャは密偵に
「任せて。と伝えて」
と一言言って、馬車に乗り込んだ。
馬車は程なく、屋敷の一角にある地下トンネルを潜り、ニーシャが日頃隠れ家に使ってる、別荘の庭へと乗り入れる。
邸内に入り部屋の扉を開けると、室内には既に王宮警護の総長、「左の王家」の王族、アドラフレンがそこに居た。
「左の王家」は黒髪の一族。
が、アドラフレンは珍しく、明るい栗毛。
洗練されきった宮廷貴公子で、「左の王家」一の美男と呼ばれ、更に伊達男と名高い。
がしかし、それは表の顔。
裏では宮廷陰謀を探るスパイの大元締めで、仮面を付け、良く隠密に行動していて…。
やはり、こっそり潜入捜査してたニーシャと、ハチ合わせて以来の…仲間?
にあたる。
「…どうする?
ゼフィスを逮捕し、君の大公家領地の、出荷馬車を襲う指示を出してると、吐かせるか?
そうすれば、公式に処罰出来るが?」
この別荘でいつもこっそり出会っては。
互いの情報を持ち寄り、交換し…何かと助け合っていたので、今回の襲撃の、撃退方法についても、知恵と力を、貸してくれることになってる。
が、アドラフレンの提案に、ニーシャは考え込む。
「ロスフォール大公を、黙らせられるの?
あなただって、幾ら王族とはいえ…。
強大な権力を持つ大公家を敵に回すと、それは大層、厄介でしょう?」
アドラフレンはにっこり…。
と、洗練された品の良い笑顔で微笑みながら、ニーシャに告げる。
「そりゃ、雀蜂の巣には触らないに超したことは無いけれど…。
凄く、困ってるんだろう?」
ニーシャは端正で高貴な顔立ちの美男、アドラフレンの顔を見つめながら、問い正す。、
「だって更に、銀髪の、影の一族まで敵に回す事になるのよ?
もっともっと…厄介じゃない?」
アドラフレンはここでようやく、ため息を吐いた。
「…なかなか密偵の送り込めない、監視対象の王家の不穏分子だしね。
銀髪の表の一族との兼ね合いもあるから…。
幾ら影の一族とはいえ、事を構えると表の一族までもを…。
ヘタしたら、敵に回しかねない」
ニーシャは、頷く。
「そうよ。
銀髪の一族を敵に回し、内戦にでもなったら…。
近衛の中にも、大勢銀髪の一族がいるし。
きっと彼ら、どっちに付くかで混乱を来しちゃうわよ?」
ニーシャはアドラフレンの、整った困惑顔を覗き込み、言葉を続けた。
「今、甥のアイリスが私に代わって影の一族の本拠地に、潜入を始めてるの。
彼が首尾良くサスベスを垂らし込む間、ゼフィスを何としてもここ(王都)に、足止めしなくては」
「どれ位?」
「最低でも、二日。
けど五日位足止め出来れば、もっといいわ」
アドラフレンは頷いた。
「馬車が故障したり。
検閲で道を迂回しなくてはならない状況なら、幾らでも作れるけど?」
ニーシャは、にっこり笑った。
「いい事思いついたわ。
ゼフィスは勝ちたがってるんだから。
勝たせてあげるのよ」
「…何について?」
ニーシャはもっとにっこり微笑んで、アドラフレンの高貴な顔を見つめた。
「…私の愛人達に、彼女に愛想良くして貰うの。
カンファッテ(身分高い者らが、親密になる集い)の招待状。
あなたなら一枚ぐらい、融通できるわよね?」
「……………出来るけど。
私でさえ、かなりの無理をして、やっとだ」
ニーシャはアドラフレンが、招待状を手に入れるより、逮捕や馬車の小細工の方が簡単なのに。
と思ってる事を知りつつ、微笑む。
「じゃ、お願い」
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