ある日の出来事(ギュンター、アイリス、ディングレーがメイン)

あーす。

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ギュンターの来訪

ギュンターの来訪

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 北領地[シェンダー・ラーデン]に帰って、一週間が過ぎようとしていた。
ローランデはほっ。と吐息を吐く。
昨夜、中央テールズキースからの父の書状が届き、母の容態が持ち直し、みるみる回復に向かっている。
と…。
それを読んだ時つい…口元を押さえ、潤む瞳を必死で堪えた。
デズモンは…隣でそれを見ていた。
何とか感情を鎮め顔を上げて必死で冷静さを保ち、目前で待っていた部下に指示を与えた時、デズモンは隣で顔をそっ…と背け…。
だから厳しい彼に
「そんな事でどうするんです?」
と叱咤されるのを覚悟したのに、彼は小声で言った。
「明日は自宅でお休みなさい。
就任以来ずっと忙しい。さすがに、お疲れでしょう?」
思いの他優しい彼の言葉に、飲み込んだ感情が溢れ出し、また…目頭が熱くなった。
瞳が潤んでいる事を知っていたが…デズモンは何も言わず、労るように見つめ、ただ…頷いてくれた。

 ただ…母の回復を告げた相手、自宅に居る妻デルアンネは、はしゃいだ笑顔で
「良かったわ!」と告げ…けれど直ぐに自分の用に、戻って行った。
彼女は慈善パーティーだの、婦人の会合だの…。
ともかく、何かに付けて用事があった。
ヘタをすると、私より忙しいんじゃないか…。と思う程。
北領地[シェンダー・ラーデン]に帰って二・三日は、自宅に大勢の女性達が詰めかけていた。
理由は色々で、ひっきり無しに私が帰宅した後もかなり、遅い時間迄。
デルアンネが私を周囲の女性達に、見せびらかしたいんだ。と解ったのは二日目で、三日目の晩とうとう夜にも関わらず帰らぬご婦人達の輪の中からデルアンネをこっそり呼び出し、告げた。
「護衛連隊の方で忙しいんだ。
自宅ではゆっくり休みたい。
それに…マリーエルだって母親とゆっくり、過ごしたい筈だ」
デルアンネは口を尖らせた。
「あら…!
貴方一体、どれだけ私を放っといたの?!
その間、私がどれだけ世間で肩身が狭かったか、ご存知無いのね?」
「機会は作る…。
でも今はまずいんだ。察してくれないか?」
彼女はふくれっ面でまだ、言った。
「それに…マリーエルはもうちゃんと解ってるし、私に甘えるような子じゃないわ!」
その冷たい言い草に、ローランデは呆れた。
「…たった…四つなんだぞ?」
デルアンネはふい!と背を向ける。
「あの子、私と居るより、庭師や…召使いや…ともかく、近所の子達と暴れるのが好きなのよ!
貴方ずっと居ないから、解ってないんだわ!」
ローランデは頷いた。
「洋服を汚したから部屋に入るなと、怒鳴ってた」
デルアンネはきっ!とローランデを睨む。
「だって、ドレスを着たご婦人の部屋へ、泥だらけで入れば叱るわ!普通!」
「君が呼ばなけりゃ、マリーエルが帰って自宅で過ごす居間に、着飾ったご婦人が来たりしないだろう?」
「私を、責めるのね!」
ローランデはムキになる彼女に一つ、吐息を吐いた。
「離宮があるだろう?
誰かを呼ぶ時はそこに通してくれないか?」
「…だって!この屋敷は私が!
貴方が居ないから一年も掛けて、それは念入りに手入れした自慢の屋敷なのよ!
カーテンも!調度も!絵も彫刻も!!!
全部私が手配したわ!」
ローランデはそうだろうな…。
と、紅を基調とし金の飾りがふんだんに施された、派手で豪華でごてごてした、落ち着きの無い室内を吐息混じりに見回した。

 結局離宮に逃げ出したのはローランデの方で、マリーエルはしょっ中屋敷を抜け出しては、帰宅後暖炉の前でくつろぎ、大きな椅子に座るローランデの膝の上に、無邪気に断りも入れず上がり込む。
その様子があんまり可愛らしくて、ローランデはつい彼を腕に抱いて微笑む。
が…マリーエルはその後慌ててつぶやいた。
「ごめんなさい…。
ローランデの膝、泥だらけだ」
ローランデは気にせず微笑み、ささやく。
「別に、戦闘で慣れてるから大丈夫だ。
それより今日は誰と遊んでどんな事をしたか、話してくれるかい?」
二日後、マリーエルは泥だらけの服を着替え、やって来るように成った………。

 だから、その日も離宮に居た。
久しぶりに遅くまで寝室で過ごし、ゆっくりと遅い朝食を取る。
屋敷からははしゃいだ婦人や…自分が離宮に引っ込んでからはその中に男達の声も、混じるように成っていた。
庭で、ラード(ボールを木の棒で転がすゲーム)をし、デルアンネは玉が転がった。と離宮の庭に迄やって来ては、連れだって探しに来た男性に、楽しそうに腕を絡ませ…チラ。と窓辺に座る自分に視線をくべて行く。
まるでそれが『妬ける?』とでも言う様で、ローランデは彼女のそのやり様に、心底うんざりした。
が…午後だった。
陽が傾きかけようとし、オレンジに染まりかける斜陽の庭でお茶を飲みながら書類の整理をしていると、屋敷の召使い達の慌ただしい足音と共に、一人が庭へと駆け込み、告げる。
「旦那様!お客様で…。
その、えらく背の高い金髪の騎士様がお見えです…!」

 庭から駆け出すと、手入れの行き届いた芝生の広大な庭で、着飾ったご婦人達や紳士達が、ラードゲームの手を止め、屋敷の玄関から金髪を靡かせ、離宮に向かって歩み寄る、濃紺の埃だらけの隊服姿の長身の騎士を、目を見開いて見つめているのが見えた。
“ギュンター!”
心の中の叫びがまるで聞こえたように彼は、探すように泳がす視線を、こちらに向ける。
彼が微笑むと、その煌めく紫の瞳と見事な艶の金髪。そして類い希な程整った優美なその美貌と、均整の取れたすらりと逞しく、しなやかな体躯も手伝い、彼を天上の、伝説の物語に出て来るような美しい騎士に見せ、その場に居た地方宮廷の田舎貴族達を呆然とさせた。
「…まあ……!」
「…何て、お美しい………!」
女性達は一斉に彼に見とれて頬を赤らめ、男性達は顔を付き合わせ、ひそひそ声で告げた。
「…やっぱり都(中央テールズキース)は違うな…。
埃にまみれてても、立ち居振る舞いが洗練されてる」
男達は見上げる程に背が高く、立派な肩と締まった腰。そして下げてきらりと鞘飾りを煌めかせる剣をしみじみ見つめ、女性達は彼が優美にその剣を振る様を想像し、うっとりとした。
が…デルアンネだけはその男の中身が自分と同じ、手段を選ばぬ野獣だと、知っていたからふん!と顔を背ける。
ご婦人方はローランデへと歩を進める彼を、紹介してくれと一斉にデルアンネに詰め寄り、がローランデは彼の微笑につい、人前だと解って、自分を抑えてくれるかどうかをいぶかった。
眉間を思い切り寄せたのが、解ったのだろう。
ギュンターはふ…と周囲を見回し、自分が場の注目を集めてるのに気づくと、彼らに言った。
「旧友に、会いに来ただけで君達の邪魔はしない。
遠慮無く、続けてくれ」
その口調が命令しなれてる隊長のそれで、男達は思ったより凜。と低く響き通るその声音に彼が、隙無い勇敢な騎士だと解り、そっ…と視線を外し始める。
女性達はいつ迄も彼の遠ざかる背を見つめ続け、ローランデは目前に微笑むギュンターを見、その手が腰を抱き寄せようと差し出されたのに気づき、思い切り眉を寄せ、そっと言った。
「君、自分がどの場でも注目を集めてる事、忘れてるだろう?」
ギュンターは一瞬差し出す手を空で止め、ローランデの抗議するような青の瞳をじっ。と見つめ、一つ吐息を吐いて背後に振り向く。
女性達は一斉に頬を赤らめ、ギュンターは途端作り笑顔を浮かべたものの直ぐ、くるり…!と振り向き、ローランデをその熱い紫の瞳で真剣に見つめる。
ローランデは解らない彼に、瞬時に身を寄せ、耳元でささやく。
「ここで無茶をしたら、屋敷を出入り禁止にする…!」
ギュンターは身を寄せるローランデに感激して抱きしめようと両腕広げ迎え入れ、が耳元でささやかれたその言葉に、背に回そうとした両手を宙で止めたまま、一瞬で固まった。

 背を向け離宮の庭から室内へと促すローランデに付いて、ギュンターはそっ。と背後を確かめる。
本宅の庭からは茂みと木立に囲まれ、視界が完全に遮られ、見物客の居ないのを確かめると、いきなり後ろからローランデの腕を強引に、引く。
ふいを付かれローランデはいきなりそのまま引かれて抱き寄せてくるギュンターの腕にくるまれ、咄嗟に顔を上げるが、言葉も言わせずギュンターの顔が被さり、唇が降って来る。
「ぅ………ん……っ!」
抗議するつもりだったが、きつく抱くギュンターの懐かしい体の感触に一瞬、身が震う。途端、舌が滑り込み、熱くくねる。
顔を、外そうと頭を振ろうとするが、その時ギュンターがどれ程必死に自分の姿を求め、馬を走らせここ(北領地[シェンダー・ラーデン])迄、辿り着いたのか…。
それが解ってつい、ギュンターのその熱く切ない口づけを、かわせない。
丸で一時も離れているのは嫌だ…!と叫んでいるように、その押しつけてくる久しぶりの唇は甘く切なく、ギュンターが消えた自分の姿をどれだけ中央テールズキースで…その視線を彷徨わせ探し続け、そして…見つける事叶わず落胆し続けたのか、目に浮かぶようだった。
あんまり切ない思いが籠もる口づけで、ローランデはつい身が震い続け、きつく掻き抱くギュンターの腕の中で、労るように彼に尋ね続けた。
もう…無茶はしていないな?
確認するように、心の中で幾度も。
ギュンターがやっと…唇を外して顔を、上げる。
ローランデは震えながら彼を間近で見上げた。
ギュンターの紫の瞳は暮れかかる斜陽で煌めき、だが揺れていた。
ローランデは言葉にしようかと、ギュンターの見慣れた美貌のその顔を、見つめ続ける。
乞う自分同様、痛烈な思いで心配するローランデの気持ちが通じたのか、ギュンターは掠れた声でそっと告げた。
「再会の…口づけくらいは、いいだろう?」
ローランデはまだ、尋ねるような視線を向け、ギュンターはその青の瞳が、自分がローランデを庇い危険な戦地に赴く時、見送る際見せた、心の底から自分の身を案ずる、すがるような瞳なのについ、顔を揺らす。
そしてそっ…。と首を、ローランデの背後の、開いた扉へと振る。
ローランデはまだ喰い入るようにその、近衛に残して来た自分の為には平気で命を捨て去る男に、懇願の視線を向けていたが、ふっ…。と顔を下げて俯くと、その男の力を手放す両腕から、懐かしい胸からくるり。と背を向け、開け放たれた離宮の居間へと続くガラス扉へと、ギュンターを伴う為に足を運ぶ。
ギュンターは無言で、ローランデの背に続いた。



 居間でギュンターはどかっ!と椅子の足置きに両足乗せ、肘掛けに肘を付いて呻く。
「開口一番であれは、ないだろう?」
召使いがテーブルの上にお茶とお菓子を乗せ、頭を下げて下がって行くのにローランデは『ありがとう』と微笑んで頷き、茶のカップを、差し出すギュンターの手に渡す。
が、自分の問いに応えずはぐらかし、何でも無い態度を取るギュンターをジロリと見つめ、つぶやく。
「…だってそうでも言わなきゃ、私の体裁の事なんか、君は考えてくれないだろう?」
ギュンターはそれでもカップを口に運びながら、ぶつぶつ小声で文句を言った。
が扉が開き、デルアンネが姿を見せる。
「…デルアンネ。お客はもう、帰った?」
デルアンネは憮然。と顔を、椅子の背もたれに体を埋め、金髪だけが覗くその男に視線をくべ、ローランデに訴える。
「ローランデ。少しだけでも顔を、出して下さらない?
そして…出来たら私のお客に、都から来たお友達を紹介して頂けないかしら」
言葉は丁寧だったが、それはふくれっ面で、招待客に促され、仕方無しに頼みに来て居るな。と直ぐ解った。
ギュンターは茶のカップを手にしたまま椅子の背もたれから振り向き、その紫の瞳でジロリ…!とデルアンネに視線をくべ、微笑を浮かべて告げる。
「彼の“恋人”が中央テールズキースから来たと?
皆の前でそう言っていいのか?」
「冗談じゃないわ!」
「良い訳無い!」
デルアンネもローランデも同時に、そう言ったギュンターに振り向き叫ぶ。
だがギュンターは肩を揺らしてお茶をすすり、つぶやく。
「俺に“顔を出せ”と言うのはそう言う事だ」
ローランデがデルアンネを見ると、彼女はぷりぷり怒って言った。
「いいわ…!
着いたばかりで疲れてる。とか何とか誤魔化すから!」
が…ギュンターは唸る。
「もう夜だろう?
晩餐でもあるまいに、とっとと帰って貰ったらどうだ?」
ローランデは瞬間ギュンターが、招待客らが物見のように離宮に迄来られてウロつかれたら困る。と思ってるのが読めて、つい彼の思惑に顔を、下げた。
が、デルアンネは声を張り上げる。
「ここがどこだか!解ってるの?
私の!屋敷よ!」
が、ギュンターは振り向き、その美貌で微笑む。
そして素っ気なくつぶやいた。
「大公に秘蔵の薬酒をローランデにせっせと盛って、まんまとマリーエルを身ごもった事が知れたら、直ぐ君の屋敷じゃ無くなるがな」
デルアンネは途端、悔しそうに唇を噛む。
そしてつん!と顔を上げて言う。
「大公は今、中央テールズキースよ!」
ギュンターはカップを持ったまま、頷く。
「使者が大公に手紙を届け、大公が決断して返事が届くまで、後何日屋敷の女主人でいられるか計算しとけ」
デルアンネが沸騰したのが、目前に居るローランデにも解った。
彼女は決然!と自分を見上げ、殆ど怒鳴っていたから。
「ローランデ!
貴方の自称“恋人”には我慢出来ないわ!
私達これから、アッネリネ婦人のお宅に場所を変えてサーラッツィの誕生パーティーの話し合いの続きをするから!
今夜中かかるから!
帰りは貴方のお客が、居なく成った頃だと思うけれど!
マリーエルを放り出して出かける私を、責めないでね!
私だって貴方のお客さえ居なかったら、外泊せずに済んだのよ!!!」
「ローランデに、八つ当たりか?」
ギュンターが振り向き、その美貌の下の野獣がきらり…!と紫の瞳を輝かせて見つめるのに、デルアンネは一瞬息を飲む。
が、彼女はつん!と顎を上げた。
「謹んで!
夫は貴方に任せるから!」
ギュンターは、嗤った。
「言われる迄も無い」
デルアンネはまだつんけんし、だが足音をドスドス響かせ、退室した。
ばたん!
耳を痛める程の扉の閉まる音に、ローランデは力なく、椅子に座ってる金髪で美貌の男に振り向きささやく。
「君を見てると脅しとはどうやるのかが、凄く良く解る」
が、ギュンターはその皮肉に、微笑で答えた。
「為に成ったようだ」
その返答に、ローランデは尚一層、脱力したが。


 ローランデは用を覗う召使いに、そっとささやく。
「マリーエルはまだ、帰らない?」
頷く召使いに、彼はそっとささやく。
「中央テールズキースからお客が来て居て…。
大事な用事で…紹介する時間が取れないから、先に休むよう伝えてくれないか?」
召使いは頷き、退出して行く。
ギュンターが背後から、不満そうに唸る。
「どうして俺を、紹介出来ない?」
ローランデはきっ!と振り向く。
「君はだって…危ないじゃないか!
マリーエルはまだたったの四つなんだ!」
が、ギュンターはとぼけたようにつぶやく。
「教育は幼い頃からのが、効果的なんだぞ?」
ローランデはつい、思い切り怒鳴った。
「何の!教育なんだ?
性教育ならまだ全然早いぞ!!」
が、ギュンターは笑った。
「…つまりお前もその気があるんだな?」
ローランデは一瞬で真っ赤に成る。
「………な訳無いだろう?
けど君は会った時もう…その…」
「その?」
覗き込むように椅子に掛けたまま下から促され、ローランデは頬を真っ赤に染め、俯き、しどろもどろった。
「…だって……。
抱き寄せようとしたろう?
それで…済むとは思えない瞳をして!」
「どんな瞳だ?」
そう言ったギュンターが真顔で、ローランデは髪を振って顔を背けると、小声でつぶやく。
「…ここは中央テールズキースじゃない…。
もう私は近衛の隊員騎士じゃ無く、護衛連隊長なんだ………。
頼むから、それを忘れないでくれ」
途端、ギュンターの“気"が萎み、ローランデは震えてそっと、彼に視線を向ける。
ギュンターは顔を下げ…表情を変えぬまま“気"だけを悲しみで満たし…ローランデの心を、震わせた。
「…っ……………」
声を掛けたかった。
けれど…それをしたらどうなるかも、解っていた。
だから…ローランデはじっと下の床に敷かれた絨毯の柄を、見つめていた。
一度も気にも止めた事の無い柄を。

ばたん!
「ローランデ!
中央テールズキースから、騎士が来てるって………!」
マリーエルが飛び込んで来、椅子に掛けるギュンターを、はっ!と見つめる。
振り向くギュンターは、その子供に驚きの視線をくべた。
ローランデはギュンターを見つめ立ちすくむマリーエルにそっと寄ると、ギュンターにささやく。
「…マリーエルだ……。
君が彼に会ったのは、産まれて間もなくだったな………」
ギュンターはぼそりと声を絞り出した。
「…四才?嘘だろう?六・七才に見えるぞ?
…やたら、でかく無いか?」
マリーエルが、表情も変えずむっ。とする様が感じられ、ローランデはつい、ぼそりと言った。
「…君の少年時代は…?
子供の頃は、小柄だったのか?」
ギュンターは言われて『ああ…』と首を振った。
「…確かに俺もデカかったが…。
兄貴達はもっとデカかったしな………」
「だって彼らは年上だったんだろう?」
ギュンターは肩を竦める。
「年の差なんて、考えた事も無かった」
ローランデは呆れたが、マリーエルは言った。
「私の友達は年上ばかりだから、自分が特別大きいと、思った事が無い」
ギュンターも、そうだろう。と言うように、頷いた。
が、マリーエルの年の割にしっかりした様子に、笑う。
「デルアンネは真面目に教育してる様だ」
が、マリーエルはふくれっ面をした。
「デルアンネじゃない!
御祖父様が派遣した、堅物の家庭教師は、課せられた日課をこなさないと遊びに出してくれないから…!
いつも、急いで片付ける」
ローランデは丸眼鏡を鼻に乗せたラーゼンドッツが
『ご子息は非常に早熟で聡明です。
が、大変落ち着きが無く、私と共に過ごす時間は非常に短いのですが、中身は濃い。と了承下さい』
と言われた事を思い出した。
ローランデは目を見開いて、マリーエルを見つめる。
「…じゃあ…。
課題を全部、一気に片付けて、いつも遊びに行ってるの?」
マリーエルはローランデに、最初とてもしっかりとした青紫の瞳を向け、が甘えるように表情を崩すと、微笑んだ。
「最初は時間がかかったけれど、今は要領が解ったから。
直ぐに終わる」
が、ローランデはラーゼンドッツが課している課題を見せて貰った時の事を思い返し、びっくりした。
既に九才の子供が取り組むような内容で、中には領地内の作物、特産物。そしてそれの流通経路から、値段の変動まであった。他に歴史。それに当然読み書き。計算………。
今読み進めている書物を見せて貰い、自分がそれを13才の時初めて紐解いて、難解な文字が幾つも出て来て、言葉の意味が解らないまま読んでいたのを思い出し、呆然とした。
『マリーエルはこれを読んで……。
意味が解っているのですか?』
ラーゼンドッツは無表情で言った。
『辞書を、与えていますから』

 が、ギュンターに向かい、口を開く彼は、とても四才の子供には見えなかった。
対等な騎士のような口をきく。
「近衛の、騎士ですか?」
その大きな青紫の瞳の、小作りな顔立ちは女の子のように可愛らしかったが、雰囲気はいつでも戦いに備える戦士のように見え、ローランデはついマリーエルの姿に目を見開く。
ギュンターは、面白い相手を見つけた。と言わんばかりに微笑むと、ぶっきら棒に言った。
「俺に敬語は要らない。
お前も窮屈そうだ。
地で話したらどうだ?」
「いいのか?
俺が口を利くと大抵の大人はムカつく」
ローランデはぎょっ!としたが、ギュンターは笑った。
「俺は生意気な餓鬼に慣れてる。
近衛にゃ、そこら中に居るぞ?」
「そうか…。
あんた、近衛でローランデと一緒だったんだろう?
護衛連隊の奴に聞いたけど、歓迎試合でローランデは凄かったって。
あんたも、そう思うか?」
ギュンターは微笑んだ。
「近衛中の男達がそう思ってる」
ギュンターが言った途端、マリーエルは誇らしげにローランデを、見上げた。
頬をほんのり赤く染め、きらきらし、とてもしっかりした青紫の瞳で。
ローランデはつい…マリーエルを喰い入るように見つめた。
がマリーエルはギュンターに向き直り、言葉を続ける。
「強いだけで無く…とても優しい」
ギュンターは、知ってる。と頷く。
マリーエルはまだ、言った。
「それにとてもお美しい。
皆、母を綺麗だと褒めるけど、俺はローランデの方が綺麗だと思う」
ギュンターはぼそり。と言った。
「髪以外はお前は、母親似だがな」
マリーエルは途端、俯く。
が、言葉を紬ぎ出した。
「…ローランデが幼少の頃を知ってる叔父は、彼はとても大人しくてお行儀が良く…でも、いつも鍛錬を怠らない、真面目な子供だったと……。
デルアンネに聞いたら、彼女は家庭教師は天敵で、どうやって逃げ出すかばかり考えてたって。
女は学問より、マナーや踊りや…どうやって殿方を虜にするかを覚えた方が将来の役に立つから。
でも俺は男だから、逃げ出すのは三回の内一回にしろって」
ローランデは目をまん丸にし、デルアンネの教育方針に呆れた。
「ラーゼンドッツは御祖父様の信頼を得ているから、自分にもどうしようも無いし、嫌だったら自分で手を考えて、追い払らえって」
ギュンターは苦笑した。
「で?試したのか?」
マリーエルは俯いて、ふくれっ面をした。
「椅子のクッションの中身を泥水に付けたパンとすり替えたり…色々試したけど言われた。
あんまり始末に負えないと、次期地方護衛連隊長の資格が無いと、御祖父様に報告するって。
俺は…ローランデみたいに成りたいからそれで…我慢してる。
けど最近……」
「最近?」
ローランデが尋ねると、顔を傾ける優しい父親をマリーエルは見上げ、ささやく。
「…意味が、解って来た。
どうして学問が、必要か。
馬鹿に部下はついて来ない。
腕力だけだと尊敬されないって」
ローランデは心底彼の早熟ぶりに、びっくりした。
ギュンターはくすくす笑う。
「まあ…偉そうな身分の男には口の利き方も重要だ」
マリーエルは素っ気なく言う。
「まどろっこしいがな」
ギュンターがくすくす笑い、ローランデは瞳を見開いたままだった。

 お休み。をローランデに優しく告げられ、マリーエルは嬉しそうに頬をほんのり染め、父親からの口づけをその額に受け、顔を上げるローランデを見上げささやく。
「まだあいつは、当分居る?」
ローランデの眉間が寄り、マリーエルははっ!として言葉を正す。
「ローランデのお友達は暫く、居るの?」
ギュンターは椅子でその様子を眺め、くすくすくす。と忍び笑いを漏らし、マリーエルはきっ!と睨むように彼に振り向く。
が、ギュンターは睨み据える猛獣の子供につぶやく。
「デルアンネがそう、言ったのか?
ローランデは上品だから、下品な言葉使いはするなと」
ローランデが見ていると、マリーエルは途端俯き、そっと言った。
「…それは言われてるけど…」
「けど…?」
尋ねるローランデの言葉に、マリーエルは顔を上げる。
「だって…ローランデはがっかりするでしょう?
そんな言葉使いの、私に」
嫌われはしないか。と気遣うように見つめられて、ローランデは微笑んでマリーエルの不安を打ち消す。
「君はそのままで、私の『天使』なんだ」
『天使』のくだりで、マリーエルは全開で微笑み、ギュンターのくすくす笑いは大きく成った。
ローランデは扉越しに自分に笑みを向け、次いで椅子に座す金髪の男に、舌を出しかねないようなきつい青紫の瞳で一瞥(いちべつ)をくべて出て行くマリーエルを見送り、扉が閉まると同時に、背後のギュンターに尋ねる。
「…どうして『天使』で君は笑うんだ?」
ギュンターはますますくすくす笑いながら、つぶやく。
「『天使』なんかにゃ程遠い。あれは俺と同類の『猛獣』だ」
ローランデが、笑い続けるギュンターに振り向く。
「同類?」
ギュンターは頷く。
「…他に何も、怖いものが無い…。
お前に、嫌われる以外は何も」
ローランデはそう言ったギュンターを、切なげに見つめた。
「…君は私に嫌われる事が、怖いのか?」
ギュンターは真顔でつぶやく。
「…そうだ」
だから………。
“死”だけが両手広げているような戦場へ赴く時ですら…あれ程颯爽と…何げ無く背を向け、出かけられるのか…?
そう…尋ねたかった。が、ギュンターの視線は“マリーエルの話だろう?”と言っていて、ローランデはそっと俯き、つぶやく。
「家庭教師に言わせると、マリーエルは随分早熟で聡明だと」
「何でも直感で、解るんだろうな。
野生に長けているとまどろっこしい事は抜きで、迷い無く真実を掴める」
“同類”から離れないそう言うギュンターの顔を見つめ、ローランデはそっ…と俯く。
「どうした?」
「…私はもう一週間近く一緒に居るのに…君はほんの数時間で彼の本音を、引き出した」
ギュンターは肩をすくめる。
「だってあいつはお前の前じゃ、お前の息子で居ようと必死だからな!」
「必死?」
「下品な奴だと思われて、嫌われたくないんだろう?
デルアンネの本性も同じだからな」
ローランデは俯く。
「…つまり…私がデルアンネに好意を持ってないから…自分も同様に振る舞って、デルアンネのように嫌われたくない。と…自分を偽ってる。って事か?」
ギュンターは今度は首を、すくめた。
「あの何も聞かない小さな猛獣が、お前のように成りたい。と願い、家庭教師相手に態度を改めるんだ。
自分の影響力は凄い。と思っとけ」
ローランデは顔を揺らす。
「けどそれは………。
ある意味、脅されてるからなんだろう?
大人しくしないと、資格を剥奪される。と………」
ギュンターがつぶやく。
「俺がデルアンネを、脅したように?
が…マリーエルの方が動機は純粋だ。
大公子息の地位や護衛連隊長の地位の為じゃない。
お前に憧れて…お前が父親で誇らしくて、お前が大好きだから脅しに屈し、自分を改めてる」
ローランデは吐息混じりに、ギュンターの向かいの椅子に、掛ける。
「…つまり、君とマリーエルが同類だと言う事は…抜き差しならない事態に追い込まれない限り、自分の意志は曲げない。と言う事か?」
「抜き差しならない?」
「ギュンター。もし私に出入り禁止にされても、私が君を嫌いになったりしないとしたら………」
ギュンターがぼそり。とつぶやく。
「だが俺との事がここでバレたら、お前、困るんだろう?
あいつもお前を困らせたくなんか無い。
だからお前の息子として恥ずかしく無いよう、大嫌いで堅苦しい社交辞令も覚える。
そういう所が、似てる。と言ってるんだ」
ローランデは俯く。
「どうした?」
「じゃ、君やマリーエル相手は、懇願よりも脅しが利くのか?」
ギュンターは厄介な相手に自分を殺す武器を渡しちまった。と肩をすくめ、だが言った。
「そうだな。多分」
顔を上げて自分を見つめるローランデに、ギュンターはそっと言った。
「デルアンネも同類だ。だから、処し方が俺には解る」
ローランデは俯いたまま、ささやく。
「そういう輩の扱いは、知っている…。
けどデルアンネは女性だし、君の事は…とても尊敬している。
マリーエルは可愛い大好きな小さな子供だし………」
ギュンターは吐息混じりに、ぼそり。と言った。
「そういう枠から外せば、名を上げた全員の手綱を取れる。
が…それをする気が無いから、振り回される。
だが…………」
「だが?」
ギュンターは俯いたままささやく。
「お前のそれは…出来れば枠内に入れといて、それ以上の付き合いはしたくない。と言う事でこっちにとっちゃそれは……えらく他人行儀で、寂しい事なんだ」
言われてローランデは、顔を揺らす。
がギュンターは途端、思い出すようにつぶやく。
「……………………尊敬してる?
俺のどこを?」
今頃その言葉に引っかかるギュンターに、ローランデは吐息混じりに告げる。
「…ずっと…その、君の私生活はとても私の理解を超えていて、付いて行ける範囲なんかじゃないし…粗野で乱暴で…平気ですぐ相手を殴る。だけどいつもそれは正義の為に使われてる。
君は“正義”だなんて、絶対認めないだろうけれど…。
けど、本人の自由意志を阻害したり…害を成す相手といつも…戦っていた。
その背に庇い……いつも、自分の拳で敵を退けていた。
近衛に入ってからは、剣で」
ギュンターはつい、俯くローランデを向かい合う椅子から覗き込んだ。
「…それが…尊敬出来るのか?」
ローランデは溜息混じりに顔を、上げる。
「君はいつも、当然の事をしていて、尊敬される事じゃない。って顔をしてるけど。
でも誰もがなかなか出来ない事だと、私は知っている」
「誰もがなかなか出来ない事だから、尊敬してるのか?」
ローランデは頷くとつぶやく。
「君はどれだけ困難な状況に置かれても自分を決して曲げない。
それは…凄い事だと思う」
ギュンターは途端、顔を上げた。
「だがそれが結局、お前を困らせてるだろう?
つまり…絶対曲げずにお前を欲してるから」
ローランデは顔を揺らすと、そっと俯く顔を上げて、尊敬出来る先輩の筈の男の、優美に整った顔と肩の上で揺れる金髪を見つめた。
「…私をただの…下級生の一人にどうしても…見られないのか?」
ギュンターは素っ気なく言った。
「問題外だ」
ローランデは顔を揺らし、それでも続けた。
「私も…君に認められたいと思ってる。今でも。
マリーエルのように。
いっぱしの男だと」
ギュンターは吐息混じりにつぶやく。
「戦場で誰より頼りに成る奴だと?
それはとっくだ。
俺だけで無く、近衛中の男達が思ってる。
だからお前を下劣な愉しみに使おうとするムストレス派の奴らから庇う俺を、皆心の底では応援してる。
…まあ最初に手出ししたのは俺だから、皆大層複雑な気分だろうが」
ローランデは忘れていたい自分の置かれた立場をつい思い出して顔を揺らしたものの、そっと告げる。
「意地で…自分を曲げないんじゃないんだろう?」
ギュンターは素っ気なく言った。
「動機は当然、お前を愛してるからだ。と、しつこくそう告げてある筈だ」
ローランデは顔を下げると途端、深い、吐息を吐いた。
そして…小声でつぶやく。
「私を…困らせたくないんだろう?
私を困らせてるその気持ちを…思い切れないのか?」
ギュンターは瞬間、手の上に乗せていた顔を振って呻く。
「愛して欲しいと…そう願うのは贅沢か?!」
が、ローランデがますます俯き、ギュンターは失言だ。とばかり短く舌打って呻く。
「だから…望まないから………。
………ただ俺を、嫌いにならないでくれ」
ローランデは瞬間、顔を揺らした。
出来たら…!
シェイルに言われ続けているように…それが出来たら…!
彼を、嫌いな振りをし…。
二度と顔も見たく無い程嫌いだと…そう言えたら…!
そしたら…………。

 ローランデが、俯いたまま固く自分の手を握りしめ、ギュンターはそんな彼に切なげに視線を投げ、静かにつぶやいた。
「尊敬出来る先輩。
…それで構わない」
労るような暖かい響きのその言葉に、ローランデは泣き出しそうな感情を、何とか必死で抑えた。
どうして………出来ないんだろう?
この問題に成ると自分は一歩も、動けない。
ギュンターの気持ちは固まっていて、自分がいつも彼を、身動き取れなくする。
自分がそうだから。
愛する事も出来ず…突き放す事すら怖くて出来ない。
どうしてこんな意気地なしの自分を、ギュンターは嫌いに成らず、飽きずに付き合いそして…労るのか、解らなかった。
とっくに…呆れて去って行っていい筈だ…。
彼を心から望む、それは多くの男女に囲まれ、彼は幾らでも選べたから。
なのに…一度も見せた事が無い。彼からは自分を突き放すような態度は。
厄介がる様子すら。一度も。
どうしてそんな風に…誰かを愛する事が出来るのかすら…ローランデには解らなかった。
だから…………。
ギュンターを愛せば、自分にもそれが解るのか。と思った事すらあった。
けど………。突き放す事同様、ギュンターを、愛する事すら出来なかった…………。

 ギュンターは思い詰めるローランデの様子に、それでも労りを滲ませささやく。
「お前は真面目過ぎるんだ。
いいから忘れろ」
ローランデは髪を振って顔を上げる。
「だって…!良く無いじゃないか!
君は………………!
知ってるんだ!
シェイルに、手紙で教えて貰った。
近衛中の男達に…“命迄掛けて庇った相手に振られた”と陰口叩かれてるんだろう?!
君程、誇り高い男が…よりに寄って恋愛に関して、そんな不名誉を被って…!
なのにどうして!
私を一言も責めないんだ?
責められて当然なのに!」
そう叫びギュンターを覗うが、ギュンターは瞬間横を向き、ちっ!と舌を鳴らす。
丸でシェイルに『余計な事を…!』と言わんばかりに。
が、眉を寄せて見つめるローランデに振り向くと、素っ気なくささやく。
「たかが陰口だろう?
俺に面と向かって言える奴が居たら、顔が腫れるか顎が割れるから、滅多な奴は口にしない」
だが、ローランデは震えていた。誰からの非難中傷等全てその拳で跳ね除け、歯牙にもかけなかった筈のギュンターが、並み居る皆に、馬鹿にされたように一斉に叩かれる陰口に、耐える姿を思い描いて。
「だって…君は平気なのか?」
問うが彼は何でもないように肩をすくめる。
「お前の姿が見られない辛さに比べれば、別に」
そう言い切るギュンターを、ローランデは切なげに見つめる。
「だって…みっともない事は大嫌いだろう?」
ギュンターは真顔で言った。
「お前に真剣に惚れた時点でとっくに無様(ぶざま)だから、今更だ」
ローランデが泣き出しそうで、ギュンターは吐息を短く吐くとささやく。
「ちゃんと…もう、解ってる筈だ。
あの…再会の口づけで。俺の気持ちは。
恨んでて責めてやろうとする男が、あんなキスをするか?」
「だ…いじょうぶ…なのか?
ムストレスの男達は、面と向かって言うだろう?
君を挑発して…!
今は戦闘が無いから…もしかして、投獄されないか?
…それとも、決闘を…?」
身を引き離れて尚、自分の身を心配するローランデにギュンターがそっとささやく。
「それも…シェイルが手紙で告げて来たのか?」
ローランデは顔を揺らしてギュンターを喰い入るように見つめる。
「君が…随分気落ちしている。と…。
それで…自暴自棄に成って無茶をしないか、アイリスやローフィス迄が心配していると………。
本当に………。本当に、大丈夫なのか?
いくら母の容態が悪かったとはいえ、私は君の事を何も…!
去った後どうなるかなんて丸で考えて無かった。
どれだけ君に謝罪しても足りない。
自分勝手に突然君の前から消えてしまった事を…!」
ギュンターは何か、言いだけだった。
が、躊躇った後それを言った。
「お前の自分勝手じゃない。
体の弱い母親の事だ。気遣うのは当然だろう?」
が……そう言った後、ギュンターは青冷めて俯く。
まるで声にならない悲鳴が、聞こえるようだった。
有るべき姿が突然消え…狂ったように探し求める、野獣の悲しげな咆吼が。
ローランデは喰い入るように見つめた。
金髪で美貌の…その表情には微塵もそんな様子を覗かせない青冷めた、優美なその男の顔を。
ギュンターはやっと顔を上げて掠れた声でささやく。
「…他は…?
シェイルは笑えるネタは何も…書いて寄越さなかったのか?」
ローランデは外されて一瞬顔を揺らし、俯きつぶやく。
「君がいつも、本気のシェイルの短剣を軽く避ける…。
だから…ムストレス派の男に殺されるなんて自分の名折れだから、それ位ならその前に、シェイルが自ら君を仕留めるそうだ………」
そう告げてそっ…と顔を上げる。
がギュンターは笑わず、親友のシェイルに自分が殺されるとローランデがひどく心を痛めるだろう。
そう…労るように柔らかく見つめ…そして言葉は相変わらず素っ気なく言った。
「シェイルの短剣で殺される程、俺は腑抜けて無い」
ローランデは、暫く離れていた期間見失った彼の心を探すように、ギュンターを見つめ続けた。
が、見つめ返すギュンターの紫の瞳に迷いが無く、途端安心したように短い吐息を吐く。
ギュンターはほっとし…そして少し、嬉しそうに笑った。
「俺の事はいい。
お前はだが、元気そうに見える。
近衛の時より、ずっと顔色もいい」
ローランデは顔を揺らし、そっとささやく。
「マリーエルと時を過ごせて、楽しいからかな?」
「デルアンネは?親子三人一緒じゃないのか?」
ローランデは俯く。
「毎晩、舞踏会だ」
ギュンターは肩を、竦めた………。
「ラウンデルⅢ世は、アースルーリンド侵攻を諦めたのかな?」
独り言のようにそう尋ねると、ギュンターはまた肩をすくめる。
「甥のヨーデッツが失脚を狙って反乱を始め、自国の鎮圧に手一杯でこっちに攻め込めない」
ローランデは俯いたまま、社交辞令のように何げ無い会話を進める。
「じゃあ…近衛の皆は今、平和で安心だろう?」
ギュンターの、思い詰めた、張り詰めた“気"が解けたように、気楽に言葉を紬出す。
「戦闘続きで…いきなり暇になってもな…。
ムストレス派の猛獣共も…ディングレーも、皆元気を持てあましてる」
ローランデはつい、ほっとして顔を、上げ尋ねた。
「君も…?」
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