十字架のソフィア

カズッキオ

文字の大きさ
27 / 45
第二章

少しの無理

しおりを挟む
 穴の空いた屋根から差す日の光でライルは目を覚ました。
 
ライルは大きく伸びをすると立ち上がり昨日の夜殺した異端審問官達の死体を確認しに廃屋を出る。

死体にはハエが群がりカラスが肉を啄ばんでいた。

ライルは落ちている手頃な直剣と鞘を拝借しベルトに吊る。

 廃屋に戻るとスヤスヤと寝ているソフィアを起こしてあげる。

「ん……あ、ライルおはようございます  」

「ああ、おはようソフィア、よく眠れた?  」

「はいしっかり寝れました、ライルは休まなくて大丈夫ですか?  」

「問題ないよ、じゃあ行こうか  」

「そうですね、追っ手が来るかも知れないので   」

ソフィアはソファから起き上がり荷物を持って廃屋を出ようとする。

「ああちょっと待ってソフィア、裏口から外に出よう  」

ライルは正面から出ようとするソフィアを慌てて止め裏口を指差す。

「裏口ですか。そんなものがあったのですね。……分かりました、そちらから外に出ましょう  」

ライルは何とか裏口に誘導できた事に内心胸をなでおろす。

別にソフィアが審問官達の死体を見ても大丈夫だろうとは分かっていた。

しかしソフィアが寝ている時に一人で戦っていたとあらばソフィアは多分怒るだろと思ったのだ。
それにこういうのは黙って行うのが勇者というものだとライルは思っていた。

 裏口から外に出るともう太陽はだいぶ上まで来ていた。

「流石にゆっくりし過ぎたか…急ごうソフィア、追っ手が来るといけない  」

「そうですね、行きましょう  」

こうして二人は追っ手から逃げるようにエルザーク帝国を目指し歩き出した。

 その日の晩、再び異端審問官の襲撃があった。

今回は野宿しているところに五十人程の審問官が来た。

ライルはソフィアを眠らせるとまた鬼神の如く剣を振るう。
何とか審問官達を撃退すると審問官の死体を少し離れた川に捨てに行く。

今回は野宿の為ソフィアが死体を見てしまうからだ。

殺した死体を運び終えた頃には既に朝日が顔を出していた。

ライルは寝る事なくソフィアを起こすと再びエルザーク帝国に向けて歩き出す。

こんな生活が四日過ぎた日の昼エルザーク帝国に続く街道を歩いている途中ソフィアが口を開く。

「ライル……疲れていませんか?  」

「いや…大丈夫だ。ソフィアこそ疲れてるんじゃないか?  」

「いえ、私は大丈夫です。しかしライルはここ最近眉間にシワがよっていて目にはクマが出来て酷い顔をしています  」

「……そうか分かった。気をつけるよ  」

ライルは口少なく答えると再び黙り込む。

今は話す体力でさえ残っていない、何故ならもう四日もまともに寝ていない、それに襲撃してくる審問官はいつも五十人以上だ。いくら勇者でも疲れが出る頃だろう。

しばらくの沈黙の後ソフィアは口を開く。

「あ、あのですねライル、今日は私が一晩見張りをするのでライルはゆっくり寝ていて下さい  」

しかしライルは何も答えない。もう脳がソフィアの言葉を処理出来ないのかもしれない。
するとソフィアは歩いているライルの前に出てライルの歩を止めると大きな声で言う。

「私の話を聞いてください!  」

「聞いているよソフィア  」

「これは会話とは言いません。ちゃんと話を聞いてください! 」

ソフィアの怒気を含んだ言葉にライルは口を閉ざし目線をソフィアから逸らす。
そんなライルにソフィアは今度は優しい声で言葉を続ける。

「ライル…もう私の為に無理をするのはやめて下さい  」

「別に無理はしてない、いつも通りだよ  」

「四日間寝ずに戦う事がですか?  」

「! 」

ソフィアの言葉にライルは逸らしていた目線をソフィアに戻す。

「何故知っている  」

「ライル、貴方はいつも異端審問官が来ると私をまじないで眠らせますよね? ライルには教えていませんでしたが私の持つ女神の加護この力はまじないやある程度の魔術を打ち消すのです。つまり貴方がかけた睡眠のまじないや匂いを消すまじないは私には効き目がありません  」

ライルは目を見開く、女神の加護がまじないを弾く力があるのは初耳だった。

「じゃあ君は異端審問官が襲撃して来たもの知っているのか?  」

「はい、知っています。貴方が私を気遣い審問官の死体を川へ捨てに行くのも知っています。ですが私が出ていけば貴方は私を庇いもっと傷付いてしまうと思い今まで何も言いませんでした  」

つまりはソフィアはずっと耐えていたのだ嗅いだだけで吐き気を起こす血と臓物の匂いも、また自分を守る為に無理をするライルの姿も。

どうやらライルが思っていた以上に彼女は強かったようだ。

 木漏れ日がソフィアの顔を照らす。ソフィアは少し泣いていた。
それは自分の為に剣を振るう少年を痛ましく思っての事か、それともそんな少年の足手纏いになってしまう自分への悔しさからだろうか。

ライルはその姿を不躾にも美しいと感じた。まさか自分の事でここまで悩み、考え、心配してくれる人がいるとは思わなかったからだ。

確かにライルは魔王を倒し人々に賞賛された勇者だ。賞賛され持て囃された。しかしその中に痛ましいといった感情は無いのだ。一般の市民は戦いの中で傷つき散っていった命にはあまり感情はないのだから。

「この世界の人々が皆んなソフィアみたいな人だったら良いのにな……  」

「? 」

「いや何でもない。……ごめんなソフィア心配させて、雇い主に心配されるなんて俺は傭兵失格だな  」

ライルは自らを嘲る。しかしソフィアはそんなライルに優しく声をかける。

「いいえ、貴方のそういう所はとても素晴らしいと思います。誰かの為に自らの命をかけて戦う。きっと貴方が勇者に選ばれた理由はただ強かっただけてはなく貴方の生き方を女神が気に入ったからなのでしょう。ですが自らを犠牲にするばかりではいつか破綻してしまいます。だからそんな時は周りの人を頼って下さい。今は未熟な私ですが、私を頼って下さい  」

木漏れ日に照らされたその姿をライルは一生忘れる事はないだろう。自分を思い、涙し、笑い掛けてくれたその優しく温かい声音を一生忘れる事は無い。

「……分かった。ソフィアありがとう。—–———ライル・シュビレヴラウ今一度君に剣を預けよう。君の背中は俺が守る、だから俺の背中は君に任せた   」

ソフィアに礼を言った後一度深呼吸をしてからライルは改めてソフィアを守る事を誓う。それに対しソフィアは、

「はい!任せて下さい!  」

と笑顔で答えた——————。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

処理中です...