この状況には、訳がある

兎田りん

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それはキャンプとして成立していない

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 どこまでも高く青く澄み切った空。心が洗われる様だ。
我が家メロディアス侯爵邸の庭に寝転んで見れたら癒しの時間になっただろうな」
 荷馬車に揺られながらでは癒し効果もガタ落ちだ。他の方々は知らないが、俺の心は現状荒みっぱなしだ。
「それはいい。帰ったらやろう。ファルムの隣はいつでも僕のものだよ」
 兄上が超ご機嫌で今も俺の隣をキープしている。俺はもう14歳なのでお膝に乗せようとしないで下さい。
「ラス君はご機嫌だね」
 荷馬車の横からゴルラフ隊長の声がする。隊長は単騎で馬に跨り、先導と並走を繰り返している。
 そう。ついに俺はキャンプに強制連行されてしまったのだ。
 兄上同伴のキャンプ…心労しかない。

 メイナース先生との会話の後、しばらく静かだったゴルラフ隊長は水面下で必要な道具と人材を集め、学園から「素材収集の実習のため」と許可をもぎ取って俺を合法的に王都の外に連れ出すことに成功してしまった。
 基本が有能なのか、こういう時だけ力を発揮しまくるのか。今の俺には知る気が無いし、知ってももう覆せないので諦めモードに入るしかない。
 最難関と思われるモンスターブラザーな兄上をどうやって説得したのか…
「ゴルラフ隊長におかれましては愛しい弟と過ごす時間を設けて下さったこと、感謝申し上げます」
 まさか「二人の時間を過ごしていいよ」的な誘い文句に乗ったのか兄上?チョロすぎでは?
「王都育ちの君たちには自然の力強さと採れたての肉の美味さを体験してもらいたい」
 建前が凄い。

「ははは、雄大な自然とは聖教国への旅路で嫌という程体験させていただいたので、お手柔らかに願いたいものですね」
 兄上は聖教国に行った時の話をほとんどしてくれない。
 お出迎えの時に「旅はどうでしたか?」と聞いたら「ファルムには相応しくない所だったよ」とかわされてしまった。
 その後は聞こうとする度に「ファルムに会えなかったのが一番辛かったよぉー」と頬ずりしてきたので、やがて聞くのを止めた。
 帰ってきてから今でも兄上は外せない用がある時以外は俺にくっついているのでいつでも聞ける状態ではあるのだが…聞いたらただでさえ強い束縛が更に強くなりそうだから聞けないでいる。
 そのうち落ち着いてくれるだろうと無理に距離を取らないようにはしているけど、両親まで対抗して俺を囲んでくるのは流石にやめてほしい。何のフォーメーション組んでるの?

 バルロ君から解放されたと思ったら兄上が追いかけ回してくる不条理。どうせ追いかけられるなら、可愛い異性がいい。
 旅の話だが、兄上がダメそうだからという理由でランカ様に聞いた所「いい所ではないのは確かですね」と言葉を濁すので、長く続く宗教には根深い闇があるのだろうと勝手に推測するに至った。うっかり踏み込んじゃうと長い説法にすり替えられちゃうので、かわされたらスッパリ諦めるのが一番だ。
 まあ、清廉潔白な宗教なんて存在しないに等しいレベルだと俺は思ってるし、祀られてる神様に至っては「アレは子らが好きでやってる事だから」と完全ノータッチを決め込んでいるので俺も必要以上に関わらないようにしたい。
「……あれ?これ俺が宗教立ち上げた方がご利益あるのでは?」
 とんでもない事に気がついてしまった。俺、本物の神の加護持ちだからね。その気になれば(やった本人が)引くレベルの奇跡を起こせるかもしれない。
「僕がファルムを讃える最高神官になるよ」
 立ち上げないし祀らせない。俺を神にしないで。

「何故我はまた人外と王都外に出ているのであろうか…」
 荷馬車には俺と兄上だけでなく、荷物やメイナース先生も乗っている。
 あんなに嫌がっていたのに同行させられるとか可哀想。
 出発時にカーロゥ先生が「気取った口調が剥がれるくらい追い詰めてやるといい」といい笑顔で見送ってくれた。鬼上司(精神系)だった。
 メイナース先生の古風な口調は天然じゃないだろうなとは思っていたけど、あっさり暴露されるのは同情しかない。まあ、対抗策キャラ付けがないと癖の強い同僚キョーシン先生にやられそうですものね。
 道中ではゴルラフ隊長が「キャンプではちょっと泣いてたよな」と言い、メイナース先生が「アレで落涙せぬのは常人に在らず」と返していた。なんだかんだ言って仲良くやっているようで何よりです。
「このまま人外の担当になるのは不本意である」
 その気持ちはわからなくもない。

 嫌な予感程よく当たる、とはよく言ったもので。
 誘われた瞬間から「行きたくないな」と思っていたし、ゴネて行き渋りもした。
 体格も人脈も筋肉も俺を上回るゴルラフ隊長の勢いには勝てなかった故の現状な訳なのだが…
 俺の持ってる各種権力(家と神の力)を使うのは違うよな、って諦めたのがやっぱりよくなかった。強目に使えばよかった。

 キャンプに出れてご機嫌なゴルラフ隊長は、
「クラウドクロウだ!焼き鳥にしよう!」
 鳥型の魔物を見つけては狩り、
「あれはラフシープだな。毛も肉も高級品だぞ」
 羊型の魔物を見つけては狩り、
「いい感じに水辺の広場があるから休憩しよう」
 ある程度肉を集めたところで程よい場所を見つけてはテキパキと野営キットを広げて肉を焼き、
「やっぱり狩りたては違うな!」
 などとマイペースに焼肉を始めてしまう。
 そうすると当然のように行軍は遅れる訳で…
「そもそも我らは何処に向かうのか知っておるか?」
「聞いてないんですか?」
 そういえば俺も「キャンプに行くぞ」しか聞いてない。
「行けばわかるとしか聞いてないね。まあ、僕はファルムがいるところが終の住処だけど」
 義姉上と早く幸せな家庭を築きやがれ下さい。

 発案企画実行者のゴルラフ隊長曰く、
「目的地?北では駄目か?」
 雑すぎる。
「それは目的地ではなく向かう方角です」
「だから人外は駄目だと…」
「この季節、北へ行き過ぎると今の装備では防寒に不足が出ますよ?私はファルムを凍えさせる訳にはいかないのです」
 遠くへ行きすぎないように助言してくれるのはありがたいけど。動機がおかしい。
 同行の騎士科の学生なら流石に判るだろうと聞いた所、「討伐遠征に目的地なんてあるの?」と返された。
 そうか、これが通常運転か。非戦闘員が混ざってる時は変えて欲しい。手加減という言葉を覚えて。

 ノープランの旅に強制連行されている俺らを早く帰して。
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