この状況には、訳がある

兎田りん

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始まりは断罪の目撃から

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「こっ、こんなのっ、聞い、てない!」
 森の木々を利用し、なんとか視界から逃れる。この隙に呼吸を整えなければ。
 護衛に騎士が付くから安全です、って誰が言ったんだっけ?後でビンタだ。
 ふと、足元に嫌な感じがして軽く横飛びしてみたところ、ガチイィン!と蟻地獄みたいなやつ(デカい)が地面から出てきた。あっぶな!そして追いかけてきてたやつにも見つかった!
「ウッソだろおぉぉぉ!」
 インドアもやしっ子にハードな鬼ごっこ課すなやあぁあ!

「聖女様、大ッ変申し訳ない!」
「我々が遅れてしまった為にこのような事になってしまい…」
 森を離れ、少し開けた屋外で膝をつく集団は、今回の遠征に同行する聖教会神官と王国騎士。そしてグローデン辺境伯率いる辺境騎士団の小隊だ。
 疲れ果ててぐったりしてる俺の前で懺悔の集いやるのやめてもらえますか。

 グローデン小隊が合流地点として指定した場所より少し手前でモンスターに襲撃された。
 突然の出現に戦い慣れていない聖教会一行(俺も含む)がパニック状態になり、騎士達が対応に追われている間に俺が追われて一行からはぐれた。
 大混乱の中、鬼ごっこを強いられている間に到着したラウレスタ様に助けられるというテンプレのようなイベントが起きた。
 ピンチに現れたラウレスタ様はめちゃくちゃカッコよかった!
「もう無理!」って諦めた瞬間にズバアッ!とモンスターを一閃!からのいい声で「聖女様!お怪我はございませんか?」コンボに、強い!凄い!ピンチに来てくれるとかヒーローじゃん!マジカッコイイ!と大喜びした。
 胸きゅん?そんなものは吊り橋効果だ。信じないぞ!

 ラウレスタ様のエスコートでグローデン邸に入り入浴と着替えを済ませ、温かなお茶をいただいて一息ついた時、俺はふと大事な事を思い出した。
「モンスター対策で攻撃魔法練習してたじゃん俺ェ…」
 闇属性って攻撃チートじゃん!奇襲とかハメ技とかできるのスゲー!ってウキウキしながら色々と秘密練習したのに!
 集団パニックって怖いね。

「出迎えの形がこのようなものになってしまい、大変申し訳ない」
 遠征部隊が落ち着いてから、ということで夕食時に持ち越された歓迎の集いで、改めてラウレスタ様からお言葉を頂く。
「グローデン領に住まう全ての民は御子様を歓迎し、国家と国民の安全のために瘴気の浄化に助力させていただきます」
 迎えに来てくれた時の鎧姿もイケていたが、今の夜会スタイルもすごくいい。武人が紳士とか天が何もかも与えすぎだろ。羨ましい。

 余談かもしれないが、合流からここに来るまでの道中、ラウレスタ様に「聖女の呼び名は、称号に足る力を示した後に呼んで頂きたい」と、聖女と呼ばれる事を拒否しておいた。同行の司祭ランカ様が「わたくし共は意向を汲み、御子様とお呼びしております」と出発直前に打ち合わせした寸劇を披露したため、俺は御子と呼ばれる事になった。代理だとしても聖女を名乗る訳にはいかない。手柄の横取り防止のためにも。
 そんな水面下での小細工を知らされていない面々は、俺の言葉にひたすら感動してくれた。正直、すまないと思っている。

 ちなみに今の俺の姿は、メルネ嬢を筆頭に令嬢方が持てる力を注ぎまくった作品集のひとつだ。聖教会のローブに刺繍とレースの荒波をぶつけて清廉にこねあげたようなドレスに、アイローチェ様のようなハニーブロンドのウイッグを着けている。このウイッグ、モンスターとの壮絶鬼ごっこでもズレなかった超スグレモノだ。素晴らしい!
 この国で黒髪なのは俺とアリナ嬢くらいだから、御子の姿が黒髪だとすぐ身バレしてしまう。何者でもない神の使徒になるためにウイッグは必須アイテムという訳だ。
 側仕えとしてついてきてもらったシスターに支度を手伝ってもらい、「完璧です!」とサムズアップで見送られたので、どこから見ても理想の聖女スタイルなのだろう。知らぬ間に揃えられていた衣装を見たシスターたちのテンションが跳ね上がり、俺が心底ビビり散らかしたのは誰にも言えない。

「頼もしいお言葉、そしてわたくし共を快く受け入れてくださったこと、感謝致します」
 ラウレスタ様に優しくとられた右手を意識しながら応える。戦う男の手はカッコいいなぁ。
 しかし、今の俺は、聖女代理(代理という事は秘密)の御子なのだ。
「ラウレスタ様」
「なんなりと」
 イケメンだ!この方も紛れも無くイケメンだ!俺もこの返しして女子をキュンとさせてみたい!
「お伝えするのが遅くなってしまいましたが、助けて頂きありがとうございます」
 謎の対抗心が湧き、俺の理想の聖女スマイルと共に昼の礼を伝える。
「ーーッ!」
 ラウレスタ様から余裕の表情が消え、触れている手から激しい動揺が伝わってくる。これは効いたな。エンジェルスマイルにはちょっと自信があるんだ。
 やってやったぜ!という気持ちを隠しながら周囲を伺うと、ランカ様が「止めなさい」といわんばかりに首を振っているのが見えた。あ、これはやり過ぎたやつだな。

 その後の夕食会は何事もなく終了した。
 全員の熱のこもった視線が集まったことで、俺だけが非常に居心地の悪い思いをした事を除けば。
 はい。イケメンに対抗しようとやらかした俺が悪かったです。

 夕食会後、ランカ様にギュッと濃縮した小言をぶつけられたのも致し方のない話。
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