墜ちた英雄が隠居したが...

キリ

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褒賞と事後処理

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 体が重い、立て続けに石を使いすぎたためだろうか。
 思いまぶたをゆっくりと開け、首だけを動かして辺りを見渡す。
 先程のように辺り一面真っ白ではなく、しっかりと色彩のある落ち着いた部屋だった。どうやらある程度は時間が経っているらしい。
 ベッドから体を起こすと、キシキシと体が悲鳴をあげるが、構わずにベッドに腰掛け直す。

「ふぅー……あの後どうなった」

 一息つくと、記憶の整理を始める。確か、時戻りの石を飲んで、ミランダを救出したあたりから記憶がない。色々考えると頭がいたいのでここは考えないことにしよう。
 俺はベッドから立ち上がると、フックに掛けてある上着を着て、扉を開け、廊下に出た。
 廊下は昔見た覚えのある景観だった。昔見たことがある、ガスポート帝国の皇宮の壁だ。どうやら、マーリンのやつが転移させたのはこの場所だったようだ。

 ガタガタと悲鳴をあげる体を鞭打って廊下を歩いていくと、目の前からこちらに向かって走ってくる集団が見えてきた。なぜか徐々に霞んでいく目でそれを見ると、 アレクたちだった。

「フォルン!、起きたのか!」

「………うるさい、頭に響く」

 珍しく大声をだして心配してくれる友人にはとても感謝するが、今はそれどころではない。
 体の倦怠感が尋常ではない、どう表現すればいいか、体の中で何かが流れ出ている感覚とでも言うのだろうか。何というか、暖かいのに冷たくなっていく感覚だ。

「グレイスくん、顔色が悪いわよ、大丈夫?」

 マーリンが何か言っているが、声がぶれてきて聞こえづらくなっている。
 体の感覚がどんどんなくなっていき、俺はマーリンにもたれかかるように倒れこんだ。
 十分に思考できない頭で彼女にもたれかかりながら、何とか言葉を紡いだ。

"…………石……………だ…い………償"

 その言葉を最後に俺は意識を手放した。

--------------------------------------

 目を開けると落ち着いた部屋の中にいた。
 さっきと全く同じパターンだが、今回は体の倦怠感が全くない。

「あら、起きたのね」

 もう一眠りしようとした時に、隣からマーリンの声が聞こえた。心なしか、声が不機嫌に聞こえる。
 首を声の方に向けると、案の定不機嫌そうな顔をしたマーリンが座っていた。

「………動かないで、まだ疲労感が残っているはずよ」

「あの後、俺はどうなった?」

 俺の問いに彼女は苦しそうな顔をして渋っていたが、しばらくして口を開いた。

「端的に言うわ。内臓が一つ消失していたのよ、まるでそこだけ空間ごとえぐり取られたみたいに周りの血管だけ残して無くなっていたわ。
 そこから血液が漏れて、内出血による貧血であなたは倒れたの」

「ぜんぜん前よりマシだな」

 俺は小馬鹿にするようにヘラヘラと笑い飛ばした。

「笑い事じゃないわよ!」

 淡白な彼女にしては珍しく息を荒だてながら、立ち上がって俺を叱責した。
 俺は意外なものを見たような目をして、気まずくなり頭をかいてごまかした。

「今回は流石の私もダメかと思ったわ!私言ったわよね!?、危険な目に合わせたくないって、その直前にこれ!、あなたは私の心配を何だと思っているの!?」

「どうした、らしくないぞ感情的になるなんて。別に関係ないだろ、おれが死のうが死ぬまいが」

 俺が素っ気なく言い放つと、彼女は心外だと言わんばかりに拳を強く握りしめ、プルプルと体を震わせながら、涙目になっている。
 年を考えなさい。

「今失礼なこと考えたでしょ?」

「いや、全然」

 内心、女の勘に驚きながらも何とか平静を装う。
 さて、このまま話をそらせればいいのだが。

「まだ話は終わっていないわよ。そもそもね……」

 やはり覚えていた彼女に半ばうんざりしながら、また始まる説教に耳を塞ごうとした時、軽いはずの扉が重々しく開かれ、マーリンの話が中断された。

「何の御用でしょうか、皇帝陛下」

 マーリンが素早く姿勢を正し、初老の男性に向き直る。
 男性は、煌びやかとまではいかないが赤と黒と銀が合わさった模様をした礼服を纏ったいで立ちと、長い白ひげと、皺のある彫りの深い顔という特徴だ。
 
「これはこれは、クログラム殿。本日はそこにいる少年に褒賞の話をしに来ただけじゃよ、特に深い意味はない。
 すまんが、二人きりで話がしたい、席をはずしてくれんか?」

 その重苦しい雰囲気とは違い、親しみやすいお年寄りといった風に話す皇帝を見て少し緊張を解いたのか、マーリンは何も言うことなく部屋から出て行った。
 彼女が出ていったことを確認すると、皇帝は俺の横の椅子に座って俺を見据えた。

「さて、ワシの孫のミランダはどうじゃった?」

「どう、と言いますと?」

「どれくらい成長したかと聞いておる」

「彼女の昔は知りませんが、ほんの短い間しか見てないにも関わらず、剣士としての資質を高水準に備え、かつそれを伸ばす努力を怠ってこなかったと見受けられる戦いぶりでした」

「そういうことを聞いておるのではない、"兄"としてどう思うかと聞いておるのじゃ、グレイ」

 やはりこの爺さんには誤魔化せいないようだ。

「いつお気づきに、マーリンが口を滑らせたのですか?」

「耄碌はしても、腐ってはおらぬわ。いくら量が減ろうとその質だけは変えることはできん。マーリン殿が知らせてくれずとも、すぐに感づいたわい」

 俺はため息を一つ吐き、口調を戻すことにした。

「あんたには隠し事はできんな、爺さん」

「そうそう、それで良い。そなたが敬語など鳥肌が立つわい。
 で、孫はどうじゃった?」

「昔あやしてやった時より随分筋が良くなってる。体に芯がちゃんと通ってる、雰囲気も落ち着いたしな。今回の負けは相手が悪かっただけだ、あいつに落ち度はない」

「そうか、ならよかった。あの子はお前が死んだと聞いてから随分と気を張っていたようじゃし、今回の事件を機に肩の荷を下ろしてくれればいいのじゃが」

 昔あった時よりも、心労が絶えないのか年齢よりも老けて見えるのは気のせいではないだろう。
 昔から気苦労が絶えない爺さんで特に珍しいことではないので別に構わないのだが。

「さて、私情はここまで。ここからは事務的な褒賞の話をするかの」

 爺さんは先ほどとは打って変わって真面目な顔になると、そう言った。
 
「褒賞?」

「そうじゃ。今回のグール襲撃事件の首謀者と思われる二人組をそなたたちが抑えてくれていたおかげで、人的被害を最小限に抑えることができたのじゃ、その褒美を与えねばならん」

「たち、ということはレイもか?」

「無論じゃ。あの小娘は学び舎の卒業後、そなたの国の王国騎士団への推薦状を書いて欲しいという要求を出した。
 ワシからの推薦、なおかつレベッカの妹ともなれば、カレン王女もすんなりと認めるじゃろうからな」

 王国騎士団に問わず、各国の騎士団への入団は誰かしらの推薦がいる。
 その推薦者の権力が高ければ高いほど、入団時の待遇が良くなる(いい意味でも悪い意味でも)。

「で、そなたは何が欲しい?」

「それじゃ…………」

「……………分かった、すぐに用意しよう」

 俺が欲しいものを耳打ちすると、爺さんは頷いて部屋から出ていった。
 静かになった部屋で、俺はベッドから降りると、後片付けの準備を始めた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 随分と時間が経ち、月の光が照らす大地を私は走っていた。
 とうの昔に魔力は切れて転移すらすることはできない。それでも愛する人のことを考えると、走らなければと思ってしまう。
 
「チャールズ様、ここで休みましょう」

 私は先ほどの襲撃で傷だらけになりながら眠っている愛しの人を木の根元にもたれ掛けさせた。
 私自身も彼の隣に腰掛けると、不意に彼の心音を確認する。まだかすかにだがしている、これなら隣町の医者のところまで間に合うはずだ。
 
「待っていて下さい、チャールズ様。必ず私が助けます。
 そして、必ずやあの男を殺してみせます………」

 主人をいたわる気持ちから一変して、ミラノの心に激しい憤怒の念が積もる。                             
 私はどうなろうが構わないが、愛しのチャールズ様をこんな目に合わせた報いわ必ず受けてもらう。
 
 だが、彼女は憎悪に囚われていた。だから、ミスを犯した。
 もし、彼女が冷静ならば、こんなところで休んだりなどしなかっただろう。こんな死角が多すぎる場所を寝床になどしなかっただろう。
 いや、それよりも不運だったのかもしれない、彼に出会ってしまったことが。彼は決して許さない、身内を傷つけられることを、故に逃がさない、危害を加えた愚か者を。

 ほら、今、君の目の前に死がいるよ。

「チャールズ様、おやすみ……な…さ…い」

 彼女は言葉を詰まらせた。なぜなら、つい先ほどまで隣で寝ていたはずの主人の、愛しい人の顔がないのだ。いや、顔どころか頭がごっそりと切り取られてなくなっていたのだ。

「チャールズ様ああああああ!!」

 彼女はすぐさま彼であったものの何柄を抱きしめると、涙を流しながら、悲痛の叫びをあげた。
 だが、無情にも彼は反応一つしない。なぜなら、今彼女が抱きしめているものは、ただの抜け殻なのだから。

「泣かなくても、お前もすぐに連れてっやるよ、黄泉の国にな」

 不意に後ろから声が聞こえ、振り返ろうとしたが、首にナイフを突きつけられ、強制的に止められる。

「あなたがやったのですか?」

 冷静を装おうとしているが、彼女の声は震えていた。

「ああ、そう……」

「なぜですか!!」

 叫んだ自分に呆れかえっている後ろの男のことを気にせず、彼女は心の声を叫び続ける。

「私たちが何をしたというのですか!ただ、純粋に彼は愛が欲しかっただけなのに!孤独を肉欲で埋めたかっただけなのに!どうして彼が死ぬ必要があったんですか!答えてください!………答えろ!」

「お前らが選ぶ相手を間違えたからだ」

「え?」

 底冷えするような声でそう呟き、男はナイフを首から離した。
 私は恐る恐る首を男の方に向けたが、すぐに後悔した。

 そこには絶望がいた。般若のような形相でもなければ、全てを悟った仙人のようなそれでもない。
 ただただ、その表情は無だった。そして、私はその表情に恐怖した。

「あ……ああ………あ………」

 声がうまく出ない、体が緊張しきっている。情けなく尻餅をつき、地面に暖かい液体が広がっていく。
 それすらも気にならない、早くこの恐怖から解放されたい。
 私はそれしか考えられなかった。

「神に祈れ」

 ああ、やっと解放される。お願い、早く殺して、殺して、お願いだから、殺してください。
 そして、私の意識は遠い彼方に消えていった。

 そして翌日、その森を通りかかった冒険者が彼女らの遺体を発見。
 身元確認のために現場に来た帝国騎士団員はこう述べている。

"男の方は普通だが、女の方はとんでもなく異質だった。女は喉を広く切り裂かれて相当苦しかったはずだろうに、清々しいぐらいの笑顔だった。"

 


 

 
 
 

 
 
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