「どの男性を選ぶの?」と彼女は言うけれど、僕は君とキスがしたい

依智川ゆかり

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3、騎士団長の息子は世話焼き

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「ルーチェが思っていた以上に事前準備を済ませていたらしい」
「計画的犯行って奴か、末恐ろしいな……」



 また一つイベントが起こってしまった。
 周到に準備を進める事も出来る理知的な彼女も魅力ではあるのだけれど、このままでは本当にヒロインにされてしまう。本当にどうしよう。
 
 心底困り果てながらブリッツに報告すると、彼はブルリと身震いをしてみせた。


「でも俺は、どっちかというとお前に話し掛けてくる時のイース・フロワーズの方が怖い」
「分かる」


 あれから、イースは度々僕に声を掛けてきていた。
 そして、人気の無い場所に連れて行かれ、するのは恋愛小説の話である。
 
 他の人に知られたくないってのは分かるけど、呼び出される度にルーチェが「チューは? 今日こそチューはするの?」と迫って来るのが僕的に地味に心に痛い。
 
 キスの事をチューと言うルーチェは滅茶苦茶可愛いけども、しませんからね、絶対に!! 
 そう心の底から叫びたかった。



「……あー、もう。ちょっと鍛錬所で運動してくる」


 
 こういうモヤモヤした時は、体を動かして発散させるのが一番だ。
 ……どちらかといえば文化系であるイースが鍛錬所に現れる事は無いだろうし。




***



 そんなこんなで、鍛錬所へと向かった。

 汗を流して気分爽快だ!
 そんなルンルン気分だった僕は、すっかり忘れていたのだ。



「あ、すみませ……」
「……お前は」



 鍛錬所に向かう途中、ぶつかった人物に僕は思わず固まる。 

 焦茶色の髪と金の瞳。
 逞しい体と凛々しい顔付きのワイルド風イケメン。やっぱり背後はキラキラしてる!!
 

 騎士団長の息子であり、次期騎士団長候補筆頭であるソル・エーベン公爵子息。
 ──噂の攻略対象その三である。


 そうだった。
 鍛錬所はこの人のテリトリーだった。
 僕のバカ! このドジ!!


 思わず心の中で自分を罵る僕に気付かず、ソル・エーベン侯爵子息はあ、と思い出したような声を上げた。



「お前あれか、こないだのドジっ子」


 
 お前もそう呼ぶのか!
 うるせー!! こっちだって好きでドジやってるんじゃないんですよ!!!!



「お前も訓練するのか? 文官志望だろ?」



 ソル・エーベン侯爵子息は、心底不思議そうに首を傾げた。
 思わずムッとする。



「いけませんか?」
「いけなくはないが……珍しいだろ?」



 鍛錬所は主に騎士志望の人間が体を鍛える為に訪れる施設である。
 しかし、文官志望だからと言って、使用が制限されている訳ではない。……まあ、文官志望で鍛錬所に来る人間はほぼほぼ居ないだろうけど。



「それはそうでしょうね。でも……」
「でも?」
「……やっぱり、好きな女の子くらいは自分で守れるようになりたいじゃないですか」



 ルーチェは、可愛い。
 美しく可憐で、明るく天真爛漫で、心優しい。
 つまりは天使だ。マイエンジェル。
 
 そんな彼女は、自然と人々を惹きつける。
 ……ハッキリ言ってしまうと、ストーカーだとか変質者の類に目を付けられる確率が物凄く高いのだ。
 
 これまでルーチェのご両親とルミナリエ家の全使用人、そして彼女の幼馴染である僕と兄が総出で撃退してきたが、少しでも気を抜けば何処からともなく変態は現れる。

 だからこそ、そんな彼女を守れるような男になりたい。
 天使を付け狙う不埒な輩には鉄槌を! 

 そう思って、体を鍛え始めたのだ。


 そんな事を切々と訴えれば、エーベン侯爵子息はキョトンと目を丸くして、それでから豪快に笑った。


「お前、中々の漢だな!」
「……引かないのですか?」


 ブリッツには「愛が重い」だとか「狂信者」だとか「お前の方がストーカー一歩手前」だとか散々な言われようをされているのに。

 しかし、エーベン侯爵子息は何をバカな、と首を振った。



「引くもんか。大切な人の為に努力が出来るだなんて、凄いじゃないか。尊敬するよ」



 ……こ、この人、良い人だ!!!!
 
 僕は感動していた。
 僕の重いと言われる愛にドン引かず、ここまで全面的に肯定してくれたのはこの人が初めてだった。
 好感度が爆上がりした。普通に友達になりたい。



「ははは、気に入った! 丁度良い。訓練に付き合ってやるよ」
「……本当ですか!?」

 

 この人、滅茶苦茶良い人じゃないか!!!
 エーベン侯爵家は代々騎士団長を輩出する程、武に特化した家系だ。
 その嫡子と訓練だなんて、貴重な機会なのでは!?

 好意に甘えて、ウキウキと訓練用の木剣を取りに行く。
 同学年なんだから堅苦しい言葉は使うなという言葉にもありがたく従います。本当にありがとね、ソル。


 ──しかし、そこで事件が起こった。



「……うわぁ!?」



 まさかの転倒である。
 呪いにでもかかってんのか、僕の足!!



「大丈夫か!?」
「……何とか」



 突然何も無いところで転んだ僕に、ソルが慌てて駆け寄ってくる。
 
 ふと、以前ルーチェが言った事を思い出した。



『ソル様はね、ヒロインに手を差し伸べて、呆れたように笑うの。その“しょーがねーな”的な表情が、とーっても良いの!』



 大きな瞳をキラキラと輝かせて熱く語ったルーチェは、そうやって『ソルの出会いイベント』の台詞を教えてくれたのだ。
 その台詞と一言一句違わずに、ソルは言う。




「……ハァ、危なっかしくて見てらんねーなぁ……。……ほら、掴まれよ」




 ありがとう、良い人!
 でもそういう目線で見たら、なんか恋愛小説の一場面のようにしか思えない! でも良い人! ありがとう!!



***



 心身共にボロボロの状態で訓練を終え、ソルと別れた僕の元に何処からともなくルーチェが現れた。
 そして、一言。



「事故チューは? 事故チューはしたの!?」
「してません」



 っていうか、初めてのキスは、出来れば君としたいんですけど!!

 


***



【登場人物紹介】
ソル・エーベン
騎士団長の息子で侯爵子息。
焦茶の髪と金の瞳。
代々騎士団長を輩出している武の家系に生まれ、その為に努力を欠かさない。
まだ幼い弟妹がいるので世話焼きな所があり、放っておけないような子に弱い。
努力家な彼と仲良くなりたいなら、まず努力している姿を見せる事が大切。
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