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ナにもノデモ なイも ノ
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目を開けると、そこは知らない場所だった。どうも自分は今まで地面に倒れて眠っていたようだ。
頭上に広がる枝葉の間には、星の瞬く空が見えていて、月は半分かけていた。辺りは風がなく、葉の擦れる音も生き物の声もしなくて、どこまでも静かだ。
ここはどこだろうか。
夜の森のようだが、それ以外のことはわからない。
起き上がり、あたりを見回す。
自分以外に、そこには誰もいなかった。
途方に暮れる彼の耳に、ぱちぱちという音と笑い交じりの声が聞こえてきた。
「よ~うこそようこそっ!! ここは嘆きと絶望の森! 歓迎するよ、誰でもない君!!」
声と音は上の方からだったので、顔を上げると、さっき見た時には何もいなかったはずの木の枝に誰かが一人腰かけていた。
足をぶらぶらさせながら、愉快そうに手を叩く男。明るい髪と瞳の金色だけが、夜の暗闇の中でもはっきりと知れた。顔は影のせいでよくわからないが、笑っているのだろうことだけは何となくわかる。
「君はこれからこの出口のない森をどこまでもどこまで、宛てもなく彷徨い続けるんだ。ど? 悲嘆に暮れたくなるだろ? 死にたくなるだろ? でもざ~んねん! もう君は死ぬことすら叶わないんだなぁ!!」
あんたは誰だ。
言おうとして、彼は声が出ないことに気が付いた。
男がせせら笑って、言う。
「言ったじゃんさっき、あんたは誰でもないんだって。名前も姿も声も記憶も、なぁんにも持ってない!」
言われた意味をすぐに理解できなくて、彼は何度も男の言葉を頭の中で反芻する。
誰でもない。
なんにも持っていない。
じゃあ、自分は誰なんだ。
その思考を、男の声が邪魔する。
「だぁかぁらぁ、あんた名前は? どこの誰で、年はいくつで、どんな家族や友人がいて、どこで何してた? ね、わからないっしょ? ああ、でも名前がないのはやっぱり不便かなー! ああ、そっか、いーこと思いついた! オレが君に名前をあげよう!! そうすりゃ万事解決、ンフフ、オレってばあったまいー!!」
揺らしていた足の動きを止めて、男は彼をひたりと見据えると言った。
「アンノウン」
ぎらつく二つの金。
その目に射抜かれ、体は縫い留められたように動かなくなる。
「君の名は、アンノウン。何者でもないものという意味だ。ぴったりだろ?」
***
「ひとつ、ゲームをしようか」
男が一つの提案をした。楽しげに。まるで子供のような無邪気な声で、面白い遊びを思いついたとでもいうように。
こちらが喋れないから、ずっと一人で喋り続ける。
「君はこの森のあちこちに落ちている大切な物を拾い集める。大切な物って何かって? それはあんたにしかわからない。だってそれらは全部、本来あんたものもだからさ。どういうことかは、そのうちわかるよ」
時折心を読んだかのように、男は彼の疑問に答えを寄越した。それが不思議だったが、そのことを尋ねる術を今の彼は持っていなかった。
男が両腕を上げ、声高に言う。
「そんじゃ宝探しスタート! 制限時間は夜が明けるまで! ま、ほどほどにがんばってねぇ~!!」
言い終えると同時に、男の姿は影の中へ吸い込まれるようにして消えた。
賑やかな男の声がなくなると、森には再び静寂が戻った。
深い森の中に一人残された彼は、しばらくその場に立ち尽くしていたが、やがておもむろに歩き始めた。
ただそこにいても、何も変わらないからだ。
音のない、夜の森は不気味だった。自分の歩く音すら聞こえない。歩いている感覚、地面を踏みしめる感覚も、あまりない。それでも足を動かせば、景色が流れていく。景色が流れているなら、前に進んでいるということだ。そして前に進んでいるということは、変化しているということだ。
アンノウンという名前。
何者でもないものという意味と、あの男は言っていた。
確かに今の自分に相応しい。自分が何者であるのか、何一つわからない今の自分には。
頭上に広がる枝葉の間には、星の瞬く空が見えていて、月は半分かけていた。辺りは風がなく、葉の擦れる音も生き物の声もしなくて、どこまでも静かだ。
ここはどこだろうか。
夜の森のようだが、それ以外のことはわからない。
起き上がり、あたりを見回す。
自分以外に、そこには誰もいなかった。
途方に暮れる彼の耳に、ぱちぱちという音と笑い交じりの声が聞こえてきた。
「よ~うこそようこそっ!! ここは嘆きと絶望の森! 歓迎するよ、誰でもない君!!」
声と音は上の方からだったので、顔を上げると、さっき見た時には何もいなかったはずの木の枝に誰かが一人腰かけていた。
足をぶらぶらさせながら、愉快そうに手を叩く男。明るい髪と瞳の金色だけが、夜の暗闇の中でもはっきりと知れた。顔は影のせいでよくわからないが、笑っているのだろうことだけは何となくわかる。
「君はこれからこの出口のない森をどこまでもどこまで、宛てもなく彷徨い続けるんだ。ど? 悲嘆に暮れたくなるだろ? 死にたくなるだろ? でもざ~んねん! もう君は死ぬことすら叶わないんだなぁ!!」
あんたは誰だ。
言おうとして、彼は声が出ないことに気が付いた。
男がせせら笑って、言う。
「言ったじゃんさっき、あんたは誰でもないんだって。名前も姿も声も記憶も、なぁんにも持ってない!」
言われた意味をすぐに理解できなくて、彼は何度も男の言葉を頭の中で反芻する。
誰でもない。
なんにも持っていない。
じゃあ、自分は誰なんだ。
その思考を、男の声が邪魔する。
「だぁかぁらぁ、あんた名前は? どこの誰で、年はいくつで、どんな家族や友人がいて、どこで何してた? ね、わからないっしょ? ああ、でも名前がないのはやっぱり不便かなー! ああ、そっか、いーこと思いついた! オレが君に名前をあげよう!! そうすりゃ万事解決、ンフフ、オレってばあったまいー!!」
揺らしていた足の動きを止めて、男は彼をひたりと見据えると言った。
「アンノウン」
ぎらつく二つの金。
その目に射抜かれ、体は縫い留められたように動かなくなる。
「君の名は、アンノウン。何者でもないものという意味だ。ぴったりだろ?」
***
「ひとつ、ゲームをしようか」
男が一つの提案をした。楽しげに。まるで子供のような無邪気な声で、面白い遊びを思いついたとでもいうように。
こちらが喋れないから、ずっと一人で喋り続ける。
「君はこの森のあちこちに落ちている大切な物を拾い集める。大切な物って何かって? それはあんたにしかわからない。だってそれらは全部、本来あんたものもだからさ。どういうことかは、そのうちわかるよ」
時折心を読んだかのように、男は彼の疑問に答えを寄越した。それが不思議だったが、そのことを尋ねる術を今の彼は持っていなかった。
男が両腕を上げ、声高に言う。
「そんじゃ宝探しスタート! 制限時間は夜が明けるまで! ま、ほどほどにがんばってねぇ~!!」
言い終えると同時に、男の姿は影の中へ吸い込まれるようにして消えた。
賑やかな男の声がなくなると、森には再び静寂が戻った。
深い森の中に一人残された彼は、しばらくその場に立ち尽くしていたが、やがておもむろに歩き始めた。
ただそこにいても、何も変わらないからだ。
音のない、夜の森は不気味だった。自分の歩く音すら聞こえない。歩いている感覚、地面を踏みしめる感覚も、あまりない。それでも足を動かせば、景色が流れていく。景色が流れているなら、前に進んでいるということだ。そして前に進んでいるということは、変化しているということだ。
アンノウンという名前。
何者でもないものという意味と、あの男は言っていた。
確かに今の自分に相応しい。自分が何者であるのか、何一つわからない今の自分には。
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