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滅ビタ王こクノ記憶
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呼ばれているような気がした。
音が。何かの音。いや声だろうか。微かに聞こえてくるそれが彼の耳には自分を招いているように思えた。
導かれ、たどり着いた場所に落ちていたのは一冊の本だった。
青い装丁の大きな本で、やはりほのかな光に包まれていた。
拾い上げ広げてみると、光が強く四方に走り、辺りを満たす。光は彼の中にも入ってきて、それが何らかの自身の記憶であると、今度はわかった。
歌が聞こえる。歌が聞こえる。
優しく澄んだ声の。
女性のものだ。
「 立チ込メル 灰ノ雲
閉ザサレタル ユキクニ
絶エ間無ク 舞イオチル
銀ノ花ノ シンセン
トワノ謳 響キワタリ
御魂ヲ ナグサメ
記憶ノ ミナソコ
沈ミ眠ル 大地
遠キ時ノ 果テニ
呼ビ覚マサレ 開ク
ウンメイ 」
銀の髪と青い瞳。
その国の人々は皆同じ色を持っていたが、それぞれ少しずつ色味が違っていた。彼女の場合、髪は白に近い銀色で、瞳の青は緑が少しだけ混じったようなそんな色をしていた。
彼女が歌っているのは、古くから伝わる歌。
ゆっくりとしたメロディの、親が子供に子守歌代わりに聞かせるもの。
そのどことなく悲しく懐かしいような気持ちにさせてくれる音が好きだった。
歌にまつわる物語があると聞き、書庫に一日篭ったことがあった。
これは、その時に見つけた本だ。
本に出てくる人物は、世界を巡り、力を手に入れる。しかしその力はあまりに強大だったため、その知識と力をある場所に封じ込めた。
それがこの閉ざされた土地。
絶えず降り落ちる雪に隠され、岩山に守られた国。
エストレラ。
そうだ。
エストレラ。
その名前は、
その国は、
「君の故郷。帰るべき場所。いいや、もう帰れない」
左側から声が聞こえて振り向くが誰もいなかった。
「だってエストレラは、遠い遠い昔に滅びてしまったのだから」
今度は右側から聞こえたが、やはり誰もいない。
「君は誰でもない者、君にはもう何も残っていない、そう何も」
正面から。
「!」
声が聞こえる前に、体ごと振り返り手首を掴んだ。
彼は短く息を吸い込んで、それから思い切って言ってみた。
「お前は」
声が出た。
喉が震えた。
「おまえ、違う、本当はお前が……」
目が、鼻が、唇が、髪が、首が、肩が。
形を持たなかった彼が人の形を成していく。
浮かび上がった目で強く睨みつける。
間近で男が笑った。
「オレは君の運命だよ」
長くまっすぐな白金の髪に、翠緑の瞳。
薔薇の花びらのような唇。
滑らかな頬。
透明感のある肌。
しなやかな四肢に、細い首と肩と腰、程よく膨らんだ胸。その身を包むのは、真っ白な衣。
目の前にある姿を愛おしげに見つめながら、男は言う。
「ウソツキ」
男のその微笑みが、その声が、その言葉が、深く彼の胸に刺さった。
男が掴まれた手をぐっと押し離す。
よろめき、離れると同時に触れていた場所から形が崩れる。
姿を失い、声を失い、再び彼は何者でもない者に戻ってしまう。
「夜明けまで、あと少し」
***
遠い昔、
ある一人の賢者によって、この外界から隔絶された地に大きな力が封じ込められました。
うん? なんの力かって?
ああ、それはね。
破滅ノ女神の力だよ。
どれだけ優れた魔法使いにもないような、底知れない魔の力。
本来、人が持たざる力。
いや
持つべきではない力というべきかな。
君になかにあるのは恐らくその力。
だから、ね。
再び封じなければいけない。
この力を、外に出してはいけない。
大きすぎる力はいつか、全てを壊してしまうから。
音が。何かの音。いや声だろうか。微かに聞こえてくるそれが彼の耳には自分を招いているように思えた。
導かれ、たどり着いた場所に落ちていたのは一冊の本だった。
青い装丁の大きな本で、やはりほのかな光に包まれていた。
拾い上げ広げてみると、光が強く四方に走り、辺りを満たす。光は彼の中にも入ってきて、それが何らかの自身の記憶であると、今度はわかった。
歌が聞こえる。歌が聞こえる。
優しく澄んだ声の。
女性のものだ。
「 立チ込メル 灰ノ雲
閉ザサレタル ユキクニ
絶エ間無ク 舞イオチル
銀ノ花ノ シンセン
トワノ謳 響キワタリ
御魂ヲ ナグサメ
記憶ノ ミナソコ
沈ミ眠ル 大地
遠キ時ノ 果テニ
呼ビ覚マサレ 開ク
ウンメイ 」
銀の髪と青い瞳。
その国の人々は皆同じ色を持っていたが、それぞれ少しずつ色味が違っていた。彼女の場合、髪は白に近い銀色で、瞳の青は緑が少しだけ混じったようなそんな色をしていた。
彼女が歌っているのは、古くから伝わる歌。
ゆっくりとしたメロディの、親が子供に子守歌代わりに聞かせるもの。
そのどことなく悲しく懐かしいような気持ちにさせてくれる音が好きだった。
歌にまつわる物語があると聞き、書庫に一日篭ったことがあった。
これは、その時に見つけた本だ。
本に出てくる人物は、世界を巡り、力を手に入れる。しかしその力はあまりに強大だったため、その知識と力をある場所に封じ込めた。
それがこの閉ざされた土地。
絶えず降り落ちる雪に隠され、岩山に守られた国。
エストレラ。
そうだ。
エストレラ。
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その国は、
「君の故郷。帰るべき場所。いいや、もう帰れない」
左側から声が聞こえて振り向くが誰もいなかった。
「だってエストレラは、遠い遠い昔に滅びてしまったのだから」
今度は右側から聞こえたが、やはり誰もいない。
「君は誰でもない者、君にはもう何も残っていない、そう何も」
正面から。
「!」
声が聞こえる前に、体ごと振り返り手首を掴んだ。
彼は短く息を吸い込んで、それから思い切って言ってみた。
「お前は」
声が出た。
喉が震えた。
「おまえ、違う、本当はお前が……」
目が、鼻が、唇が、髪が、首が、肩が。
形を持たなかった彼が人の形を成していく。
浮かび上がった目で強く睨みつける。
間近で男が笑った。
「オレは君の運命だよ」
長くまっすぐな白金の髪に、翠緑の瞳。
薔薇の花びらのような唇。
滑らかな頬。
透明感のある肌。
しなやかな四肢に、細い首と肩と腰、程よく膨らんだ胸。その身を包むのは、真っ白な衣。
目の前にある姿を愛おしげに見つめながら、男は言う。
「ウソツキ」
男のその微笑みが、その声が、その言葉が、深く彼の胸に刺さった。
男が掴まれた手をぐっと押し離す。
よろめき、離れると同時に触れていた場所から形が崩れる。
姿を失い、声を失い、再び彼は何者でもない者に戻ってしまう。
「夜明けまで、あと少し」
***
遠い昔、
ある一人の賢者によって、この外界から隔絶された地に大きな力が封じ込められました。
うん? なんの力かって?
ああ、それはね。
破滅ノ女神の力だよ。
どれだけ優れた魔法使いにもないような、底知れない魔の力。
本来、人が持たざる力。
いや
持つべきではない力というべきかな。
君になかにあるのは恐らくその力。
だから、ね。
再び封じなければいけない。
この力を、外に出してはいけない。
大きすぎる力はいつか、全てを壊してしまうから。
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