夜明ノ森

冴木黒

文字の大きさ
3 / 5

滅ビタ王こクノ記憶

しおりを挟む
 呼ばれているような気がした。
 音が。何かの音。いや声だろうか。微かに聞こえてくるそれが彼の耳には自分を招いているように思えた。
 導かれ、たどり着いた場所に落ちていたのは一冊の本だった。
 青い装丁の大きな本で、やはりほのかな光に包まれていた。
 拾い上げ広げてみると、光が強く四方に走り、辺りを満たす。光は彼の中にも入ってきて、それが何らかの自身の記憶であると、今度はわかった。

 歌が聞こえる。歌が聞こえる。
 優しく澄んだ声の。
 女性のものだ。
 


「 立チ込メル 灰ノ雲

    閉ザサレタル ユキクニ


絶エ間無ク  舞イオチル


 銀ノ花ノ シンセン

トワノ謳 響キワタリ
   御魂ヲ ナグサメ

記憶ノ ミナソコ


      沈ミ眠ル 大地

遠キ時ノ  果テニ



  呼ビ覚マサレ 開ク


ウンメイ   」


 銀の髪と青い瞳。
 その国の人々は皆同じ色を持っていたが、それぞれ少しずつ色味が違っていた。彼女の場合、髪は白に近い銀色で、瞳の青は緑が少しだけ混じったようなそんな色をしていた。
 彼女が歌っているのは、古くから伝わる歌。
 ゆっくりとしたメロディの、親が子供に子守歌代わりに聞かせるもの。
 そのどことなく悲しく懐かしいような気持ちにさせてくれる音が好きだった。
 歌にまつわる物語があると聞き、書庫に一日篭ったことがあった。
 これは、その時に見つけた本だ。
 本に出てくる人物は、世界を巡り、力を手に入れる。しかしその力はあまりに強大だったため、その知識と力をある場所に封じ込めた。
 それがこの閉ざされた土地。
 絶えず降り落ちる雪に隠され、岩山に守られた国。

 エストレラ。

 そうだ。
 エストレラ。

 その名前は、
 その国は、


「君の故郷。帰るべき場所。いいや、もう帰れない」

 左側から声が聞こえて振り向くが誰もいなかった。
 
「だってエストレラは、遠い遠い昔に滅びてしまったのだから」

 今度は右側から聞こえたが、やはり誰もいない。

「君は誰でもない者、君にはもう何も残っていない、そう何も」

 正面から。

「!」

 声が聞こえる前に、体ごと振り返り手首を掴んだ。
 彼は短く息を吸い込んで、それから思い切って言ってみた。

「お前は」

 声が出た。
 喉が震えた。

「おまえ、違う、本当はお前が……」

 目が、鼻が、唇が、髪が、首が、肩が。
 形を持たなかった彼が人の形を成していく。
 浮かび上がった目で強く睨みつける。

 間近で男が笑った。

「オレは君の運命だよ」

 長くまっすぐな白金の髪に、翠緑エメラルドの瞳。
 薔薇の花びらのような唇。
 滑らかな頬。
 透明感のある肌。
 しなやかな四肢に、細い首と肩と腰、程よく膨らんだ胸。その身を包むのは、真っ白な衣。
 目の前にある姿を愛おしげに見つめながら、男は言う。
 
「ウソツキ」

 男のその微笑みが、その声が、その言葉が、深く彼の胸に刺さった。
 男が掴まれた手をぐっと押し離す。
 よろめき、離れると同時に触れていた場所から形が崩れる。
 姿を失い、声を失い、再び彼は何者でもない者に戻ってしまう。

「夜明けまで、あと少し」


***


 遠い昔、
 ある一人の賢者によって、この外界から隔絶された地に大きな力が封じ込められました。

 うん? なんの力かって?

 ああ、それはね。
 破滅ノ女神の力だよ。

 どれだけ優れた魔法使いにもないような、底知れない魔の力。

 本来、人が持たざる力。
 いや

 持つべきではない力というべきかな。

 君になかにあるのは恐らくその力。
 だから、ね。
 再び封じなければいけない。
 この力を、外に出してはいけない。

 大きすぎる力はいつか、全てを壊してしまうから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

ヒロインは修道院に行った

菜花
ファンタジー
乙女ゲームに転生した。でも他の転生者が既に攻略キャラを攻略済みのようだった……。カクヨム様でも投稿中。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

蝋燭

悠十
恋愛
教会の鐘が鳴る。 それは、祝福の鐘だ。 今日、世界を救った勇者と、この国の姫が結婚したのだ。 カレンは幸せそうな二人を見て、悲し気に目を伏せた。 彼女は勇者の恋人だった。 あの日、勇者が記憶を失うまでは……

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...