水端ノ獣ノ物語

冴木黒

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月の夜

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 夜。
 冴え冴えとした光を放つ月は常よりも大きく、冬の夜空に君臨する女王の如く、静かに世界を見下ろしている。
 冷たい月の光に照らし出されるのは天を貫く剣さながらにそびえ立つ塔、その最上層。
 一人の少年がひたりと淵に立つ。線が細く、少女と見紛うような中性的な容姿。風に嬲られる衣服から覗く手足は一見華奢だが、薄い皮膚の下に張った筋肉はしなやかだ。少なくとも、長い螺旋階段を駆けあがってなお息切れしない程度には鍛えられている。
 背後の扉の向こうからは、複数の足音が近づいてくる。

 さあ早く。
 願いを叶えたければ。

 頭の中でそんな声が急き立ててくる。
 足音が唐突に止み、少年は振り向く。
 開いた扉の前で、甲冑に身を包む兵士たちが立ちすくんでいた。
 少年の面に表情はない。
 
 あっと誰かが息を呑んだ。

 少年の体が大きく傾ぎ、彼らの視界から消えた。
 一瞬の出来事だった。
 兵士たちはつい先程まで少年が立っていた場所から下を覗き込むが、地上は遠く夜闇に覆われていて視認することができない。
 やや遅れて、下へ廻れと指示が飛ぶ。
 地上へと向かうため、兵士たちは列を成し螺旋階段を駆け下りる。


 果たして、少年の死体は見つからなかった。
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