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神子と忌み子
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その痛みは凄まじいものだった。
苦痛のあまり、気を失い、再び目を覚まし、そしてまた気絶する。
そんなことを幾度か繰り返した。
絶叫し、もんどりうって苦しむ時間は異様なほどに長かった。反対に、気絶している時間は一瞬のようだった。
***
全身がだるい。
そして冷たく、髪が、服が皮膚に張り付くような感じがある。
嫌な感触だ。
話し声が聞こえる。
草の匂い。
空には、うっすらと月が浮かんでいる。
「あ、気がついた?」
柔らかく、朗らかな声が言った。
少年が顔を覗き込んでくる。
女は慎重に上半身を起こす。痛みは、もうなかった。
薄い金色の髪が首筋にかかって、女は邪魔くさそうにそれを指先で払う。
「よかった。ヘビが、折れた骨が内臓を傷つけてたって言ってたから、無理はしないで」
無垢な少年の笑みに、女は僅かに目を細める。
するりと白蛇が少年の首裏から頭を覗かせて言う。
「よォ礼くらい言ったらどうだ? もちろん、このオレ様にな」
だが女はそれに取り合わず、体の横に律儀に置かれていた槍を取って立ち上がる。
「おい無礼だろ! テメェ呪うぞコラ」
尚も白蛇を無視して、女は少年に向き直り、左右で異なる色の瞳を見据えて言う。
「私は、フラウ。君の名前は?」
「え、あ、ラムダ」
「そうか……ラムダ、感謝する。君はこの辺りに住んでいるのか?」
「いや、おれは旅を……妹を探してるんだ」
「妹を?」
「いなくなっちゃったんだ、急に」
「私も旅の途中だ。もし何か、耳にすることがあれば、今度は私が君の力になることを約束する」
「ありがとう」
ラムダは微笑む。
「ではな」
短く告げて、踵を返す。
立ち去るフラウの背中に、声がかかる。
「うん、気を付けて!」
東を目指して、女は森を進む。
日が暮れかかっている。見下ろした地面に足元の影が濃く、長く伸びている。
歩みは止めずに、ぽつりと呟く。
「蛇、か」
しかもあの白蛇は人間の言葉を話していた。不思議な力で傷を癒した。
ふとフラウの頭に浮かんだのは、古い言い伝えだった。
昔、この大陸には四柱の神がいた。神はそれぞれ鷹、狼、蛇、狐の姿をしていた。
大陸は神々の力により守られていたが、ある日、ケガレが大陸を覆い、人間は滅びようとしていた。
鷹と狼は人間を救おうとしたが、狐と蛇がそれに反対した。
四神の間で争いが起き、勝利した鷹と狼はケガレを祓って人間を救った。
誰もが知る伝承だ。
国の始まりとされる物語。
人々を救ったとされる鷹と狼は信仰の対象となり、蛇と狐は忌み嫌われる存在となった。
今も神々の力を継ぐ者が神殿に仕えていると聞く。その者の体には神の印が刻まれ、その力で国を守っているのだという。
神子と呼ばれる存在。
そう。先の神子が崩御したとされ、女の村にも神殿の人間がやってきたことがあった。フラウを含め、村人たちは皆、全身を隈なくあらためられた。
狼の印を継ぐ者が現れてはいないかと。
あれは確か二年近く前だったか。いや……
ふと、足を止める。
それよりももっと以前にも、似たようなことがあった気がする。フラウがまだ成人を迎える前だ。その時にも神殿の人間が村にやってきて、それで。
妙に物々しい様子であったことを覚えている。大人たちの怯えたような顔も。
村の長と話す神官の言葉。
忌み子を―――
結局のところ、村の人間の中には印を持つ者はおらず、神殿の人間はそれを確認すると引き上げていった。
その頃はまだ存命であった祖母から聞いた。
忌み子とは、伝承にある裏切りの蛇の印が体のどこかに現れた者のことを指すのだと。印を持つ人間が死ぬと、新たに別の人間に印が現われるのだと。
神子と忌み子、同じように神殿に召し上げられることになっても、その意義は全く異なる。
「まさかな……」
はっと、フラウは息と共に吐き出す。
そうして森の外に向かって、再び歩き始めた。
***
夜の闇に沈んだ森の奥。
黒い絹の衣が肌を滑り、微かな音を立てて地面に落ちる。露わになった背の、肩甲骨の内側。その場所に痣のようなものがあった。
それは、頭をもたげた蛇の形をしていた。
苦痛のあまり、気を失い、再び目を覚まし、そしてまた気絶する。
そんなことを幾度か繰り返した。
絶叫し、もんどりうって苦しむ時間は異様なほどに長かった。反対に、気絶している時間は一瞬のようだった。
***
全身がだるい。
そして冷たく、髪が、服が皮膚に張り付くような感じがある。
嫌な感触だ。
話し声が聞こえる。
草の匂い。
空には、うっすらと月が浮かんでいる。
「あ、気がついた?」
柔らかく、朗らかな声が言った。
少年が顔を覗き込んでくる。
女は慎重に上半身を起こす。痛みは、もうなかった。
薄い金色の髪が首筋にかかって、女は邪魔くさそうにそれを指先で払う。
「よかった。ヘビが、折れた骨が内臓を傷つけてたって言ってたから、無理はしないで」
無垢な少年の笑みに、女は僅かに目を細める。
するりと白蛇が少年の首裏から頭を覗かせて言う。
「よォ礼くらい言ったらどうだ? もちろん、このオレ様にな」
だが女はそれに取り合わず、体の横に律儀に置かれていた槍を取って立ち上がる。
「おい無礼だろ! テメェ呪うぞコラ」
尚も白蛇を無視して、女は少年に向き直り、左右で異なる色の瞳を見据えて言う。
「私は、フラウ。君の名前は?」
「え、あ、ラムダ」
「そうか……ラムダ、感謝する。君はこの辺りに住んでいるのか?」
「いや、おれは旅を……妹を探してるんだ」
「妹を?」
「いなくなっちゃったんだ、急に」
「私も旅の途中だ。もし何か、耳にすることがあれば、今度は私が君の力になることを約束する」
「ありがとう」
ラムダは微笑む。
「ではな」
短く告げて、踵を返す。
立ち去るフラウの背中に、声がかかる。
「うん、気を付けて!」
東を目指して、女は森を進む。
日が暮れかかっている。見下ろした地面に足元の影が濃く、長く伸びている。
歩みは止めずに、ぽつりと呟く。
「蛇、か」
しかもあの白蛇は人間の言葉を話していた。不思議な力で傷を癒した。
ふとフラウの頭に浮かんだのは、古い言い伝えだった。
昔、この大陸には四柱の神がいた。神はそれぞれ鷹、狼、蛇、狐の姿をしていた。
大陸は神々の力により守られていたが、ある日、ケガレが大陸を覆い、人間は滅びようとしていた。
鷹と狼は人間を救おうとしたが、狐と蛇がそれに反対した。
四神の間で争いが起き、勝利した鷹と狼はケガレを祓って人間を救った。
誰もが知る伝承だ。
国の始まりとされる物語。
人々を救ったとされる鷹と狼は信仰の対象となり、蛇と狐は忌み嫌われる存在となった。
今も神々の力を継ぐ者が神殿に仕えていると聞く。その者の体には神の印が刻まれ、その力で国を守っているのだという。
神子と呼ばれる存在。
そう。先の神子が崩御したとされ、女の村にも神殿の人間がやってきたことがあった。フラウを含め、村人たちは皆、全身を隈なくあらためられた。
狼の印を継ぐ者が現れてはいないかと。
あれは確か二年近く前だったか。いや……
ふと、足を止める。
それよりももっと以前にも、似たようなことがあった気がする。フラウがまだ成人を迎える前だ。その時にも神殿の人間が村にやってきて、それで。
妙に物々しい様子であったことを覚えている。大人たちの怯えたような顔も。
村の長と話す神官の言葉。
忌み子を―――
結局のところ、村の人間の中には印を持つ者はおらず、神殿の人間はそれを確認すると引き上げていった。
その頃はまだ存命であった祖母から聞いた。
忌み子とは、伝承にある裏切りの蛇の印が体のどこかに現れた者のことを指すのだと。印を持つ人間が死ぬと、新たに別の人間に印が現われるのだと。
神子と忌み子、同じように神殿に召し上げられることになっても、その意義は全く異なる。
「まさかな……」
はっと、フラウは息と共に吐き出す。
そうして森の外に向かって、再び歩き始めた。
***
夜の闇に沈んだ森の奥。
黒い絹の衣が肌を滑り、微かな音を立てて地面に落ちる。露わになった背の、肩甲骨の内側。その場所に痣のようなものがあった。
それは、頭をもたげた蛇の形をしていた。
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