水端ノ獣ノ物語

冴木黒

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業ノ聖女

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 小さな村は一瞬にして無くなった。
 海が全てを連れ去った。
 今浜辺に寄せる波は穏やかで、昨日の荒れ具合は嘘のようだった。それでも木片や瓦といった残骸が所々に落ちていて、どうにか逃げ延びたらしい村人たちが茫然と立ち尽くす様が、現実に起きた出来事なのだと知らしめてくる。
 ラムダは、ぼんやりとその光景を眺める。ヘビがいたから助かった。自分もフラウもニシキも。
 ヘビの力によって守られた。
 けれど殆どの村人が命を落とした。
 何の罪もない優しい少女に心ない仕打ちをした人間だ。
 当然の報いだと、頭ではそんなことを思うのに、心境は複雑だった。
 肩でヘビが体を揺らして笑った。

「ザマミロって感じだナ」

 それに対して、ラムダが何も返さなかったので、ヘビは重ねて言う。

「まァだがなンだ。あンな村ノ人間どもが、どうなロうが正直知ったこッちゃネェが、アイツ! あのチビよ! あのチビはこのオレのペットだってーのに、勝手にヒトのモン奪いやがってあの野郎。気に入らねぇったらネェ!」
「誰がお前のペットだ」

 後ろから伸びてきた手がヘビを鷲掴みにし、ひょいと持ち上げる。
 その手の中から簡単に抜け出し、今度は地面に降りて言う。

「テメェはペット以下ノ家畜以下だよ、クソアマ」
「踏み潰すぞ、ミミズもどき」
「いずれにしても」

 二人の間に割って入ったのはニシキで、そこからラムダを見た。

「これで追うべき対象がはっきりいたしましたな」
「いや、オトはもちろん助けるけど……」

 ラムダの本来の目的は行方不明のテラを見つけ出すことだ。それを忘れたかのような発言にラムダは当惑し、ニシキはそんな胸の内を見透かすように付け加える。

「はい。ですからラムダ殿の妹御もまた、あの男が鍵を握っているものと」
「え?」
「どういうことだ?」

 ヘビをリボン結びにしようとしていた手を止め、放り捨ててから、フラウが眉をひそめた。
 ニシキは両側の二人の顔を交互に見て、

「でございますね? 白妙様」

 そう言い残して、瞬きの間に姿を消した。
 ラムダとフラウが驚いて辺りを見回す。

「おい、面倒だからって逃げンなよ。テメェで言い出しとイて、お前ェ」

 ヘビの見上げる先、木の枝に腰かける老爺を見つけて、ラムダは初めてニシキと会った時のことを思い出す。
 いや、それよりも今は話の続きだ。
 ラムダはハッとし、地面に掌と膝をついてヘビに詰め寄る。

「テラも、あいつに捕まったの? どうしてわかるの?」
「捕まってンのかどうかまでは知らねェよ。ケド、あの野郎が使ったのは、地ノ力、ありゃあテメェの妹が持ってるはずのモンだ。風の鷹、地の狼、水の蛇、火の狐、そんくらいは聞いたことあンだろ」
「それって……」
「だからよ強引に抜き取ッたンだろ、力を」
「そんな……そんなことができるの? テラは無事なの?」
「さあなァ」

 にやにやと面白がるような気配が声にはあった。フラウがヘビを睨んで、ヘビも睨み返す。

「新たな印の持ち主が現れたとは聞いておりませんぞ?」

 頭上から声が降ってきて、ラムダは弾かれたように顔を上げる。

「そっか……もしテラに何かあったら、印を継ぐ誰かが現れるはずなんだ……」
「ええ。ですからこれからはテラ殿、オト殿の行方を知るためにあの男を探し出さねばなりません」
「あいつは、世界を作り変えるって言ってた。これは革命だって」
「そう、色々と気になることを言っていたな。それに他の神子の力を奪ったり、操ったり、どこでどうやってそんな知識を得たというんだ?」

 フラウは顎に手を添え呟き考え込んでいたが、ふと思い当たってラムダを振り返る。

「そうだラムダ、君もあの男のような力が使えるのか?」
「え? いや、僕は……」

 みなまで言い終わる前に、フラウは素早くヘビに視線を移す。
 目を細め、じっと見やりながら言う。

「水の蛇。お前、さっき自分でそう言っていたな? やはり御伽噺に出てくる始まりの獣か」
「だッたらなンだ?」
「お前は何を知っている?」
「なンにも。少なくともクソアマに話シて聞かせてやるようなコトは何ひとつねェよ。ねェ頭で無駄に考える暇あンなら、火でも起こしてな。よっぽど有効的だ」
「それなら僕が」
「テメェはダメだ。ソコのオツム空っぽ女が野営の準備してる間に、いつものヤツ済ませるぞ」

 ヘビはするするとラムダの体を這いあがり、定位置に収まる。

「貴様……!」

 足を一歩踏み出しかけたフラウの眼前を、上から下へ何かが通り過ぎた。
 長い体に歪な楕円模様を散らせた、褐色の蛇だった。

「それではワタクシめも共に参りましょうぞ!」

 嬉々としてラムダの足先に絡みつこうとする褐色の蛇の尾をフラウの手がすかさず掴んだ。
 顔の高さに持ち上げ、にっこり微笑む。

「それじゃあ、ごめんフラウ。すぐ戻るから」
「ラムダ!」

 遠ざかりかけた背中がぴたりと止まる。
 左右で色の違う目がフラウに据えられる。何を言おうとしたのか、何故呼び止めたのか自分でも一瞬わからなくなって、フラウは言いよどむ。

「ああいや、そうだ。傷はもういいのか?」
「うん、ヘビが治してくれたから」
「そう、か……」

 胸に引っかかりを覚えながらも、フラウは頷いた。
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