水端ノ獣ノ物語

冴木黒

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忘昔

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「爺さん、あんたは知ってるのか?」

 風が冷たい。
 空が暗くなり始めていた。
 水平線に消えゆく太陽の輝きが、世界を金色に染める。
 焚き火の前の、椅子代わりの丸太に腰を下ろしてフラウが言った。

「何のことですかな?」
「神子と忌み子について。それから始まりの獣について」

 聞きたいことは、本当はもっと他にもある。
 今日起きた出来事の中だけでも、いくつも。
 化獣となったオトの父親のこと。あの東の神子の言っていたこと。ラムダの傷のこと。
 疑問は次々と沸き出てくるが、整理するのがどうにもフラウは苦手だ。どういう順番で、どう尋ねて、どう纏めていいのかわからない。
 先の質問をしたのは、自分の中にある疑問の答えは全て、そこに起因している気がしたからだ。

「さて、フラウ殿の望む答えをワタクシめが持ち合わせているかどうか」
「少なくとも私よりは知っているだろう、本当のことを」

 ぎょろりとした目を見開き、ニシキはフラウを見る。

「……何故そのように思われるので?」
「カンだ」

 迷いなくきっぱりと返すフラウに、ニシキは声を上げて笑う。

「そうでございますなぁ」
「結局あの白ミミズは始まりの獣なんだろう? 爺さんもそうなのか? 水の蛇は複数いたのか?」
「いやいや、ワタクシは白妙様の、弟のような息子のような従兄弟のような甥のような孫のような存在に過ぎませんので」
「どれだ!」

 のらりくらりと躱すような物言いに、フラウは思わず怒鳴るが、ニシキは全く動じない。

「まあ一言で申しあげるとするならば、抜け殻、ですな」
「ふざけてるのか?」
「とんでもございません。先刻あなた様もおっしゃられましたな。始まりの獣、白妙様たちが何故そのように呼ばれているか、フラウ殿はご存知ないので?」
「昔話だろう? 子どもの時、おばあちゃんから何度も聞かされたよ」

 遠い昔。
 この世界に初めて生まれたのは四匹の獣だった。
 風の鷹、地の狼、水の蛇、炎の狐。
 鷹の羽から、狼の爪から、蛇の鱗から、狐の毛から、四匹の獣からは様々な動物が生まれた。

 溢れる緑、咲き乱れる花々。
 清らかな水。 
 有り余るほどの自然は生命を育み、やがて長い時の中で、動物たちは変化を遂げた。
 そうして生まれたのがニンゲンだった。

 誰もが知る創世記。
 ニシキが焚き火を見つめながら言う。

「ワタクシは白妙様の抜け殻より生まれました」
「ああ、だからシワシワなのか」
「だからシワシワなわけではありませんが、まあ何せ古い話でございますよ。ワタクシがこのように老い衰えるくらいには」
「あの白ミミズといい、一体どれだけ長く生きてるんだ? あんた達は……」
「さて、一万と千百五十を超えたあたりからもう数えることを諦めてしまいましたもので」
「万……」

 はあと吐息混じりに呟き、フラウは額を抑えて星の瞬く空を仰ぐ。
 遠い。遠すぎる。

「あんたたちは不死身か?」
「いいえ。何事も終わりはつきものです。たとえ、寿命が存在しないのだとしても……」

 風に揺らめき、踊る炎の光。
 ニシキは目を細める。

「昔、多くの仲間が散りました。もしかするとあれこそが我々にとっての死、あの時に滅ぶべきだったのかもしれません。ワタクシも……古いものは消え去り、新しいものが生まれゆく。時は移ろう。それが世の理というもの」
「よくわからないが、別によくないか? 古いものには古いものの良さがある。新しいものが現れたからといって、古いものが消えなければならない、なんてことはないだろう」
「ほっほ、フラウ殿はいつでも単じ、いえ真っ直ぐで実に宜しいですな」
「別に思ったまま言ってもらっても構わないぞ? 愚鈍な奴だと。難しく考えるのはどうにも苦手でね」
「とんでもない。あなた様の率直さは、愚かと片付けるにはあまりに篤実で芯が通ったもの。どうかそのように卑下なされますな」
「余計な気を遣わせたか、すまないな」
「素直に褒め言葉として受け取ってくだされ」

 互いに苦笑し合う。
 爆ぜる火を見つめながら、ニシキが言う。

「さて、フラウ殿は神子と忌み子、それと始まりの獣について知りたいのでしたな」
「ん? ああ、まあ言いたくないことなら無理にとは言わないが」
「よろしゅうございますよ」

 ニシキは過去に思いを馳せるように、目を閉じる。瞼に橙の光が踊る。

「では少し、昔話をしましょうか」
 
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