群生の花

冴木黒

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後編

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 消灯時間が過ぎた後。
 二階は施設管理者以外立ち入り禁止とされるフロアの、人気のない廊下。その暗がりに蠢く影があった。敵地に侵入するため身に着けたクラッキング技術を駆使し、ロックを解除する。
 侵入者である少女の目的は訓練生のデータ。
 対戦相手の彼女のこともきっと記録されているはず。
 端末を操作し、全訓練生のデータを呼び出す。
 対戦相手の情報は名前すら知らされない。当然施設内で会ったことも、話したことも一度もない。
 親しくなって、全力で戦えなくなることを避けるためだ。
 一枚一枚顔写真の画像を確認して探すのは面倒だったが、この施設は軍の精鋭を育成するための場所で、候補生の数は限られている。
 ウィンドウを開いては閉じる作業を繰り返し、ようやく辿り着く。
 青い癖毛のショートヘアの少女の顔写真。その下に表示された最新の記録の一文に少女はえっと思わず声を漏らしてしまう。

 223年3月5日 死亡

 日付は一年前のもので、何かの間違いかと思う。
 詳細表示のボタンを押して、内容を確認する。

 実戦式訓練において、個体NO:Sec-T-005に敗れ死亡。

 ドクドクと心臓が早鐘のように鳴る。
 これ以上はやめておけと、己の中の防衛本能が告げる。 
 だが、個体ナンバーという表示が目に留まり、気づけばクリックしていた。
 
 縦にずらりと並ぶ「Sec」から始まる、ファイル名。

 215年1月18日 エラー行動が見られたため、射殺処分。

 かちり、かちり。かちり。かちり。かちり……
 ファイルを開いては閉じる。
 開いたファイルにはどれも同じ青い癖毛の少女の顔写真が添付されていた。

 219年7月9日 トレーニング中に突然倒れ、治療室に運ばれるも死亡を確認。死因は解剖の結果……
 223年4月17日 実戦式訓練において、個体NO:Sec-F-003に敗れ死亡。

 死亡
 処分

 処分
 処分

 処分
 処分
 死亡
 処分

 死亡
 死亡

 死亡

 ………
 …………

 224年2月21日 実戦式訓練において、個体NO:Sec-T-002に敗れ死亡。

 今日の日付。
 つまりこの記録は、実践訓練の対戦相手のものであると、少女はすぐに気が付いた。
 そしてそこに記されたもう一つのナンバー。

 かちり――

 と震える指で、クリックする。
 
 ディスプレイ上に表示されたのは、少女の写真。
 予想に違わないその顔。

 Secモデルはトゥエーデ計画において好成績の者が多いが、中でもSec-T-002の能力の高さは群を抜いている。この結果から、胚子段階で処置を施すT方式が最も有用であることが実証された。

 トゥエーデ計画。
 その情報を得ることは、いとも容易くセキュリティを破り訓練生のデータを盗んだ少女にとって造作もないことだった。
 始まりは十七年前。
 そこに記されていたのは、生成したクローンに処置を施し、人体強化の実験を行うという内容、そして発案者であるトゥエーデ博士の名。
 
 ぐらぐらする頭を手で押さえながら少女は数歩よろめいて、どうにか踏みとどまる。
 その瞬間、警報音が鳴り響いた。
 ハッとして見やると、少女の腕に赤いセンサーの光が泳いでいる。
 自動的に照明がつき、廊下の方で数人の靴音がして、扉が開く。銃を構えた兵士が二人、少女の姿を見とがめて眉根を寄せ、

「お前は……動くな!」

 と叫んで、引き金に指をかけた。
 じりじりと近づき、少女を拘束する二人の兵士。少女の手首を掴んだ兵士の気が、一瞬だけ緩む。その一瞬の隙を少女は待っていた。
 手を払い、少女を拘束しようとした兵士に当て身を食らわせると、間髪入れずに姿勢を低くして射程から逃れる。同時に片足を軸にくるりと回転しながら、銃を構える兵士に足をかけて転ばせる。兵士は頭をぶつけて気絶し、その手から落ちた銃は床を滑り、窓の下の壁にぶつかって止まる。
 兵士の腰に下げられた通信機から、状況報告を求める声が響く中、少女は窓に歩み寄る。
 窓ガラスに映る自分の姿。
 初めて見るはずの、傷だらけのその顔。

 それは先刻、端末で何度も目にした青いショートヘアの少女と全く同じだった。


 警報音と銃声、それから悲鳴と怒号。そんなものが絶え間なく響き、騒然としていたのが嘘のように、今施設内は静まり返っていた。
 廊下のそこら中に動かなくなった兵士の体がいくつも転がり、流れ出た血が道を作っている。その先にいるのは、青く、あちこち跳ねたショートヘアの少女だ。
 長く大きな剣を握り、ゆらゆらと体を揺らしながら歩く少女の姿。
 彼女の姿を瞳に移した少年は驚愕に目を大きく見開く。

「君は……どうし」

 少年は全て言い切る前にどさりと床に落ちた。
 それは、つい数刻前まで共に鍛錬を積み、生活を共にしてきた同期の少年。
 彼もまた件の実験の素体だった。
 少年だけではない。この施設で兵士として育てられてきた者は皆、実験のため人工的に生み出された生命だ。

「うっ……」

 少女はその場で嘔吐した。
 疲弊のあまり倒れそうになるのを剣で体を支え、乱れた呼吸を繰り返す。
 だがまだ。
 まだだ。
 こんなことがあってはいけない。
 こんな知識を、技術を、この先の未来に、残してはいけない。
 少女は時折ふらつきながらも、一歩一歩廊下を進んでいく。


 奇妙なことにロックのかかっていなかった自動扉の向こう。
 暗い部屋の、端末の前。
 規則的にキーボードを叩く音が止まる。
 回転式の椅子から立ち上がり、こちらを振り返るのは白衣を纏った女性だった。
 廊下に立つ武器を手にした血まみれの少女の姿を見ても女性は取り乱しもせず、黙ってそこに立っていた。
 少女は胃液に焼かれた喉から声を絞り出す。

「トゥエーデ博士……?」
「ええ」

 頷いた次の瞬間、女性の体とその背後にある端末を幅広の剣が貫いていた。
 少女が大剣を引き抜き、女性は前方に倒れこむ。
 端末からバチバチと音と立てて火花が散り、画面がショートする。
 少女の手から剣が零れ落ちる。糸が切れた人形のように、少女の膝が落ちる。
 力なく座り込む少女は、虚ろな目を下に向ける。
 廊下から差し込む光に照らし出すのは、絶命した女性の顔。
 この悪魔のような計画を発案し、少女たちの命を弄んだ張本人。
 青く短い、あちこち跳ねたくせの強そうな髪。
 経年により肌から張りが失われていたとしても。 目尻や頬に小さな皺が見えたとしても。
 そこにはの面影が残っている。

「ひっ、ふふ……」

 何故だかわからないが、笑いがこみ上げた。
 少女は再び剣を取り、自身の首に刃をあてがう。

 こんな知識は、こんな技術は。
 こんなものは、この先の未来には―――
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