6 / 67
夜は明けて
しおりを挟む
なあ、さっきからそれ何をそんなに一生懸命書きこんでるんだ?
農耕関連の魔法の術式。土を肥やすやつ。
へえ、魔法ってそういうこともできるんだな。
荒れた土地をいかに豊かにするか、活用するか、気候の安定しない土地でいかにして作物を育てるか。おれがおったとこは、年中雪に覆われていて、だからみんなそんな研究ばっかしとった。洞窟ん中で温度管理して、地面の土柔くしたりして。
この国にもあるやろ、一帯が砂地で植物の少ない場所。
マルス砂漠のことか。
それそれ。乾いた砂地でも作物を育てられるようってな。今はそれを練っとるとこや。
便利だな。魔法は、色んなものを豊かにしてくれる。そんな素晴らしい技術があんたの国にはあったんだな。
おい、やめえ。それが失われてしまったのは惜しいことだ、みたいな顔すんなや。まだすべてが失われたわけやないんやぞ。このおれが、まだ残っとるんやからな。
ところでおまえさん、明日はなんか色々ある言うてなかったか? 準備とか忙しいんやないの?
こんなとこでサボってていいわけ?
息抜きだよ息抜き。明日から堅苦しい行事だのなんだのが朝から晩まで続くんだ。考えるだけでもうんざりするよ。
そりゃあしゃーねぇわな。何せおまえさんはこの国のトップや。その王様が今度嫁さん迎えようってんだから、慎ましやかにってわけにもいかんやろ。
ええやないか、隣国のお姫さん。むちゃ美人って話。
ああ、そしてとても心根の美しい、やさしい人だよ。
アホ、こんなとこでマジに惚気んな。聞いてるこっちが恥ずかしゅうてかなわんわ。
いや別にそういうつもりは……
ええからさっさと仕事に戻れ。ここでサボって、おれを共犯者にしてくれるな。ええか、次からは大臣達に言いつけるからな。
「ティラン!」
深く沈んでいた意識が引き上げられる。
白い清らかな光が、雪崩れ込んできて瞼の裏側にまで満ちる。ティランの中を支配していた正体不明の何かが抜け落ちていくのがわかる。
「しっかりしろ、ティラン」
強い光を宿した、緋色の目。銀色の、夜空に散る星のような瞳孔と虹彩。
日に焼けた肌の、赤い髪色の青年。
まだ朦朧とする意識の中で、ティランはその名を呼ぼうと唇を開く。
だけどそれは声にならなかった。
ティランは再び意識を失ったが、その眠りは先程とは異なり、安らぎに満ちたものであった。
次に気が付いた時、ティランは宿のベッドの上に寝かされていた。
カーテン越しに、外がほのかに明るくなっているのがわかる。
夜が明けたのだ。
ベッドの脇に、ルフスが突っ伏していた。呼吸の度に肩が上下する。静かに眠っているようだった。ティランが起き上がると、ルフスも目を覚ました。
顔を上げてティランを見上げ、安堵の表情になる。
「よかった。気が付いたんだな……」
「おれ……どうなったんや」
まだぼんやりする頭で、昨夜のことを思い出そうとする。
祭りで、突然明かりが全て消えて、恐ろしいことがあった。実体の見えない何かがティランに襲い掛かってきて、その後のことははっきりとは覚えていない。
ルフスは立ち上がり、隣のベッドの端に座りなおす。
「よくわからないんだよな。昨日、祭りの最中にいきなり辺りが真っ暗になって、そしたらなんかすごく嫌な感じがあって、振り返ったらティランが……おかしいんだけどさ、真っ暗で他は何も見えないはずなのに、ティランの姿だけがはっきり見えてて、しかもその周りに変なのがいっぱいいるし」
「ああ……」
その時の感覚を思い出し、ティランは両腕で自分の身体を抱きしめるようにして、ぶるりと身体を震わせた。
身体中にまとわりつく感じ。芯から凍り付くような寒気。内側を満たす、どろどろした何か。
「宿のおじさんが言ってたんだけどさ、最近なんかおかしなことが多いんだってさ」
「おかしなことって?」
「真夜中にどこからか気味の悪い声が聞こえてきたり、墓が荒らされてたり。そうだこの宿でも。あの受付のとこに飾ってある額縁の絵覚えてるか? あれって、本当は人物が描かれてたらしいんだけど、それが突然、そこに描かれた人物が消えてなくなったんだって。見てみたら確かに人が描かれてたんだろう部分が、綺麗にくりぬかれたみたいに真っ白になってたよ」
「なんやそれ、気味が悪いな……」
「だよな」
その時、真剣な顔で頷くルフスの腹が盛大に鳴った。
緊張感が一気になくなって、ルフスは照れくさそうに笑う。
「朝ごはん食えそうか? もし食えるなら、ここに持ってきてもらったほうがいいか?」
「いや、構わん。身体はもうどうもない。多分歩ける」
「それじゃあ、朝ごはん食べたら出発しよう。朝のうちに出発すれば、夜までには次の街に着くだろうから。野宿はできるだけ避けたいしな」
「その前に、買い物しといた方がええんとちがうか?」
「なんだ、何か買い忘れか?」
首を傾げるルフスを振り向いて、ティランはにやりと笑う。
「携帯食をもうちょっとな。おまえさんすぐ腹空かせるから」
農耕関連の魔法の術式。土を肥やすやつ。
へえ、魔法ってそういうこともできるんだな。
荒れた土地をいかに豊かにするか、活用するか、気候の安定しない土地でいかにして作物を育てるか。おれがおったとこは、年中雪に覆われていて、だからみんなそんな研究ばっかしとった。洞窟ん中で温度管理して、地面の土柔くしたりして。
この国にもあるやろ、一帯が砂地で植物の少ない場所。
マルス砂漠のことか。
それそれ。乾いた砂地でも作物を育てられるようってな。今はそれを練っとるとこや。
便利だな。魔法は、色んなものを豊かにしてくれる。そんな素晴らしい技術があんたの国にはあったんだな。
おい、やめえ。それが失われてしまったのは惜しいことだ、みたいな顔すんなや。まだすべてが失われたわけやないんやぞ。このおれが、まだ残っとるんやからな。
ところでおまえさん、明日はなんか色々ある言うてなかったか? 準備とか忙しいんやないの?
こんなとこでサボってていいわけ?
息抜きだよ息抜き。明日から堅苦しい行事だのなんだのが朝から晩まで続くんだ。考えるだけでもうんざりするよ。
そりゃあしゃーねぇわな。何せおまえさんはこの国のトップや。その王様が今度嫁さん迎えようってんだから、慎ましやかにってわけにもいかんやろ。
ええやないか、隣国のお姫さん。むちゃ美人って話。
ああ、そしてとても心根の美しい、やさしい人だよ。
アホ、こんなとこでマジに惚気んな。聞いてるこっちが恥ずかしゅうてかなわんわ。
いや別にそういうつもりは……
ええからさっさと仕事に戻れ。ここでサボって、おれを共犯者にしてくれるな。ええか、次からは大臣達に言いつけるからな。
「ティラン!」
深く沈んでいた意識が引き上げられる。
白い清らかな光が、雪崩れ込んできて瞼の裏側にまで満ちる。ティランの中を支配していた正体不明の何かが抜け落ちていくのがわかる。
「しっかりしろ、ティラン」
強い光を宿した、緋色の目。銀色の、夜空に散る星のような瞳孔と虹彩。
日に焼けた肌の、赤い髪色の青年。
まだ朦朧とする意識の中で、ティランはその名を呼ぼうと唇を開く。
だけどそれは声にならなかった。
ティランは再び意識を失ったが、その眠りは先程とは異なり、安らぎに満ちたものであった。
次に気が付いた時、ティランは宿のベッドの上に寝かされていた。
カーテン越しに、外がほのかに明るくなっているのがわかる。
夜が明けたのだ。
ベッドの脇に、ルフスが突っ伏していた。呼吸の度に肩が上下する。静かに眠っているようだった。ティランが起き上がると、ルフスも目を覚ました。
顔を上げてティランを見上げ、安堵の表情になる。
「よかった。気が付いたんだな……」
「おれ……どうなったんや」
まだぼんやりする頭で、昨夜のことを思い出そうとする。
祭りで、突然明かりが全て消えて、恐ろしいことがあった。実体の見えない何かがティランに襲い掛かってきて、その後のことははっきりとは覚えていない。
ルフスは立ち上がり、隣のベッドの端に座りなおす。
「よくわからないんだよな。昨日、祭りの最中にいきなり辺りが真っ暗になって、そしたらなんかすごく嫌な感じがあって、振り返ったらティランが……おかしいんだけどさ、真っ暗で他は何も見えないはずなのに、ティランの姿だけがはっきり見えてて、しかもその周りに変なのがいっぱいいるし」
「ああ……」
その時の感覚を思い出し、ティランは両腕で自分の身体を抱きしめるようにして、ぶるりと身体を震わせた。
身体中にまとわりつく感じ。芯から凍り付くような寒気。内側を満たす、どろどろした何か。
「宿のおじさんが言ってたんだけどさ、最近なんかおかしなことが多いんだってさ」
「おかしなことって?」
「真夜中にどこからか気味の悪い声が聞こえてきたり、墓が荒らされてたり。そうだこの宿でも。あの受付のとこに飾ってある額縁の絵覚えてるか? あれって、本当は人物が描かれてたらしいんだけど、それが突然、そこに描かれた人物が消えてなくなったんだって。見てみたら確かに人が描かれてたんだろう部分が、綺麗にくりぬかれたみたいに真っ白になってたよ」
「なんやそれ、気味が悪いな……」
「だよな」
その時、真剣な顔で頷くルフスの腹が盛大に鳴った。
緊張感が一気になくなって、ルフスは照れくさそうに笑う。
「朝ごはん食えそうか? もし食えるなら、ここに持ってきてもらったほうがいいか?」
「いや、構わん。身体はもうどうもない。多分歩ける」
「それじゃあ、朝ごはん食べたら出発しよう。朝のうちに出発すれば、夜までには次の街に着くだろうから。野宿はできるだけ避けたいしな」
「その前に、買い物しといた方がええんとちがうか?」
「なんだ、何か買い忘れか?」
首を傾げるルフスを振り向いて、ティランはにやりと笑う。
「携帯食をもうちょっとな。おまえさんすぐ腹空かせるから」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる