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すごい魔法使い
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天を覆いつくす木の葉が、そこだけ避けるように枝を伸ばさず、上空から見たらきっと穴が開いているように見えるだろう空間があった。太陽の光が惜しみなく注がれるその場所に、家はあった。
木造の、ゆったりとした広さのありそうな平屋の建物だ。
家の周りにはバケツや桶が積んで置かれていて、その近くに物干し用のロープが張られてある。
ロープには大きな布が一枚掛けられ、二か所を洗濯用のハサミで止めていた。
近くを二本の川が流れている。
「すみません、こんにちは」
扉を叩き、しばらく待ってみるが応答がない。
ところが、留守だろうかと思ってティランと顔を見合わせた時、内側で派手な物音がした。
何か大きな物が床に落ちたような音だった。
驚きつつノブに触れてみると、鍵は掛かっておらず、扉は内側に動いた。
「しつれいしまーす……」
扉の先はダイニングルームになっていて、テーブルと椅子が中心に置かれてあり、左側の壁際には暖炉、右側には調理台とかまど、奥に食器棚が設けてあった。食器棚の横には扉が二つ並んでいる。そのうち向かって左側の扉が中途半端に開いていて、奥は部屋になっていた。部屋には書棚と、書き物机と椅子が一つあって、分厚い本の塔が床にいくつもできている。それが一部崩れ、その上に重なるようにして男性がうつぶせに倒れていた。
「だ、大丈夫ですか?」
塔をぶつかりながら男性に近づき、ルフスはしゃがんで言う。
「どうしよう。街行って医者呼んできたほうがいいかな?」
「いや、寝とるだけやぞこれ……」
男性の肩を掴んで抱き起こすのを、ティランが後ろから覗き込み、呆れた声で言った。
冷静になって観察してみると、確かにそのようだった。静かにいびきをかいていて、表情だって穏やかだ。ただし目の下が黒ずみ、疲労の色が濃く見える。
「たぶん、その椅子座って本読んどる途中で寝てもうて、椅子から落ちたんとちがうか?」
「えええ……だとしたら起きるだろフツー」
「んー……」
男性が呻いて、瞼が持ち上がる。
「ディア……そうだ、あの子が帰ってくるのは………て、うわっ!」
寝ぼけてぼうとしていた目が焦点を結び、ルフス達の存在を認識して、男性はぎょっとする。
「誰だ君?」
「すみません、勝手に入って。すごい音がしたもんで。おれ、ルフスって言います。こっちはティラン。ここにすごい魔法使いが住んでるって聞いて来たんですけど」
「あ、なんだお客さんか」
納得したように呟いて、男性は立ち上がる。
男性が着ているのは裾の長いローブで、黒い髪と緑色の目をしていた。優しげに微笑む。
「ようこそ、こんな辺境の地までよく来たね。僕の名はラータだ。すごいかどうかは別として、この家に住む魔法使いは僕一人だよ」
手前の部屋に移動し、ルフスとティランは勧められるままに椅子に並んで座る。
ラータはかまどに火を入れると、瓶からやかんに水を移して置き、棚から茶葉の入った缶とティーポット、それからカップを三つ取り出してきた。
それからルフスの対面の椅子を引いて、腰を下ろす。
「さて、湯が沸くまでの間、君たちの事情を聞かせてもらおうかな」
「わるいけど、その前にひとつ頼みがあるんや」
「なんだろう?」
ティランはルフスの手首を掴むと、テーブルの上にあげさせ、袖を捲り、布に巻かれた箇所をラータに見せた。
布には血が滲み、広がっていた。
「薬とかないか? こいつこの通りケガしとって、ここに来る前に消毒と止血だけはしてもろたんやけど……」
「大丈夫だって、もう血は止まってるみたいだし」
「あほ、ちゃんと手当せえ言われたやろうが」
まあまあと宥めつつ、ラータがルフスに言う。
「とりあえず傷口見せてもらっていいかな? 傷薬と包帯くらいなら、うちにもあるし」
ティランに睨まれ、ルフスはしぶしぶ巻いてもらった布を取る。
血は固まっていたものの、傷口が痛々しく、ティランは思わず目を背けてしまう。
「うわこれはひどいな。でもこのくらいだったら、薬塗っておけばどうにかなると思うけど。痕は残っちゃうかも」
「それはまあ別に……」
「ちょっと待ってね。えーと確かあっちに薬箱が」
ラータは先程の本だらけの部屋の隣の部屋から木箱を持って戻ってくると、消毒した指で軟膏を塗り、包帯を巻こうとして、うまくできずに苦笑いする。
「ごめん、僕これ苦手なんだよね」
「大丈夫です、自分でできます」
ルフスは手際よく自分で自分の腕に包帯を巻いていき、ラータが感心する。
「へえ。器用だなあ」
「慣れてるんで」
ルフスはへへと笑う。
「よく怪我するタイプ?」
「まあちょくちょく」
「ぼやぼやしとるからやろ」
「よく言われる」
湯が沸く音に、ラータが席を立つ。その間に包帯を巻き終えて、ルフスは服の袖を下ろした。
ラータがカップに茶を注ぎながら、疑問を口にする。
「ところで今って動物たちは冬眠に入るころだと思うけど、それどうしたの?」
「魚みたいな化け物がいきなり襲ってきたんや。たしか川に住む魔族って言うとったな」
「あ、そう女の人が助けてくれたんです。弓矢持って馬に乗ってて、黒い髪と赤い目で。名前なんて言ってたっけ?」
「ディア・アレーニ」
盆にカップを乗せたラータがくるりと振り返る。僅かに首を傾け、微笑んで言う。
「僕の奥さんだよ、勇ましいひとだろ?」
木造の、ゆったりとした広さのありそうな平屋の建物だ。
家の周りにはバケツや桶が積んで置かれていて、その近くに物干し用のロープが張られてある。
ロープには大きな布が一枚掛けられ、二か所を洗濯用のハサミで止めていた。
近くを二本の川が流れている。
「すみません、こんにちは」
扉を叩き、しばらく待ってみるが応答がない。
ところが、留守だろうかと思ってティランと顔を見合わせた時、内側で派手な物音がした。
何か大きな物が床に落ちたような音だった。
驚きつつノブに触れてみると、鍵は掛かっておらず、扉は内側に動いた。
「しつれいしまーす……」
扉の先はダイニングルームになっていて、テーブルと椅子が中心に置かれてあり、左側の壁際には暖炉、右側には調理台とかまど、奥に食器棚が設けてあった。食器棚の横には扉が二つ並んでいる。そのうち向かって左側の扉が中途半端に開いていて、奥は部屋になっていた。部屋には書棚と、書き物机と椅子が一つあって、分厚い本の塔が床にいくつもできている。それが一部崩れ、その上に重なるようにして男性がうつぶせに倒れていた。
「だ、大丈夫ですか?」
塔をぶつかりながら男性に近づき、ルフスはしゃがんで言う。
「どうしよう。街行って医者呼んできたほうがいいかな?」
「いや、寝とるだけやぞこれ……」
男性の肩を掴んで抱き起こすのを、ティランが後ろから覗き込み、呆れた声で言った。
冷静になって観察してみると、確かにそのようだった。静かにいびきをかいていて、表情だって穏やかだ。ただし目の下が黒ずみ、疲労の色が濃く見える。
「たぶん、その椅子座って本読んどる途中で寝てもうて、椅子から落ちたんとちがうか?」
「えええ……だとしたら起きるだろフツー」
「んー……」
男性が呻いて、瞼が持ち上がる。
「ディア……そうだ、あの子が帰ってくるのは………て、うわっ!」
寝ぼけてぼうとしていた目が焦点を結び、ルフス達の存在を認識して、男性はぎょっとする。
「誰だ君?」
「すみません、勝手に入って。すごい音がしたもんで。おれ、ルフスって言います。こっちはティラン。ここにすごい魔法使いが住んでるって聞いて来たんですけど」
「あ、なんだお客さんか」
納得したように呟いて、男性は立ち上がる。
男性が着ているのは裾の長いローブで、黒い髪と緑色の目をしていた。優しげに微笑む。
「ようこそ、こんな辺境の地までよく来たね。僕の名はラータだ。すごいかどうかは別として、この家に住む魔法使いは僕一人だよ」
手前の部屋に移動し、ルフスとティランは勧められるままに椅子に並んで座る。
ラータはかまどに火を入れると、瓶からやかんに水を移して置き、棚から茶葉の入った缶とティーポット、それからカップを三つ取り出してきた。
それからルフスの対面の椅子を引いて、腰を下ろす。
「さて、湯が沸くまでの間、君たちの事情を聞かせてもらおうかな」
「わるいけど、その前にひとつ頼みがあるんや」
「なんだろう?」
ティランはルフスの手首を掴むと、テーブルの上にあげさせ、袖を捲り、布に巻かれた箇所をラータに見せた。
布には血が滲み、広がっていた。
「薬とかないか? こいつこの通りケガしとって、ここに来る前に消毒と止血だけはしてもろたんやけど……」
「大丈夫だって、もう血は止まってるみたいだし」
「あほ、ちゃんと手当せえ言われたやろうが」
まあまあと宥めつつ、ラータがルフスに言う。
「とりあえず傷口見せてもらっていいかな? 傷薬と包帯くらいなら、うちにもあるし」
ティランに睨まれ、ルフスはしぶしぶ巻いてもらった布を取る。
血は固まっていたものの、傷口が痛々しく、ティランは思わず目を背けてしまう。
「うわこれはひどいな。でもこのくらいだったら、薬塗っておけばどうにかなると思うけど。痕は残っちゃうかも」
「それはまあ別に……」
「ちょっと待ってね。えーと確かあっちに薬箱が」
ラータは先程の本だらけの部屋の隣の部屋から木箱を持って戻ってくると、消毒した指で軟膏を塗り、包帯を巻こうとして、うまくできずに苦笑いする。
「ごめん、僕これ苦手なんだよね」
「大丈夫です、自分でできます」
ルフスは手際よく自分で自分の腕に包帯を巻いていき、ラータが感心する。
「へえ。器用だなあ」
「慣れてるんで」
ルフスはへへと笑う。
「よく怪我するタイプ?」
「まあちょくちょく」
「ぼやぼやしとるからやろ」
「よく言われる」
湯が沸く音に、ラータが席を立つ。その間に包帯を巻き終えて、ルフスは服の袖を下ろした。
ラータがカップに茶を注ぎながら、疑問を口にする。
「ところで今って動物たちは冬眠に入るころだと思うけど、それどうしたの?」
「魚みたいな化け物がいきなり襲ってきたんや。たしか川に住む魔族って言うとったな」
「あ、そう女の人が助けてくれたんです。弓矢持って馬に乗ってて、黒い髪と赤い目で。名前なんて言ってたっけ?」
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