緋の英雄王 白銀の賢者

冴木黒

文字の大きさ
19 / 67

すごい魔法使い

しおりを挟む
 天を覆いつくす木の葉が、そこだけ避けるように枝を伸ばさず、上空から見たらきっと穴が開いているように見えるだろう空間があった。太陽の光が惜しみなく注がれるその場所に、家はあった。
 木造の、ゆったりとした広さのありそうな平屋の建物だ。
 家の周りにはバケツや桶が積んで置かれていて、その近くに物干し用のロープが張られてある。
 ロープには大きな布が一枚掛けられ、二か所を洗濯用のハサミで止めていた。
 近くを二本の川が流れている。

「すみません、こんにちは」

 扉を叩き、しばらく待ってみるが応答がない。
 ところが、留守だろうかと思ってティランと顔を見合わせた時、内側で派手な物音がした。
 何か大きな物が床に落ちたような音だった。
 驚きつつノブに触れてみると、鍵は掛かっておらず、扉は内側に動いた。

「しつれいしまーす……」

 扉の先はダイニングルームになっていて、テーブルと椅子が中心に置かれてあり、左側の壁際には暖炉、右側には調理台とかまど、奥に食器棚が設けてあった。食器棚の横には扉が二つ並んでいる。そのうち向かって左側の扉が中途半端に開いていて、奥は部屋になっていた。部屋には書棚と、書き物机と椅子が一つあって、分厚い本の塔が床にいくつもできている。それが一部崩れ、その上に重なるようにして男性がうつぶせに倒れていた。

「だ、大丈夫ですか?」

 塔をぶつかりながら男性に近づき、ルフスはしゃがんで言う。

「どうしよう。街行って医者呼んできたほうがいいかな?」
「いや、寝とるだけやぞこれ……」

 男性の肩を掴んで抱き起こすのを、ティランが後ろから覗き込み、呆れた声で言った。
 冷静になって観察してみると、確かにそのようだった。静かにいびきをかいていて、表情だって穏やかだ。ただし目の下が黒ずみ、疲労の色が濃く見える。

「たぶん、その椅子座って本読んどる途中で寝てもうて、椅子から落ちたんとちがうか?」
「えええ……だとしたら起きるだろフツー」
「んー……」

 男性が呻いて、瞼が持ち上がる。

「ディア……そうだ、あの子が帰ってくるのは………て、うわっ!」

 寝ぼけてぼうとしていた目が焦点を結び、ルフス達の存在を認識して、男性はぎょっとする。

「誰だ君?」
「すみません、勝手に入って。すごい音がしたもんで。おれ、ルフスって言います。こっちはティラン。ここにすごい魔法使いが住んでるって聞いて来たんですけど」
「あ、なんだお客さんか」
 
 納得したように呟いて、男性は立ち上がる。
 男性が着ているのは裾の長いローブで、黒い髪と緑色の目をしていた。優しげに微笑む。

「ようこそ、こんな辺境の地までよく来たね。僕の名はラータだ。すごいかどうかは別として、この家に住む魔法使いは僕一人だよ」

 手前の部屋に移動し、ルフスとティランは勧められるままに椅子に並んで座る。
 ラータはかまどに火を入れると、瓶からやかんに水を移して置き、棚から茶葉の入った缶とティーポット、それからカップを三つ取り出してきた。
 それからルフスの対面の椅子を引いて、腰を下ろす。

「さて、湯が沸くまでの間、君たちの事情を聞かせてもらおうかな」
「わるいけど、その前にひとつ頼みがあるんや」
「なんだろう?」

 ティランはルフスの手首を掴むと、テーブルの上にあげさせ、袖を捲り、布に巻かれた箇所をラータに見せた。
 布には血が滲み、広がっていた。

「薬とかないか? こいつこの通りケガしとって、ここに来る前に消毒と止血だけはしてもろたんやけど……」
「大丈夫だって、もう血は止まってるみたいだし」
「あほ、ちゃんと手当せえ言われたやろうが」

 まあまあと宥めつつ、ラータがルフスに言う。

「とりあえず傷口見せてもらっていいかな? 傷薬と包帯くらいなら、うちにもあるし」

 ティランに睨まれ、ルフスはしぶしぶ巻いてもらった布を取る。
 血は固まっていたものの、傷口が痛々しく、ティランは思わず目を背けてしまう。

「うわこれはひどいな。でもこのくらいだったら、薬塗っておけばどうにかなると思うけど。痕は残っちゃうかも」
「それはまあ別に……」
「ちょっと待ってね。えーと確かあっちに薬箱が」

 ラータは先程の本だらけの部屋の隣の部屋から木箱を持って戻ってくると、消毒した指で軟膏を塗り、包帯を巻こうとして、うまくできずに苦笑いする。

「ごめん、僕これ苦手なんだよね」
「大丈夫です、自分でできます」

 ルフスは手際よく自分で自分の腕に包帯を巻いていき、ラータが感心する。

「へえ。器用だなあ」
「慣れてるんで」

 ルフスはへへと笑う。

「よく怪我するタイプ?」
「まあちょくちょく」
「ぼやぼやしとるからやろ」
「よく言われる」

 湯が沸く音に、ラータが席を立つ。その間に包帯を巻き終えて、ルフスは服の袖を下ろした。
 ラータがカップに茶を注ぎながら、疑問を口にする。

「ところで今って動物たちは冬眠に入るころだと思うけど、それどうしたの?」
「魚みたいな化け物がいきなり襲ってきたんや。たしか川に住む魔族って言うとったな」
「あ、そう女の人が助けてくれたんです。弓矢持って馬に乗ってて、黒い髪と赤い目で。名前なんて言ってたっけ?」
「ディア・アレーニ」

 盆にカップを乗せたラータがくるりと振り返る。僅かに首を傾け、微笑んで言う。

「僕の奥さんだよ、勇ましいひとだろ?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

処理中です...