20 / 67
突然の来訪者
しおりを挟む
「呪いか……」
ルフスの痣をまじまじと観察しながら、ラータは険しい顔をしている。
呪いの痣は、またすこし大きくなっているようだった。種から出た芽は一本の蔦となり胸から背中にかけて伸びていた。
「呪いはいわゆる呪術、魔法は魔術と呼ばれることがあって、確かに同じ術の一種であるといえばそうなんだけど……」
腕を組んで、喉を反らせ天井を仰ぎ唸るラータに、ティランが感情を抑えた声で言う。
「わかっとる、全くの別のもんやろ。魔法でどうにかなるもんやないってことくらいは、おれかて知っとる。けど何か、たとえば呪術に詳しいやつとか、若しくは、神に近いと言われるようなやつなら呪いをどうにかできるかもしれんって聞いて。もしそういう情報を持ってたら、教えてほしいんや」
「ごめん。今思い当たる節はないし、僕にそういった知り合いはいない」
「そうか……」
「ただちょっといくつか伝手があってさ。その辺頼って調べてみるから、少し時間をくれないかな?」
「構わん、よろしく頼む」
藁にもすがる思いで、ティランは頭を下げる。
さっきから落ち着かない様子のルフスが、横から口を挟んだ。
「なあ、おれのことよりティランのことは? そもそもティランに掛けられてる魔法のことを相談にするために来たんだよな?」
「あ、そうなんだ?」
「そうやけど……」
ラータはティランに視線を移す。
ティランがそれ以上何も言わないから、ルフスが服を着ながら説明する。
「ティランは自分のことを全然覚えてなくて、だからリュナで医者に診てもらったんですけど、そしたら魔法がかけられてるって言われて」
「ふん……頭に触ってもいいかい?」
ティランが頷くと、ラータはティランの額に指先を押し当てた。
目を閉じる。
ラータの指先には淡い光が宿っていた。しばらくして光が消える。目を開いて、額から指を離し、ラータが言う。
「これは、見た目を変える魔法のようだけど……」
「見た目を?」
ルフスが驚いて、ティランを見た。ティランもまた驚きに瞠目していた。
「どうする? 比較的単純な術式だから多分、僕でも解くことはできると思うけど。何か訳があってそうしてるのなら」
「訳ってなんです?」
「何かから身を隠すためとか?」
「なるほど」
ルフスはもう一度ティランの方を向いた。
ティランはほんの少しだけ迷って、それから言った。
「ええよ別に。誰かから身を隠すって言うても、どうせ今はその相手が誰かもわからんのや」
「わかった。それじゃ、ちょっと向こうで術式練ってくるから、その辺で適当にしててくれる?」
「あ、おい。その前にこいつの呪いのことを……」
「大丈夫、忘れてないから。多分もう少ししたら来るんじゃないかな?」
ラータは本だらけの部屋に入り、扉を閉めてしまう。
ルフスとティランは同時に同じことを呟く。
「来るってなにが?」
二人並んで呆然と、ラータの消えた扉を見つめる。すると突然、視界が揺らいだ。
何事かと疑う間もなく、大量の光の粒子が室内に現れた。
息を詰めて見守るルフスらの目の前で、細かく散ったそれはまるで吸い寄せられるように中心に集まり、何かを象っていく。光は徐々に弱くなり、その正体が明らかになる。
人だった。二人の人の形だ。一人は小さい女の子供の姿だ。黒い髪と緑色の瞳をしていて、もう一人の男性に抱えられている。男性は二十代半ばほどの見た目だった。薄茶色の髪と、蜜を固めて作ったような黄色の目。目尻が下がっていて、顎が小さく、整った顔をしていた。
男性がぎくりと肩を揺らして言う。
「え、だれだ?」
「いや、そっちこそ」
思わずティランがそう返すと、男性に抱きかかえられた女の子が眉を吊り上げて言った。
「あなたたちだれよ、ここはあたしのおうちよ」
「え?」
「おかあさんとおとうさんはどこ? もし何かしたりしたら承知しないんだから!」
「おい、やめろ」
女の子は腕の中から飛び降りると、両手を腰に当て、強気にルフスとティランを睨み上げた。
男性が慌てて女の子の肩を掴んで引き寄せ、庇うように背中側に押しやる。
ルフスが言う。
「すみません、おれ達は魔法使いに、ラータさんに用があって訪ねて来たんです。ラータさんは今そっちの部屋で作業してて」
「ああ、そうなの? そんでディアは、いないのか……」
「で、おまえさんは誰や? この家の住人ってわけでもないんやろ? とても兄妹には見えんしな」
ティランの言うとおり、女の子と男性は親子ほどの年の差がありそうに見えた。しかし先程の女の子の発言から、彼女の父親はラータであるということが知れる。となると、親族か知り合いのどちらかだろうということくらいは予想できるから、それよりもいきなり何もない場所に現れたというのは一体どういう原理なんだろうかということの方が、ルフスは気になっていた。
けれどそこで、そういえばと思う。
ディア・アレーニというあの女性が教えてくれたように、赤い実をつけた木の幹の前で耳慣れない言葉を口にした時、不思議なことに一瞬でこの家の前に移動していた。ティランはあの不思議な現象を、魔法だと言っていた。
この男性と女の子が突然現れたのも魔法なのだろうか。
そんなことを考えていたら、ティランが更なる疑問を男性に投げた。
「それに、さっきの転移魔法やろ。杖も持ってないようやけど、どうやって発動した?」
「悪いけどそういう細かい話はラータの奴に聞いてくれ。オレはそういう魔法の理論だのなんだのは、よくわからねぇんだよ」
「わからんと魔法使ったっていうんか? 嘘やろ……」
男性の言葉に、ティランは愕然とする。
それがどれだけ大変なことなのか、魔法など縁遠いルフスには全くわからない。
玄関扉が開いて誰かが入ってきた。
「あら」
ディアだった。女の子が男性の足元から顔を出し、顔中に笑みを浮かべて飛びつく。
「おかあさん!」
「おかえりなさい、ラヴィ。ソロはお疲れさま、晩ご飯すぐ用意するから食べていってね。あなたたちも」
ディアはラヴィの頭を撫で、まるで誰かを探すように視線を動かした。
男性が黙って、指で奥の部屋を示し、それだけでディアは理解したようだった。
「悪いんだけど誰か、荷物運び入れるの手伝ってくれる?」
ルフスの痣をまじまじと観察しながら、ラータは険しい顔をしている。
呪いの痣は、またすこし大きくなっているようだった。種から出た芽は一本の蔦となり胸から背中にかけて伸びていた。
「呪いはいわゆる呪術、魔法は魔術と呼ばれることがあって、確かに同じ術の一種であるといえばそうなんだけど……」
腕を組んで、喉を反らせ天井を仰ぎ唸るラータに、ティランが感情を抑えた声で言う。
「わかっとる、全くの別のもんやろ。魔法でどうにかなるもんやないってことくらいは、おれかて知っとる。けど何か、たとえば呪術に詳しいやつとか、若しくは、神に近いと言われるようなやつなら呪いをどうにかできるかもしれんって聞いて。もしそういう情報を持ってたら、教えてほしいんや」
「ごめん。今思い当たる節はないし、僕にそういった知り合いはいない」
「そうか……」
「ただちょっといくつか伝手があってさ。その辺頼って調べてみるから、少し時間をくれないかな?」
「構わん、よろしく頼む」
藁にもすがる思いで、ティランは頭を下げる。
さっきから落ち着かない様子のルフスが、横から口を挟んだ。
「なあ、おれのことよりティランのことは? そもそもティランに掛けられてる魔法のことを相談にするために来たんだよな?」
「あ、そうなんだ?」
「そうやけど……」
ラータはティランに視線を移す。
ティランがそれ以上何も言わないから、ルフスが服を着ながら説明する。
「ティランは自分のことを全然覚えてなくて、だからリュナで医者に診てもらったんですけど、そしたら魔法がかけられてるって言われて」
「ふん……頭に触ってもいいかい?」
ティランが頷くと、ラータはティランの額に指先を押し当てた。
目を閉じる。
ラータの指先には淡い光が宿っていた。しばらくして光が消える。目を開いて、額から指を離し、ラータが言う。
「これは、見た目を変える魔法のようだけど……」
「見た目を?」
ルフスが驚いて、ティランを見た。ティランもまた驚きに瞠目していた。
「どうする? 比較的単純な術式だから多分、僕でも解くことはできると思うけど。何か訳があってそうしてるのなら」
「訳ってなんです?」
「何かから身を隠すためとか?」
「なるほど」
ルフスはもう一度ティランの方を向いた。
ティランはほんの少しだけ迷って、それから言った。
「ええよ別に。誰かから身を隠すって言うても、どうせ今はその相手が誰かもわからんのや」
「わかった。それじゃ、ちょっと向こうで術式練ってくるから、その辺で適当にしててくれる?」
「あ、おい。その前にこいつの呪いのことを……」
「大丈夫、忘れてないから。多分もう少ししたら来るんじゃないかな?」
ラータは本だらけの部屋に入り、扉を閉めてしまう。
ルフスとティランは同時に同じことを呟く。
「来るってなにが?」
二人並んで呆然と、ラータの消えた扉を見つめる。すると突然、視界が揺らいだ。
何事かと疑う間もなく、大量の光の粒子が室内に現れた。
息を詰めて見守るルフスらの目の前で、細かく散ったそれはまるで吸い寄せられるように中心に集まり、何かを象っていく。光は徐々に弱くなり、その正体が明らかになる。
人だった。二人の人の形だ。一人は小さい女の子供の姿だ。黒い髪と緑色の瞳をしていて、もう一人の男性に抱えられている。男性は二十代半ばほどの見た目だった。薄茶色の髪と、蜜を固めて作ったような黄色の目。目尻が下がっていて、顎が小さく、整った顔をしていた。
男性がぎくりと肩を揺らして言う。
「え、だれだ?」
「いや、そっちこそ」
思わずティランがそう返すと、男性に抱きかかえられた女の子が眉を吊り上げて言った。
「あなたたちだれよ、ここはあたしのおうちよ」
「え?」
「おかあさんとおとうさんはどこ? もし何かしたりしたら承知しないんだから!」
「おい、やめろ」
女の子は腕の中から飛び降りると、両手を腰に当て、強気にルフスとティランを睨み上げた。
男性が慌てて女の子の肩を掴んで引き寄せ、庇うように背中側に押しやる。
ルフスが言う。
「すみません、おれ達は魔法使いに、ラータさんに用があって訪ねて来たんです。ラータさんは今そっちの部屋で作業してて」
「ああ、そうなの? そんでディアは、いないのか……」
「で、おまえさんは誰や? この家の住人ってわけでもないんやろ? とても兄妹には見えんしな」
ティランの言うとおり、女の子と男性は親子ほどの年の差がありそうに見えた。しかし先程の女の子の発言から、彼女の父親はラータであるということが知れる。となると、親族か知り合いのどちらかだろうということくらいは予想できるから、それよりもいきなり何もない場所に現れたというのは一体どういう原理なんだろうかということの方が、ルフスは気になっていた。
けれどそこで、そういえばと思う。
ディア・アレーニというあの女性が教えてくれたように、赤い実をつけた木の幹の前で耳慣れない言葉を口にした時、不思議なことに一瞬でこの家の前に移動していた。ティランはあの不思議な現象を、魔法だと言っていた。
この男性と女の子が突然現れたのも魔法なのだろうか。
そんなことを考えていたら、ティランが更なる疑問を男性に投げた。
「それに、さっきの転移魔法やろ。杖も持ってないようやけど、どうやって発動した?」
「悪いけどそういう細かい話はラータの奴に聞いてくれ。オレはそういう魔法の理論だのなんだのは、よくわからねぇんだよ」
「わからんと魔法使ったっていうんか? 嘘やろ……」
男性の言葉に、ティランは愕然とする。
それがどれだけ大変なことなのか、魔法など縁遠いルフスには全くわからない。
玄関扉が開いて誰かが入ってきた。
「あら」
ディアだった。女の子が男性の足元から顔を出し、顔中に笑みを浮かべて飛びつく。
「おかあさん!」
「おかえりなさい、ラヴィ。ソロはお疲れさま、晩ご飯すぐ用意するから食べていってね。あなたたちも」
ディアはラヴィの頭を撫で、まるで誰かを探すように視線を動かした。
男性が黙って、指で奥の部屋を示し、それだけでディアは理解したようだった。
「悪いんだけど誰か、荷物運び入れるの手伝ってくれる?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる