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魂を継ぐ者
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ティランがラータに連れられやってきたのは、森を抜けた先の、岩肌にあるトンネルだった。
ラータは灯り代わりに杖を発光させて、トンネルの中を進む。幅はそこそこあって、反対に高さはあまりない。ラータの身長よりもやや高い程度だ。
歩きながらラータは枕元で子供に物語でも聞かせるように、話をする。
「このトンネルの先にはね、昔一つの国があったんだ。険しい岩山と雪に閉ざされた小さな国エストレラ。魔法文明が発達した国で、古代魔法の研究が盛んだった。国の人々は皆魔力を持ち、そのおかげで厳しい環境の中でも快適に過ごすことができた。エストレラへ行くにはこのトンネルを抜ける以外に道はない。そしてトンネルの奥には」
ラータは唐突に言葉を切って、同時に足を止めた。
杖を持っていない方の手を前に翳す。
空中に、鈍く光る図形が現れた。図形は複雑で、何重もの円と幾何学模様、そして今は使われていない古い文字が所々に刻まれていた。
「このとおり壁がある。恐らくこれは、エストレラの人々が施した結界。外部からの敵の侵入を防ぐためのもの。岩山と、この結界によってエストレラは長い間守られてきた」
「雪に閉ざされた国、エストレラ……?」
「けれどある日、この結界を突破した者たちがいた。強大な武力を持つ近隣の国だ。そうしてたった一夜にして、国は滅んだ。エストレラでは魔法は人々の生活の向上を旨として発展していたから、戦うための術を殆ど持っていなかったんだ」
ラータは短く息を吐くと、翳していた手を下ろす。
「僕は今、古代魔法の研究をしているから、この結界の向こうに行きたいと思っててね。結界を解く方法を探してるんだよ。だから君がその姿に変じてものすごく驚いたし、何かの手がかりになるんじゃないかって思ってね」
「おれが?」
要領を得ず眉根を寄せるティランを振り返り、ラータが言う。
「うん。そのエストレラの人々は皆そう、君のように白銀の髪と薄青色の眸をしていたんだ」
「そしたらおまえさんは、おれがその滅んだ国の人間やって言いたいんか?」
「まさか! 五百年以上も昔の話だよ? ただ、ひょっとして逃げのびた人が何人かでもいたんじゃないかなって思ってる。もしそうなら君はその子孫じゃないかって」
そう言われても、ティランにはそもそも記憶がない。
記憶が戻ったとしてもそんな大昔の出来事、自分に繋がりがあるのかどうかなんてわかるものなのだろうか。
ラータは意味ありげに、口端をあげて笑う。その笑顔に、ティランはちょっと気圧される。目の輝きが、ティランの髪と目の色の変化を見た時のそれと同じだった。
「ひとつ試してみないか?」
「な、なんや。何を」
「君が魔法を使えるかどうかをさ」
来た道を引き返し、森の中の一軒家に戻る。
家にはルフスとディアとラヴィ、それに知らない人間が一人増えていた。妙な格好の女だ。彼らはテーブルを囲んで座っていて、何か話の最中のようだった。
女は無感情な目でティランをじっと見つめた。それがなんだか不快で、ティランは女を睨む。
ルフスがどたばたとやってきて言う。興奮にか、動揺にか、珍しく声が上ずっている。
「ティラン、ティラン、どうしよう、おれちょっとあの、よくわかんないんだけど」
「落ち着け、何がや。順を追ってきちんと話せ」
「だから山吹が、おれが英雄だって」
「はぁ?」
ティランが片眉を上げる。
だめだ、まったく意味がわからない。
ルフスに順を追って説明しろなんて言った自分がまず間違いだった。
ティランの後から入ってきたラータが少し考えて、うんと頷く。
「とりあえず昼済ませよう昼。なんでもいい? 僕がなんか適当に作るよ。ディア手伝ってくれる?」
「あ、じゃあおれはええと……」
ルフスがディアに助けを求めるように顔を向け、ディアが言う。
「そうねえ、また馬のご飯お願いしてもいい?」
「はい」
ルフスは慌ただしく外に出て行く。ラータとディアは台所で食事の支度をしながら何か話をしていて、その足元にはラヴィがいた。
空いた椅子、女の前の席に座り、不審に満ちた目で見やった。
「さっきアイツが言うてた山吹っていうのは、あんたのことやな。あんた一体なにもんや。なんでルフスに近づく」
女はやはり表情を動かすことなく、じっとティランを見つめ返す。
そうして揺るがない視線のまま言った。
「ルフス殿は伝説の英雄王の魂を継ぐお方。闇を祓い、邪を打ち砕く力をお持ちです。そして私は、そんなルフス殿の手助けを行うよう、天より遣わされて参りました。ですので、今後はあなた方の旅に同行させていただくことになります。何卒よろしくお願いいたします、ティラン殿」
「何を勝手なことを……! おまえさんみたいな胡散臭いやつ」
音を立てて立ち上がるティランの背後で、ラータが振り返って言った。
手には、ちぎりかけのレタスの葉があった。
「あー、ティラン。そのひと本当に神様から遣わされたひとみたいだから。ほら、僕昨日ソロさんにお願いしてただろ。それでその山吹さんが来てくれたみたい」
「! そしたら呪いは」
「ご安心ください。呪いのことも聞き及んでおりましたので、初めに取り除いておきました」
ティランは急いで外へ行き、しばらくして戻ってきた。
扉の前に立ったまま、山吹に頭を下げた。
「疑って悪かった。あいつの呪いを解いてくれたことは感謝する。けど、あいつが英雄の力の持ち主っていうのは……」
俄かには信じられない話だ。
ましてやあの楽天的で、のんびりしていて、人が良くて、土いじりや家畜の世話くらいしか取り柄のなさそうな男が、剣を振り回して戦っている姿など想像できなかった。
ラータは灯り代わりに杖を発光させて、トンネルの中を進む。幅はそこそこあって、反対に高さはあまりない。ラータの身長よりもやや高い程度だ。
歩きながらラータは枕元で子供に物語でも聞かせるように、話をする。
「このトンネルの先にはね、昔一つの国があったんだ。険しい岩山と雪に閉ざされた小さな国エストレラ。魔法文明が発達した国で、古代魔法の研究が盛んだった。国の人々は皆魔力を持ち、そのおかげで厳しい環境の中でも快適に過ごすことができた。エストレラへ行くにはこのトンネルを抜ける以外に道はない。そしてトンネルの奥には」
ラータは唐突に言葉を切って、同時に足を止めた。
杖を持っていない方の手を前に翳す。
空中に、鈍く光る図形が現れた。図形は複雑で、何重もの円と幾何学模様、そして今は使われていない古い文字が所々に刻まれていた。
「このとおり壁がある。恐らくこれは、エストレラの人々が施した結界。外部からの敵の侵入を防ぐためのもの。岩山と、この結界によってエストレラは長い間守られてきた」
「雪に閉ざされた国、エストレラ……?」
「けれどある日、この結界を突破した者たちがいた。強大な武力を持つ近隣の国だ。そうしてたった一夜にして、国は滅んだ。エストレラでは魔法は人々の生活の向上を旨として発展していたから、戦うための術を殆ど持っていなかったんだ」
ラータは短く息を吐くと、翳していた手を下ろす。
「僕は今、古代魔法の研究をしているから、この結界の向こうに行きたいと思っててね。結界を解く方法を探してるんだよ。だから君がその姿に変じてものすごく驚いたし、何かの手がかりになるんじゃないかって思ってね」
「おれが?」
要領を得ず眉根を寄せるティランを振り返り、ラータが言う。
「うん。そのエストレラの人々は皆そう、君のように白銀の髪と薄青色の眸をしていたんだ」
「そしたらおまえさんは、おれがその滅んだ国の人間やって言いたいんか?」
「まさか! 五百年以上も昔の話だよ? ただ、ひょっとして逃げのびた人が何人かでもいたんじゃないかなって思ってる。もしそうなら君はその子孫じゃないかって」
そう言われても、ティランにはそもそも記憶がない。
記憶が戻ったとしてもそんな大昔の出来事、自分に繋がりがあるのかどうかなんてわかるものなのだろうか。
ラータは意味ありげに、口端をあげて笑う。その笑顔に、ティランはちょっと気圧される。目の輝きが、ティランの髪と目の色の変化を見た時のそれと同じだった。
「ひとつ試してみないか?」
「な、なんや。何を」
「君が魔法を使えるかどうかをさ」
来た道を引き返し、森の中の一軒家に戻る。
家にはルフスとディアとラヴィ、それに知らない人間が一人増えていた。妙な格好の女だ。彼らはテーブルを囲んで座っていて、何か話の最中のようだった。
女は無感情な目でティランをじっと見つめた。それがなんだか不快で、ティランは女を睨む。
ルフスがどたばたとやってきて言う。興奮にか、動揺にか、珍しく声が上ずっている。
「ティラン、ティラン、どうしよう、おれちょっとあの、よくわかんないんだけど」
「落ち着け、何がや。順を追ってきちんと話せ」
「だから山吹が、おれが英雄だって」
「はぁ?」
ティランが片眉を上げる。
だめだ、まったく意味がわからない。
ルフスに順を追って説明しろなんて言った自分がまず間違いだった。
ティランの後から入ってきたラータが少し考えて、うんと頷く。
「とりあえず昼済ませよう昼。なんでもいい? 僕がなんか適当に作るよ。ディア手伝ってくれる?」
「あ、じゃあおれはええと……」
ルフスがディアに助けを求めるように顔を向け、ディアが言う。
「そうねえ、また馬のご飯お願いしてもいい?」
「はい」
ルフスは慌ただしく外に出て行く。ラータとディアは台所で食事の支度をしながら何か話をしていて、その足元にはラヴィがいた。
空いた椅子、女の前の席に座り、不審に満ちた目で見やった。
「さっきアイツが言うてた山吹っていうのは、あんたのことやな。あんた一体なにもんや。なんでルフスに近づく」
女はやはり表情を動かすことなく、じっとティランを見つめ返す。
そうして揺るがない視線のまま言った。
「ルフス殿は伝説の英雄王の魂を継ぐお方。闇を祓い、邪を打ち砕く力をお持ちです。そして私は、そんなルフス殿の手助けを行うよう、天より遣わされて参りました。ですので、今後はあなた方の旅に同行させていただくことになります。何卒よろしくお願いいたします、ティラン殿」
「何を勝手なことを……! おまえさんみたいな胡散臭いやつ」
音を立てて立ち上がるティランの背後で、ラータが振り返って言った。
手には、ちぎりかけのレタスの葉があった。
「あー、ティラン。そのひと本当に神様から遣わされたひとみたいだから。ほら、僕昨日ソロさんにお願いしてただろ。それでその山吹さんが来てくれたみたい」
「! そしたら呪いは」
「ご安心ください。呪いのことも聞き及んでおりましたので、初めに取り除いておきました」
ティランは急いで外へ行き、しばらくして戻ってきた。
扉の前に立ったまま、山吹に頭を下げた。
「疑って悪かった。あいつの呪いを解いてくれたことは感謝する。けど、あいつが英雄の力の持ち主っていうのは……」
俄かには信じられない話だ。
ましてやあの楽天的で、のんびりしていて、人が良くて、土いじりや家畜の世話くらいしか取り柄のなさそうな男が、剣を振り回して戦っている姿など想像できなかった。
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