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神の御使い
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朝になり、朝食を済ませた後に、ルフスとティランはラータと共に家の外に出た。
朝の空気はひんやりとしていたが、天気が良くて陽射しがあるから、それほど寒さは感じない。
ラータは樫でできた長く立派な杖を片手で持ち、杖の先をぴたりと、正面に立つティランに向ける。
ルフスは離れた場所で、黙って二人を見守っている。
ラータの唇が紡ぐのは、ルフスの耳には聞き取ることのできない言葉だ。
「…………Hsyou a shell phoon lin gel Brayce of Hawell」
風にローブの裾がはためいている。
ティランは息を詰め、まっすぐにラータを見つめたまま動かない。
ラータの全身が光を帯び、光の中から小さな鳥が生まれた。それが群れとなって一斉に羽ばたく。鳥の群れは杖で示された方向、ティランを覆い隠すようにぐるぐると旋回して飛ぶ。
「この者を取り巻く魔法の力。纏い、覆い、変化をもたらす古の法。我が声、そして言葉はそれを取り除く道具である。掬い、拭い、消し去る効果をここに示し、この者の真の姿を現せ。Ents chest」
光が散じ、ティランの姿が目視できるようになる。
ティランはあまりの眩しさから目元を腕で覆っていた。だから真っ先に目に入ったのは、その髪色だ。
ルフスはあっと声を上げ、何度も目を瞬く。
ティランの真っ黒だった髪の色が、白に近い銀色へと変化していた。
冬の一面の雪景色を思わせるその色。
そしておそるおそる外された腕の、その内側から現れた眸は薄い青色だった。
変化が起きていたのは髪と目の色のみで、それ以外には特段変わった様子は見られない。
ティラン自身はまだ、自分の身に起こった変化を把握できていないらしく、何がどう変わったのか、確認しようとしきりに首を動かして自分の体を見下ろしている。
ラータは杖を下ろし、呆然と言う。
「ティラン、君は……」
透明度の高い氷のような眸がラータに向けられる。
ラータの顔つきが変わった。声がひどく高揚したものになる。
「君に見せたいものがある。これからすぐにでかけよう。君自身に関わりのあることだ」
ティランが返事をする前に、ラータはさっさと家の中に戻ってしまった。
訳がわからないまま置き去りにされたティランは、困惑顔でルフスを見た。
「なあおれ、どうなっとるんや?」
「えっと、髪と目の色が変わってる。銀と青。それだけ。それで、記憶とかは?」
ティランは何も言わず、首を横に振った。
それから指先で前髪を摘まんで、確認する。
ルフスが言う。
「そっか。そしたらまた、これからどうするか考えないとだな」
家の扉が開いてラータが出てきた。扉の間からディアが顔を出し、ティランを見て目を丸くしていた。
ラータは杖を持ったまま、大股で歩いてやってくる。
「行こう。昼までには戻るよ」
ティランはラータに伴われてどこかへ行き、ルフスは家で留守番をすることになった。
ルフスがラヴィの遊び相手になっている間、ディアは洗濯と掃除をする。
ラヴィはおしゃまな子供で、昨日会ったばかりのルフスが相手でも物おじせず、はきはきとものを言った。今は、ままごとに付き合うルフスは、ラヴィの子供の役を担わされている。
「じゃ、お父さんの役は誰? ラータさん?」
「ちがうわよ、お父さんはお母さんのだんなさん。あたしのだんなさんはソロさんって決めてるの」
「そっか。ラヴィはソロさんのことが好きなんだな」
「だってかっこいいもん。でもあなたもやさしくて、とてもいい人だと思うわ。もう一人のあの人はダメね。ツンツンしちゃって」
「えーティランいい奴だよ?」
ひとしきり遊びに付き合い、少し冷えてきたからとラヴィを家に入れて、自分も中に入ろうとした時だった。
りぃんと、高く澄んだ音があたりに響いた。空気が細かく長く震える。
振り向いたルフスは、すぐそこに女性がひとり立っていることに驚いた。ついさっきまで、そこには誰もいなかったはずだ。
女性は異国風の出で立ちをしていた。
長い白色の髪を首の後ろで結んでいて、前合わせの白い上衣と、股下のあるスカートに似た形の、鮮やかな洗朱《あらいしゅ》の下衣を身につけていた。履物はこれもまた、親指と人差し指の間から足の両側に紐が渡された、珍しい形状のものだ。
二藍色《ふたあいいろ》の静かな瞳がルフスをじっと見据えている。
女性にはどこか作り物めいた美しさがあって、陶器でできた人形か彫像のようだとルフスは思う。
ラータを訪ねて、やってきた客だろうか。
そんなことを考えかけた時、薄い珊瑚色の唇が動いた。
「ルフス殿、ですね」
女性は自らを示すように胸に開いた手の指先を当て、表情も変えずに淡々と告げた。
「私は山吹と申します。ルフス殿、あなたの補佐を行うよう神帝様より命を受け、まいりました。以後、どうぞお見知りおきを」
山吹は上半身を軽く前に傾けて、睫毛を伏せる。
ルフスは戸惑って言う。
「しんていって誰だ? どうしておれのことを知ってる?」
「神帝様は神々の頂点に立つお方。あなたの名は神々の間に広く知れ渡っています、光の剣を操ることのできる唯一の人間として。そしてこの、滅びの呪いのことについても……」
話しながら、一歩ルフスに近寄ると、彼女はすっと人差し指と中指でルフスの胸の中心に触れた。
瞼を閉じ、言葉を紡ぐ。
「………このうつしみに 流るるは 肥やしとも 糧ともならぬ ちからなりけり」
触れられた一点から、体の内側に何か、澄んだ水が浸透し広がるような感覚があった。
山吹の指がずぶりと沈み、引き抜かれる。その指には一粒の種があった。ふくらみのある、真っ黒な大粒の種だった。
彼女はそれを白い紙に包んで懐にしまう。
「これで呪いは消えたはずです」
ルフスは信じられない気持ちで、服を捲り痣を確認する。
そして彼女の言葉どおり、蔦の痣はルフスの体からなくなっていた。
朝の空気はひんやりとしていたが、天気が良くて陽射しがあるから、それほど寒さは感じない。
ラータは樫でできた長く立派な杖を片手で持ち、杖の先をぴたりと、正面に立つティランに向ける。
ルフスは離れた場所で、黙って二人を見守っている。
ラータの唇が紡ぐのは、ルフスの耳には聞き取ることのできない言葉だ。
「…………Hsyou a shell phoon lin gel Brayce of Hawell」
風にローブの裾がはためいている。
ティランは息を詰め、まっすぐにラータを見つめたまま動かない。
ラータの全身が光を帯び、光の中から小さな鳥が生まれた。それが群れとなって一斉に羽ばたく。鳥の群れは杖で示された方向、ティランを覆い隠すようにぐるぐると旋回して飛ぶ。
「この者を取り巻く魔法の力。纏い、覆い、変化をもたらす古の法。我が声、そして言葉はそれを取り除く道具である。掬い、拭い、消し去る効果をここに示し、この者の真の姿を現せ。Ents chest」
光が散じ、ティランの姿が目視できるようになる。
ティランはあまりの眩しさから目元を腕で覆っていた。だから真っ先に目に入ったのは、その髪色だ。
ルフスはあっと声を上げ、何度も目を瞬く。
ティランの真っ黒だった髪の色が、白に近い銀色へと変化していた。
冬の一面の雪景色を思わせるその色。
そしておそるおそる外された腕の、その内側から現れた眸は薄い青色だった。
変化が起きていたのは髪と目の色のみで、それ以外には特段変わった様子は見られない。
ティラン自身はまだ、自分の身に起こった変化を把握できていないらしく、何がどう変わったのか、確認しようとしきりに首を動かして自分の体を見下ろしている。
ラータは杖を下ろし、呆然と言う。
「ティラン、君は……」
透明度の高い氷のような眸がラータに向けられる。
ラータの顔つきが変わった。声がひどく高揚したものになる。
「君に見せたいものがある。これからすぐにでかけよう。君自身に関わりのあることだ」
ティランが返事をする前に、ラータはさっさと家の中に戻ってしまった。
訳がわからないまま置き去りにされたティランは、困惑顔でルフスを見た。
「なあおれ、どうなっとるんや?」
「えっと、髪と目の色が変わってる。銀と青。それだけ。それで、記憶とかは?」
ティランは何も言わず、首を横に振った。
それから指先で前髪を摘まんで、確認する。
ルフスが言う。
「そっか。そしたらまた、これからどうするか考えないとだな」
家の扉が開いてラータが出てきた。扉の間からディアが顔を出し、ティランを見て目を丸くしていた。
ラータは杖を持ったまま、大股で歩いてやってくる。
「行こう。昼までには戻るよ」
ティランはラータに伴われてどこかへ行き、ルフスは家で留守番をすることになった。
ルフスがラヴィの遊び相手になっている間、ディアは洗濯と掃除をする。
ラヴィはおしゃまな子供で、昨日会ったばかりのルフスが相手でも物おじせず、はきはきとものを言った。今は、ままごとに付き合うルフスは、ラヴィの子供の役を担わされている。
「じゃ、お父さんの役は誰? ラータさん?」
「ちがうわよ、お父さんはお母さんのだんなさん。あたしのだんなさんはソロさんって決めてるの」
「そっか。ラヴィはソロさんのことが好きなんだな」
「だってかっこいいもん。でもあなたもやさしくて、とてもいい人だと思うわ。もう一人のあの人はダメね。ツンツンしちゃって」
「えーティランいい奴だよ?」
ひとしきり遊びに付き合い、少し冷えてきたからとラヴィを家に入れて、自分も中に入ろうとした時だった。
りぃんと、高く澄んだ音があたりに響いた。空気が細かく長く震える。
振り向いたルフスは、すぐそこに女性がひとり立っていることに驚いた。ついさっきまで、そこには誰もいなかったはずだ。
女性は異国風の出で立ちをしていた。
長い白色の髪を首の後ろで結んでいて、前合わせの白い上衣と、股下のあるスカートに似た形の、鮮やかな洗朱《あらいしゅ》の下衣を身につけていた。履物はこれもまた、親指と人差し指の間から足の両側に紐が渡された、珍しい形状のものだ。
二藍色《ふたあいいろ》の静かな瞳がルフスをじっと見据えている。
女性にはどこか作り物めいた美しさがあって、陶器でできた人形か彫像のようだとルフスは思う。
ラータを訪ねて、やってきた客だろうか。
そんなことを考えかけた時、薄い珊瑚色の唇が動いた。
「ルフス殿、ですね」
女性は自らを示すように胸に開いた手の指先を当て、表情も変えずに淡々と告げた。
「私は山吹と申します。ルフス殿、あなたの補佐を行うよう神帝様より命を受け、まいりました。以後、どうぞお見知りおきを」
山吹は上半身を軽く前に傾けて、睫毛を伏せる。
ルフスは戸惑って言う。
「しんていって誰だ? どうしておれのことを知ってる?」
「神帝様は神々の頂点に立つお方。あなたの名は神々の間に広く知れ渡っています、光の剣を操ることのできる唯一の人間として。そしてこの、滅びの呪いのことについても……」
話しながら、一歩ルフスに近寄ると、彼女はすっと人差し指と中指でルフスの胸の中心に触れた。
瞼を閉じ、言葉を紡ぐ。
「………このうつしみに 流るるは 肥やしとも 糧ともならぬ ちからなりけり」
触れられた一点から、体の内側に何か、澄んだ水が浸透し広がるような感覚があった。
山吹の指がずぶりと沈み、引き抜かれる。その指には一粒の種があった。ふくらみのある、真っ黒な大粒の種だった。
彼女はそれを白い紙に包んで懐にしまう。
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ルフスは信じられない気持ちで、服を捲り痣を確認する。
そして彼女の言葉どおり、蔦の痣はルフスの体からなくなっていた。
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