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双子の妖魔
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「ワタシたちが何者かだなんて、あなたには関わりのないことよ。でも」
女、コロネがくすりと笑い、ラータは息を呑む。
気づけばすぐ目の前にクライがいて、長く伸びた五本の鋭い爪がラータの身体を貫いていた。
爪が引き抜かれ、ラータの手から杖が落ちて転がる。そして身体は力なく地面に倒れ込んだ。衣服に、地面に血の赤色が広がる。
クライの爪は元の長さに戻っていた。
ティランは大きく目を見開く。
誰かの悲鳴が響き渡った。同時にルフスも叫んでいた。
「ラータさん!!」
「あんたは魔王の守護なんて厄介なもんが掛かっていて、悪意ある魔法の干渉を受けないみたいだけど、こうして直接的な攻撃に対してはまるで無防備だ」
「ちょっとぉ。死なない程度にしてよ、クライ」
「わかってるよ、こいつの魔法力もかなりのものだ。あの方の役に立つかもしれない。さてお前にも一緒に来てもらうよ」
クライはラータの髪を無造作に掴む。その視線はティランに向けられていた。
「やめろ!」
ルフスは考えるよりも先に、駆けだしていた。
手には剣があった。
柄の部分に光を表す紋様の装飾がなされたその剣は、先程、山吹から渡されたものだった。
「これはあくまで複製品です。本物の剣を手に入れるまでの間、こちらをお使いください」
剣を振りかざし、ルフスが飛び掛かってくるのをクライは背後に飛びすさってかわす。
クライの指先、爪が再び鋭く長くなり、ルフスに襲い掛かってきた。
クライはとても身軽で、素早かった。
対するルフスは剣の扱い方を知らない。
次々と繰り出される攻撃をどうにか受け止め、或いはかわしながら、少しずつ後退する。時折爪が皮膚をえぐるが、いずれも急所ではなく、遊ばれているのは明白だった。
「もう! 遊ぶのは構わないけど、ちゃんと仕留めなさいよ。でもまあいいわ、ワタシはこちらのお相手でもして待ってるから。ね、銀色の賢者様」
コロネが楽し気に言い、ティランはハッとする。
迫る巨大な手に、ティランは戦慄し、声も出せずにその場に立ち尽くす。
その時甲高い音が響いて、巨人が突如動きを止めた。細く、緩く、振動する音。
草を踏み、ティランの傍らに歩み出たのは山吹だった。静かな瞳で正面を見据えている。手には弓を持っていて、その弦を弾いて音を奏でていた。
動かなくなった巨人の肩で、コロネが顔を歪める。口元だけが笑みの形を作っていた。
「やぁだ、まだ邪魔者がいたのね。しかもぉ、神のしもべなんていう胸糞悪い女が!」
吐き捨てるように言い、コロネが手首をぐるりと回した。その掌から炎が躍り出て、渦を巻き向かってくる。
山吹は弓を捨て去ると、両手指を組んで短く何かを唱えた。すると両端に鈴がいくつもついた、女性用のショールに似た美しい布が頭上に現れて、一斉に音を鳴らした。
炎が散じ、無数の火の玉となって、宙に浮く。それらが山吹の命に従い、四方から女に襲い掛かる。
だが女は空に飛び上がってかわし、途端に石の巨人は崩れ落ちた。
目標を失った炎が枯れた木々に燃え移る。
ふと、誰かがティランの傍に落ちた弓を拾いあげた。
ディアだった。彼女の顔は蒼白で、目は激しい憎悪と殺意に満ちていた。
ディアは弓に矢をつがえると、大きく引いた。狙う先にはルフスを追い詰めるクライの姿があった。
ティランが慌てて取りすがる。
「やめえ、ルフスに当たったらどないする気や!」
「離して」
低く、唸るような声でディアが言う。
足元では子供が泣き叫んでいた。ラヴィだった。倒れたラータの服を掴んで泣いている。
血を流し横たわる人。子供の泣く声が、炎がはじける音が、人々の悲鳴が、混じりあい耳に届く。
不意に頭の中を凄惨な光景がかすめ、眼前のそれと重なる。
膝から力が抜けて、その場に座り込む。指先に何かが当たった。杖だ、ラータの。樫で作られた、大きく長い杖。
指で転がし手繰るように寄せて、握る。
息を整えて。
イメージを明確に。
発声に乱れのないよう、正確に。
体の奥底から湧き上がる魔力を、形に。
「現れよ、クリュスタルロス。パクネーとパゴスの兄弟の母たる女神。その口づけに、その吐息に、結びし氷で全ての者の動きを封じよ」
ティランを中心にごうと音を立てて、風が起こった。
その場が静まり返り、誰もが驚きに息を呑んだ。
炎に包まれていた木々が、地面が、一瞬のうちに凍り付き、辺り一面氷に覆われていた。
一瞬遅れて、コロネが金切り声を上げた。
「ちょっと、なによこれ!」
彼女の足と手には氷が纏わりついていて、それは徐々に範囲を広げ体の中心に向かっていた。コロネだけではない。敵も味方も関係なく、他の者も同様だった。
ティランの目は冷たい氷の青色だ。
凍てつくようなその目が、無感情に周囲を見回す。
「ティラン!!」
ルフスが叫んで、ティランがびくりと体を震わせる。
「あ……」
我に返ったようになって、杖を取り落とす。
すると氷結魔法は勢いを収め、それぞれが自由を取り戻す。
ルフスはその瞬間できた僅かな隙を狙って、剣を振るった。ところがクライは動体視力と瞬発力にも優れていて、刃先が届く寸前、固い爪で受け止めてしまう。
その動きを読んでいたルフスはそのまま剣の柄からあっさり手を離した。
そして驚くクライの懐に潜り込むと、腹に渾身の一撃を叩きこむ。
クライは呻いて、ふらつくが、足を踏ん張り持ちこたえる。コロネが大きく舌打ちをした。
「分が悪いわね。一旦引きましょう」
クライは身を翻すとカラスに変じ、同じくカラスの姿になったコロネと共に飛び去った。
女、コロネがくすりと笑い、ラータは息を呑む。
気づけばすぐ目の前にクライがいて、長く伸びた五本の鋭い爪がラータの身体を貫いていた。
爪が引き抜かれ、ラータの手から杖が落ちて転がる。そして身体は力なく地面に倒れ込んだ。衣服に、地面に血の赤色が広がる。
クライの爪は元の長さに戻っていた。
ティランは大きく目を見開く。
誰かの悲鳴が響き渡った。同時にルフスも叫んでいた。
「ラータさん!!」
「あんたは魔王の守護なんて厄介なもんが掛かっていて、悪意ある魔法の干渉を受けないみたいだけど、こうして直接的な攻撃に対してはまるで無防備だ」
「ちょっとぉ。死なない程度にしてよ、クライ」
「わかってるよ、こいつの魔法力もかなりのものだ。あの方の役に立つかもしれない。さてお前にも一緒に来てもらうよ」
クライはラータの髪を無造作に掴む。その視線はティランに向けられていた。
「やめろ!」
ルフスは考えるよりも先に、駆けだしていた。
手には剣があった。
柄の部分に光を表す紋様の装飾がなされたその剣は、先程、山吹から渡されたものだった。
「これはあくまで複製品です。本物の剣を手に入れるまでの間、こちらをお使いください」
剣を振りかざし、ルフスが飛び掛かってくるのをクライは背後に飛びすさってかわす。
クライの指先、爪が再び鋭く長くなり、ルフスに襲い掛かってきた。
クライはとても身軽で、素早かった。
対するルフスは剣の扱い方を知らない。
次々と繰り出される攻撃をどうにか受け止め、或いはかわしながら、少しずつ後退する。時折爪が皮膚をえぐるが、いずれも急所ではなく、遊ばれているのは明白だった。
「もう! 遊ぶのは構わないけど、ちゃんと仕留めなさいよ。でもまあいいわ、ワタシはこちらのお相手でもして待ってるから。ね、銀色の賢者様」
コロネが楽し気に言い、ティランはハッとする。
迫る巨大な手に、ティランは戦慄し、声も出せずにその場に立ち尽くす。
その時甲高い音が響いて、巨人が突如動きを止めた。細く、緩く、振動する音。
草を踏み、ティランの傍らに歩み出たのは山吹だった。静かな瞳で正面を見据えている。手には弓を持っていて、その弦を弾いて音を奏でていた。
動かなくなった巨人の肩で、コロネが顔を歪める。口元だけが笑みの形を作っていた。
「やぁだ、まだ邪魔者がいたのね。しかもぉ、神のしもべなんていう胸糞悪い女が!」
吐き捨てるように言い、コロネが手首をぐるりと回した。その掌から炎が躍り出て、渦を巻き向かってくる。
山吹は弓を捨て去ると、両手指を組んで短く何かを唱えた。すると両端に鈴がいくつもついた、女性用のショールに似た美しい布が頭上に現れて、一斉に音を鳴らした。
炎が散じ、無数の火の玉となって、宙に浮く。それらが山吹の命に従い、四方から女に襲い掛かる。
だが女は空に飛び上がってかわし、途端に石の巨人は崩れ落ちた。
目標を失った炎が枯れた木々に燃え移る。
ふと、誰かがティランの傍に落ちた弓を拾いあげた。
ディアだった。彼女の顔は蒼白で、目は激しい憎悪と殺意に満ちていた。
ディアは弓に矢をつがえると、大きく引いた。狙う先にはルフスを追い詰めるクライの姿があった。
ティランが慌てて取りすがる。
「やめえ、ルフスに当たったらどないする気や!」
「離して」
低く、唸るような声でディアが言う。
足元では子供が泣き叫んでいた。ラヴィだった。倒れたラータの服を掴んで泣いている。
血を流し横たわる人。子供の泣く声が、炎がはじける音が、人々の悲鳴が、混じりあい耳に届く。
不意に頭の中を凄惨な光景がかすめ、眼前のそれと重なる。
膝から力が抜けて、その場に座り込む。指先に何かが当たった。杖だ、ラータの。樫で作られた、大きく長い杖。
指で転がし手繰るように寄せて、握る。
息を整えて。
イメージを明確に。
発声に乱れのないよう、正確に。
体の奥底から湧き上がる魔力を、形に。
「現れよ、クリュスタルロス。パクネーとパゴスの兄弟の母たる女神。その口づけに、その吐息に、結びし氷で全ての者の動きを封じよ」
ティランを中心にごうと音を立てて、風が起こった。
その場が静まり返り、誰もが驚きに息を呑んだ。
炎に包まれていた木々が、地面が、一瞬のうちに凍り付き、辺り一面氷に覆われていた。
一瞬遅れて、コロネが金切り声を上げた。
「ちょっと、なによこれ!」
彼女の足と手には氷が纏わりついていて、それは徐々に範囲を広げ体の中心に向かっていた。コロネだけではない。敵も味方も関係なく、他の者も同様だった。
ティランの目は冷たい氷の青色だ。
凍てつくようなその目が、無感情に周囲を見回す。
「ティラン!!」
ルフスが叫んで、ティランがびくりと体を震わせる。
「あ……」
我に返ったようになって、杖を取り落とす。
すると氷結魔法は勢いを収め、それぞれが自由を取り戻す。
ルフスはその瞬間できた僅かな隙を狙って、剣を振るった。ところがクライは動体視力と瞬発力にも優れていて、刃先が届く寸前、固い爪で受け止めてしまう。
その動きを読んでいたルフスはそのまま剣の柄からあっさり手を離した。
そして驚くクライの懐に潜り込むと、腹に渾身の一撃を叩きこむ。
クライは呻いて、ふらつくが、足を踏ん張り持ちこたえる。コロネが大きく舌打ちをした。
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