緋の英雄王 白銀の賢者

冴木黒

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旅の再開

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 森に静謐さが戻った。
 森の木は一部燃えて、倒れたものもあったが、それでも大半が無事だ。大きく燃え広がる前に、ティランの魔法が鎮火した。
 強大にして、膨大な魔法力だった。
 ティランは今魂でも抜けたように、呆然としている。
 その横でディアがへたり込んだ。顔は蒼白のまま、膝立ちで、這うようにして倒れたラータのもとへ行く。

「ラータ、っあ」

 右胸の辺り、血で濡れた箇所に触れると、衣服の内側に溜まった血が染み出してきた。
 ナイフを使って服を破ると、傷口が露わになる。そこからどんどん血があふれだすのを見て、ディアはまた息を詰める。瞳が怒りに揺れて、涙があふれる。
 ラータに意識はない。
 腰に縋り付き泣くラヴィの頭を一度撫でて、引き離す。

「っ……いしゃを、よんできます。そのあいだこのひとと、この子のことを」
「お待ちください」

 立ち上がり、馬小屋の方へ向かおうとするディアを呼び止めたのは山吹だ。
 表情は相変わらず無に等しく、こんな状況の中でも、ひとり落ち着きがあった。

「傷を塞ぎます」

 人差し指と中指の指先で傷口に触れ、口中で何かを呟く。
 指先から光が流れ、ラータの身体を包みこむ。
 光が染み入るようにして消える。
 山吹が退いて、ディアは素早い動きで再びしゃがみこむと、手で血を拭って確かめる。
 僅かに痕が残ってはいるものの、傷は全て塞がっていた。だが、それでもラータは目を覚まさない。顔色は悪いままだ。
 山吹が冷静に言う。

「傷は内臓に至るまで、全て塞ぎましたが、出血量があまりに多い。このままでは危険です」
「そんなどうすれば……」

 いつの間にか傍に来ていたルフスが力なくつぶやいた。
 自分も傷だらけだったが、その痛みすら忘れて、ラータを見つめる。
 ディアが血まみれの手で顔を覆い、深く長く吐息する。全身が小刻みに震えている。痛々しいような呼吸音が聞こえる。

『ディア』

 ルフスの知らないやさしい声が、どこからか聞こえてきた。
 ディアが顔を跳ね上げて、辺りを見回す。

『安心しろ。ラティアータのことは、こちらの世界に戻ってきさえすれば、儂の力でどうにかできる。先程リシッツァを向かわせた。すぐそちらに着くだろう』
「クレピスキュル……!」
『わずかだがお前の声が聞こえたよ。一時的に音声を繋いでみたが、長くはもたん。いいな、お前も一度ラヴィと共にこちらへ戻ってこい、今は特にお前……』

 ざざという雑音と共に声は途切れた。
 それからすぐに空の一部が裂けたかと思うと、そこからソロが現れた。
 ソロは気を失ったラータを肩に担ぎあげると、ラヴィを手招き、ディアに視線を向けた。
 ディアは少しだけ待ってと言い置いて、馬小屋に走り、ルフスの前に馬を連れてきて言った。

「勝手なお願いだけど、わたしたちが戻ってくるまでこの子の面倒を見てほしいの。あなたたちが旅をしているなら、足として使ってもらっても構わない。家にあるもので何か使えそうなものがあれば、持って行ってもらってもいいから。それからティラン」

 ティランは目を瞬いて、ディアを見る。

「その杖をあなたに……あなたたちの旅に役立ててもらえるのなら」

 ソロと共に、ディアとラヴィは消える。
 緊張の糸が緩み、力が抜けて、立っていられなくなる。草の上に座り込み、傍らに転がる杖を束の間見つめる。
 先程のあの力は。自分が、あの魔法を。
 まだ信じられない気持ちでぼんやりと考える。
 ふと、ティランの上に影が落ちた。
 ルフスだ。俯き加減で、少し泣きそうな顔をしていた。
 いつも能天気で、楽天的で、へらへらしてるやつが。
 ティランは驚いて言う。

「どないした、お前さんらしくないやないか」
「やっぱり、おれ……」

 ルフスは弱々しい声で言って、体の両脇で拳を震わせる。
 
「剣もろくに扱えない、誰も助けることなんてできない……そんなおれのどこが英雄だっていうんだ。ラータさんはおれを庇ってあんなことになった。おれのせいだ、おれが……」
「ルフス」

 ルフスはがくりと膝をついて項垂れる。
 ティランがその肩を両手で掴んで言う。

「わかるやろ。こういうことはやった奴が一番悪いんや。おまえはあいつらの恨みを買うようなマネを何かしたか? そうやないやろ。あいつらが、おまえのことを狙ったんは、あいつらの勝手な都合や。おまえに落ち度はない。ええか? おまえは全く悪くないんや」
「でも、おれには誰かを救うどころか、世界を救うだなんて」
「あなたには、その力があります」

 山吹が言った。
 ただ事実を淡々と告げるように。
 ルフスはぐっと唇を噛み、山吹を振り返る。その後頭部をティランが叩いた。

「いて」
「でかい図体でめそめそすんな。うぜぇ」
「何すんだよ」
「おまえが英雄の魂を継いでるってぇのは、神の遣いとかいう恐れ多い肩書きを持ったそいつが言うんやから、間違いないんやろ。おまえがどんだけちがうって言うても、その事実は曲げようもない。さっきのあいつらはおまえのことを狙ってまたくるやろう、それからおれのことも。だったら次来た時には、対抗できるだけの力を身につけておかんと、また同じような目に合うだけや。また誰かを巻き込んで、同じ後悔をする羽目になる。それが嫌なら、自分たちが強くなるほかない」

 ティランは杖を拾い、立ち上がる。
 そうして空いた方の手をルフスに向かって差し出した。

「行こうや、おまえさんはおまえさんの剣を探すために。おれもこれからは、ちょっとくらいは助けになれるかもしれん」
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