29 / 67
旅の再開
しおりを挟む
森に静謐さが戻った。
森の木は一部燃えて、倒れたものもあったが、それでも大半が無事だ。大きく燃え広がる前に、ティランの魔法が鎮火した。
強大にして、膨大な魔法力だった。
ティランは今魂でも抜けたように、呆然としている。
その横でディアがへたり込んだ。顔は蒼白のまま、膝立ちで、這うようにして倒れたラータのもとへ行く。
「ラータ、っあ」
右胸の辺り、血で濡れた箇所に触れると、衣服の内側に溜まった血が染み出してきた。
ナイフを使って服を破ると、傷口が露わになる。そこからどんどん血があふれだすのを見て、ディアはまた息を詰める。瞳が怒りに揺れて、涙があふれる。
ラータに意識はない。
腰に縋り付き泣くラヴィの頭を一度撫でて、引き離す。
「っ……いしゃを、よんできます。そのあいだこのひとと、この子のことを」
「お待ちください」
立ち上がり、馬小屋の方へ向かおうとするディアを呼び止めたのは山吹だ。
表情は相変わらず無に等しく、こんな状況の中でも、ひとり落ち着きがあった。
「傷を塞ぎます」
人差し指と中指の指先で傷口に触れ、口中で何かを呟く。
指先から光が流れ、ラータの身体を包みこむ。
光が染み入るようにして消える。
山吹が退いて、ディアは素早い動きで再びしゃがみこむと、手で血を拭って確かめる。
僅かに痕が残ってはいるものの、傷は全て塞がっていた。だが、それでもラータは目を覚まさない。顔色は悪いままだ。
山吹が冷静に言う。
「傷は内臓に至るまで、全て塞ぎましたが、出血量があまりに多い。このままでは危険です」
「そんなどうすれば……」
いつの間にか傍に来ていたルフスが力なくつぶやいた。
自分も傷だらけだったが、その痛みすら忘れて、ラータを見つめる。
ディアが血まみれの手で顔を覆い、深く長く吐息する。全身が小刻みに震えている。痛々しいような呼吸音が聞こえる。
『ディア』
ルフスの知らないやさしい声が、どこからか聞こえてきた。
ディアが顔を跳ね上げて、辺りを見回す。
『安心しろ。ラティアータのことは、こちらの世界に戻ってきさえすれば、儂の力でどうにかできる。先程リシッツァを向かわせた。すぐそちらに着くだろう』
「クレピスキュル……!」
『わずかだがお前の声が聞こえたよ。一時的に音声を繋いでみたが、長くはもたん。いいな、お前も一度ラヴィと共にこちらへ戻ってこい、今は特にお前……』
ざざという雑音と共に声は途切れた。
それからすぐに空の一部が裂けたかと思うと、そこからソロが現れた。
ソロは気を失ったラータを肩に担ぎあげると、ラヴィを手招き、ディアに視線を向けた。
ディアは少しだけ待ってと言い置いて、馬小屋に走り、ルフスの前に馬を連れてきて言った。
「勝手なお願いだけど、わたしたちが戻ってくるまでこの子の面倒を見てほしいの。あなたたちが旅をしているなら、足として使ってもらっても構わない。家にあるもので何か使えそうなものがあれば、持って行ってもらってもいいから。それからティラン」
ティランは目を瞬いて、ディアを見る。
「その杖をあなたに……あなたたちの旅に役立ててもらえるのなら」
ソロと共に、ディアとラヴィは消える。
緊張の糸が緩み、力が抜けて、立っていられなくなる。草の上に座り込み、傍らに転がる杖を束の間見つめる。
先程のあの力は。自分が、あの魔法を。
まだ信じられない気持ちでぼんやりと考える。
ふと、ティランの上に影が落ちた。
ルフスだ。俯き加減で、少し泣きそうな顔をしていた。
いつも能天気で、楽天的で、へらへらしてるやつが。
ティランは驚いて言う。
「どないした、お前さんらしくないやないか」
「やっぱり、おれ……」
ルフスは弱々しい声で言って、体の両脇で拳を震わせる。
「剣もろくに扱えない、誰も助けることなんてできない……そんなおれのどこが英雄だっていうんだ。ラータさんはおれを庇ってあんなことになった。おれのせいだ、おれが……」
「ルフス」
ルフスはがくりと膝をついて項垂れる。
ティランがその肩を両手で掴んで言う。
「わかるやろ。こういうことはやった奴が一番悪いんや。おまえはあいつらの恨みを買うようなマネを何かしたか? そうやないやろ。あいつらが、おまえのことを狙ったんは、あいつらの勝手な都合や。おまえに落ち度はない。ええか? おまえは全く悪くないんや」
「でも、おれには誰かを救うどころか、世界を救うだなんて」
「あなたには、その力があります」
山吹が言った。
ただ事実を淡々と告げるように。
ルフスはぐっと唇を噛み、山吹を振り返る。その後頭部をティランが叩いた。
「いて」
「でかい図体でめそめそすんな。うぜぇ」
「何すんだよ」
「おまえが英雄の魂を継いでるってぇのは、神の遣いとかいう恐れ多い肩書きを持ったそいつが言うんやから、間違いないんやろ。おまえがどんだけちがうって言うても、その事実は曲げようもない。さっきのあいつらはおまえのことを狙ってまたくるやろう、それからおれのことも。だったら次来た時には、対抗できるだけの力を身につけておかんと、また同じような目に合うだけや。また誰かを巻き込んで、同じ後悔をする羽目になる。それが嫌なら、自分たちが強くなるほかない」
ティランは杖を拾い、立ち上がる。
そうして空いた方の手をルフスに向かって差し出した。
「行こうや、おまえさんはおまえさんの剣を探すために。おれもこれからは、ちょっとくらいは助けになれるかもしれん」
森の木は一部燃えて、倒れたものもあったが、それでも大半が無事だ。大きく燃え広がる前に、ティランの魔法が鎮火した。
強大にして、膨大な魔法力だった。
ティランは今魂でも抜けたように、呆然としている。
その横でディアがへたり込んだ。顔は蒼白のまま、膝立ちで、這うようにして倒れたラータのもとへ行く。
「ラータ、っあ」
右胸の辺り、血で濡れた箇所に触れると、衣服の内側に溜まった血が染み出してきた。
ナイフを使って服を破ると、傷口が露わになる。そこからどんどん血があふれだすのを見て、ディアはまた息を詰める。瞳が怒りに揺れて、涙があふれる。
ラータに意識はない。
腰に縋り付き泣くラヴィの頭を一度撫でて、引き離す。
「っ……いしゃを、よんできます。そのあいだこのひとと、この子のことを」
「お待ちください」
立ち上がり、馬小屋の方へ向かおうとするディアを呼び止めたのは山吹だ。
表情は相変わらず無に等しく、こんな状況の中でも、ひとり落ち着きがあった。
「傷を塞ぎます」
人差し指と中指の指先で傷口に触れ、口中で何かを呟く。
指先から光が流れ、ラータの身体を包みこむ。
光が染み入るようにして消える。
山吹が退いて、ディアは素早い動きで再びしゃがみこむと、手で血を拭って確かめる。
僅かに痕が残ってはいるものの、傷は全て塞がっていた。だが、それでもラータは目を覚まさない。顔色は悪いままだ。
山吹が冷静に言う。
「傷は内臓に至るまで、全て塞ぎましたが、出血量があまりに多い。このままでは危険です」
「そんなどうすれば……」
いつの間にか傍に来ていたルフスが力なくつぶやいた。
自分も傷だらけだったが、その痛みすら忘れて、ラータを見つめる。
ディアが血まみれの手で顔を覆い、深く長く吐息する。全身が小刻みに震えている。痛々しいような呼吸音が聞こえる。
『ディア』
ルフスの知らないやさしい声が、どこからか聞こえてきた。
ディアが顔を跳ね上げて、辺りを見回す。
『安心しろ。ラティアータのことは、こちらの世界に戻ってきさえすれば、儂の力でどうにかできる。先程リシッツァを向かわせた。すぐそちらに着くだろう』
「クレピスキュル……!」
『わずかだがお前の声が聞こえたよ。一時的に音声を繋いでみたが、長くはもたん。いいな、お前も一度ラヴィと共にこちらへ戻ってこい、今は特にお前……』
ざざという雑音と共に声は途切れた。
それからすぐに空の一部が裂けたかと思うと、そこからソロが現れた。
ソロは気を失ったラータを肩に担ぎあげると、ラヴィを手招き、ディアに視線を向けた。
ディアは少しだけ待ってと言い置いて、馬小屋に走り、ルフスの前に馬を連れてきて言った。
「勝手なお願いだけど、わたしたちが戻ってくるまでこの子の面倒を見てほしいの。あなたたちが旅をしているなら、足として使ってもらっても構わない。家にあるもので何か使えそうなものがあれば、持って行ってもらってもいいから。それからティラン」
ティランは目を瞬いて、ディアを見る。
「その杖をあなたに……あなたたちの旅に役立ててもらえるのなら」
ソロと共に、ディアとラヴィは消える。
緊張の糸が緩み、力が抜けて、立っていられなくなる。草の上に座り込み、傍らに転がる杖を束の間見つめる。
先程のあの力は。自分が、あの魔法を。
まだ信じられない気持ちでぼんやりと考える。
ふと、ティランの上に影が落ちた。
ルフスだ。俯き加減で、少し泣きそうな顔をしていた。
いつも能天気で、楽天的で、へらへらしてるやつが。
ティランは驚いて言う。
「どないした、お前さんらしくないやないか」
「やっぱり、おれ……」
ルフスは弱々しい声で言って、体の両脇で拳を震わせる。
「剣もろくに扱えない、誰も助けることなんてできない……そんなおれのどこが英雄だっていうんだ。ラータさんはおれを庇ってあんなことになった。おれのせいだ、おれが……」
「ルフス」
ルフスはがくりと膝をついて項垂れる。
ティランがその肩を両手で掴んで言う。
「わかるやろ。こういうことはやった奴が一番悪いんや。おまえはあいつらの恨みを買うようなマネを何かしたか? そうやないやろ。あいつらが、おまえのことを狙ったんは、あいつらの勝手な都合や。おまえに落ち度はない。ええか? おまえは全く悪くないんや」
「でも、おれには誰かを救うどころか、世界を救うだなんて」
「あなたには、その力があります」
山吹が言った。
ただ事実を淡々と告げるように。
ルフスはぐっと唇を噛み、山吹を振り返る。その後頭部をティランが叩いた。
「いて」
「でかい図体でめそめそすんな。うぜぇ」
「何すんだよ」
「おまえが英雄の魂を継いでるってぇのは、神の遣いとかいう恐れ多い肩書きを持ったそいつが言うんやから、間違いないんやろ。おまえがどんだけちがうって言うても、その事実は曲げようもない。さっきのあいつらはおまえのことを狙ってまたくるやろう、それからおれのことも。だったら次来た時には、対抗できるだけの力を身につけておかんと、また同じような目に合うだけや。また誰かを巻き込んで、同じ後悔をする羽目になる。それが嫌なら、自分たちが強くなるほかない」
ティランは杖を拾い、立ち上がる。
そうして空いた方の手をルフスに向かって差し出した。
「行こうや、おまえさんはおまえさんの剣を探すために。おれもこれからは、ちょっとくらいは助けになれるかもしれん」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる