緋の英雄王 白銀の賢者

冴木黒

文字の大きさ
30 / 67

野営

しおりを挟む
 風がなく、月は雲に隠れていた。
 夜の闇の中。
 もやもやとした白いものがゆっくりと近づいてきた。
 曖昧で不安定な輪郭だが、かろうじて人の形を成しているのがわかる。
 危険だと、脳の本能に近い部分がそう告げる。
 だが声が出ない。そしてどういうわけか、そいつから目が離せず、動くこともできなかった。
 気が付けば、すぐ目の前にそいつがいた。
 ぞわりと全身が総毛立つ感じがあって、背骨を氷の棒にすり替えられたような気がした。
 そいつには顔などないのに、どうしてだか笑っている気がした。
 白いものが言った。

「          」

***

 ガドール・フォセ。
 ばっくりと大地に開いた大きな穴。その昔、英雄と呼ばれた王が闇の者を封印した場所であると言い伝えられている。
 アルナイル王城跡地よりも更に東、荒野の中心に開いたその大穴に、探し求める英雄王の剣はあるのだという。
 神の遣いである山吹がそう言った。
 だからルフス達は今、メルクーアから南東に向かって進んでいる。
 預かった馬がいるが、三人乗ることはできないから、移動は徒歩だ。
 途中野営をすることになった。火を起こし、携帯食料を摘まみながら、ティランが地図を開いて確認する。

「この先に村があるな、歩いて半日ほどか。おい、目指しとるんは王城から東のこの辺りやったな」
「はい」

 横から覗き込みながら、山吹は短く頷く。
 ティランは地図上に指を滑らせながら言う。

「そしたらこの村に寄って、そこから東に向かう……村で、ちょっと色々買い足しとくか。またこの先は人里もなさそうやしな」
「でしたら、こちら側の道を行くのはどうでしょうか? やや遠回りにはなってしまいますが、ここに街があるようです」
「ああ、なるほど。それでええな、ルフス?」

 話に入ってこようともせず、ぽそぽそとパンを齧っていたルフスにティランが声を投げた。
 ルフスは顔を上げ、気のない返答をする。

「あ、うん……」

 そうしてふらりと立ち上がり、木に繋いだ馬のところへ行ってしまう。
 その背中を黙って見つめる山吹に、ティランが言う。

「放っとけ、あいつでも考えたいことくらいあるんやろ」
「………」
「それよかおまえさんに聞きたいことがあるんや」

 山吹は視線を動かしただけで、何も言わず頷きもしない。ただティランの言葉を待っているように見えた。
 ぱちっと音がして、火が爆ぜる。橙色の小さな火の粉が舞って消える。

「おまえさんは、神の遣いなんやろ? だとしたら……ひょっとしておれのことも何か知っとるんやないか?」

 山吹はあくまで英雄王の生まれ変わりであるルフスの補佐役であり、案内人だ。ティランはただルフスと偶然に出会い、成り行きから共に行動していただけの、ルフスとは違って記憶喪失で身元の不確かな人間だ。
 だが、妖魔の双子の狙いはティランだった。賢者様とあの女は言っていた。
 底知れない魔法力があって、この現代では稀有ともされる古代魔法によって見た目を変えられていて。
 考え過ぎだろうか。
 本当に偶然なのか。ルフスと出会ったことさえも、何か意味があるのではないのか。
 疑念がわく。
 それともただの期待だろうか。
 もし自分がルフスに因縁があるならば、山吹は自分のことについても何か知っているかもしれないという、希望的観測にすぎないのだろうか。

「私は、ルフス殿を剣の元まで導き、お守りするために生み出された者です。その為に必要な知識と力を与えられはしましたが、それ以外のことは何もわかりません」
「そうか……」

 それはそうかと思いながらも、やはりがっかりしてしまう。
 俯くティランの額に、山吹が触れた。

「ティラン殿の記憶は、僅かずつではありますが戻っているはずです」
「どういうことや」
「ティラン殿の記憶が失われた原因は、おそらく過去に強い力を受けた反動によるもの。つまりは薬の副作用と同じようなものですが、時間の経過と共に凍り付いた記憶も融け始めているようです。焦らずとも、近いうちにすべて思い出されることでしょう」

 山吹の、温度の低い指先が離れる。
 強い力を受けた反動。
 それはあの姿を変える魔法の話だろうか。
 強い魔法の反動については聞き覚えがあるようにも思う。ただ変化の魔法は、ましてや髪と瞳の色を変える程度のものは、それほど強力ではないはずだ。
 考え込むティランに、山吹が問う。

「真実を知るのが恐ろしいですか?」
「ようわからん……」

 目を細めて焚火を見つめながら、ティランは呟く。
 少しの間沈黙があって、山吹が言った。

「私が火の番をいたします。お二人はお休みください」

 ティランはすぐさま首を横に振る。

「いや、おれが起きとる。今はどうにも眠れそうにないからな。おまえさんたちが先に休んでくれ」

 一度考え事を始めると止まらない。
 冴えた脳はなんらかの答えを得るまで満足しない。

 それがティランの、昔からの悪い癖だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...